「……………………」
そわそわとまるで落ち着きがない一くんはその様子を隠すつもりがないらしく、左に行ったと思ったら右に行ったりして意味不明な巡回を始めた。本人は動揺を抑えようと冷静になろうと必死な行動みたいだけど、端から見たら挙動不審以外の何物でもない。ついでに視線はちらちらと僕に向けられているものだから、言いたいことがあるならはっきり言ってくれと思う。普段も用があるときはさっさと声を掛けてさっさと済ますじゃない。
「…一くん、何?僕になんか用?」
堪えかねてこちらから話しかけると、一くんは「いや、用…と言えるものではないのだが…いやしかし用がないと言うわけではなく…」と、だから一体どっちなんだと言いたくなる曖昧な返答をよこしたと思ったら、難しい顔をして考え込んでしまった。
「…ま、要するに急ぎの用じゃないってことだね。じゃ、帰って来てからで良いよね。僕これから出掛ける用があるんだ」
「ま、待て総司!」
とっととその場を去ろうとする僕の背中に、一くんは慌てた様子で声を掛けた。面倒臭いなあなんて思いながら振り返ると、「ひ、ひとつ聞きたいのだが」と言って、やけに真面目な顔をしている。(…いや彼はもともと真面目だけどそういう意味じゃなくて。)とりあえず引き止められちゃったから、「何?」と簡潔に尋ねる。ついでに、「僕そろそろ行かないといけないんだけど」と付け足したら、一くんは「す、すまない。手短にする」と前置きをした後、ゆっくりと口を開いた。
「今し方、出掛ける用があると言ったな。それはもしや、人と会う約束をしていると言うことか?」
「…だったら?」
遠回しでまどろっこしい言い方は好きじゃない。もっと直接言えばいいのにさ。しかし目の前の彼は少し考え込んだ後、「その相手はもしや、その……か?」と、こっちが笑っちゃうくらい動揺の色が広がっていたから、なるほどだからこんなにもらしくなかったのかと納得した。どうやら彼も噂を耳にしたらしい。…と同時に、腹を抱えて笑い出しそうになった。…だって、神妙な顔して何聞くのかと思ったら!おまけに今も緊張の色を目に宿してる。これは少しからかっても良いよね。むしろこれを弄らないで、いつ弄れというのかな。必死に笑いを堪えて肯定すると、一くんはやっぱり食いついてきた。
「い、今隊内では噂話が広まり、風紀が乱れている。故に、あんたも軽率な行動は慎むべきだ」
「ふうん?噂ねえ…。…どんな?」
「そ、それは…」
すると彼は突端に言葉を濁したから、なんて分かりやすいんだと噴き出しそうになる。…駄目だ、やっぱりと思わず腹を抱えて笑ってしまいそうになる。だけどそれをぐっと堪えて、「もしかして、僕とちゃんのこと?」と意地悪気に聞いてみた。すると一くんは「知っていたのか」と言わんばかりの顔で僕を見てくるから、また笑いを耐えるしかない。
「そりゃあれだけ広まってればね、耳に入ってくるのは当然じゃない?」
「そ、そうか…」
「で?君は僕に、ちゃんに会うなって言いに来たの?そういうの、お節介っていうんじゃないかなあ」
「だ、だがしかし!噂に気を採られて隊士の精神が乱れているのは事実だ。このままでは実務に支障を来たす恐れがある」
「その程度で精神が乱れるなんて、その人もしょせんその程度だったってことじゃない?それこそ斬り合いになれば、何が起こるのか分からないんだから。そんな奴、新選組にはいらないと思うんだけど」
「そ、それは…そうかもしれないが…」
すぱっと言い放ってやると、一くんも勢いがひょろひょろと、まるで消えかけの蝋燭みたいに弱くなる。だけど口調の割りに引き下がらないのは、きっと彼の中で譲れない何かがあるからなのだろう。それとも例えに出てきた隊士が、実は自分のことを言われていることに気付いているからなのだろうか。
「じゃあ。…もし僕がちゃんのことがすきだって言ったら、どうする?」
「!」
一くんは心臓が止まったみたいな顔をして、真面目に少し考え始めた。てっきり「な!?」とか言って顔真っ赤になりながらおろおろすると思ったのにな・と思っていると、ようやく結論にたどり着いたらしい彼は顔を上げ、真剣な口調でとある台詞を口にした。…瞬間、必死に耐え抜いてきた笑いの栓が遂に崩壊した。
★
「……ふ…っ、あっはっはっはっは!」
「!?」
突然笑い始めた総司に驚いていると、「いやあごめんごめん。ちょっとからかいすぎたかなあ」と涙目で言ってきた。…まだ笑いが収まらないらしく、腹を抱えてヒイヒイ言っている。…ん?…からかいすぎ…た…?……こいつはまた俺をからかっていたのか!(つまり先程の発言は…嘘!?)
