「前から薄々気付いとったけど、お前あれやろ、ドSやろ」

カラオケを出た謙也の第一声がこれだった。何の話だと言わんばかりに左隣を歩く彼を見上げてみると、「失恋して傷心気味の奴に、普通あんなん歌うか。HYとか選ぶか」と言ってくる。だって謙也がスローテンポな失恋ソング歌えって言ったんじゃん。

「アホ。普通あんなド直球なもんが来るとは思わへんやろ。もっとオブラートに包んだようなやつやと思うやろ」

まるで空気を読めと言わんばかりの言い方に、ちょっと、いや、かなりイラッとした。

「だったら最初からそう言えばいいじゃん。ていうか何カラオケで泣いてんの。浪速のスピードスターってばかっこわるー」
「やかましわ」

だけどそう強気に言い返す彼の目は赤く、なおかつ今もまだ潤んでいるのが隠しきれていない。別にわんわん声に出して泣いたわけではないけれど、あのとき謙也は確かに泣いたのだ。歌詞の主人公とが自分がシンクロしたのだろうか、ぐすっと鼻をすする音が聞こえてふと見てみたら、彼は乱暴に手の甲でひっそりと目を擦っていた。それを目にした私は彼がほんとのほんとにその人のことをすきだったんだということが痛いほど伝わってきて、そこで初めて私自身も失恋したことを嫌と言うほど理解してしまって、思わず泣きそうになって、だけどそんなことにはなりたくなくて、悟られたくなくて。必死にマイクを握り締めて我慢したけれど、歌声が震えたのまでは隠し切れなかった。

「あーあ。もう真っ暗だなあ」

カラオケに入るまでは確かに明るかったのに、夕方にもなっていなかったのに、日は伸びたとはいえ流石に7時を過ぎると真っ暗だ。家には、失恋した友達を励ます会があるから遅くなると馬鹿正直に連絡しておいたから、きっと怒られることはないだろう。「明日も学校かあ」溜息を溢すように吐き出す。半ば独り言なので謙也は何も言わない。その代わり、ぼんやりと空を眺めるように上を見ながら「なあ」と声を掛けてきた。なに・とまた簡潔に答えると、彼はやっぱり真っ暗な空を見ながら言う。

「もうちょっとだけ、付きおうてくれへん。行きたいとこあんねんけど」

行きたいとこ?きょとん・と謙也を見つめると、それに気付いた彼は私の目を見て、「何見惚れてんねん」と冗談を言う。なんだかいつもの謙也っぽくて妙に嬉しくなった私は、「そんなわけないじゃん自意識過剰ー」とおちゃらけた。…ほんとは横顔をずっと見ていたかったの・なんてそんな乙女みたいなこと、本人に言えるはずない。だって私、そんな素直で可愛い女の子じゃない。本当はそうなりたいと常に願っているけれど、実際はそんな子になんてなれなかった。今更だし、恥ずかしい。そういえば謙也がすきだった人はどんなひとだったのだろう。素直な人だったのかな、可愛い子だったのかな、どうなんだろう・なんてことを考えた。…胸がちくちくする。痛い。





「あ、チロルチョコー!私すきー」
「こんなんスーパーで売っとるやろ。こんなゲームでやっても元取れんのと違う」
「そんなことないよー取れるときはごっそり取れるんだから。チュッパチャップスとかも」

大体こういうゲームは元が取れるか取れないかじゃなくて、きゃっきゃとはしゃぎながら味わうドキドキ感が重要なんだよと力説するけれど、謙也は「はあー、そんなもんなんか」と、全くもって理解しがたいと言わんばかりの反応をする。どうやら意外と現実主義だったようだ。

「てか、別にチロルチョコ取りたくてゲーセン来たんとちゃうで」
「えーいいじゃん別に見るだけだしさあ。…あっこれ可愛いー!」

とっとと目的地へ行こうと一直線に向かう謙也の後ろで、きょろきょろと辺りを見回す私。UFOキャッチャーで可愛いぬいぐるみを発見してはきゃっきゃとはしゃぐから、歩くスピードはのろのろと遅い。一方の謙也は無駄に早いものだから、私は置いてけぼりになってしまう。だけどそれでも構わず自分の道を行く私に、謙也はちょっといらついているようだった。

―。はよきいやー」

遂に痺れを切らしたらしい謙也は振り返り、カルシウムが足りないようなカリカリした声で呼びかける。多分声を大きく張り上げたのだろうけれど、ゲームセンター独特の騒音に近いボリュームのBGMやらゲーム機から流れる軽快な音楽やらなんやらで、ほとんどが掻き消されてしまった。だから私は「んー」と、聞こえてるんだか聞こえてないんだかよく分からない曖昧な返答を寄越す。心ここにあらず。どこにあるって、それはこのぬいぐるみのみぞ知る。これ鞄につけたいなあ、なんて呑気に考えていたら、ぐいっと腕を引っ張られた。

