「ああ、よう来たねえ。待っとったよ」

玄関で声が聞こえたことでひょこりと顔を出したおばあちゃんは、心なしか嬉しそうに笑っていた。その姿を見て、ああやっぱりこの人達がいつも聞かされていたテニス部の人達なんだと改めて認識する。おまけに「待っていた」と言っているということはつまり、おばあちゃんは彼らが今日この時間にここに来ることを知っていたということなのだろうか。…だ、だったらなんで言ってくれなかったのー!うわあんと泣きそうになっていると、そんな私とは裏腹に彼らは、おばあちゃんの登場でわあっと明るい声を上げた。

「ばーちゃーん!来たで来たでー!」
「金ちゃん、はしゃぎすぎっちゅー話や」
「謙也かて人のこと言えへんくせにー!」

途端にテンションの上昇を抑えきれなかったらしい彼らはわいわいと楽しそうにおばあちゃんに声を掛ける。おばあちゃんはやっぱり嬉しそうに笑っていた。…そんなほのぼのとした光景のはずなのに、なんだか急に寂しくなって思わず泣きそうになるのはなんでだろう。見ていられなくて思わず顔を逸すと、まるでそれを察したかのようにおばあちゃんが後ろからぽんっと両肩を抱く。びっくりして顔を後ろにやると、おばあちゃんはにこっと優しく微笑んだ。…なんとなく嫌な予感がする。

「せや、みんな。この子がいつも話しとる孫のやで」
「え、ええ…!?あ、あの…っ、おばあちゃん…!」
「かわええやろー」

私の声を無視してにこにこと四天の人達に微笑みかけているけれど、あの、お、おばあちゃん!そんな振りいらないよ…!私の慌てた声も聞こえていただろうに、まるでそんなの耳に入りませんでしたと言わんばかりのいつもの優しい笑顔で肩を抱く私の祖母はどこか誇らしくしている。せめてそれだけだったら良かったのに、何を思ったのか未だ靴を脱がず玄関に立っているテニス部の人達に紹介してしまったものだから、一瞬にして彼らの視線が私に集中してしまった。それは目を子どものようにキラキラと輝かせている少年から、どこか納得したような顔をしている人、どうでも良さそうな目でさらりと流す人まで様々だ。思わず息をすることすら忘れてしまう。

こわい。はずかしい。にげだしたい。

色々な感情が混ざり合って訳の分からない色を作り出してしまった私の心は途端に慌てふためき始める。おろおろとしながらおばあちゃんに助けを求めるけれど、当の本人は「ほら、挨拶せな」と無茶振りをしてくるものだから裏返った声しか出てこない。そのまま(多分怯えきっている目で)見つめ続けてみても、「ほら」と急かされるばかりだ。

涙目になりながら恐る恐る彼らを見やるけれど、やっぱり彼らの目は私に向いている。ひいっと息を飲み思わず一歩後ずさりたくなるけれど、おばあちゃんが後ろにいるからそれも出来ない。おばあちゃんは私が男の子が苦手ということを十分承知している。つまりこれは、逃げるな、ということだった。どうやら彼ら四天宝寺のテニス部員と仲良しになってほしいと思っているらしい。そう声に出さずとも心の声が聞こえてしまったから、私はただただ戸惑うしかないのだ。

「あ、えっと、えっと。……その……」

あっちこっち落ち着きなく、目は魚のように泳いでしまう。一点に留めることも出来ない。私は少し俯いて、無意味に胸の前で握っていた自身の手に視線を固定させることでいっぱいいっぱいだった。そわそわする。どうしよう。またちらりと盗み見するように前方の彼らを見てみてもじいっと好奇の目が注がれているだけで、私はますます泣きそうになった。かあっと全身が熱くなる。

「(ど、どうしよう…私そんな…無理だよ…)」

彼らも何も言わず黙り込む私に、どうしたものかとそわそわとし始める。いっそ何か言ってくれたらすっきりするのに、何も言わずただじっと私が口を開くのを律儀に待ってくれるものだから逆に厄介だ。誰か突っ込んでいいんだよ。前列にいる赤毛の子なんて目をキラキラさせているし、どことなく落ち着きがない。それがまるで早く早くと目で訴えているように思えてプレッシャーになり、私はますます口を閉ざすしかなかった。恥ずかしいだとか緊張だとかそんなことを考えているうちに、自己紹介を始めるタイミングをすっかり見落としてしまったらしい。

ますますどうしたらいいのだろうかと涙目になりながらも必死に考えている最中、ふと目が合った人がいた。白石くんだ。彼はまだかまだかと落ち着かない目をしているわけでもなく、はたまた急かすのでもなく、まるで子を見守る親のように優しい瞳を私に向けていた。慌てて目を逸らしたけれど、どきどきと五月蝿い心臓が未だに彼の瞳の余韻を残している。もう訳が分からなくなって混乱が混乱を呼んでしまった。どうしたらいいのか分からなくなって、ぐるぐると渦巻いたまま慌てて口を開く。