「ああ、だからごめんて…っ!…ふ、!」
「…笑いを堪えられながら言われても、全く説得力がないのだが」
「だって!だって…っ!あっはっはっは!」
やっと落ち着いてきたらしいが、俺はひたすらに殺意をこめて睨むしかない。すると総司は「ごめんごめん」と笑って言う…が、全く反省の色が含まれていないように聞こえるのは何故だろう。…いや実際反省など微塵にもしていないのだろうが。全く謝れた気がしない。
「いやあ、悪いかなあとは一応思ったんだけどさあ。でも一くん、面白いくらい動揺しちゃうんだもん。だからついね、つい。勿論悪意はなかったんだよ?」
「……総司」
「何?」
「…一発でいい。殴らせろ」
「やだ」
★
「…あれっ斎藤さん?…?あれっ?」
きょろきょろと辺りを見回しても、本来約束を取り付けた人物の姿は見当たらない。待ち合わせの壬生寺境内にやってきたのは沖田さんではなく、なんと斎藤さんだった。訳が分からずひたすら首を傾げていると、目の前の彼はそれを察したのか、「総司は仕事が立て込んで来れなくなった。故に、代わりに俺が来た」と坦々と言った。…そっかあ、忙しいのかあ。そういえば仲良くてすっかり忘れちゃうけど、沖田さんもシンセングミのお偉いさんだったんだもんね。残念だけど、仕方ない。
でも代わりに斎藤さんを来させてくれるなんて!嬉しいなあ。もしかして沖田さん、私に気を遣ってくれたのかな!うわあ!うわあ!まさか斎藤さんに会えるとは思わなかったからうきうきしちゃう。久しぶりだなあ。最近全然会えなかったから、こうやってお話するのもいつぶりだろう。
「なんだか久しぶりですね!」
「…ああ…」
あれっ。斎藤さん返事そっけない?かもしれない。いや、元々こういう感じの返事はザラだったけど、なんとなくニュアンスがいつもと違うと言うか…。もしかしてお仕事が立て込んでるって言ってたから、疲れてるのかなあ。…だ、だとしたら私、なんてことを!斎藤さんに会えてラッキー!って思ってたけど、よく考えたら斎藤さんも忙しい人だったんだ!だから最近は斎藤さんに会いに行くのも我慢して、我慢して我慢して我慢してたっていうのに!…斎藤さん、本当はここに来たくなかったのかもしれない…!(うわあー!)
「さ、斎藤さん!もしかして、お疲れですか!?」
「…え?いや俺は…ただ先刻総司に余計なことを言われてからかわれ、」
「!(よ、余計なこと…!)や、やっぱり迷惑だったんですね…!あ。そういえば前に沖田さんが、斎藤さんは睡眠時間削って仕事してるみたいだって言ってた気もするし…。せ、せめてものお詫びに、私、膝くらいならお貸しします!」
「!?ひ、膝枕!?」
「はい!それくらいなら私にも出来ます!まあ寝心地は保障出来ないし、流石にちょっと恥ずかしいですが…!あの…っ!ど、どうぞ…っ!」
「!!?!???!???」
「あ…っ!あんたは、な、何を!言って!?」「え!?だ、だって…!」
20101219