あれ、なんかおかしい。うっすらと漂う異常に気が付いた私は、ぼんやりと他人事のように考えた。なんかいつもと違う。見慣れた景色といえばそうだけれど、こんなにまじまじと自分の部屋の天井も、彼氏くんにまじまじと見下ろされる光景も見たことがなかった。なんで光ちゃんの腕がまるで私の顔を挟むようについてあるんだろう。ていうか顔近い。…あれ、やっぱりなんかおかしい。改めてそう確信した私は、確認するようにおもむろに口を開いた。
「ねえ光ちゃん。何してるの?」
「キスでもしよ思とるんですけど、何か」
「いや何かじゃなくて、この体勢はなに?なんかおかしくない?」
「何がです?」
「ええー」
何がじゃなくてやっぱりどう考えてもおかしな状況だと思うんだ。うっかり棒読みな反応をしてしまうほどに。だって天井が光ちゃんの背景に見えるというのはどういうことなのか。そもそもなぜ私は床の上で組み敷かれているのか理解に苦しむのだけれど、これを簡潔に説明出来るというのだろうかこの彼氏くんは。なのに彼は妙にしれっとした顔で「何か問題でもありましたっけ?」とでも言うような口ぶりをしてくるものだから、私は突っ込まざるを得ない。いやいやいや、問題大有りでしょうよ。
「ちゅーだけなら組み敷かないでください光さん。ていうか座ったままでも出来るじゃん」
「先輩照れとるんちゃいます?」
「財前さんは発情期なんとちゃいます?」
「そうですけど何か」
「そこ否定してほしかったよ光ちゃん」
そもそもこれは本当にキスだけで終わるのだろうか。そんな気が全くしないというか、むしろうっかり大人の階段上ってしまったりしそうな雰囲気を放っている光ちゃんを半ば呆然と見返すしかない。…そもそも一体全体、どうしてこんな展開になってしまったのだろう。私の上で不敵に笑う年下の彼氏くんを見やりつつ、そんなことを考える。確かつい5分前までは何の変哲もない日常を送っていたはずだった。…いや、今も日常の一部なのだけれど。
光ちゃんがうち来たいって言うから、お互い定期試験終わって午前授業で終わるしついでに今日テスト最終日だったし、まあ毎回マックやら何やらに寄ってたら地味にお金が掛かるし確かに家という選択肢もいいかもしれないなんて呑気に考えていた私はけろっとオーケーしたわけなのだけれど、きっとこれは彼からしたら「あほちゃいます」と呆れ顔で言い放つ行動だったに違いない。そして「冷たいお茶でいい?」とかなんとかリビングのソファに腰掛ける光ちゃんに尋ねたら否定も肯定もしない代わりに「先輩の部屋見たいんすけど」とか言われ、まあ拒否する理由もないしいっかと結論づけて麦茶2つをトレーに乗せてマイルームに招き入れ、小さなローテーブルにお茶を置いたら間髪入れずに押し倒されてしまった。そして現在に至る。
結論から言おう。はっきり言って私は、光ちゃんを家に招き入れてものの5分でこんなことに発展するなんて微塵にも考えていなかった。…と口にしたら光ちゃんにはすっかり不貞腐れてしまいそうだから言わないでおくけれど。一応。そう心に決めながらぼんやりとこの状況どうしたものかと能天気に考えてみる。光ちゃんは時より私をからかう節を見せるためか、なんだかんだ言ってもこんなことになっている今でも襲われると認識が出来ないというか、つまりいまいち危機感が持てない。だからどうせ、「なんちゃってー」みたいな感じでどっきり仕掛けてるんでしょと思って深くは考えていなかったのに、
「先輩…」
