『…ちゅーことがあったんや』

時計はもう9時半を指している。ケータイ越しに聞こえるクラスメイトかつ部活仲間の声は、聞く限り、すっかりいつもどおりの雰囲気に戻っていた。なんでも放課後ずっとと遊んでいたらしい。謙也いわく振り回されて疲れたと言っているが、実際はその逆だったのではないかと推測する。やっぱりに任せておいて正解だったようだ。これで、昨日永遠と付き合わされた俺の苦労も報われたような気がする。

「そうか。よかったなあ」

失恋のショックも吹っ飛んだみたいで。というのは流石に言えないが、当たり障りの無い返答ではないかと自負する。しかし謙也は『全っ然、よかあらへんわ』と少し疲れたように言った。なんやねん、何があったんや。まあどうせ大したことじゃないんだろうということは簡単に察しがつくけども。またつまらん痴話喧嘩でもしたんやろか。とりあえず、「まあ聞いてくれや白石」と言わんばかりの様子だから、俺は大人しく聞き役に回るしかない。

の奴、カラオケでNAO歌ってくるわ、別に腹減ってへんから注文はええ言うとったくせに俺のチャーハン半分寄越せとか言うてくるし。しまいにはゲーセンであちこちに目移りして迷子になりかけるわ、エアホッケーで自殺点入れた俺を腹抱えて笑ってくるわ、あいつなんやねん。ほんま失礼なやっちゃなあ。白石もそう思うやろ』

そうぐちぐちと言う謙也ではあるけども、なんだか楽しそうだ。まあ、本人は気付いてへんやろなあと思いつつ、そうかそうかと相槌を打つことに徹した。「せやけどまあ、良かったやん」『白石、俺の話ちゃんと聞いとったんか』「ああ。…自分、電話開始からずうーっとのことばっかり話しとんで。のお陰で、失恋のこともすっかり忘れられたんやろ。感謝せなあかんで」そう言ってやって初めて気付いたような「あっ」と小さな声が漏れてきたかと思ったら、沈黙する。どうやら色々考えているらしい。

『…癪や』
「は?」
『なんで俺が、のことばっか考えなあかんねん。もうちょっと感傷に浸らせろっちゅう話や』

どんだけ素直じゃないんだ。拗ねた子供のような声を出す友人に、思わず笑ってしまった。





、消しゴム忘れた。貸してくれ」

と謙也に小声で言われたのは、謙也の失恋を慰めようの会(と、勝手に名づけることにした)の翌日のことだった。加えて今は4時間目。英語の時間。…消しゴム忘れたって…。無くした、とかじゃなくて?じゃあ今3時間目までの授業達はどうしたんだという不信感をあらわにした私は、聞き間違いかと思って「はい?」と、隣の席の謙也にしか聞こえないような小さな小さな声で返す。

「せやから。…消しゴム忘れたから、貸してくれっちゅー話や」

やっぱり聞き間違いじゃなかった。まあ消しゴムくらい良いけれど、忘れたって何。今までずっと必死に書き間違いしないようにしていたとでも言うのだろうか、彼は。2時間目の日本史の山田先生はよく記述訂正をするというのに。…まあいいけど。

「はい。折らずに使ってね」

折ったら弁償だから。と小声で付け足して、買ったばかりで角が綺麗に残っている消しゴムを差し出した。一見平常心を保っているように見えるけども、実際は両想いになれるおまじないとかしなくてよかった本当に良かった!と私は今、心の底から安堵している。これだから油断出来ない。暫くして、左の席からすっと手が伸びてきた。謙也だ。

「…おおきに」

小さく小さくそう言って、私の机に消しゴムを戻してきた。どうやら使い終わったらしい。ああ・うん、という意味を込めてぺこっと頷く私。さて消しゴム折ってないだろうなと何気なくそれを見てみると…なんだこれ。四角いものが2つあるじゃないか。は?なにこれ。ひとつは明らかに、どっからどう見ても消しゴムで、つまりは私の愛用MONO消しゴムだった。そしてもうひとつは、その消しゴムより少し小さい形をしていて、それでいて、白と黒でお茶目な模様が描かれている。そしてほのかに甘い匂い。これ昨日見た。謙也と見た。ゲーセンの1階出入り口付近で。ていうかつまりチロルチョコだ。しかもホワイトチョコ。

