「(ど、どうしてこんなことに)」

身を縮こまらせながら畳の上で正座している私のこの状況を、誰か説明してほしい。見慣れた渡邊家の広間で至る所から注がれる視線を感じながら身をガチガチに凍らせている中、右隣に座る赤毛の少年だけは嬉しそうに声を弾ませていた。名だけは聞き慣れてはいるけれど決して見慣れてはいない男子達が揃っているこの環境はあまりに心臓に悪すぎる。顔を上げることが出来なくてひたすら顔を隠すように下げている私を、四天の人達はどう思っているのだろう。でも、これで緊張するなという方がおかしい。

現在進行形で背中に嫌な汗を掻き続けているというのに、机を挟んだ向かいに腰掛けているイトコは呑気に「異色のコラボレーションやなあ」と訳の分からないことを言っては笑っている。何気なくオサムちゃんの手元を見てみると空になった缶ビールが2本転がっていたから、きっとほど良く酔いが回ってちょっとテンションが上がっているのだろう。明日から連休とはいえきっと朝からテニス部の練習があるだろうに、大丈夫なのだろうか。しかし人のことを心配出来るほどの余裕は今の私にはない。むしろ、人の気も知らないでどうしてそんなに楽しそうにできるのかと半ば逆恨みするような気分だ。

「(お、オサムちゃんのばかあ…!)」

心の中で叫び続けてみるけれど、本人にこのテレパシーは届かなかったようだ。周りの教え子に囲まれて、相変わらずケタケタと笑っている。いっそタンスに思い切り足の小指でもぶつけちゃえ、なんてことを考えたら思わず自分の立場に置き換えてしまった。地味に堪える痛さを想像してぶるりと身を縮める。我ながらなんて間抜けなのだろう。

「あれまあ、金ちゃんはやけに嬉しそうやねえ。どないしたん?」

のほほんと花を散らすように柔らかい口調で語り掛けた声にふと顔を上げると、その声の主であるおばあちゃんは、相も変わらずオサムちゃんの右隣に座っていた。…ああそうだ、出来ることなら私はおばあちゃんとオサムちゃんの間に座りたかったというのに、どうしてこんな席順になってしまったのか。凍結しかかっている頭で必死に考えてみるけれど、おばあちゃんから話を振られた隣の少年の「だって姉ちゃんが隣やもーん!」とやけに弾んだ声を聞いてしまえば「すみません席替えしてもいいですか」なんて言えるはずもない。どう反応をすればいいのか分からず目を泳がせていると、金ちゃんは私に顔を向け、「なーっ」と同意を求めるように小首を傾げられてしまった。そんな私に振られてもと思いつつ、しかし目をキラキラと輝かせている彼を目の前にしてはやはり否定など出来ず、慌てて頷いた。

「良かったなあ金ちゃん。姉ちゃんも金ちゃん隣で嬉しいって」
「(ひいっ!)」

急激にガチンと凍りついた私はきっと大げさなほどに肩を震わせてしまったに違いない。大変失礼極まりない話だけれど、それくらい今の私は余裕がないからどうしようもない。がちがちに固まった首でおそるおそる左隣の声の主を盗み見ようかとしたけれど、そんなことをしたら相変わらず優しい目をした白石くんと鉢合わせるのは容易に想像出来るから大人しく俯いた。更に上昇する体温に驚いたように、心臓が全身を駆け巡っている。

「(ど、どど、どうしよう)」

どうしてこんなことに。金ちゃんはともかく、なんで私は白石くんの隣に座っているのかと記憶を引っくり返してひたすら考えてみると、その結論は案外早く辿り着くことが出来た。全てオサムちゃんが遅れてやってことが原因だ、間違いない。きっとオサムちゃんが四天の人達と一緒に来ていれば、こんな変な席順にはならなかった。オサムちゃんが最初からいれば私はきっと広間を飛び出すこともなかったろうし、そうしたら席順が固定になる前におばあちゃんとオサムちゃんの間を死守したし、この緊張も半減出来たはずなんだ。

──10分程前イトコと共に広間に久しぶりに戻った私は、絶句した。見慣れない男子生徒たちがずらりとローテーブルを囲むようにして座っていたから。そう、つまり私は完全にひるんでいた。どうやら私達がいない間に随分盛り上がっていたようで、遅刻者のオサムちゃんが来た瞬間『オサムちゃんやっと来た!遅いでーっ!』という明るい声が飛んできた辺り、イトコは随分生徒に懐かれているらしい。しかし私にはとても難易度が高すぎるこの状況に、なんだかくらりと眩暈を起こしそうになる。だって、オサムちゃんには『分かった』と言ったものの、私、すごく困っている。