「わわっ」
「だから、はよ来いっちゅー話や!自分、何回呼ばれたと思っとるん」
「ごめんごめんっ!」

そのまま左腕のを持ってぐいぐいと進行方向に引っ張ってくる謙也の背中を見ながら、別に私平常心ですよいつもどおりですよ・という素振りをしてみるけれど、本当は心臓が凄まじい速さで走り出している。謙也は別になんとも思ってないって知っているけれど、きっと私なんて男友達と同じ扱いで、女として見てくれてないって知っているけれど、こんなふうに触れられたらどきどきしちゃうんだよばか謙也。無駄に体温が上がってることも、どうせなら腕じゃなくて手を繋いでほしいなんて考えていることも何もかも、全然気付いてないでしょばか謙也。だからあんたはばかだって言うの。ばーかばーか。

「…ばか謙也。……すきだ、ばーか」

小さく小さく呟いてみるけれど、玩具箱をひっくり返したように騒がしい店内に掻き消されてしまった私の想い。なんだかまるで、今の私の現状みたいだった。だって、相変わらず腕を引いて前を歩く謙也の耳には全く届いていない。届いてほしいと願って口にしたわけではないし、むしろ本当に聞こえていたら逆に困ってしまうのだけれど、それでもなんだか虚しくなって、無性に悲しくなってしまった。まるで、私の恋は叶いませんと言われているみたいで。





「よっしゃ。さあ、どっからでもかかってこいや!けちょんけちょんにしたるわ!」

まるでこれから殴り合いでも始めるかのような台詞を真剣な顔で言い放った謙也は腕まくりまでしていて、まさに準備万端いつでもどうぞと言わんばかりだった。一方の私は状況についていけず、「…は、はあ…」と力なく返答することしか出来ない。…このテンションのギャップである。ほんとにこいつ、ちょっと前までカラオケで泣いた奴なのかと思った。(まあ空元気というやつなんだろうけれど)

「なんや、テンション低いなあ。何事にも諦めるな希望を持て、熱く全力でやり遂げろて、松岡修造も言うとるやん」

そんなエアホッケーにまで熱くなりたくはないんだけども。と、まるで卓球台のようなテーブルをぼんやりと見ながら思う。どうやらゲーセンに来たのはチロルチョコやチュッパチャップスを取るためでも、はたまたUFOキャッチャーをするためでもなく、エアホッケーをしにやってきたらしい。ネットを挟んだ向こうにいる謙也は身体を捻ったり腕を回したりして、「ちょーっと、体動かしたい気分やねん。本気で行くでーっ!」と独り言なのか私に言っているのだかよく分からない台詞を言う。

まあ確かにそういう気分だろうなと理解した私は、まあ楽しそうだしいっかと開き直って、テーブルのに開かれた穴という名のゴールを守るような位置でスタンバイする。やるからには負けたくない。するとそれを見て私がやる気になったのを理解したのか、謙也はふと思いついたように言った。

「よっしゃ、負けた方罰ゲームな。明日の昼休みジュース奢り」
「乗ったー!」

周りが賑やかな音に囲まれているからか、いつの間にか私もテンションが上がりはしゃいでいる。よしいつでも来い!と2人共向かい合うという鏡写しな位置でスタンバっていたのだけれど、どうしてだろう。玉がない。あれ?と首を傾げていると、ふとお金を入れていないことに気が付いた。どうりで円盤が出ないはずだ。2人共同時にそれを悟って、無言で財布を取り出し100円を徴収し合う。なにこれ恥ずかしいこれなんて見せ物。偶然一部始終を見ていたらしい店員のお兄さんが笑いを必死に堪えているのを発見したし、やっぱり恥ずかしい。それもこれも全部謙也のせいだ。

「準備体操する前にお金くらい入れといてよばか謙也」
「せやから前々から言うとるけど、馬鹿言うなせめてアホって言えむしろアホも言うな。そもそもも気付いとらんかったやろ。俺がアホならお前もあほやで」

どうやら彼は根っからの大阪育ちだから、「アホ」は許せても「馬鹿」と言うのは許せないらしい。小学校までずっと関東育ちだった私には違いがよく分からないけれど、彼にとってはすごく違う。らしい。ニュアンスの違いなんだろうか。やっぱりよく分からないけれど。

