機会を伺い続けてかれこれ二週間が過ぎようとしているが、どうもタイミングを綺麗に見逃してしまっているように思えてならない。だからだろうか、青く澄みきった空は雲一つ浮かんでいないというのに、わたしの心は随分とせわしなく落ち着きがなかった。この重い心臓を抱え続けるのはとても気が滅入ってしまう。縁側に腰掛けながら園庭に咲き誇る満開の桜を見つめ、右手の上でひっそりと存在を主張している悩みの種を思っては溜息が漏れた。

「元気ないね」

静かに流れていたはずの空間に聞き慣れた声が予想外に飛び込んで来たものだから、大げさなほどに肩を揺らしてしまった。慌てて声の主を見やると、ここ最近ある意味悩みの原因である彼が、今日もトレードマークの黒の眼帯で右目を隠した姿で立っている。彼の姿を捕えた瞬間、先程まで沈んでいたはずの心臓が大きく反応してしまった。

「みっ、光忠さん!」

驚きのあまり、どうしてここにと言わんばかりの声が出てしまった。しかしそのお陰で自分が今手にしているものの存在を思い出すことが出来た。慌ててそれを右ポケットに突っ込み、気付かれまいと普段通りの笑顔を張り付ける。…まるで悪戯を隠す子どもみたいな気分だ。いや、若干その状況とは違うとはいえ、隠していることには違いないのだけれど。

「お疲れ様です。内番の休憩ですか?」
「うん。…ね、隣いいかな」

そう尋ねられて断る理由もなく頷くと、光忠さんは微笑みながら礼を言ってわたしの左隣に腰掛けた。どうやら隠したものには気付かれなかったらしい。…いや、それとも特に気に留めなかっただけなのだろうか。それまでぶらぶらと宙で遊ばせて若干開き気味だった足をそっと閉じて姿勢を正しながらそんなことを考えてみるも、どれが正解なのか分かるはずもなかった。

…しかしまさか物思いにふけっているときにやって来るとは、タイミングが良いんだか悪いんだか。…いや、もしかしたら、今がそれを果たすときだと神様が言っているのだろうか。いや待て待て、光忠さんたちも確か神様の一種だったような気がするし、この絶妙なタイミングでの登場、まさか心でも読めたりするのだろうか。…そんなことは絶対にありえないのだけれど、でも…。

「…ここ最近、よくぼんやりしているね。何か悩み事かな?」
「えっ!」

しかしずばりと言い当てられてしまった。また大袈裟なほどに反応してしまうと、「君は本当に分かりやすいね」と笑われたものだから、恥ずかしくなって目を泳がせてしまう。…まさか本当に心の目をお持ちだったのだろうか。しかし彼が言い当てた「悩み事」のことがことなだけに素直に頷くことが出来ずためらっていると、それが口にせずとも肯定の仕草になってしまっていたらしい。意図せずとも分かりやすく「どうして分かったんだ」と言わんばかりの反応をしてしまうわたしに、光忠さんはさも当然と言わんばかりに言った。

「そりゃあ僕は、君の近侍だからね。一応この本丸で、誰よりも君のことを分かってるつもりだよ」

一瞬何を言われたのか理解できずタイムロスを発生させた後、じわじわと込み上げてくる何かが胸の中であっちこっち走り回っている。だってそんな、「今日の夕飯?ああカレーだよ」みたいな、さも当たり前のようなノリで言われても。そんなことを言われたらどうしても自分の都合のいいように解釈をしてしまって、どう反応したらいいのか分からなくなってしまうよ。ついついにやけてしまいそうになるのを誤魔化さなければならないのに残念ながら高機能なポーカーフェイスは装備されていないから無意味だ。そもそもどう返せば正解か分からないわたしには、彼の投下した爆弾は大きすぎた。気が付けば耳が随分と熱い。