『(……ど、どこに座ろう…)』

おろおろと室内を見渡すも、そこにはやっぱり男子で溢れかえっていた。いつの間にか席順は固定されてしまっていて全員着席している。しまった、完全に出遅れた。こんなことならずっと広間にいるんだったと後悔しては思わず泣きそうになる。

『(お、おばあちゃん…おばあちゃんはどこに…)』

すがるような思いで身内を探すと、すぐにテーブルの奥に見慣れた姿を発見することに成功した。なんだか安心する。そしてオサムちゃんもそこを向かっているようで、少し心強い。私も吸い込まれるように向かおうとすると、明るく弾むような声が私に声を掛けてきた。

姉ちゃん、どないしたん?座らんの?』

ふと下を見てみると、まるで小動物のように私を見つめる少年の姿があった。どうやらいつまでたっても着席しない私を不思議に思ったらしい。ああ、まあ、うん。今から座るところだよ。そう答えてやると、金ちゃんは『そっかあ!』と明るい返事をして立ち上がった。

『ほな、姉ちゃんワイの隣ーっ!』
『え?えっ!?』

有無を言わさず手を引っ張って来たと思ったら、そのまま背後に回られぐいっと肩を押され半ば強制的に着席させられてしまった。そうして赤毛の少年は嬉しそうに私の右隣に着席する。ニコニコと人懐こそうな笑みを向けられたけれど、当の私の頬は急に凍りついてしまった。金ちゃんのいる席って、なんか周り、四天の子ばっかりなんだけど…!加えて至るところから突き刺さる視線が痛い。死ぬ。死んでしまう。あわあわと震えてしまう私を知ってか知らずか、右の少年は楽しそうに答える。

『ワイな!姉ちゃんとめっちゃ話したかったんやー!』

せやから会えて嬉しいわあ!とランランと上機嫌に言ってくるものだから、私はもう何も言えなくなってしまった。それに、こんなにストレートに言われるとむず痒くなってまう。なんだかくすぐったくなって視線が泳いだ。妙に緩んでしまいそうになる口元が格好悪い。男子は苦手だけれど、この子みたいに人懐っこくてあどけない笑顔を見せてくれる子は大丈夫、かもしれない。それとも背も低くて幼く見えるからだろうか。いや、ついこの間までランドセルを背負っていた子だから本当に幼いんだけど。

『金ちゃん。嬉しがるのはええんやけど、あんまはしゃぎすぎんようにな。今日は、ばあちゃんの誕生日会やねんから』

左隣から聞こえてきた男子の声に再びガチンと音を立てて凍りついてしまった私の体は、きっと大げさなまでに肩を震わせてしまったに違いない。恐る恐る隣を見てみると、色素の薄い髪の青年が頬杖をついてこちらを見ていた。白石くんだ。どうやら私は結果的に彼の隣に座ってしまったらしい。…どうしよう、気さくで良い人だということは十分分かっているんだけれど、やっぱり彼の妙に整ったオーラは眩しくて緊張してしまう。顔を見てはいけないような気がして慌てて俯いた。そんな私とは対照的に、金ちゃんは『ええー』と不満そうな声を出す。どうやらこの子は思ったことがすぐ表に出てしまう子らしい。

『白石は厳しいわあ。楽しければええやんかー。堅いこと言わんと、今日くらいハメ外させてえなー』

しょぼんと耳を垂らす子犬のような反応をする金ちゃんの姿に、少し安心した。このまま黙り込む私を誤魔化してくれるように思えたから。実際は決してそんなつもりでしたわけじゃないことなんて分かっていたけれど、白石くんと視線を合わせなくてすむことに越したことはなかった。電話越しではあんなにも話が弾んだというのに、実際に会ったら顔すら見れないだなんて。

