「(や、やっぱり、そうだった…!)」

見慣れた同僚とその横に仲良さ気に団子を頬張る少女を物陰から見、自分の中にあった仮説はピコーン!となにやら奇妙な音を立てて現実と合致した。初めて会ったときから2人にはなんとなーくそのような雰囲気はあったし、それっぽいことは口にしていたのは事実だ。しかし相手があの総司だったから、からかわれているのだろうかと半信半疑だったのだ。しかしそれが今確信に変わった。

少女の名は知っている。初めて会ったときに名乗られた。記憶が正しければ、彼女はと言っていた気がする。身なりを見る限りはなかなかの物を着ているようだから、それなりの家の娘なのだろう。そういえば雰囲気は町娘とは少し違う気がする。人懐こそうな雰囲気を放ちながらも、しかし何かが違う。とはいえ武家や大名の娘かと言われると…やっぱり違う気がする。

…ほら、見て欲しい。あのそんな彼女と親しそうに楽しそうに雑談をしている総司の姿を。物凄く楽しそうだ。あんな楽しそうで生き生きとしている姿、誰かをからかっているとき以外に見たことがない。つまりはきっと、そういうことだ。

「(あの総司に恋人が、いた!)」

まさかあの総司に先を越される日が来るとは思わなかった!





なにやら最近屯所内が騒がしい。いや、騒がしいというより、落ち着きがないと言った方が正しいのだろうか。浮き足立っている。そんな表現がしっくりくる状態だ。なにやら隊士達がぼそぼそと言っているから、何か噂話が蔓延しているのだろう。…そんなことで気を紛らわせていてるのも如何なものかと考えていると、隊士達の会話が耳に入ってきた。

「そういえばこの間も、2人で仲良さ気に団子を食べていたのを見たぞ」

「なんでももう将来の約束もした仲で、局長や副長への挨拶も終えたんだとか」

誰の話だかは知らないが、すっかり浮いた話が持ちきりとなっている今、隊内の風紀はすっかり乱れてしまった。この状況、感心せん。局長や副長のお手を煩わせる前に、早急に対処する必要があるようだ。噂というのは事実か否か、第三者が区別しかねる漠然なことに尾ひれがついて、好奇から広まっていくものだ。つまりは真実がはっきりすれば、隊士達の興味も薄れるだろう。やれやれと半ば溜息をついた。子どもじゃあるまいし、たかが噂話にこうも夢中になるとは。

「…お前達」
「?…!さ、斎藤組長…!」
「雑談をするのは結構だが、噂話で精神が揺らぎ集中力を欠かすことは感心せん。戦場は遊び場ではない。そのような状態で浪士と斬り合いになれば、命をも捨てることも繋がりかねん」
「も、申し訳ありません…っ!そ、その…あまりにも意外な人の話だったので、つい…!」
「……意外な人…?」

そうしてその隊士達は己の反省を込めて、噂の詳細を語り始めた。






夕方。子ども達に遊んでもらって帰ってきたら、好奇の目をした近藤さんに出迎えられた。あれ、嬉しいなあ。近藤さんがわざわざ待ってくれているだなんて。色々忙しい人なのに。しかし、ただ「おかえり」と言うために待っていた訳ではないらしい。すぐに「時に総司、あの噂話は本当か?」となんだか嬉しそうな顔をして言ったから。…出来ることなら、近藤さんが本当に嬉しそうにしているから僕も「そうですよ」と言ってあげたかったんだけど、生憎僕に聞き覚えの無いことだったので首を傾げる。

「噂?何ですか?それ」

すると近藤さんは「とぼけなくても良いぞ」とまたよく分からないことを言う。どうやら僕が照れくさがっていると思っているらしい。ますます訳が分からなかった。噂…噂ねえ。面白そうな響きだけれど、話から察するに、どうやら僕のことについてらしい。噂をネタに人をからかうのは好きだけれど、自分のことを流されるのは嫌だなあ。まあそんなこと、近藤さんには絶対言わないけれど。

「本当に知らないんですけど、どんな噂なんですか?」

残念そうにしている近藤さんにこんなこと聞くのも申し訳ないけれど、もし見も蓋も無い話だったり迷惑極まりないことだったら噂を流した張本人を突き止めて叩っ斬ってあげなきゃいけないし。そもそも噂なら、僕じゃなくて土方さん辺りのでも流せば良かったのにさ。そしたら僕も喜んで広めてあげたのに。





ブンブンとただひたすらに斎藤が素振りをし続けて、かれこれ一刻は過ぎたのではないだろうか。しかし斎藤は全く止める気配を見せていない。むしろ、まるで何かを振るい落とすかのように相変わらず黙々と稽古を続行している。…疲れないのだろうか。普段からあまり表情に出ない奴ではあるが、だからこそ流石に心配になる。思い切って声を掛けた。