「…ありがとうございます」

例え社交辞令だったとしても、今の言葉は大事に大事に取っておこう。何かつらいことがあったとき思い出したら元気をもらえる気がする。だけど本心は隠そうとそっと俯いたのに、溢れんばかりに湧き出してくる感情は抑えきれず、つい口元が緩んでしまった。

「ふふー」
「…あれ。なんか急にご機嫌になっちゃったね」
「すみません」
「笑われながら言われてもなあ」

全然説得力ないよと言わんばかりに苦笑する光忠さんの声は優しくて、どうしても笑みが止まらないわたしに釣られるように笑った。わたしは彼の、少し困ったようなはにかんだ笑顔がすきだった。別に困らせたいわけではないけれど、言っていることとは裏腹に満更でもないような雰囲気で優しく微笑んでくれる彼はいつもわたしを安心させていた。だからかわたしは光忠さんの前ではいつも笑ってばかりいる。そんなわたしの頭をふわりと撫でたのは、風が桜を揺らしたのとほぼ同時の出来事だった。風が通り過ぎたにしては優しすぎる感覚に随分と動揺した心臓を隠しながら顔を上げる。

「み、光忠さん…?」
「…え?あっ。──ご、ごめんね…!」

まるで頭を撫でられたような感覚におそるおそる声を掛けると、彼はなぜか少し驚いた様子で言ってすぐに手を引いた。そして珍しく歯切れの悪い返事を寄越しながらわずかに右上に目を逸らしていたものの、光忠さんはすぐに何かを思い出したかのように言う。

「……ええと、その…。──…桜の花びらが付いてて。驚かせてごめんね。もう少し、じっとしててくれるかい?」
「あっ、はい」

照れ臭くなって俯き、ありがとうございますと小さく呟いてから、これはきちんと目を見て言うべきだったかもしれないと後悔した。けれどこの状況で光忠さんを見つめ返すことは拷問に等しい。妙に意識してしまっているのはわたしだけだと知ってはいるけれど、ぎゅっと一人で握りしめた手にじっと視線を注ぐことしか出来ない。

「(そっか、桜が付いちゃってたんだ)」

確かに部屋の前は桜が満開だし、庭を出歩いてはいないけれど今日は風が強いから、廊下を通ったときにでも自分でも気づかないうちに頭の上に乗せていたのかもしれない。なんだ、そうだったのか。てっきり頭を撫でられたのかと思ってびっくりしてしまった。………なんとなく、ちょっと嬉しかったんだけどな。

「(………熱い)」

急に自分が恥ずかしくなってきてしまった。なんだかくすぐったくて身を縮こめる。花びらを取ろうとしてくれているだけなのに、やっぱりどうしても頭を撫でられているような感覚になってしまって。…随分と時間がかかっているような気がするのは、光忠さんが手袋をしていて小さい作業がしづらいからなのかな。そういうことなのかな。髪に触れられるたびになんだかくすぐったくて恥ずかしくて一刻も早く終わってほしいと思う反面、ほわほわしてよく分からない感情が広がってもう少しこのままでいたらいいと願ってしまう。光忠さんはとても優しいから安心してしまうのだろうか。そういうことなのかな。

声を聞くだけでうれしくて、名前を呼ばれるのがうれしくて、話してくれるのがうれしくて、笑ってくれるのがうれしくて、喜んでくれるのがうれしくて、構ってくれるのがうれしくて、そばにいてくれることが何よりうれしい。彼のそばにいるとあたたかい感情が湧きあがってはいつだってわたしを舞い上がらせるから、どうしても光忠さんの前では笑ってばかりいる。それでいてそれが他の人とは違うというのはなんとなく分かっていたけれど、それをなんて言葉で表現したらいいのかが分からないままでいた。

昔から分からないことがあればすぐに彼に尋ねたり相談してきたものの、こんなことを光忠さんに聞いてしまえばきっと困ってしまうであろうことは無知なわたしもなんとなく理解している。彼の困ったように笑った顔がすきとは言ったが、本当の意味で困らせたいわけではない。だから彼には何があっても絶対に言えない。…そう、つまりわたしは彼に優しくされればされるほど、得体の知れない謎の暖かな感情を貯めては温め続けているのだ。

