そういえば肝心の発案者であるオサムちゃんがいないんだけど、なんでなんだろう。急に静かになった玄関をきょろきょろと見渡してみるけれど、イトコの姿はやっぱり見つからなかった。そして記憶を思い返してみても、さっきの四天の人達の中には混じっていなかったように思う。…オサムちゃん、どうしたんだろう?……えっ、まさか欠席とかそういうオチじゃないよね…!…で、でもでも、もしそうだとしたらどうしよう…。そんな想像が広がってしまいおろおろしている中、ふと1人の男子の後ろ姿を発見した。白石くんだ。どうやら散らかしたまま上がっていった彼らの靴を、1人黙々と整頓して並べ直しているらしい。

「(……おばあちゃんの言ってたとおりだ)」

じっと彼の背中を見ながら、そんなこと思う。『玄関に散らかってた部員の靴もな、うちはなあんも言わへんかったのに、1人で綺麗に並べ直してくれたんやで』おばあちゃんがやけに感心したような素振りで言っていた台詞を思い出してみる。やっぱり白石くんは聞いてた通りの人だった。さっきもそうだけど、視野が広いって言うか、落ち着いてるって言うか。とても同い年には思えないなあ。あ、もちろんいい意味で。………。

初めましてって、改めて言ったほうがいいのかなあ。白石くんには特におばあちゃんがお世話になってるみたいだし、さっきも色々フォローしてもらった気がするし。それとも私も手伝ったほうがいいのかな。でも初対面の子に突然話しかけられてもきっと迷惑だよね。でも部員さん達の靴、綺麗並び替えてくれてるし…。…うーん。

白石くんの背中を見ながらそんなことを悩んでいると、突然視界に赤毛の少年がぴょこんと入り込んできた。びっくりして変な声を挙げてしまう私をもろともしないらしい赤毛の男の子は「なあなあ!ほんまに自分、なんー!」と声を弾ませて言ってくる。彼は目をキラキラさせていた。

か、顔、近い。

まるで小さな子どものように至近距離で話しかけてくる子もやっぱり四天宝寺の生徒らしい、それを物語る制服を着用していた。…えっと、だとしたら1年生…かなあ。身長や雰囲気的に小学生と言っても通じる気がするけど、なんて失礼なことを考えてみる。そんな彼は相変わらずそわそわしていて、質問の回答をじっと待っていたから気後れしながらこくんと頷いてみる。すると少年はますます嬉しそうに「ほんまにーっ!」と嬉しそうに食いついてきたものだからどうしたらいいのか分からなくなった。とりあえず反射的にまたひとつ頷くと、赤毛の少年はぱあっと明るい笑顔を振りまいてまた顔を近付けてくる。

「ワイ、遠山金太郎やで!覚えとる?覚えとる?なあなあっ!」

まるで人懐こい小動物みたいだ。ころころ変わる表情が可愛いなあ、弟にほしいタイプかもしれない。…で、えーっと…トオヤマ、キンタロウ…くん。白石くん同様、これも聞いたことのある名の響きだった。確か四天テニス部の1年生ですごくテニスが強くて、ちっちゃいのにすごく力持ちだって、おばあちゃん言ってた。そして思い返せば、おばあちゃんと電話してたとき何度か話したこと、ある。そのとき金ちゃんて呼んでえなと人懐こい声で言われた記憶も、ある。確か白石くんと初めて話したときに。

…金ちゃんて、この子だったんだ。そんなことをぼんやり考えながらまたこくりと頷いてやると、金ちゃんはぱあっと明るい笑顔をまき散らし、「うわあい!ほんまほんまー!?」と嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。どうやら感情がすぐ表に出るとても素直な子らしい。なんだか見ていてほわんとした気分になった。

「なんや金ちゃん。嬉しそうやなあ」

突然ひょこりと顔を出した男の子にびくりと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げる。するとそこには色素の薄い髪をした男子が立っていた。──あ。白石くん、だ。どうやら靴の整頓は終了したらしい。玄関綺麗にしてもらったわけだしお礼とか言ったほうがいいのかな、なんて考えているみるけれど、声を掛けるタイミングが分からない。ただおろおろと金ちゃんや白石くんのやりとりを眺めることしか出来なかった。