「…おい斎藤」
「………………………」
「?おい、斎藤!」
「……?…!ふ、副長!も、申し訳ありません…!素振りに集中していたもので…!」
「いや、それは良いんだが…大丈夫か?」
「…大丈夫、とは…?」

まるで何のことを言っているのかが分からない、という目をしていた。…自覚がなかったのか。普段冷静な奴なだけに意外だが、ただ稽古に集中したかっただけなのかもしれない。まあそれなら良いんだが、やりすぎも毒だ。

「いや、なんか必死になって素振りしてたように見えたからよ。何かあったのかと思っただけだ。…俺の思い過ごしなら良いんだが」
「お気遣い、ありがとうございます。ですが副長がお気になさることは、何も」
「そうか。なら良いんだが…。稽古の邪魔して悪かったな」
「いえ」

稽古に精を出すのもいいが適度に休憩しとけよとだけ告げて、俺も仕事がまだ残っていることもあり部屋に戻った。





…いかん。副長に心配をお掛けしてしまうなど、何をしているのだ俺は。雑念を振り払うには素振りが最適だと思い起こして始めて見たはいいものの、素振りをしながら噂話のことをただひたすらに考えていただけだった。…これでは全く意味がない。いや素振り自体は意味があるのだがそういうことではなく、結局は雑念を逆に考え込んでいるということが意味がないということで…。雑念……。


『なんでも沖田組長に、という名の女がいるらしいのです』
『すでに婚姻の約束も取り付けているとか…』
『え?俺はもう夫婦だと聞いたぞ?』
『俺は既に赤子がいると…』


…………何故こうなった。は総司とも仲が良いから、おそらくは二人で一緒にいるところを隊士の誰かに見られたのだろう。総司に浮ついた話など聞いた事がないからこのような凄まじい勢いで噂は広まっていったのだろうそうに違いないむしろそうであってほしい。

「(しかし夫婦…赤子だと…!?)」

いささか突拍子過ぎやしないだろうか。確かに仲は良いようだが、だがしかし…!…はあ、と柄にもない溜息をついて空を見上げる。青々とした空に、ゆっくりと流れる雲を見つけた。ぼうっとそれを眺めていると、また溜め息が出た。

「(………何故噂の相手が俺ではなく、総司…)」

確かに最近は、は俺よりも総司と会うことのほうが多いようだ。それは局長や副長のご負担を少しでも減らそうと、出来る限り仕事を入れている俺が原因なのだが。それに俺は元々、誰かを、特に女を気軽に誘うような器用な性格ではない。だからいつもから会いに来てくれた。そして(情けないと言われるかもしれないが)俺はそれを待っていた。しかし近頃多忙らしいということを総司越しに聞いたは、俺に気遣ってか声を掛けることを遠慮するようになったらしい。だから嬉しそうに笑う彼女を、近頃は見ていない。…その結果が、これか。


『すでに婚姻の約束も取り付けているとか…』


…つまり二人はそういう間柄に見えたと言うことだろう。まあ仲は良いようだし、何度も何度も二人でいるとこを見ればそう思ってしまわなくも…。…………。ま、まさか本当にそうなのだろうか。二人は非常に気が合うようだし、お互い甘いものもすきなようだ。だからよく団子やら大福やらを一緒に頬張って回っているらしい。この間もその土産の菓子を局長に渡していた。まさか本当に二人はそういう関係なのだろうか。俺が気付いていないだけで。確かに火が無いところに煙は立たないというし…。

「(いやしかしそんな、ま、まさか…っ!)」

ぶんぶんと首を振って小さく生まれた仮説を外へ追い払おうにも、次から次へと増殖してどんどん大きくなっていく。なぜか仲良さ気に名前を呼び合う二人の光景までもが頭に浮かんできた。…なんとなくしっくり見えてしまうのはなぜだろう。

「(…い、いやいやいや!な、何!何を!)」

ぶんぶんぶん!とまた首を振って雑念を振りほどこうとするも、一度そう思ってしまったものはなかなか外に出てはくれない。「もしかしたら…」と思うと、いてもたってもいられない。…俺らしくない。しかし総司があそこまで固執する人間もそういないのではないか。まあ総司は総司で面白半分でに関わっているようだが、もはやその興味が恋愛対象に変わっていてもおかしくは…?………。

…考えていても仕方がない。ならばいっそ、本人に直接聞いてみれば良いではないか。そうしたほうがずっと早い。そう結論に至ったは良いものの、結局なかなか口にすることが出来ず、それから四日が過ぎてしまった。その間、噂はまるで誰かが故意に流しているかのように凄まじい速さで、しかも更に尾ひれを付いて広まっているようだった。


(………俺は一体どうしたいのだろうか…)



20101219