それは、中学3年生のときのこと。受験も無事に終わり明日に卒業式を控えている私達は、放課後になった今も教室に居座って、今日渡されたばかりの卒業アルバムの寄せ書きページをひたすら埋める作業に没頭していた。そもそも、明日卒業するっていうのに前日にこんな大事なものを渡すのは遅すぎると思う。私やおとやは普通の高校には進学しないからこそ、しっかり思い出を残しておきたいと言うのに。
「(?そういえばおとやはどこに行ったんだろう?)」
きょろきょろと教室を見回してみるも、幼馴染の姿は見当たらない。ついさっきまでクラスメイトに囲まれて私と同じように寄せ書きに勤しんでいたというのに。…もしかして。嫌な予感が脳裏を掠める。中学生活のカウントダウンが刻一刻と迫っているということも相まって、実は最近おとやは女子生徒からの告白が後を絶たない。後輩だったり同い年の子だったりとそれはそれは幅広い子からのお呼び出し。今のところ全て返事は一貫として「ごめんなさい」みたいだけれど、私はおとやが女の子に呼ばれるたびにそわそわとして落ち着かない日々を送っていたりする。
「あ、音也!どこ行ってたんだよー!お前からの寄せ書き、まだ書いてもらってないんだけどー」
クラスメイトの男子の声にどきりとしつつドアのところを見てみれば、幼馴染が「ごめんごめん」と笑いながら謝っている姿が目に入ってきた。えっと、見たところいつもと様子は変わらない…かなあ?どうだろう。どんな寄せ書きを書こうか悩んでいるような素振りを見せつつも、実際はそんなことを考えている私は、どれだけおとやで頭がいっぱいなんだろう。でもとりあえず告白じゃなかったっぽい、かな!よかったよかったと安堵したところで、寄せ書きのシメの一言を書き始めることによう。えーっと…。
「そういえば音也。今の、隣のクラスの女子からお呼び出しだったんだろ?」
え!や、ややや、やっぱりそうだったの!音也と雑談を始めていた男子生徒が思い出したかのようにとんでもないことを口にしたものだから、凄まじく動揺して文字が歪んでしまった。ていうかお呼び出し!って!鈍器で頭をがーんと殴られたような衝撃を受けていると、更に追い討ちをかけるように幼馴染がそれに頷くものだから、私はもう出来ることならばたりと倒れてしまいたかった。おまけに詳細を聞き出そうとしている男子もいるものだから、なんだかふらふらとしてくる。ほ、ほんとに、こくはく!だった!
「…ちゃん、大丈夫?」
「………ウ、ウン……」
様子がおかしいことに気付いたらしい女友達は声を掛けてくれるけれど、当の私はロボットのようなカタコトな返事を寄越すものだから、彼女達はますます心配そうな顔をする。大丈夫と言ってはいるものの、全然大丈夫じゃないのは見え見えだった。動揺が隠せない。…アイドル志望なのに演技力の欠片すらないというのはだめだよね。…でも、だって!これは流石に!いや、もうこんなの慣れっこ!慣れっこだけど!でも!
「(…私もほかの皆みたいに、おとやにすきって言えば楽になるのかなあ…?)」
そうしたら何気ない一言で一喜一憂したり、苦しいくらい胸がぎゅうって締め付けられたり、そういうの全部なくなるのかなあ。それがいいことなのか悪いことなのかまだ私には分からないけれど、そしたらこんなに動揺しなくて済むのかなあ。どうなんだろう。だけど他の子達と少し違うところは、私には幼馴染という特別なカテゴライズを壊したりなくす度胸を持ち合わせていないということだった。…これも何度考えたことだろう。思わずため息が出てしまう。
「、お待たせ!帰ろ!」
「え?」
お待たせって、今日おとやと一緒に帰る約束してたっけ?きょとんとしていると、私と同じ様に不思議そうにしているクラスメイトは、「おい俺の寄せ書きはー!」と文句を言っている。おとやは明日書くよと笑っているけれど、えっと、いいのかなあ?確かに私はもう寄せ書きは終わったけど…。(動揺のあまり素晴らしく歪んだ文字のやつが)だけどおとやは最初から私の意見を聞くがないらしく、周りの友人に「また明日なー」なんて別れの挨拶を交わしている。ど、どど、どうしよう。突然の展開に訳が分からくなっているまま相変わらず席に座っている私に気付いた音也に「早くー」なんて悪戯っ子みたいな笑顔で言われたら、私は大人しく幼馴染の言うとおりに行動せざるをえない。
★
「。大丈夫?」
「え?何が?」
おとやのいう大丈夫の意味が分からなくて、私はきょとんと首を傾げる。するとおとやは俺の勘違いだったら良いんだけど遠慮しがちに前振りした後、どこか心配そうな顔をした。「、さっき教室で寄せ書き書いてたとき、様子変だったでしょ。だから具合悪いのかなって思ったんだけど…ごめん、余計なお世話だったよね。…なんか俺、無理矢理だったし」…えっ、そうだったの!思いも寄らなかった展開に驚きつつも、喜びが隠せない。もしかして、だからあんな強引に帰ろうって言ってくれたのかな。…私のためだったんだ。私のこと見てくれてたんだ。嬉しくなって緩む頬を気付かれまいと、無意味に髪を直すふりをして誤魔化した。
「…えっと、心配してくれてありがとう。でも大丈夫!元気だよ!書きすぎて手が痛いなーって思ってただけだから!」