「あー、白石―!あんなあ!姉ちゃんが、ワイのこと覚えてくれとったんやで!」
「へえー、良かったなあ金ちゃん」

…金ちゃん、まるで母親に報告する子供みたい。仲がいいのかなあなんてのんびり考えていると、それまで金ちゃんに向かっていた白石くんの視線がぱっとこちらに変わった。びっくりして思わず一歩半後退しそうになるのを必死に堪え、代わりに目線の先をひょろひょろと落としていく。きっと私、もう白石くんの顔は見れない。そんな確信めいたものが生まれてしまった。失礼なことだってわかってるけど、やっぱり見れない。だけどそんなことしたものだから、一気に空気が気まずくなっちゃった。どうしようどうしようと必死に弁解を考え、慌ててありきたりなお礼を口にする。

「…あ!えっと、靴。…あの、わざわざありがとうございました」
「え?…ああ、別にこんなん俺らがやって当然なことなんで、気にせんといてください。むしろ人様の玄関を自分家みたいに使こうてしもて、すんまへん」
「あ、いえそんな、とんでもないです!」

ぶんぶんと手を振って否定していると、若干蚊帳の外状態にあった金ちゃんが、拗ねたように「白石―、姉ちゃんはワイと話しとったんやで」と言って頬を膨らました。…金ちゃんかわいい。面白いくらいにころころと表情が変わるし、見ていて全然飽きないなあ。それに人懐こいオーラがあるからかなんだか緊張しないで済むような気がする。だから私の疑問をぶつける相手は彼しかいないと直感した。だけど面と向かって本人に「金ちゃん」とは呼べない。きっとあれは、電話だから口に出来たように思える。だからあえて金ちゃんとも遠山くんとも口にせずに、赤毛の少年に話しかけた。

「あの、そういえばオサムちゃんは…?」
「ああ!オサムちゃんなあ、スーパーまでは一緒に行ったんやけど、ここ来る途中で忘れ物したー言うて分かれてしもたんや。すぐ行くって言うとったけど」
「…そっかあ…」

しゅんっと項垂れたところではっとした。しまった、お客さんの前でこんな、明らかに残念がっているというか失望したような顔をするものじゃない。だけど初対面の男子で溢れかえっている今の渡辺家ではおばあちゃんに次ぐ唯一の拠り所だったというのに、それがないと分かった今、衝撃を受けずにはいられないのです。ど、どうしよう。でもすぐ行くって言ってたみたいだしすぐ来るのかな…。後でちょっとメールしてみよう。そんなことを考えてはっとした。私ちょっと自分の世界に入ってた。ついでにここは玄関であるということを思い出す。…こんなところで立ち話に付き合させるのも失礼な話だよね。むしろ初対面(電話で話は少しだけしたことはあるとはいえ、実際に会うのは初めてなのだからほぼそれに等しい)とこのまま世間話をしろというのも無理なのだけれど…!

「あ、あの、中…どうぞ。おばあちゃん待ってるだろうから」

控え目に奥に入るよう勧めると、金ちゃんは「せやった!ばあちゃん!」と思い出したように廊下を駆けていく。どうやら今日はおばあちゃんの誕生日会ということをすっかり忘れていたらしい。切り替えが早い子なんだなあとぼんやり思いつつその背中を見送っていると、少年は思い出したように唐突に振り返った。

姉ちゃん、後でお話しよなー!」

長い廊下の真ん中辺りで大声でそう叫ぶ少年は、やっぱり目をキラキラさせていた。なんだか嬉しくなって小さく手を振り肯定の意思を示すと、金ちゃんは嬉しそうに笑ってまた背中を見せて駆けて行ってしまった。元気な子なんだなあ。

「金ちゃん。手洗いとうがい、ちゃあんとやらなあかんよー。あと廊下は走ったらあかんでー」

私の隣でそんなことを白石くんはなんだかお母さんみたいな人らしい。金ちゃんは「分かっとるがなー」と素直に聞き入れたような素振りを見せたというのにはしゃぎっぷりは相変わらずで全くスピードは変わらない。そうこうしているうちに金ちゃんは突き当りにたどり着き、迷うことなく右に曲がった。要するに洗面所へ向かった。どうやらこの家のことは熟知しているらしい、迷う素振りを全く見せなかった。その背中を見送るようにぼんやりと眺め、はっと我に返る。もしかして私、今白石くんと2人きりなんじゃ。もしかしてっていうか、むしろそう。そしていつの間にか隣にいることを思い出した。