「…はい、待たせたね。もう大丈夫だよ」

そんな光忠さんの声にそっと顔を上げると、今まで髪に触れていた彼の手が離れていく姿が目に入る。名残惜しく思いながらもそれを表に出さずに礼を言うと、光忠さんはいつもどおりの優しい顔で笑った。それがなんとなく照れ臭くて、自分で左耳横の髪を指で梳かすように触れてみる。別に何も楽しいことなんてない普段と変わらない髪のはずなのに、ちょっとだけいつもより違っていて、ちょっとだけ嬉しい。少し緩みそうになる口元を必死に誤魔化しながら、ふと思った。

「(そういえば、花びらはどこかへ捨てちゃったのかな)」

てっきり見せてくれる気がしていたけれど、黒い手袋の中に薄い紅色はすでにないように思える。…なんとなく、本当になんとなくだけれど、もらって大事にしようかな、なんて頭の隅で考えていた淡い計画は見事に駆逐されてしまった。確かに地面には溢れんばかりに薄紅色の絨毯が敷かれているけれど、そこから拾い上げたいと思うものは存在しない。なぜならば、わたしは決して桜の花びらがほしかったわけではないのだ。でも、ほしいわけじゃないんだけどほしかった。…違う。多分そうじゃなくて、いや、そうなんだけど、なんていうか。

「…ど、どうしたかな?」

どこかぎこちない様子で尋ねてきた光忠さんに慌てて首を振っては、なんでもないですとまるで付け足したかのような台詞を口にしてみる。だって、まさかあなたが取ってくれた花びらがほしかったんですなんて言えるはずがなかった。だってきっと、そんなのおかしい。…それでもなんとなく特別に思えてしまったのだ。彼が触れた、たった1枚の小さな花びらが。

「(…だめだなあ)」

光忠さんと一緒にいればいる時間が増えれば増えるほど、どんどん秘密が増えていく気がする。彼はいつだって優しくてあたたかくてとても頼りになるから、何だってないしょにする必要なんてないはずなのに。けれど罪悪感が湧くどころか心のどこかではそれを喜んでいる自分がいるから不思議だ。誰にも触れられない宝箱にひとつひとつ大事にしまって鍵を掛けているような感覚はなんなのだろう。なぜだか頬が緩んでしまう。

「…なんだか、少し元気になったかな?」

ずっと見守るように笑っていた光忠さんが言った。その言葉に顔を上げると、彼はやっぱり柔らかな笑みを見せる。…どうして彼にはいつもこんなにあっけなく見破られてしまうのだろう。

「…わたし、そんなに気を落としてました?」
「うん、そうだね」
「えっ!」

自分では隠していたつもりだったのにあっさり見破られていただなんて。しかも即答されるほどに。自分はそんなに顔に出やすいタイプだったのだろうかと慌てて顔を隠すように両手を頬にやると、光忠さんはどこかおかしそうに「…ああ、ごめんごめん」と言って笑ってしまったことを詫びてくれた。だがしかしその顔は相変わらずのもので全く説得力がない。我ながら見事に不貞腐れたような声で念を押すように彼の名を呼ぶと、光忠さんは先程と全く同じ台詞を繰り返したかと思ったら急に真面目なトーンで言った。

「…何があったのって、聞いてもいいかな」

空気がガラッと変わった気がする。決してピリピリした張りつめたものではなく、少し落ち着いていている真面目なそれに。そういえば彼はもともとわたしの様子を見に来て話を聞こうとしてくれていたし、心底心配してくれているのだろう。それはとてもありがたいものの、わたしがかれこれ二週間頭を抱えていた理由が理由なだけに、今回ばかりはすんなりと彼に打ち明けることは出来なかった。