──え。あのちょっと光ちゃんちょ何これちょっと、えっえっえっ何色っぽい目しちゃってんの何艶っぽい顔近付けて来ちゃってんの光ちゃんちょっと待ってもしかしてこれ何かおかしいんじゃないほんとちょっと落ち着こうよていうかこの子は本当に義務教育中の子なの中学2年生とか嘘じゃないの詐欺じゃないのだからとりあえず光ちゃん落ち着いて普通に座ろうよそんな体勢じゃ話しづらいでしょねえねえ。
急に現実味帯びてきた私はようやく実は結構すごい状況なんじゃなかろうかと実感し始めた。嫌な汗を掻き始めた私の体温は凄まじい勢いで高くなる。光ちゃんに対して「落ち着いて」とか思っているけれど、本当はきっと彼よりも私の方が何十倍も慌てているに違いない。だってこんなにも早口になってしまっている。
「ひ、光ちゃんちょっと待って待って待って一回体勢戻して深呼吸しよう」
「ここまで来といて何言うとるんですか。ちゅーなんて普段もやっとるでしょうに」
「いやだから体勢おかしいでしょどう考えても!」
「はあ…」
「いや、『はあ』じゃなくて!」
今確信したのだけれど、光ちゃんは全く私の話を聞いているというか聞き入れようとはしていないようだ。光ちゃんの下からどれだけ抗議の声を上げようとなだめようとも、彼は「そうなんですか大変ですね」とまるで他人事のような顔をしてさらりとすり抜けてしまう。今だって右頬を撫でてくる光ちゃんの左手はなんかいやらしい手付きをしている気がする。それで全てを悟ってしまった私は、動揺丸出しで2つも下の彼氏くんにストップを投げかけるのだ。平常心なんてもの、どこかに捨ててしまったらしい。
「ちょっと光ちゃんちょっと待って待って待ってほんと待って心の準備というか体の準備というか年齢的な準備が」
「ちょっと黙っててもらえます?」
そうして少しいらついたような声を降らせた光ちゃんは有無を言わさず首元に顔を埋め始めてしまったものだから、思わずびくりと体が反応する。な、何このやらしい展開。キスだって言ってたのに話が違うじゃん。え、なになに。訳分からないんだけど。パニック状態に陥ってしまった私が分かることといえば、彼が首元に唇を這わせてくるたびに黒髪がちらちらと頬に触れてなんかもぞもぞするっていう、ちょっとずれたことくらいだった。
「光ちゃん、くすぐったい…っ」
思わず口を開いたけれど、彼はやっぱり他人事のように「良かったですね」と、何が良かったんだと全力で突っ込みたい返答を寄越してきた。やっぱりちっとも私の話聞いてない。すると手を繋ぐのは苦手なはずの光ちゃんが珍しく私の顔の横にあった手を拾い上げて指を絡ませてきたから、そこで私はようやくはっとする。光ちゃんにしては珍しすぎる行動に、私は彼が何をしようと首元に埋めているのかやっと理解することが出来た。慌てて先手を打つ。
「ちょっと待って待って光ちゃんなんか流されちゃったけど跡つけないでよ何やってんの」
「…なんで」
納得がいかないと言わんばかりに光ちゃんは顔を上げた。
「なんでじゃなくて、こないだ首筋につけたでしょ。あれ誤魔化すの大変だったんだから。寝違えたーとか苦しい言い訳してシップで隠して。なんで学校から帰宅したはずなのに首寝違えてんのって話。ちょうど親が仕事で遅かったからまだいいけどさ。なかなか消えてくれなくて、すっごい苦労したんだから。お陰で私、どんだけ毎日寝違えた子と思われたことか」
「なんや、なんで隠してしもたんです?」
「 光 ち ゃ ん 」
「…はいはいすんませんでしたー」
棒読みの謝罪をされたところでちっとも心が伝わって来ないんですがね光ちゃん。明らかにむっと眉間に皺を寄せてみるけれど、彼には全く効果がないらしい。詫びの態度は明らかにゼロに等しい。なんて彼氏だ。むしろ「五月蝿いことを言ってくれるな」と言わんばかりの表情に、流石の私もキレそうになってしまった。