「(ど、どど、どうしよう)」

急にそわそわし始めた自分自身に気付いてしまった今、もう4月の電話のときみたいにナチュラルになんて話せない。やっぱり電話と直接会うのとじゃ天と地ほどの差があるみたい。あのときはあんなに普通に話せてたのにそれが嘘みたいだ。何を話したらいいのか分からないってこの微妙な空気感がだめなの。…やっぱり私は男子は苦手らしい。ど、どうしよう、どうしよう。

しんと静まり返った玄関でやけにそわそわしてしまう私を、隣の彼はどう思っているのだろう。さっきは人懐こくて明るい金ちゃんがいたから助かっていたというのに。どうしたらいいのか分からずに俯くしかない。背中が妙に熱くなった。何か会話をと思うのに、肝心の話題が浮かばない。自己紹介はしてしまったし、玄関先の靴の整理のお礼は言ったばかりだ。…金ちゃん元気で可愛いですね、とか?いや、初対面が何言ってんのって話だよね。えっと、えっと…だめだ、考えれば考え込むほど全然思い浮かばない。

「(白石くんも金ちゃんと行ってくれれば助かったのに、なんで残っちゃったんだろう。それとも私が1人になるから気を遣ってくれたのかなあ…)」

ちらっと盗み見るように白石くんに目をやろうとするけれどなんだか忍びなくて、並んだ足元を見ることしか出来ない。白石くんの足は私なんかと比べて大きくて、やっぱり男の子が隣にいるんだと実感してしまう。き、緊張する。…せめて何か言ってくれればいいのに、なんで何も言ってくれないんだろう。そんな他力本願のようなことを考えていると、まるで心の声を拾い上げたかのように「騒がしくてすんまへん」と詫びを入れてきたものだから過剰に驚いてしまった。

「あ、あの、いえそんな。おばあちゃんも喜んでますし」

慌てて否定してみるけれど、やっぱり目を見て話すことは出来ないらしい。なんださっきから私、失礼なことをしてばかりだ。きっと感じの悪い孫だと思われそうで、そうしたらなんだかおばあちゃんに申し訳なくて、潤んでくる瞳を必死に悟られまいと前髪をいじって誤魔化すしかない。その指の隙間から何気なく白石くんを捉えてみるけれど、ぱっと視線がぶつかった瞬間間髪入れずに目を逸らしてしまった。途端に顔が熱くなる。なんだか恥ずかしい。男の子は苦手だけれど、かっこいい男の子はもっと苦手だった。どうにも緊張してしまって。

白石くんはきっと優しくて、よく周りを見ていて、だから気遣いが出来る、そんな人なんだろう。おばあちゃんからずっと白石くんのことを言い聞かせられたこの10ヶ月間も、4月の半ばに始めて声を交わしたあのときも、その全てが白石くんの人間性を物語っていた。彼の話や声を聞いて、もしかしてこういう男の子だったら私も普通に話せるようになれるのかな、なんて考えていたのも事実だ。──でもこんなかっこいいだなんて、聞いてない。

百聞は一見にしかず、なんてよく言ったものだ。いくら話を聞いたって、実際会ってみなくちゃ分からない。そのとおりだった。実は私は、器量良しな男の子と目を見て話せない。そもそも普通の男子ともなかなか普通に会話をすることは難しいのだけれど、それ以上に話せなくなってしまうのです。どうもそわそわと落ち着かなくて、どこを見て話したらいいのか分からなくなってしまって。だから白石くんの顔、私見れない。さっきは偶然真正面から見れたけれど、あれはきっと偶然だった。

「あう…。えっと…じゅ、じゅんび、しなきゃ…」

だから私にはどことなくわざとらしく独り言を口にして、そそくさと台所へ逃げるように早足で去る選択肢しか残されていなかった。やっぱり私は白石くんに対して失礼なことばっかりしてる気がして、なんだか申し訳なくなる。ごめんなさい!と心のうちで謝りながらも、ぱたぱたと白石くんから離れるのをやめない私。更にそのまま一度も振り返らず行ってしまったものだから、白石くんがどんな顔をしているのか、はたまた何を考えているのか、私には知るよしもなかった。



20120129 なかなか恋愛ルートに乗らなくてもどかしい…!