「あ、あの…!えっと、ま、孫です!」

しん…っと一瞬静まり返った。その瞬間我に返り、さて私は何を言ったんだっけとぼんやりと考える。そして答えはすぐに出た。…名前言うの、忘れてた。なんでそんな大事なことを忘れちゃったんだとぶわっと一気に体温が上昇したのとほぼ同時に、わっと玄関が笑いの渦に包まれてしまった。…つまり爆笑された。しかも大人数の、初対面の相手に。おそらく若干緊張した空気の中思いっきりずれたことを口走ってしまったものだから更に微妙になったこの空気に耐えきれなくなったのだろう。こ、こんなつもりじゃなかったのに…!

「…っ、あ、あの…!ま、孫のですって、あの、言おうとして!あの、違くてですね、あの…!」

慌てて弁解するも、お腹を抱えて息苦しそうに笑う彼らに果たして届いているのだろうか。先ほどとは違う意味で彼らと顔を合わせられなくなって、顔を熱くしたままひょろひょろと俯いてしまう。恥ずかしい。穴があったら埋まりたいむしろ穴がなかったら掘ってでも埋まりたい。もうだめだ、第一印象最悪だ。

「……あ、えっと…お、おばあちゃんがいつも、お世話に、なってます…」

絞り出した小さく蚊の鳴くような声は本当に最低限のものしか出てきてくれなくて、なんだかふらふらと不安定。今にも崩れ落ちそうな私の心をずばり表しているようだった。…恥ずかしい。しかもそんな必死に出した一言もきっと彼らには聞こえていないだろう。もしくは「また何か言っている」とまた笑いの種になってしまったかもしれない。どうしよう、ほんとのほんとに逃げ出したい。ますます顔に熱が集まってしまう。

「──いえ、こちらこそ。ばあちゃんには、ようお世話になっとります」

笑い声の中ふとそんな聞き覚えのある柔らかい声が聞こえてきた気がして、おそるおそる顔を上げる。するとぱちりと目が合った1人の男子生徒は先程と同じように温かい目をして微笑んでくれていたから、なんだか肩の力がすっと抜けた気がした。白石くんだ。どうやら彼が消えかかった蝋燭の火のように細く不安定な私の声を拾い上げてくれたらしい。…しらいしくん、やさしい。そんなことを考えながらぼんやりと彼を眺めていたけれど、はっと我に返って「こ、こちらこそ!」とよく分からない返事をして慌ててぺこりとお辞儀をする。他の人から見てもやっぱり意味不明で若干シュールな展開に、ほかのテニス部の人達の笑い声は一層大きくなるしかない。それを見かねたのか挨拶が終わったからなのか、おばあちゃんは彼らに声を掛けた。

「ほら。いつまでも玄関で突っ立っとらんと、早うお上がり」
「はーい!ほな、おじゃましまーす!」

切り替えが早いらしい四天宝寺の男子生徒達は、今まで爆笑していたのが嘘のようにけろりとした顔で、ぽーいと放り出すように靴を脱いでは続々と上がりこんでくる。それを見ておばあちゃんはようやく私の肩を解放し、自ら誘導するように家の奥に入っていった。だからこれでやっと私も自由の身になれたというのに、後から後からやってくる緊張感でそれどころではない。…だ、だんしだ。だんしがはいってくる。どうしよう、こんなにも男子がいる空間にいて、私、ちゃんと耐えられるのかな。思わずびくびくしてしまう。

「お邪魔します」
「えっ!?あ、ど、どうぞ…!」
「あ、どうも」
「あっ、はい!ど、どうも…!」

棒のように突っ立っている私の横をすれ違う際礼儀正しく挨拶をしてくれる人達にも、明らかに慌てていますと言わんばかりのひっくり返った声でしか返せないのがなんだか申し訳ない。…でもなんだかみんな会釈とか挨拶してくれる人ばかりだし、いい人なのかなあ。怖いだなんてちょっと失礼だったかも、なんて考えていると、ふと仲良さげな2人組がスローで走る真似をしながらじゃれている光景が目に入ってきた。

「うふふ、ユウくーん。私を捕まえられたらあ、ピーッしてあげるうー」
「ようし、待て待てー」
「(………い……いい…ひ、と…?)」

あはは、うふふ…と、まるで異世界のように花を散らして異様な空気を辺り一面に展開している彼らは、果たしていい人というカテゴリーに入れていいのだろうか。分からない。いろんな意味で分からない。やたら桃色の花が舞っているように見えるのはきっと私の気のせいだと思うのだけれどなんだか展開についていけなくて、彼らの気付かれない程度にスススッと廊下の端に寄って距離をとるしかない。ど、どうしよう、なんだかとんでもない人達が来てしまった。まあ変な人だけど悪い人には見えないし、いいのかなあ。冗談言い合うくらい仲が良いだけ…?

