
広間はわいわいと賑わっており、その声の主は四天宝寺テニス部レギュラー達のものしか聞こえてこない。金ちゃんはまるで遊園地に来たようにはしゃいでいるし、小春とユウジは相変わらずの調子だし、財前は財前でケータイをいじっているし、なんだかもう頭が重くなってきた。協調性の欠片もない。自分の家ならともかく人様の家なんやから、少しは落ち着けっちゅー話や失礼やろ。
「(…てか白石はどこ行ったんや。さっき広間に来たと思っとったのに)」
きょろきょろと辺りを見回して見慣れたクラスメイトの姿を探してみるも、やはり見慣れた顔が見当たらない。しかしテニスバックはちゃっかりあったから、おそらく荷物を置いてすぐどこかに行ってしまったのだろう。何やっとんねん。便所にでも行っとんのか。
「…それにしてもみんな、ほんまに来てくれるとは思わんかったわあ。おおきに」
嬉しそうに礼を言うばあちゃんの声にふと見てみると、金ちゃんが「礼言われるようなことしとらんでー!ワイらは来たくて来とるだけやし!…あ、せや!姉ちゃんにも会えたしな!」と笑っている姿が目に入ってきた。…なんという天然好感度上げ技術なのだろう。俺も見習いたい。それにしてもばあちゃんと金ちゃんが話していると本当の祖母と孫にしか見えないのは俺だけなのだろうか。そんなことを考えている間にも、2人の会話は続いていくから俺はただそれを見守るしかない。
「…もな、ちょっと男の子が苦手やから…。せやからよそよそしいっちゅーか、ちょっと一線引いたように見えるかもしれんけど、それも最初だけやから。ほんまにええ子なんやで。仲良うしたってな」
「うん!ワイ、姉ちゃんと仲良うなりたいわあ!話したいことぎょうさんあんねんで!」
目をキラキラさせながらそう言った金ちゃんはどうやら本気らしい。そういえばの話が出るたびにこのルーキーはやたら食いついていたし、先月から電話が掛かってきたときも我先にと言わんばかりに自分にも話させてくれとばあちゃんに頼み込んでいたような気がする。どうやらすっかり懐いてしまったらしい。
しかし当のはというとまるで「どうか自分に関わらないでくれ」と言わんばかりのオーラを放っているというか、どうも俺達に困惑している雰囲気だったというか。いや、実際つい先程顔を合わせたばかりなのだからそれが当然なのだけれど、ずっと彼女の話を聞かせ続けられてきた俺達には初対面であって初対面ではないようなものだったから、その反応はなんとなく寂しいものがあった。そしてそれを金ちゃんも薄々ではあるが感じ取ってしまったらしい、珍しくしょぼくれている。そんなルーキーに名案と言わんばかりの顔で「何言ってはるの金太郎はん!」と妙にテンション高々と声を掛けたのは小春だった。
「一発どかーんと笑かしてまえば、あとはこっちのペースやないのー!」
財前の入部のときも全く同じことを言っていたような気がしてならない小春は、やたらノリノリでやる気に満ちているように見える。ついでに「さっすが小春―!ええこと言うやん!」と乗ってきたユウジも加われば、大体いつもの流れになってしまう。わいわいと先程とは違う賑わいを見せる中、しかし一人その流れに乗らない2年レギュラーはマイペースに口を開いた。
「いや、そこ笑いはいらんのとちゃいます」
いやに冷静なツッコミを繰り広げる財前にも不気味なくらい仲のいい2人は「なに言うとんねや財前!笑いは日本のコミュニケーションツールやで!」と言って、ひたすら貫き通そうとするのだがどうやら財前にはそれが通用しないらしく、「それは先輩らだけっすわ」と冷たく言い放たれているものだから最上級生としての威厳もへったくれもない。まあそれも今更なのだが。
「けどさっき、まさか先手を打たれてまうとは思わんかったわー…。不意打ちすぎてめっちゃおもろかったやん。ウチ悔しいわあ」
そう言ったお笑い担当の小春は、まるでしてやられたと言わんばかりな顔をする。先手を打たれた相手というのはおそらく、いや、間違いなくのことを言っているのだろう。別に大したことは言っていなかったし、おそらく本人も笑わせようと思って口にしたわけではないとは思うのだが、あの若干緊張感の漂う静けさの中突然「孫です」などと意味不明でとんちんかんな自己紹介をしてきたから、その緊張の糸が緩んで思わず爆笑してしまったというだけだった。だがしかし笑いの渦が起こったことは事実であり、それが小春とユウジは闘争心に火をつけられたらしい。