「光ちゃん、ちゃんと反省してるの」
「はあ…まあ。あのときストップ掛けずにそのまま押し倒しとけば良かったんちゃう?て、心底反省しとりますわ」
「違う!」
そういう意味じゃないむしろ反省の方向が違う!全力で突っ込んだ私を相変わらず見下ろす光ちゃんは、まるで何が違うのか分からないと書いてある顔を張り付けて知らんぷりを決め込んでいる。だけど言われる側からしたら落ち着かないわけで、ますます体温が上昇したことは否定出来ない。だけどいつも無駄にお姉さんぶってる私としてはそれを悟られたくないというよく分からないプライドが発動する。その結果ばしっと彼の後頭部にチョップを食らわすと、光ちゃんは「いてっ」と全く痛くなさそうな声を漏らした。
「さっきから光ちゃん欲求不満。変態。えろい」
「なんでや。そもそも誘ったのは先輩のほうやないですか」
「誘ってなんかいませんー」
「いや、どう考えても誘っとったでしょ。家来い言うとったやないですか。普通誘われとる思うでしょ。期待するもんやろ。なのになんやこの仕打ち。どっきり仕掛けられた気分や。せやから早いとこ脱いでください」
一瞬本気で思考回路が停止した。え。なに。今この子なんて言ったの最後の台詞がよく理解出来ないのだけれど。ていうか「家に来る?」って誘ったのは「先輩の親共働きなんですよね俺家行ってみたいっすわ」と、君が事あるごとに何度も何度も言ってきたからでしょうに。いや、その裏に隠された意味もぼんやりと予想出来なかったわけではないのだけれど、拗ねたような顔で言ってくる光ちゃんがあまりに可愛くてついつい頷いちゃっただけなんだよ。…なんて言ったら間違いなく彼は「可愛い」の単語にへそを曲げて面倒なことになるのは目に見えるからやっぱり言わないでおくけれど。ていうか脱いでくださいって。ぬいでくださいって。どストレートすぎてなんかもう。
色んな意味で呆気にとられてしまいぽかんと口を開けたまま光ちゃんを見上げていると短気な彼はそれを何の反抗も異論もないという意思表示だと捉えたのか、私の制服のカーディガンの裾と一緒にワイシャツをも掴む。そしてそのまま迷うことなくぐわっと胸元まで上げて肌をさらけ出そうとしたものだから流石の私も本能的に危機を感じ、だから必死になって彼の左手首を両手で掴んでストップをかけた。光ちゃんとずっと手を繋いでいたかったとかそんな甘ったるいこと言っていられない。「こらこらこらこら」なんてお叱りの言葉を動揺丸出しの声で繰り返し必死に阻止を試みた。
だけど光ちゃんはそんな声気にも留めていないようで、細っこい腕のくせにどこにそんな力があるんだと言わんばかりのパワーと勢いを披露してくるものだからうっかりお腹が丸見えになってきてしまっている。私はもうどうしたらいいのか分からず、かああっと全身が熱くなってきてしまった。なんだか急に自分の体がとんでもなく未完成でみすぼらしいものに思えてきて、見られるのが怖くなって、自信がなくなってしまって、だから動揺する頭で必死に現状を打破する台詞はないものかと考えるしかないけれど、動転したままの私の脳はもとより非常電源のような高機能は搭載していない。低スペックな頭は訳が分からないまま口を開いた。
「無理無理無理私発展途上国だから建設中だから無理無理無理これから増築の予定だから無理無理無理」
「先輩別にないわけやないでしょ。ええやないですか」
「とか言って実はほらどうせあれなんでしょほら『なんやこれ背中かと思たわ』とか言うんでしょ分かってるからほら無理無理無理大体見てどうすんの」
「性的欲求を高めるんちゃいます」