「そっか。いっぱい書いてたもんなー。他のクラスのやつもいっぱい来て、軽いサイン会状態だったし。本当、みんなのことだいすきなんだなー」
「そ、そんなことないよ!」
「絶対そうだって!俺ものことすきだし!」
「えっ」
「…あ。や、えーっと…うん…」
思い出したように照れたように頬を染めてどこかそっぽを向いしまうおとやに、私も急激に恥ずかしくなってしまった。わ、分かってるよ!おとやは別に恋愛感情としてのすきって言ったんじゃなくて、その、友達としてってことなんだよね!でも私が変なリアクションしちゃったから、何も言えなくなっちゃったんだよね!うん、ちゃんと分かってる!分かってるよ!でもやっぱりすきな人にすきって言われるのはどうしようもなく嬉しくて、どうしようもなく意識してしまうんだよ。
「えっと…どうも、ありがとう…」
「ど、どう致しまして…」
…な、なんなんだろうこの微妙な空気。急にぎこちなくなっちゃった。私が意識しすぎてるのがいけないのかな…!こんな雰囲気今までなったことないから、なんとなく居心地が悪い。…と、とりあえず、話題を変えよう!このままじゃ私が今のすき発言をうっかり間に受けて動揺したってことがばれちゃう!…話題変え…。えーっと…えーっと…!………あ。
そういえば、さっきからもやもやと胸を覆うわだかまり。…聞いていいのかなあ。ちらっと隣のおとやを見てみるけれど、聞いて良いのかだめなのか、その判断がいまいち出来ない。プライベートに入りすぎかなあ。やっぱり聞かれたくないものなの?雰囲気もっと壊れちゃう?で、でも気になる…!もしもほんとに告白で、もしもおとやもそれをオーケーしちゃったら、私…私…っ!……ええい、聞いてしまえと、意を決して幼馴染の名を呼んだ。
「そ、そういえばさっき、隣のクラスの子から呼ばれてたんでしょ?な、何言われたの?もしかして告白とか?」
どきどきしながらもそれを極力表に出さないよう必死に自分を抑えつつ、まるでなんとなく気になったと言わんばかりの顔で聞いてみる。本当はなんとなくどころかすごく気になるのだけれど、そんなこと絶対に言えない。しかし当のおとやは全く気に留めないとでも言わん顔でけろりとしていた。
「ああ。そんなんじゃないよ。学ランのボタンちょうだいって言われただけだから」
「え!…ど、どうするの…?」
内心慌てながらも、やっぱりそれが表面に出ないよう必死に冷静さを繕いながら問いかける。学ランのボタンって、第2ボタンだよね…?じゃあボタンちょうだいってことは、つまりその子はおとやのことすきって、こと!?おとやは「告白なんかじゃない」って言ってたけど、それ完全に告白だよ。おとや、気付いてないのかなあ。…もー!おとやってば天然なんだからー!…いや、だからこそ助かったんだけど…!どきどきしながら幼馴染の返答を待っていると、彼はきょとんとしながら答える。まるで私の心中なんて気付きもしないみたいな顔で。
「ん?別にボタンくらい良いかなって思うからさ、あげようかなーって」
「!だ、だめだよ!」
「へ?なんで?」
「え?な、なんでって…!」
ど、どうしよう!つい反射的にだめだなんて言ってしまったけれど、なんて返せばいいんだろう?おとやのことがすきだから、他の子にボタンあげるなんて嫌なの!…なんて言えないし…。うわあ、もしかして私、墓穴掘っちゃったのかな…!で、でも、このまま「へーそうなんだー」なんていい子ちゃんしてたらほんとにおとやその子にあげちゃいそうだったし…!…な、なんとか誤魔化さないと…!うまく言える自信全くないけど!
「あ、や、その…!お、男の子にとってはただのボタンでも、女の子にとっては憧れなの!第2ボタンは特に!だ、だからそんな簡単に…っ!だ、だめだよ!」
「そうなの?でも憧れだったら、余計あげたほうがいいんじゃ…」
「だ、だめったらだめ!ちゃんと、大切な人にあげなきゃだめなの!じゃなきゃあげちゃだめなの!」
あっ。…大声を出してしまった。普段滅多に怒鳴らないからか心底びっくりしたらしいおとやは迫力負けしてしまったのか、そのまま素直に「ご、ごめん…」と小さく謝った。違う。ちがうの。私、謝られたかったわけじゃない。そんな顔させたかったわけじゃないのに。
「…う、ううん…。私も、ごめんね…」
「…ううん」
2人揃ってしょぼんと俯く。どうしよう、すごく気まずい。謝ったって、すぐいつもの空気に戻る訳じゃない。ちらりとおとやの様子を伺えば、やっぱり落ち込んでいるように思えて、こんなことならあげないで、なんで言わなきゃ良かったのかな・なんて考えてしまう。ううん、それはやっぱり嫌なのだけれど、こんな微妙な空気も嫌。
その後なんとなくお互い気まずくて、いつも隣で笑い合って通る道を、人一人分あけて帰った。いつもは施設に着かなければいいって思うくらいいつも楽しくて嬉しくて仕方ない帰り道と言うのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。帰り道がいつもよりずっとずっと長く感じて、こんなにも時が経つのが遅く感じたのは初めてだった。
20110917 ちょっと前までいい雰囲気だったのに…^q^