「せやねえ…。はちょっと人見知りするところがあるさかい、小春ちゃんやユウくんみたいに笑わかしてくれると緊張も解けるかもしれんわ」
なんということだ、ばあちゃんのゴーサインまで出てしまうとは。おまけに「な、誰より可愛く笑うんで。めっちゃかわええんやで」とほのぼのと祖母馬鹿を発揮しているが良いのだろうか。…お孫さん、こいつらのお笑い展開についていけんのとちゃう?親しくなる以前に、逆にドン引きされて終わりそうな気がしないでもない。
「えーっ!なんやめっちゃおもろそうやん!ワイもやるでー!」
ぴょこぴょこと楽しそうにはしゃぐゴンタクレルーキーは、完全にその気になってしまったようだった。その様子を見た小石川は大丈夫だろうかと半ば不安げな顔を見せる一方財前は財前で自分には関係ないと決め込んでいるようだったし、千歳はというと楽しいことになりそうだと言わんばかりにどこか面白そうに見守っている。(ちなみに銀は1人もくもくと誕生日会の準備を進めていたものだからなんだか申し訳なくなる)そして普段、妙な方向に進もうとしている部員の暴走を止めている白石も、今はここにいない。…いや、もしかしたら白石がいてもこの流れは止められなかったかもしれないし、むしろ「なるほどその通りだ」と合意したかもしれない。白石は変なところで笑いに走ろうとするから。(ただ肝心の白石のギャグは全く面白くないのが残念すぎる)
「なあ謙也!謙也もやるやろ!」
笑いのノリになってきたこともあってかやけに張り切っているというかノリノリなユウジは振り返り声を掛けてくる。どうやら俺の一言が今後の全てを左右するらしい。ふとの祖母であるばあちゃんを見てみると、いつもの優しい笑顔でにこにこと見守っていた。つまり異論もなければ止めることもしないらしい。むしろと絡んでくれることを喜んでいるように見えた。…つまりはそういうことで決まりだいうことだ。ここまできたら俺も乗るしかない。久しぶりの展開に、思わず笑みが零れた。
「…ああ、せやな!なんせ俺ら四天宝寺中は…」
笑かしたもん勝ちやーっ!
…というまるで一致団結したような大きな声が聞こえて、思わずびくっと肩を震わせた。え、なに?なに!ばっと廊下の方向を見てみるけれど、台所からじゃ遠く離れた広間にいる彼らの様子が見えるわけがない。…えっと、今の声は多分…あの人達の声、だよね…?わ、笑かしたもん勝ちって聞こえたんだけど、漫才大会でもやるのかな。出し物…?流石四天だ準備がいいなあ。私何にも準備してないけど大丈夫なのかな。まあ男の子の前で何か芸披露しろと言われても出来ないんだけど。……おとこのこ……。
そういえばいるんだった。今更なことを改めて認識して、思わずため息をついてしまう。…どうしよう。大量のグラスを見ては、そんなことを考えてばかりだ。そういえば去年の夏帰ってきたとき大量にコップが補充されていて、そのときは「一体いつ使うんだろう」と不思議に思っていたけれど、ようやくその答えが分かった。テニス部の人達の分だったんだ。どうやらすっかりおばあちゃんの生活の一部となってしまったらしい。…なんか…なんか。おばあちゃんを取られた気分になってしまうのは、私の心が狭いからなのだろうか。
「…はあ」
自分の独占欲が強いことに嫌気がさしたのか、疲れてしまったのか、それともあの場を抜け出せた安堵なのかよく分からない溜息をまた吐いてしまった。だってまさか四天宝寺のテニス部の人達が来るとは知らなかったから驚いてしまって。いや、むしろ動揺してしまって、なんだか生きた心地がしなかった。今日の発案者であるオサムちゃんは勿論、おばあちゃんも彼らが来ることを知っていたのだろう。…私だけが知らなかっただなんて。
つい先程半泣きになりながらイトコにそのクレームと今どこにいるのかと尋ねるメールを送信したら、なんだか一気に気が抜けてしまった。ポケットに仕舞い込んだケータイを取り出し新着メール受信を試みてみるけれど、イトコからの返信は来ない。そういえばオサムちゃんメール無精だし、もしかしたらメールに気付かれないまま終わる確率のほうが高いような気がする。また溜息をついた。