「(…情けないなあ)」

ローテーブルの影に隠れて1人ぎゅっと左手を握りしめる。本当は「さっきはありがとう」って言いたかったのに、話し掛けることすら出来ないだなんて。ああ、でもその「さっき」は少し話出来た気がする。そのときは割と素直に話すことが出来た気がするのに、今とそのときとは何が違うというのだろう。…ええと、直接顔を合わせているかいないか、とか…?成程、あるかもしれない。私、白石くんの目を見たら緊張しちゃうんだ。これだからかっこいい男子というのは苦手なんだ。そう意識したら緊張が妙な方向に転んでしまったようで、随分耳が冴えてしまった。変なアンテナが立ち、白石くんの談笑する声すらも残らずキャッチして、まるでアナウンスのように全身に響き渡る。どうやら彼の左隣に座っている謙也くんという人と随分仲が良いらしいということが、聞こえてくる会話の内容や下の名前で呼んでいることからなんとなく分かった。

「(…って、これじゃ盗み聞きしてるみたいだよ)」
「──ほいで、その前におるのが千歳やで!……なあ姉ちゃん、聞いとる?」
「え?あ、うん!」

本当は全然聞いてなかったけれど!慌てて右の少年を見やれば、案の定「本当に?」と書かれた顔でじいっと私を見つめている。少し不満そうだ。どうやら不慣れな私のために、大雑把に部員達を紹介してくれていたらしい。…な、なのに、私ったら。それに、そんな純粋な目で見られたら、ますます罪悪感が。尻込みしてしまった私は変な汗を掻きながら、逃げるように視線を逸らす。すると奇妙な光景が目に入って来たものだから、私の目はそこに釘づけでじっと見つめてしまった。彼は談笑しつつ唐揚げやらピザやらを摘まんでいるというなんでもない姿なのだけれど、その会話が明らかにおかしい。出来合いの食材にひっそりと姿を埋もれていた緑の物体をこれ見よがしに箸で摘まんでは、一人の男子の皿に次々と集結されていたのだ。

「ほい。パセリっちゅー話や」
「えっ!ええんか!」
「あー、小石川。こっちもあるでー」
「みんな…おおきに!」

…あれは新手のいじめなのだろうか。どうせなら主食を取ってあげればいいのに、なんでよりによってパセリを渡しているのだろう。しかもこの場にいるほぼ全員が。更にコイシカワと呼ばれた彼は随分と嬉しそうな顔で、しかもお礼まで言って受け取っているものだから訳が分からない。つい先程までそのパセリが乗っていた皿に肩を並べて座っていた鶏の唐揚げをゆっくりと頬張りながらじっとその光景を観察していた私は、はたから見ても怪訝そうな顔をしていたのだろうか。それに気付いたらしい金ちゃんは「ああ」と思い出したように教えてくれた。

「健ちゃんなー、パセリが大好物なんや!」
「は、はあ…」

パセリが?すきなの?むしろパセリってただの飾りなんだと思っていたけど、あれ食べる人いるんだ。むしろ、食べる物だったんだ。内容が内容なだけに、反応にも困ってしまう。何やら変わった人もいるものだと大変失礼極まりないことを考えてながら、また唐揚げを頬張った。普段は大きく全部口の中に入れてしまう唐揚げも、今回ばかりはそういうわけにはいかない。3分の1くらいに小さく噛み切って、ひたすら時間を掛けるようによく噛んで食べた。…どうも初対面の人がいると緊張してしまって、箸が進めにくい。普段ならぱっぱと食べる食事も、えらく手間がかかってしまう。粗相をしないようにしよう。あと、極力ゆっくり食べて、時間を消費するようにしよう。

「あーっ!唐揚げワイのーっ!」

突然右隣から発せられた大きな声にびくりと肩を震わせた。何事かと金ちゃんを見やると、彼は私などには目もくれず、逸らすことなく一直線に何かに視線を注いでいる。ちょうど金ちゃんの言う唐揚げを頬張っていたときだったからもしかして私が何か仕出かしてしまったのかと思ったけれど、実はそうではなかったらしい。

「(び、びっくり、した!)」

本当ですよと心の声に答えるように心臓が騒がしく走る。白石くんは「金ちゃん、そんな大声出したら驚くやろ」と咎めるけれど、注意された本人は「せやかて白石ー!」と妙におろおろと困った顔で言う。

「謙也が最後の唐揚げ食おうとしとるからー!」

どうやら金ちゃんは食い意地が張っているらしい。食べ盛りなのかな。そんなことをぼんやりと考えている私を尻目に、早いもの勝ちだなんだと実に大人げない声が飛んできたものだから金ちゃんは早々と腰を上げて謙也と呼ばれた彼の元へ駆けていっては攻防戦が勃発してしまった。どうやら本当に、食い意地が張っているらしい。それにしても唐揚げは競争率も高いのだろうか、完売スピードが速すぎる。