チャリンと100円玉を2枚入金すると、ようやく薄っぺらいプラスチック製で出来た丸い板が出てきた。やっと始まるらしい。無駄に白熱したジャンケンをした結果、初球は謙也からということが決定する。そしてどうやらこのゲーム、先に7点取ったほうが勝ちらしい。中央にある得点板が、安っぽくチカチカと光っていた。

謙也はああ見えて一応テニス部レギュラーだし、こういうゲームは得意そうだ。動体視力とか反射神経だとか、悔しいけれどきっと私よりもいいに違いない。うわあ、これって落ち着いて考えると私の方が圧倒的に不利なんじゃ、と考えてみるけれど、そのテニス部員は円盤を打ちゲームを開始する素振りを一向に見せない。どうしたのかと不思議に思って名前を呼ぶと、彼は落ち着きなく首の後ろに手をやって、なんとなく気恥ずかしそうな顔をして言った。

「…えーっと、。その…なんや。…ありがとうな」

え。なにが。突然何を言うかと思ったら、何。思わず拍子抜けしてしまった。ていうかありがとうって、何が。意味が分からずぽかんとしていると、謙也はまるでみなまで言わせるなと言わんばかりに「いや、だから!」と大声を上げる。まるで察しろ馬鹿と言われているような気分になった。

「今日、俺のこと励ましたろ思て誘ってくれたんやろ。だからその…。…お、おおきに、っちゅー話や」
「謙也くん。最後らへん、ごにょごにょしててよく聞こえなかったので、もう一回大きな声でお願いしまーす」
「おま…っ!ふざっけんなや絶対聞こえてたやろが!」

ギャンギャンとまるで犬のように騒がしく突っ掛かってくる謙也は、「どうしてそないに話の腰を折るようなことをやなあ」うんぬんと言ってくる。だっていじってくださいと言わんばかりだったんだもん、謙也が悪いんでしょ。そんな、珍しく真面目で真剣な顔してるからびっくりして、照れ臭くなって、ちょっとかっこいいな・なんて思わせた謙也がいけないんでしょ。ちゃかさなきゃ誤魔化せなかったんだもん。…なあんてこと、絶対言ってやらないけど!

「…でも俺、がいてくれてほんまよかったわ。あほみたいなことばっかやっとったけど、なんやちょっとすっきりした」
「(…えっ)」

思わず、きゅんとした。なにこれずるい。だって、私がいてくれてよかったって。気晴らしになったって。嬉しい。嬉しい。でも一度は、謙也振られたのまじでかやったねとか心の底から喜んでたんですごめんなさい。もしかしてこれってチャンスとか考えてたんですすみません。でも何はともあれ、謙也が元気になってくれてよかった。きっと今見せているのも空元気で、本当は傷なんてこれっぽっちも癒えてはいないのかもしれないけれど、それでも良かった。嘘でも笑っていれば本当に楽しいと思うようになるって、どこかで聞いたことがあったから。

「──なーんて…言うかっちゅう話や!」
「はあ!?」

突然何の前振りもなくカーンと見事な音を立てて勝手にゲームをスタートさせた謙也に度肝を抜かれ、明らかにこの1球目でゴールを狙っていたであろうシュートに全力で腹が立った。なに!つまり今の!油断させるための嘘って!こと!?ちょっとうるっとした私の感動返せ!ついでにときめきも!慌てて応戦したけれど、反応が遅れてちゃんとしっかり跳ね返すことが出来ない。とりあえず謙也のほうへ返せたけれど、壁にワンバウンドしてひょろひょろと弱い球となってしまった。

「不意打ちとかずるい!正々堂々勝負しろーっ!」
「フハハハ!ゲームはなあ、勝ったもん勝ちやねん!これが俺ら、四天宝寺男子テニス部のスローガン!」
「だけど明らかに私が油断してた隙をついてきたのに、見事にゴールを入れ損ねた謙也さん最高にダサいですね流石です!」
「やかましわ!」

だけど毎日テニスをしている謙也でも、これはちょっと違う類いのゲームらしい。まあテニスのラケットと違ってこれは球に当たる表面積とか狭いし、ていうか丸くてどこに行くのか予測不能だしなあ。にしても随分と荒っぽいというか、ミスが目立つ。これいつか自殺点入れそうだなあなんて思っていたら、カコンッという間抜けな音がした。その瞬間、今までリンクの上で走り回っていた小さな円盤が消え失せる。どうやらゴールの穴に綺麗に入っていったらしい。しかも、謙也のほうの。更に言うなれば、謙也のチャンスボールが。…お約束のボケを本気でやってのけてしまう謙也は、やっぱりばかであほでヘタレな奴だった。








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