「…えーっと…」

どうしたらいいのか分からずあからさまに顔を逸らしては無意味に視線を泳がすわたしに、光忠さんは少し淋しそうな声で言う。

「…僕じゃ、頼りないかな…?」

その言い方はずるい。現に慌てて否定したけれど、じゃあ何?という流れになってしまった。そう、先手を打たれてしまったのだ。…やっているところは見たことはないけれど、彼は将棋とかチェスとか、そう言った類いのものがひどく得意そうに思える。…ああ光忠さんてチェス似合いそうだなと頭の端でぼんやりと現実逃避をしながら、それでも変わることなくじっと注がれる琥珀色の瞳に私は嘘をつく術など持ち合わせておらず、自信なさげに俯いた。…わたしは今、どんな顔をしているのだろうか。頬のあたりが随分と熱いのだけれど。

「…わ、笑ったりしませんか」
「うん」
「くだらないって、言ったりしませんか」
「うん。言わない」
「…ぜったい?」
「うん、絶対。僕が君に嘘なんてついたことなかったでしょ」

その言葉に胸が締め付けられた気がして、パーカーの右ポケットをぎゅっと握る。それはさっき彼に声を掛けられて咄嗟に入れたものが、ひっそりと身を隠しているところだった。大事に仕舞い込んでいた秘密、ひとつ渡してもいいかな。こんなことで悩んでたのか、なんて呆れられたりしないかな。今となってはわたしの自己満足で、彼を困らせてしまわないかとてもこわい。この二週間、ずっとずっと悩んで、ずっとずっとためらっていたこと。けれどここまで来たらもう後戻りはできない。意を決してポケットから取り出したそれを、そっと二人の間の床の上に置いてみる。もう彼の顔を見ることは出来なかった。

「…お守り?」

少し意外そうな声が聞こえて、視線を落としたままこくりと頷いた。彼の言うとおりのそれは、ありふれた茶色い木目の上でありありと存在を主張している。うっすらと光る淡い金色が眩しい。

「ほ、本当はどの子にもあげられたらいいんですけど、なかなかそういうわけにもいかなくて。…その、経済的に。だから限られた人にしか渡せないし、あの、他の子がいるところでは渡せないなって。思って。だからずっと機会を伺ってたんですけど、なかなか。だからえっと、えっと…」

うまい言葉が見つからなくてしどろもどろになってしまうわたしを、彼はどう思っているのだろう。どうしよう、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。恥ずかしくて顔を上げられず、気を抜けばなぜか溢れそうになる涙を必死に堪えることで精一杯でろくに話せないけれど。それでもこれだけはどうしても渡したくて、ずっとずっと溜め続けてきたわたしの気持ち、ほんの少しでも伝わりますようにと大きく息を吸って、意を決して呟くように言った。

「…………お、お納めください…」

情けないほどに震えた声は随分とか細いものだった。せめて光忠さんの耳に届かなくても意味が分かるようにとお守りに三つ指をついてそっと差し出すように彼との距離を縮めてみる。しかしどうしたことだろう、息をすることすらなぜか苦しくて熱くてどうしようもない。…わたしの心臓は、こんなにも存在感があっただろうか。鼓動がまるで何かのカウントダウンでも始めるように全身を駆け巡ってはうるさく鳴り響いている。時間が経つのがこんなにも遅く感じるなんて。たった数秒の沈黙が、どんな攻撃を受けるよりもダメージを受けるものだなんて知らなかった。やっと渡すことが出来たという解放感よりも遥かに蓄積されていくのは、なかなか反応が来ないことによる焦りと緊張だった。

「(…せめて何か言ってほしい…)」

お守りに添えていた指を引っ込めてしまったのは彼から何の反応もくれないことに耐えきれなくなったからなのか、それとも震えていることに気付かれたくなかったからなのか、一体どちらなのだろう。何かに耐えるように膝の上でひとりぎゅっと自身の手を握りしめていると、なかなかなタイムロスを生じさせた後、頭上から驚きの声が聞こえてきた。