「(…口をつけてなかったら、あげられたんだけど)」

手元のお皿の上で転がる齧られた唐揚げを見つめながら、やってしまったと後悔した。また一段と賑やかにこの広間では、もはや彼らのやりとりが中心となっている。一番年下の金ちゃんが気兼ねなく話し掛けられるなんて、四天のみんなは本当に仲が良いんだな。聞いてた通りだ。そんなことをぼんやりと考えてふとおばあちゃんを見やると、なんだか楽しそうに笑っている姿を発見して慌てて俯いた。無意味に唐揚げを箸でつつく。

「騒がしくしてしもてすんません。すぐ収まると思うんで」

申し訳なさそうな声が投げかけられて、慌てて左を見やる。すると眉をハの字にした白石くんが気まずそうな顔をしていた。もしかしてつまらなそうにしているの、気付かれちゃったかな。すごく自己中心的だと思われてしまったかもしれない。

「い、いえ、そんな。とんでもないです。大丈夫です」

うまく言えたか不安になる。頬が引きつって、うまく笑えた気がしないのだけれど。もしかしたら、とても不自然な顔になっていたかもしれない。変に思われていなければいいのだけれど。更に、すぐに「騒がしくしたらあかん」と母親のように注意を促した白石くんの声も、どうやら彼らの耳には届いていないらしい。溜息をついた白石くんの横顔をぼんやりと見つめ、何気なくその手元へ視線を移して、思わず二度見した。彼はなんでもない顔をしているけれど、包帯で巻かれた手で箸を持っているではないか。どうやら白石くんは左利きらしい。その瞬間、はっと思い出した。

『あの!や、やっぱり替わります…!』
『ええですって。それにほら、今チェンジしたら逆に危ないですし』
『でも、怪我…!」
『してへんしてへん』

コップを持って行くときは白石くんに「怪我してない」とはぐらかされてしまったけれど、やっぱり怪我してないのに包帯を巻くはずがない。しかも利き腕を負傷となると相当つらいはずなのに彼はそんな素振りを一切見せず、むしろなんでもないと言わんばかりの涼しい顔でアナゴの握り寿司を頬張っていた。それをこそこそ盗み見する私は、大丈夫なのだろうか大丈夫なのだろうかと、まるで初めておつかいに繰り出すわが子を見守るような心境になっている。

「(ど、どうしよう…スプーンとか持ってきたほうがいいのかな…?)」

でも、余計なお世話なのかな。いやいらないし、みたいなこと言われたら多分私、立ち直れない。そもそも持ってきたところでなんて言って渡せばいいのかな。これ良かったら使ってください、とか…?な、馴れ馴れしいかな。そもそも揚げ物類ならともかく、お寿司をスプーンやフォークで食べるってどうなんだろう。違和感しかない。俯いて手元の白いお皿をじっと眺めながら考え込んでみるけれど、どうも視線が左側に泳いで行こうとしてしまう。でもそんなにちらちら見たら失礼だし、気付かれたら恥ずかしい。必死に抑えようとしてみるけれど、どうも自制が効かず、こっそり首を回してみた瞬間に本人と目が合ってしまったものだから凍りついてしまった。顔に熱が集まる。きょとんとした白石くんの顔が「なに?」と言っているように見えた。慌てて顔を逸らしてはっとした。

──やってしまった。

これじゃ盗み見してましたと言っているようなものじゃないか。いや、そうなんだけど。実際はそうなんだけど。でも、でも。これじゃ誤解されてしまう。気まずくなってしまう。そもそも気まずくなるほど仲がいいという訳では決してないけれど、ずっとおばあちゃんから話を聞かされて来て、偶然とはいえ半年前初めて電話で話して、今日初めて会って、色々優しくしてもらったのに、この態度は、だめだ。だって私、白石くんにずっと失礼ことばかりしてる。

玄関でフォローしてくれたのに逃げるようにその場を離れて、コップも持ってもらって、慣れない男子からのフリに動揺してたときも庇ってもらって。さっきだってみんなが準備してくれている中ずっと隠れていたのに気に掛けて様子を見て来てくれて。広間には随分遅くに来たはずなのになんでもなかった顔で出迎えてくれたのは、きっと白石くんが何か言ってくれたからだ。なのに私、そのお礼すらまだ言えてない。四天の人達に謝れてすらいない。今日まさか白石くん達がいるとは思わなかったからびっくりしちゃったけれど、本当はずっと話してみたかったこと、いっぱいあるよ。

