
「お、オサムちゃん!遅いよ…!」
ばあちゃん家の門を潜ったところで俺を出迎えたのはこの家の主ではなく、一回り違ういとこだった。どうやら一足先に大阪についていたらしい。抱き着いてきた拍子にぐわっと衝撃を受けてしまった。熱烈な歓迎である。が、きっといい意味でではない。なんとなくそんな予感がした。そもそも玄関から飛び出してくるならともかく、なぜは外にスタんばっていたのだろう。その時点で何かがおかしい。
ばあちゃんっ子のは放課後のチャイムが鳴り響きホームルームが終わった瞬間教室を飛び出したのだろう。目をきらきらと輝かせながら。しかしどうしたことだろう、よくよく見ると目の前にいる彼女は目を輝かせているといえばいるのだがその正体は涙で潤んだ瞳である。今にも泣いてしまいそうだ。きっとテニス部の連中が来たことに動揺したのだろう。予想はしていたが、まさかここまでだったとは。…というのは冗談で、正直こんな展開になってしまうのであろうと気付いていたのだが、そんなことを本人に言ったら最後「じゃあなんでこんなことしたの!」と泣きわめかれそうなので口にはしないでせず、ゆるーい顔を張り付けて、まるで主人の帰還を出迎えた犬にするかのように、わしゃわしゃと頭を撫でて詳細を問うことにした。
「おー、ちゃんと一人で来れたみたいやなあ偉い偉い。にしても、ちっとも背え伸びてへんやん。ちゃんと毎日牛乳飲んどるか?胸もでかくなるし一石二鳥やで」
「わ、私!聞いてないよ!」
「え?背伸ばすにはカルシウムって言うてへんかったっけ」
「じゃなくて!だから、その…!」
あんなにも強気だった態度はどこへ行ってしまったのだろう。いとこはひょろひょろと視線を下ろし、自信なさげに俯いた。ははあ、とどこか他人事のような相槌を打ち、察した。きっとは、「どうしてテニス部の人達が来てるの私聞いてない!」…ということを言いたいのだろう。その証拠に相変わらず目を泳がせ、か細い声で「ほ、他の人がいるって…」と遠慮しがちに主張する。どうやら俺の予想通りこのいとこ殿はやはり男子が苦手なのは健在で、そしてそれはあの個性豊かなメンバーにも例外なく効果を存分に発揮しているらしい。
「でもほら、俺が来るまで平気やったやんか。涙目になっとるけど」
「あの、ずっと外に…隠れてて…あ、外って言っても家の隅だけど…」
「…ははあー。やってもうたなあ」
「そう思うならもっと早く来てくれたって!」
うがーっと思いの丈をぶつけてくるこの少女は、「そもそもメールも電話もしたのに出てくれなかったのなんで!なんでー!」とぽかぽかと叩きながら半ば八つ当たりのようにぶつけてくる。痛い痛いと言ってみてもちっとも攻撃をゆるめてくれないに、「いやあ、ケータイ学校に忘れて取りに戻ったからそのとき受信には気付いとったんやけど、どうせ5分もすれば行くしええかなーと思って」などと口が滑っても言えるはずもない。
「すまんすまん。そんな怒らんでもええがなー。も俺がメール無精なの知っとるやろ?」
と、全体をオブラートに包んで呑気に笑ってみたら、当の本人はまだ納得がいかないといわんばかりに言った。「オサムちゃんのばか」。どうやら俺が想像していた以上に随分と心細い思いをしていたようだ。ばあちゃんがいるから大丈夫だろうと思っていたら、話を聞いていくとそのばあちゃんは部員達に囲まれており、なかなか近づくことが出来なかったらしい。なるほど、それは想定外だった。つまるところ、彼女はなかなか疎外感に近いものを感じていたらしい。はそれほど甘えん坊で、ばあちゃんっ子で、それでいて寂しがりだった。
「あ、せや。これやるから気張りや」
そう言ってコートのポケットからミルキーの飴玉を3つ差し出すと、はじっと視線をパッケージに注がれた。そしてぱちくりと瞬きをした後すぐにむっと眉間に皺を寄せながら、なかなか不機嫌そうな声で呟く。
「とりあえず食べ物あげとけば機嫌直すと思ってるんでしょ」
「いやあ、そないなことあらへんがな」
そうすっとぼけて、またわしゃわしゃあっと乱暴に頭を撫でる。今まで大人しくしていたもこればかりは驚いたようで小さく声を上げた。「それにこれはホレ、あれや」相変わらずいとこの髪をぐしゃぐしゃに遊ばせながら言った。
「ももう中学3年なんやし、ええ加減男子に免疫つけなあかんやろと思ての気遣いからやなあ…。彼氏の1人や2人おらなあかん年頃やろし」
「そんな気遣いいらないもん!それにまだ中学生だし、そういうのは高校生になってから…」
「あ、それ漫画の読みすぎやで。高校入ったら自動的に彼氏ができるシステムになっとるんは2次元だけや。現実見いや」