何これと言わんばかりに左隣を見てみたら、ちょっと面倒くさそうな顔をした謙也がいた。この顔知ってる。察しろ、ってやつだ。いや、分からないから聞いてるんだけど。だって消しゴムのお礼ってことにしたって、今までこんなのなかったじゃん。すると謙也は何やら机の中から新しいルーズリーフを出してきて、そこにガリガリと書き始めた。まさか私を放置して授業に戻ったのかこいつ、とも思ったけれど、そうじゃなかったらしい。暫くして、乱暴に小さく折り畳まれたそれを差し出されたから。どうやら私に手紙らしい。…何。

ちょっと不審に思いながら、ガサガサとルーズリーフを開いてみる。…相変わらず汚い字。ちょっとは白石くんを見習ってほしい、読みにくいったらありゃしない。しかも走り書きだから余計だ。うわあ…と謙也の字を見て遠い目をしていたら「ちゃんと読めや」と小声で言ってくるとは流石浪速のスピードスター、突っ込み対応も早い。とりあえず隣の席の住人が五月蝿いので、渋々手紙を解読することにする。

『消しゴムと、ついでに昨日付き合って貰った礼。受け取っとけ』

簡潔にシンプルに、そう書かれていた。ちらっと謙也を見てみれば、なんとなく気まずいのかばっと顔を黒板のほうに向けて一足お先にノート取りに戻ってしまっている。…なに照れてんの。どうやら照れくさいらしい忍足くんは、昨日謙也の失恋を慰めようの会を開催してもらったことに関して私に感謝しているようだった。だけど素直に礼を言うのは癪だし、ていうか恥ずかしいしどうしよう、せや消しゴム忘れたってことにしてそのお返しに何かやればいいんじゃね流石俺天才やわ!…という発想だったんだろう。手に取るように分かる。単純すぎでしょと言ってやりたい。だけど謙也より私の方が、ずっとずっと単純だった。だってたかがチロルチョコ1つでこんなにも喜んでいる。

だって私がチロルチョコすきって言ったこととか、随分前にやったチョコレート論争で「ホワイトが一番おいしい」って熱く語ったこと、しっかりちゃっかり覚えてくれちゃって。何さり気なく良いとこ取りしちゃってんの。あんた将来ホストにでもなるつもり。くやしい。くやしい。今すごいきゅんとした。謙也のくせに!ばか!何不意打ちしてくれちゃってんの!じろっと左のクラスメイトを睨んでみると、それに気付いた謙也はふふん・とちょっと勝ち誇った得意げな顔で、だけどそれはそれは小さな声で言った。

「ちょっと惚れたやろ」

今じゃなくてずっと前から。惚れたんじゃなくて惚れ直したの。色々言ってやりたいことは山積みだけれど、こんなふうに悪戯が成功した子どもみたいな無邪気な笑顔を見せられちゃ、何ひとつ言葉に出来ない。第一、そんなこと素直に言ってやっちゃ釈然としない。なんかもったいないっていうか、悔しい。やっぱりじろっと恨めしく睨むしかない。だけど謙也はいつもどおりの謙也の姿を見せている。昨日あんなに落ち込んでいたのが嘘みたいに、なんだか楽しそうな顔を見せた。

やっぱり謙也はばかで、あほで、そしてヘタレだ。いつもと打って変わって弱いところを見せたと思ったらこんなふうに無邪気に笑ってくるし、さり気なく良いとこ取りしてくるし、これ以上私を惚れされてどうするつもり。なのに私の気持ちに全然気付かないなんて、ばか以外の何物でもないよ。ばかであほでそしてヘタレで、でも優しくて。…だからくやしい。

「(惚れたって、ちょっとだけねっ!ほんっのちょっと!こんっくらい!1ミリくらい!辛うじて見えるかなーくらいの!好感度がちょーっとだけ上がったかなーくらいの!)」

…と、真実とは正反対の皮肉を心の中で言い返してみる。だけどそんなこと、勿論彼に届くはずも無ければ気付くはずもない。昨日だってそうだ。ばかであほでヘタレでどうしようもないあんたのことをここまで付き合ってあげられるの、私くらいしかいないんだから。そんな簡単で単純で分かりやすいことくらい、いい加減気付け、ばーかばーか、ばか謙也。だけど私はもっとばかだ。だってそんなあんたのことが、誰よりだいすきなんだから。





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20111106 お前らほんま仲ええなあと、後ろの席の白石くんは呆れ顔でそう思ったに違いない^q^そしてこのヒロインサバサバしてると見せかけ実は健気すぎる件