「や、あの、その」

ろくに目も見れなくて俯いてばかりだけど、恥ずかしくて声も震えた小さいものだけど、それでも音にしたら聞いてくれるかな。横座りしたまま膝の上でぎゅっと自身の手を握る。

「ひ、左手…だ、大丈夫かなって、思って。スプーンとか持ってきたほうが、その、いいのかなって思ったら、気になっちゃって…。な、なんだかじろじろ見ちゃって、ごめんなさい」

い、言えた。随分ぎこちない日本語だったけど、言えた。ほっと胸を撫で下ろしてみる。そんな私に白石くんは驚いたような声を漏らした。そんな些細な声も拾い上げてしまった耳のせいで急に緊張が舞い踊ってきて、じんわりと視界が滲む。やっぱり、言わなきゃ良かったのかな。後悔の念だけがぐるぐる頭の中を駆け巡って離れない。なんだか気まずくなって身を縮ませていると、そんな私の緊張をほぐすかのような白石くんの柔らかい声が耳を掠めた。

「心配してくれてありがとうございます。けどこれ、ほんまに怪我やないんです」
「…へ?」

今度は私が呆気に取られる番だった。斜め右を行く彼の返答の真意を確かめようと顔を上げてみるけれど、彼は冗談を言っているような顔には見えなかった。…怪我じゃない?じゃあなんで包帯してるの?…あ、もしかして大怪我した傷跡を隠すためとか、そういうことなのかな。

「ちゃうちゃう、そんな大そうなもんやないですよ」

白石くんは笑って、包帯が巻かれた手を小さく左右に振って否定した。じっとその腕を眺めてしまう私に、白石くんは、相変わらず賑やかにしている赤髪の少年に視線を移した。まるであっちを見てと言わんばかりの行動に、私も彼を追うように金ちゃんに目をやると、金ちゃんは謙也くんと玄関先で会ったピアスの彼と何か雑談しているようで、まるで爆発したかのように笑い声が沸き立ち盛り上がっていた。こんな光景、さっきも見た。確か金ちゃんが私の代わりにテーブルを拭いてくれたときだ。どうやら彼の周りにはいつも人が集まって、笑いが絶えないらしい。

「これな、あのゴンタクレを押さえる秘密兵器なんです」

小さな声で、白石くんが言った。話の流れ上彼の言う「これ」と言うものは、その包帯…の、ことを指しているのだろうか。包帯が、秘密兵器とは。そもそもゴンタクレってなんだろう?多分金ちゃんのことなんだろうけど、大阪弁なのかな。もともとお母さんは大阪出身だけど普段は標準語だし、おばあちゃんやオサムちゃんも大阪弁だけれどそんなコアな単語出されたことないからさっぱり意味が分からない。小首を傾げつつ、白石くんの台詞から抽出した単語を繰り返した。

「ごんたくれ…?ひみつ、へいき…?」
「せや。ほら、金ちゃんあんなんやからすぐどっか行ってまうし、勝手に突っ走ってまうから収集つかんのですわ。せやから、それを抑える秘密兵器。…まあそれだけやないんやけど、とりあえずは。だから、怪我やないんです。ピンピンしてますよ」

それに健康だけが取り柄なんでと笑う白石くんは、それ以上詳しくは語らず、具体的にどんなところが秘密兵器とやらなのかは教えてくれなかった。包帯を巻くだけでコントロール出来るようになるとは、一体。いまいちピンと来なくて曖昧な返事をしてしまうけれど、そんな私を気に留めることなく、白石くんはふわりと微笑んだ。

「気遣ってくれておおきに」

急に首の後ろがむず痒くなった。…そんな、急に笑いかけられてもどう反応したらいいのか分からなくて、私。反射ですぐに視線を逸らしまた俯いてしまう私はきっと可愛くない。小さく「いえ」と答えてみたって、自然な声なんて出て来やしない。手の平が汗ばんでなんだか嫌だ。溢れんばかりに充満している笑い声が、なんだか遠くで起こっているようにぼんやりと聞こえた。


20120411 ところで白石お誕生日おめでとうございます