「だから現実を見てるから今こうしてオサムちゃんにクレームをしてるんだよ!あんな、初対面の男子があんたにいっぱいいたら、わ、私…わたし…どうしたらいいか…っ!も、わたし…っ」
段々力なく沈んでいくの声は頼りなく、一緒に顔も俯いてしまった。ついでに何かに耐えるように唇を噛むものだから、きっと決死に絞り出したであろう台詞も、最後の方は震えていたことくらいいくら俺とて気付いている。そうこうしているうちにぐすりとしゃくりながら目を擦りながら、これまでの経緯を掻い摘んで話しだした。
例えば俺が帰って来たかと思って玄関まで言ったら見知らぬ男子生徒が大人数でいて心底驚いたとか、じろじろ見られただとか睨まれただとか、独特のテンションについていけないだとか、良い人だっていうことは分かるけど、やっぱり自分はばあちゃんと俺と3人で過ごしたかっただとか、つまりまとめると今の現状に納得していないということだった。
「うん、せやな。堪忍な」
そうなだめると、は相変わらず目を潤ませながら弱々しく頷いた。…流石にやりすぎたかもしれない。言葉が足りなかった。
「…ほんまのこと言うと、ばあちゃんもあいつらのこと気に入っとるさかい。それにじいちゃん死んでからばあちゃん1人暮らしやし、3人より大勢のほうが喜ぶんやないかー思て誘ったんや」
「……………うん……」
「別に意地悪したろ思てしたわけやないで」
「……うん」
「よっしゃ。後でコケシ3つやろ。な」
そう言って最後にぽんぽんっと優しく頭を撫でてやると、抗議をする意欲をなくしたらしいは首を小さく振りながら、「…それはいらない」とすっぱりと断った。どうやら少しは元の調子に戻ってくれたようだ。あいつらにもそんなふうにはっきり物が言えればいいのにと苦笑しつつ、しかし自分が遅刻したことに変わりはないので早いところ合流するとしよう。
「ほんで、誕生会はどこで開催されとるん?」
「…オサムちゃん」
弱々しく呼び止める声に振り返ってみると、はなんとも言いづらそうに視線を泳がせていた。もしかして逃げ出した手前あいつらがいるところには帰りにくいだとか、そういうことだろうか。現に目の前の少女はどことなくそわそわとして落ち着きがない。
「…あ、あのね。仲良くなりたいって、言われたの」
「誰に?」
「……白石くんに…」
「ははあー。…白石もなかなかやるやんか。青春やん」
「お、おちょくらなくていいよ!…別にそういうのじゃないし」
顎に手を当てて何やら意味ありげな反応をしてみると、案の定見事なツッコミをもらってしまった。挙句の果てには「もー!オサムちゃんのばか!もういいよ!」と本日何度目か分からない台詞までも飛び出してくる。はちょっといじりすぎると気恥ずかしくなってかすぐ話を放り出す癖がある。どうやらおちょくりすぎたようだ。…ちょっとにやにやしすぎたのかもしれない。しかし耳を真っ赤にして背を向けるイトコを見て、いじるなというのがおかしい。「まあまあまあまあ」と明らかに緩んだ口で声を掛け、ぽんっと肩に手を置いた。
「ちゃん、そんな恥ずかしがらんとー。ええことやんか、ときめきメモリアル。お母さん嬉しい」
「だ、だからそんなんじゃないってば…!ただその…なんていうか…」
「『なんていうか』?」
──何?と言わんばかりに語尾を繰り返してわざとらしく尋ねると、は勢いをなくして、「その…」と口を濁す。やたら目は下を向いて泳がせているのに頬は赤めているものだから、本当に白石は一体何をしたと言うのだろう。少なくとも青ざめてはいないようだから、悪いことはなかったようだけれど。もしかして本当にときめきメモリアルデビューでもしたのだろうかと考えては、嬉しいような、どことなく寂しいようなこのセンチメンタル気分になってみる。これはまるで娘を嫁に送り出す父親のようだと苦笑していると、その娘はこれまた恥ずかしそうに言った。
「…あ、あのね、うまく言えないんだけど、視野が広くて、優しくて、気を遣ってくれて…。だから、なんていうか…」
「ふんふん」
「…おにいちゃんがいたら、きっとこんな感じなんだろうなって…」
「…うーわ」
思わずげんなりした声が出てしまった。まさかイトコの口からこんなにも使い古された台詞が出てこようとは。いや、大体オチはうっすら読めていたが、まさか本当にこれをチョイスするとは。
「なんや冷めたわー」
「ひ、ひどい!」
今にも泣きそうな声で抗議するイトコに、色恋沙汰の話を求めたのが間違いだったのかもしれない。頭を掻きながら「うんせやな、はそういう子やな。まああれや、背伸びせんと、ゆっくり大きくなったらええねん」と親が子に言い聞かせるように口にしては、ぽんぽんと頭を撫でると、案の定子ども扱いしないでと反論されてしまった。
20121015