「あのー」
「は、はいいいい!」
突然背後からおばあちゃんでもオサムちゃんでもない声を掛けられ、動揺のあまり裏返った声が出てしまった。て、テニス部の人、だよね…!ど、どうしよう!びくびくしながら振り返ると、そこには白石くんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。心臓はまるで全力疾走でもしてきたかのように騒がしい。そして先程まで肩に掛けていた大きなバッグ(多分テニスラケットが入っていたのだろう)は見受けられないところから察するに、白石くんは荷物を置いた後、わざわざこちらに足を運んできてくれたらしかった。
「あ、すんまへん。驚かすつもりはなかったんですけど」
「あ、いえ、あの、だ、だいじょうぶ、です。あの、だいじょうぶ」
「はあ…」
白石くんは、本当に大丈夫か?と言わんばかりの表情だ。いやでもあの本当大丈夫なので、あんまり近づかないでいて頂けると。「…あ、あの、な、何かご用ですか」あ、どうしよう。なんだか私目がうるうるしてきたのだけれど。体もガッチガチに緊張してきた私は白石くんを直視出来ず、どうしたらいいのか分からずに無意味にコップを並び替えてカチャカチャと音を立てた。ど、どど、どうしよう!男の子は苦手だけど、かっこいい男の子はもっと苦手で、つまり何が言いたいのかというと私は白石くんが苦手なのに。だっていつも以上にそわそわしてひどく落ち着かない。なんだかほんとに泣きそうになってしまった私とは対照的に、白石くんは自分がここへやって来た理由を思い出したらしい。私の質問で「ああ、せやった」と前振りした後続けた。
「手伝うことあらへんかなって思て来たんですわ。何かありません?」
「ええっ!?あ、あのあの!だ、だいじょうぶ、です…っ!」
滅相もない!と言わんばかりに手をブンブン振って否定するけれど、目の前の彼は簡単には引き下がってくれないようで、ふとテーブルの上にあるコップたちを見やった。持って行きやすいようにと、私がトレーに乗せていたものだ。「ああ、ほなら」と口を開き、ぱっと私に視線を向けた。思わずびくっと肩が震える。
「これ、もう持って行ってもええですか?」
「えっ?あの、えっと、だ、大丈夫です!私が持って行くので…!あの、ほんとに遠慮なさらず、どうぞ皆さんのところで待っていてください…!」
「ええですよ。量あるから結構重いし。俺持ってきますわ」
そう言ったかと思ったら、まるで有無は言わせないとばかりにひょいとトレーを手にしてしまった。も、持っちゃった!お客様なのに!どうしたらいいのか分からずあわあわとしていると、白石くんは「きょどりすぎですわ」と苦笑した。その言葉にはっと我に返る。わ、私、またやっちゃった。かあっと顔を赤くして、つい俯いてしまう。男の子の前だといつも慌てて、何をしていいのか分からなくなっちゃう。直したいと思っていても、なかなか普通に接することが出来なかった。
「…すみません、ありがとうございます」
「いえいえ」
なんだか申し訳ないなあと思いつつ、けれどここまで大丈夫だと言われてしまうともう何も言えなくなる。ほんとにいいのかなあと思いつつ何気なくトレーを手にする彼の手を視界に入れると、包帯をぐるぐるに巻かれた左腕を発見してしまったものだから一瞬息をするのを忘れてしまった。…えっ、もしかしてもしかしなくても、白石くん怪我してるの…?や、やっぱり持ってもらうべきじゃないんじゃ…!そのまま客間へ向かおうとする白石くんの背中に、私は慌てて声を掛けた。
「あの!や、やっぱり替わります…!」
「ええですって。それにほら、今チェンジしたら逆に危ないですし」
「でも、怪我…!」
「してへんしてへん。…あ。ほな客間に着いたら襖開けてもろてもええですか?」
「え?あ、はい。…じゃなくてあのだから…!」
包帯を巻くほど思いっきり怪我をしている人には、申し訳なくて物なんて持たせられませんっていう話を…!おろおろとしながらどうしたらいいのか考えてみるけれど、重たいトレーを持った白石くんがそそくさと行ってしまうものだから、私は大慌てで彼の背中を追うしかない。どうやら白石くんは私の抗議の声を聞く気は毛頭ないようだった。
20120218 多分白石の包帯の正しい反応はこれだと思います←