「ほら駄目だって悪循環だって大体そういう発言が年齢指定入っちゃってるって言ってるんだよ光ちゃん」
「年齢指定て、別に先輩の胸揉みたいなんて直接的な表現してへんやないですか」
「ひ、光ちゃん!!」
そういう発言のことを言っているんだよ私はと言わんばかりにまるで子どもを叱りつける親のように彼の名を呼ぶと、「俺それ前から嫌だったんすわ」と不機嫌そうに口を開いた。けれど私は光ちゃんの言う「それ」の意味が分からない。「へ?」なんて間抜け面で聞き返すと、彼は呆れているのか面倒臭いのかよく分からない顔のまま「そのお姉さん口調」と簡潔に答えた。(ちなみにその間も相変わらず私のへその上で勃発している攻防戦は継続している)
「…分かりました。じゃあ責任もって俺が先輩の胸育てればええっちゅーことでしょ。というわけで触らせてください。話はそれからっすわ」
光ちゃんは時々こんなふうにさらりととんでもないセクハラ発言をやってのける。しかもさも当然とでも言うかのような、まるで挨拶でも交わすのような、そんな自然さで。最初こそ私も過剰に反応してしまったけれど、今となってはすっかり慣れてしまった。はずだった。だから普段なら、「こーら。ナチュラルにセクハラ発言するのはやめなさい。そういうことは言うもんじゃありません」と、まるで子どもを優しくしつけるかのような口ぶりでそう言うことが出来ただろう。だけれど今状況が状況なだけに冗談としてさらりと流すことが出来ない。だって彼は冗談のつもりで口にしたのではないのだから。
──食われる。
そう本能が直感した私は、慌てて口を開いた。
「や、あの、その。え、遠慮しておきます」
うっかり敬語が出てしまった。だめだ、私はやっぱり私らしくない。こんなにも動揺させられたことなんて今まであっただろうかと考え込んでしまうほどに。なのに君はどうしてこんなに落ち着いているの光ちゃん。その冷静さ半分分けてほしいと願っていると、これまた何食わぬ顔をした光ちゃんが言った。
「なんでです。俺先輩に触りたいっすわ」
しれっと何を言っているんだ君は。また思考回路が遮断されたせいで、一瞬何を言っているのかさっぱり理解できなくなってしまった。5秒くらい間を開けた後、私は何も聞こえなかったフリをしてこっそり深呼吸する。…大丈夫。だって今のは私の空耳、空想の世界。だから現実では何の問題も起こってはいないはずだ。…そう思いたかったのに現実に引き戻されてしまったのは、光ちゃんが不機嫌そうな声で私を呼んだからだった。
「先輩、俺に触りたいとか触ってほしいとか思わないんすか」
「え、何突然。光ちゃん発情期?」
「俺も男やっとるもんで」
「うわあ、なんか大変だねー」
あれっ、またうっかり棒読みになってしまった。おまけにこの会話も似たようなものをさっきもやったはずなのに、光ちゃんは全く気にする素振りを見せないまま続ける。
「ほんまっすわ。先輩全然隙見せてくれへんし、しゃあないからいっつも1人で抜いとるんですよ、めっちゃ虚しいっすわ。これ結構可哀想な彼氏やと思いませ」
「うわああ光ちゃんのばかばかばかばか!何言ってんのそんな情報いらないから!」
私の全反射神経を集中させて凄まじいスピードで思春期まっただ中の彼氏くんの口を咄嗟に右手でもごっと塞ぐ。厳しいワイシャツめくりの攻防戦に欠員は痛いけれど、そんなこと言っていられない。「ていうかそもそもそんな報告ありえないからばかばか信じらんない!」光ちゃんの口を塞いで何も言えないことをいいことに、私はマシンガンのようにひたすら彼を非難するしかない。だけどそうすればそうするほどに彼の眉間は深く皺が刻まれていっていることに私自身気付いていた。にも関わらず一向に止まることなく発射される弾は次々と彼に被爆する。そうして撃ち疲れた私は勢いをなくし、抵抗することなくじっと黙ってそれを受け止めていた彼の口を解放する。すると彼はおもむろに大きく溜息をついた。