「………えっ?…あ。僕に?」

予想外だと言わんばかりの反応は珍しく慌てているように聞こえるが、わたしは必死すぎて顔を上げることが出来ず、相変わらず俯いたままひたすら頷くことでしか出来ないため確認は出来ない。

お守りはとても貴重で神聖なもので、かつ、刀剣男士にはとてもご利益のあるものと言われていた。

しかし特別なそれを渡すのはすなわちあなたがこの本丸の刀剣の中で誰より大切ですよと言っているような気がした。…わたしは審神者だから、こんな優越を付けちゃいけないのに。みんなみんな大事だから順番なんて存在しない、しちゃいけないはずなのに。そう頭では分かっていてもどうしても彼にだけは渡したいと思ってしまったわたしは審神者失格なのだろうか。そんな罪悪感と緊張感から気軽に渡すことも、はたまた手にしてしまった手前こっそりタンスに仕舞い込むことも出来ず、渡す機会をずっとずっと伺っていたのだった。

だからこそ光忠さんの何気ない反応は刃となって突き刺さる。…やっぱり、困らせてしまった。もしかしたら重いと思われたのかもしれない。けれどもう後戻りが出来ないから、慌てて取って付けたかのような補足で誤魔化すかのように口を開いた。

「あ、あの、その。み、光忠さんはずっと近侍をやってくれて、一軍の隊長も引き受けてくれて、何かと相談にも乗ってくれて、右も左も分からなかったわたしを支えてくれて、いつもすごく助かってるんです。あ、助かるだといやなんかニュアンス違うかなえっと、か、感謝してるんです。だけどわたし、光忠さんに全然お返しも出来てなくて、だからせめてあの…って、思ったんです…けど…」

必死すぎて威勢よく早口になっていたのは最初だけで、徐々に自信なさげに小さくボリュームダウンして自然消滅してしまった。沈黙を絶つように風が桜を揺らしては春の音を奏でているというのに、わたしたちは何も話そうとしない。

「(どうしよう、どうしよう)」

やっぱり渡すんじゃなかった。後悔ばかりが渦巻いて離れない。だって光忠さん、絶対困ってる。別に困らせたかったわけじゃなかったのに。それに、もしかしたら呆れられちゃったのかもしれない。どうしよう、どうしよう。…光忠さんに嫌われちゃったかもしれない。じわじわと押し寄せてくる涙は視界をぼやけさせては思考回路を麻痺させる。もう言葉すら思い浮かばなくなってしまった。

「……参ったな」

そんな声が聞こえた瞬間、心臓がひどく縮こまった気がした。…やっぱり困らせてたんだ。心のどこかで私の勘違いであってほしいと願っていたけれど、現実を突き付けられた気分だ。今後気まずくなったらどうしよう。謝って忘れてほしいと言ったところで気を遣われることは目に見えている。いてもたってもいられなくて、せめてこのお守りは回収すべきだと慌てて手を伸ばそうとしたのに、何気なく彼の顔を見てしまったせいでそれが出来なくなってしまった。──光忠さんは右手で口元を隠すように押さえながら目を逸らし、分かりやすいほどに顔を赤くしている姿なんて初めて見てしまった。なんだか見ているこちらまで恥ずかしくなって慌てて視線を泳がせたけれど、先程とは違う意味で鼓動が五月蝿い。

「…君の前だと、いつも格好がつかないね」

まるで自分に言い聞かせるように呟いた光忠さんに、光忠さんはいつだってかっこいいですよと心の内で答えてみたけれど実際にそれを声にすることは叶わず、代わりに弱々しく左右に首を振る。どこを見たらいいのか分からなくなって、相変わらず床にひっそりと自信を主張する金色のお守りに視線を注ぐしかない。

「(えと…喜んでくれてる…?の、かな…?)」

そこんとこどうなんですかお守りさん。また自分の都合のいい解釈をとってしまいそうで確信を得られず、答えが返ってくるはずもないことは重々承知でこれまでのいきさつを全て見て来たこの聖なる巾着にテレパシーを送ってみるも、当然回答など返ってくるはずもなかった。