やっぱり男の子ってよく分からないなあとため息をついていると、ふっと視界に影が差す。今度は一体なんだろうかと何気なく顔を上げると、やたら長身の男子が1人、私を真正面から見下ろしていた。その瞬間、全身が氷のようにガチンと凍りつく。…えっ身長…た、たか…っ!?きょ、巨神兵!?時間差でびくうっと肩を震わせては、どうしたらいいのか分からずあわあわとうろたえるしかない。冷静になって考えることが出来れば「ただ背が高い男の子」と認識出来ただろうに、周りに男子がいるという不慣れな状況なだけにそれが出来ないでいる。彼の長身は、お世辞にも背が高いとは言えない私には威圧感しか感じさせないのだ。

「(こ、この人達も中学生!?う、うそ!絶対うそだよ…!あ、で、でもでも、ちゃんと四天の制服着てるし…でもでも、多分この身長からすると、多分2メートル近いんじゃ…あれっ?えっとえっと、中学生の平均身長は…)」

ぐるんぐるんと世界が回るように頭を必死に回転させていると、その巨神兵さんは「そんなに緊張せんでもよかね」と笑って言った。…しゃ、しゃべった…!しかも大阪弁でも標準語でもない言葉で!また大げさなくらいびくうっと肩を震わしてしまうと、まるで「ほら言っているそばから」と言わんばかりに笑われた。…え、えっと…なんか…気さくな人、なのかな…?嫌な感じしないし…背が高いから見上げるたびに首痛くなるけど…。

「(そもそも身長が高いというわけで怖いなんてイメージを持っちゃ失礼だよね。…は、反省しなきゃ。きっとこの人も私に挨拶しにわざわざ目の前まで来てくれたのに…)」

なんだか申し訳なくなっているとふと、彼からじっと逸らすことなく視線を注がれていることに気が付いた。…え、何…?も、もしかして「うわこいつせっかく挨拶しに来てやったのに失礼な奴だな」とか思われてしまったんだろうか。いやに冷や汗をかいてしまう。慌てて引きつる頬を無理やり上げて、動揺しがちに口を開いた。

「え、っと…。な、なんですか…?」
「ああ、いや…なんでもなか。……………」

…?「なんで、もなか」?えっモナカ?どういう意味なんだろう。私のほうこそ「なんでモナカ?」と聞き返したい気持ちでいっぱいだ。私モナカに似てるのかな。いやそんなこと言われたことないけど。それともモナカが無性に食べたいのだろうか。…あっ、そっか!もしかして、発音から言ってモナカじゃなくて「なんでも、なか」って区切りなのかも。じゃあえーっと、多分…「なんでもない」ってこと?なのかな?でもガン見されているのは相変わらずなんだけれど。…ええと、言葉と行動が一致しない…。

「(う、うう…)」

いい人なんだろうなと頭では分かってはいても、やっぱり男子に無言のままじっと見られるのは慣れない。なんとなく気まずくて、ぱっと視線を横に逸らした。…とそこへ、ちょうどその視界の中にまるで品定めでもするかのようにちらっとこちらを見てくる男子と目が合う。思わず反射的にびくっとしてしまったけれど、こんなにもしっかり目が合ってしまっては逸らすのも忍びない。とりあえず会釈でもしておこうと挨拶程度に小さく頭を下げ…ようとして、そこでとんでもないことに気が付いた。彼の耳には凄まじい数のピアスが開いているということに。1個2個なんてレベルじゃない。…ご、5個…?5個だ!もしかしたらそんなこと全然珍しいことではないのかもしれないけれど、少なくとも私には大問題だ。だって1個とか2個じゃなくて、5個!て!一瞬にしてまたガチンと体が凍りついたのが自分でも分かった。

「(ぴ!ぴあす!なんこ!?いっぱい!ふりょう!?こわい!)」

ひいいいいいと震えていると、彼はしばらくそれを横目で見た後何もなかったかのように真顔のままスルーして私の横を通り、リビングまで続く廊下をさっさか行ってしまった。そしてそのすぐ後に巨神兵の彼もどこか満足そうな顔をしてピアスの彼に続いてくれたから、そこでようやく凍りついた体が開放される。大きく息を吐いて、ばっくばっくと暴れる胸に手をついた。…こ、こわ…っ!怖かった!私きっと蛇に睨まれる蛙状態だった!…き、緊張した。私やっぱり小心者なのかもしれない。

でもきっとこんなの序の口なんだろうな、なんてことを考えてげんなりした。一時的にとはいえ見知らぬ男子で溢れ返ってしまった渡邊家の中で、平常通りに振る舞える自信がまるでない。……私これから、大丈夫なのかなあ…?


20120122 ちなみに玄関上がってヒロインに挨拶してた人たちは小石川と謙也、銀さんです。…銀さん台詞なかったけど…((^o^))