「馬鹿はこっちの台詞っすわ。こちとらもうキスくらいじゃ満足せえへんっちゅーに」
「えっ」
口から心臓が出て来るかと思った。ばっくばっくとせわしない鼓動が全身を駆け巡る。背中が急に熱くなった。そりゃ私だってここまでされればそうなんだろうなあとは思っていたけれど、だからこんなにも慌てていたのだけれど、でもだって、さっきキスするだけだって、言ってたじゃん。じゃあ光ちゃん、私に何を求めてるの。そんな問いの答えなんて本当は分かりきっているくせに分からないふりをしたがる私の心の声が聞こえてしまったのだろうか、光ちゃんは追い打ちをかけるように言い放った。
「俺、先輩とめっちゃセックスしたいっすわ」
「君は涼しい顔をして何を言っているの!」
「なんで先輩はそないにきょどってはるんです?」
光ちゃんはなんでそんなに冷静なの?なんだか先輩はもう泣きそうです。色んな意味で。だってそんな、具体的すぎる単語が聞こえてきてしまって。そんな、聞き慣れても言い慣れてもいない卑猥すぎるワードを、まさか自分自身に言い放たれる日が来るとは思わなかった。しかも年下の彼氏に。なんだかもう何が何だか分からなくなってくる。「ひ、光ちゃん!せ、せっく、…とか…っ!そ、そんな、中学生がむやみやたらに言っちゃだめでしょ!」どうしよう私今絶対顔赤くなってる。こんなの私らしくない。いつもの余裕はどこにいっちゃったんだろう。自分でもこれ以上上がったら死んでしまうのではないかと思ってしまうほど体温を上昇させる私に、冷水のような声を降らせてきたのは光ちゃんだった。
「…先輩」
明らかに不機嫌という声で私を呼ぶ光ちゃんはいつの間にか真剣な目になっていて、だからそんな彼に見下ろされた私はなんて答えたらいいのか分からない。動揺が隠せないままじっと彼の瞳を見つめ返すと、光ちゃんは心底怒ったような目をしていた。
「俺確かに中学生やけど、年下やけど、それ以前に彼氏なんちゃうん。もっと男として扱えや」
「(…えっ)」
おとことしてあつかえ、て。え?私、ちゃんと光ちゃんのこと男の子だって思ってるよ。それともそれが不満なの?男と男の子って違うの?なんだか彼の左手を抑える力も抜けてしまったけれど、なんだかんだ言って光ちゃんは無理強いを決行することはしないらしい。しかしどうしたものだろう、半ば放心状態に陥ってしまったものだから、私は相変わらず動けない。だって、だって。
「(光ちゃんに命令口調、された)」
それだけでうっかりときめいてしまった私はもしかしてその手の属性なのだろうか、いやまさか。けれどどきどきと高鳴る心臓は間違いなく肯定を指しているし、事実、私光ちゃんになら何されてもいいかもなんて、全てを放り出すようなことを考えてしまった。今まで拒んでいたのが嘘のようで、きっと調子が良すぎる話だろう。でもだからだろうか、さっきとは違う意味で動揺が隠せない。からからに乾いた喉で、「わ、私、光ちゃんのことは男子だって意識してるよ。…でも、あの、引かれるかもしれないけど、」と必死に紡ぎ出すと、光ちゃんは口を挟まずじっと続きを待ってくれた。まっすぐ見下ろす綺麗な瞳にどきどきする。声が少し上ずった。
「そういうことは結婚する人とするって、私、ほら。きめてるし」