ちゃん」

彼は初めて出逢ったあの日から、他の刀剣達がいないときだけはいつも名前で呼んでくれていた。それがまだ小さなわたしにはこの本丸で唯一の救いの声のように思えて、唯一自分自身を見てくれているような気がした。突然この小さな世界に放り込まれてもがんばれたのは、光忠さんがずっとそばにいてくれたかもしれない。…ということを本当は渡すときに一緒に言いたかったのだけれど、照れ臭かったのといっぱいいっぱいだったのとで言えなかったことを唐突に思い出した。

「…お守りありがとう。本当に、すごく嬉しかった。…絶対に大事にする。約束するよ」

まっすぐな彼の目に見つめられ、どうしたことか動くことが出来ない。光忠さんの手に握りしめられているそれは、間違いなくつい先程までポケットの中で今か今かと出番を待っていたものだった。それに先程からありがとうとか嬉しいとか大事にするとか嬉しい言葉ばかり渡されて、わたしばかりが得をしている気がしてならない。…それに。

「(…やくそく、だって)」

初めてわたしと光忠さん二人だけの約束が出来てしまった。今まではずっと一人で秘密を増やしてばかりだったからなんだかくすぐったくて、嬉しい。じわじわと溢れ出てくるこの感情をなんと表現すれば良いのだろう。あたたかくて、そわそわして、つい笑ってしまいそうになるのだけれど。…いや、もう笑ってしまっている。口に手を当てて隠そうにもそう出来そうにないくらい、わたしは頬が緩んでしまっているのだ。…光忠さんに、へんな子だって思われちゃうかな。それとも失礼だなって拗ねちゃうかな。そんなことを考えたら、そんな光忠さんもちょっと見てみたいかもなんて思ってしまった。

「…僕、そんなに変なこと言ったかな」

珍しく不安げに尋ねてきた光忠さんに首を振るも、相変わらず笑ってばかりのわたしに言われても説得力に欠けてしまう。先程と立場が逆転したような状態に目を見合わせ、小さく笑い合ってしまった。こんな他愛のないことがたまらなくうれしくて楽しいと感じてしまうから、光忠さんと一緒にいるとすごくあたたかい気分になってしまう。何気ない一言でついつい一喜一憂してしまうけれど、もう少し一緒にいたいと自分勝手に願ってしまう。

「あっ、そうだ光忠さん!お昼はここで食べて、お花見でもしませんか?今ちょうど桜が満開ですし」
「ああ。確かに綺麗だし、いいね」
「やったあ!」

はしゃいだ声を出してしまったわたしに、光忠さんは目を細める。それが嬉しくてますますはしゃいでしまうわたしは、きっと尻尾があったら千切れんと言わんばかりに振り回しているに違いない。

「じゃあわたし、みんなに声掛けてきますね!」
「え?」

そうと決まれば早速と言わんばかりに立ちあがると光忠さんが驚いたような声を出したものだから、きょとんと彼を見つめ返してしまった。…もしかして、今すぐに実行するとは思わなかったのだろうか。急だし、明日の話かと思われてしまったのだろうか。どきどきしながら腰掛けたままの光忠さんの様子を伺っていると、彼はすぐにいつもの笑顔で「ううん。なんでもないよ」と首を振った。

「そうだね。きっとみんなも喜ぶよ」
「はい!」

大きく頷いて、すぐに他の刀剣たちに声を掛けようと広間に走る。決して走ろうと思っていたわけではないのだけれど、少しでも早く彼らに知らせようと心が突っ走ってしまった結果、引っ張られるように足が動いてしまったのだ。

「……僕、うぬぼれちゃったのかなあ」

だからそんなため息交じりの声が風に乗って聞こえてきた気がしたのは、きっとわたしの幻聴だ。


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2015.08.08 ありもしない花びら