ど、どうしよう。口にしたはいいものの、流石にドン引きされたかもしれない。今時そんな古風な、とか。重い、とか。「ほな別れましょうか面倒やわ」とでも返されたらどうしようかとバクバク心臓が全力疾走していたら、光ちゃんは呆れた顔をして「なんやそれ」と呟いた。やっぱり引かれてしまったらしいと認識した私は柄にもなく泣きそうになってしまったというのに、光ちゃんはそんな私に気付かないようにけろりと口を開いた。
「なら全然問題ないっすわ」
「は?」
「…あの。何言うとんのこいつって顔すんのやめてくれません?」
いやだって色んな意味で何言ってんの光ちゃんって思っちゃったんだもん。全然問題ないって、ノープロブレムって、まるで「俺そういうつもりでしたけど何か」みたいなこと急に言われても。むしろ「えっ結婚せんの?」みたいな反応されても。ていうか光ちゃんそういうキャラだったっけ。
「いちゃついとるときくらいそういうこと考えとってもええやろ。…それともそういう妄想がガキやー言うて、また年下扱いするんすか。姉貴ぶるんすか」
そう口にした光ちゃんは少し不機嫌そうな顔をしているのに珍しく頬が赤くて、だから私は釘づけになってしまう。えっえっえっ。もしかしてもしかしなくても光ちゃん照れてる。か、かわいい。今きゅうんってした。今私間違いなくときめいた。これは本当に光ちゃんなのだろうかなんて失礼なことを考えつつじっと見上げてみると、光ちゃんは「何見とるんすか見物料取りますよ」とやっぱり怪訝そうな声を出した。でも誤魔化しきれてないよ、君照れてるでしょう。かわいい。やっぱり光ちゃん照れてる。うん、いつもの光ちゃんだね。
頬が緩んで、思わずふふっと笑ってしまうと、それを見つけた光ちゃんは「何笑っとはるんですか」とむっとしながら言う。なんでもないよと間抜けに笑いながら誤魔化してみるけれど、光ちゃんには通用しないらしい。笑っとるやないですかという鋭い突っ込みを降らせてきた。うんそうかもね。私、笑ってるかも。かっこいい君が可愛くて可愛くて仕方がなくて、触ってほしいなあなんて考えちゃってさ。だからそっと手を伸ばして彼の頬に触れてみる。そうしてにこっと笑いかけてみた。
「…うん、じゃあ光。いいよ。おいで」
するとどうしてだろう、むっとする。「なんや思っとった展開と違う」手の平で踊らされたような、苦虫を噛み潰したような、そんな複雑そうなものを眉間の皺に一緒に刻み付け不機嫌そうな顔をしてくるけれど、そんな可愛いことをしちゃう君が鋭い目をしたところで私は怖くもなんともないんだということをいい加減光ちゃんは気付くべきだと思う。「さっきまで拒否しとったくせに」あ、不貞腐れた。
「女心と秋の空ってやつだよ光ちゃん」
「…納得出来ん」
「うんそうかもね、だって私にも分かんない。でもなんかよく分かんないけど、今すごいきゅんとして、無性に光ちゃんをぎゅーってしたいしされたいなあと思って。だから考え直しちゃった。そういう理由じゃだめ?」
冗談を言うかのような口調でそう告げてみるけれど、彼の眉間には相変わらず深い皺が健在する。どうやら光ちゃんはまだご機嫌斜めのようだ。おかしいなあなんて他人事のように笑っていると、彼はますます眉間に皺を寄せてしまう。「その態度、泣いて後悔させたるわ」そんなことを君は言うけれど、泣かせてきたたら私、怒っちゃうからね光ちゃん。だって私が君以上に気分屋で我儘なこと、君はとっくに気付いているでしょう。だから抱きしめるより何より先に、優しくキスをして頂戴ね。

20120309 普段大人ぶってるけどいざというとき奥手になっちゃう先輩ヒロインと、普段はなんだかんだ従順のくせに攻めるときはガンガン攻めてくるけど無理強いはしない(?)年下財前楽しいです(←)