
「相っ変わらず広い家やなあ。屋敷みたいや」
何度来ても見慣れることが出来ない渡邊家の敷地の広さに圧倒されつつチャイムを3回連打し、応答を待たずに門を潜った。断っておくけども、決して悪戯などではない。前にばあちゃんに「そうして入ってくれればええから」と言われたのだ。
…それにしても今どき家の前に立派な門がある家なんて、日本全国探してもそうそうないのではないだろうか。そもそも立派すぎて土地柄若干浮いている感は否めない。…ここ、俺ん家何軒建つんやろ、なんて空しい問いをいつも考えてしまう。オサムちゃんて実は金持ちなんやろかとふと考えてみるも、当の本人にそんなオーラは皆無だし勘違いってことにしとこ。
「ワイいっちばーん!」
「甘いな金ちゃん!浪速のスピードスターの方が上やっちゅー話や!」
「あーっ謙也ずるいでー!」
門を潜るとすぐ、玄関我先まで続いている20メートルほどの距離を、浪速のスピードスターとボンタクレはまるで競争でもするかのように一目散にゴールの玄関を目指し全力疾走して行ってしまった。人ん家で走ったらあかんでーという注意を一応してみるけれど、あいにく本人達には届きそうにない。あっと言う間に玄関の前にたどり着いたと思ったら(どうやら謙也が先着だったらしい)、勢いよくドアをガラッと開けた。…と思ったら、「すんまへん間違えました」とかなんとか言って、すぐに閉めてしまったのだがら訳が分からない。……何やっとんねんお前ら。遊ぶなや。
しかし2人は相変わらず顔を見合わせ、首を傾げている。2人とは対照的にのろのろと歩いて来た俺らには、謙也と金ちゃんがギャグをかまそうとしているようにしか見えない。ようやく玄関前にたどり着いたのち、他のメンバーが誰もが思っていることを俺が代表して突っ込んだ。何やっとんねん。
「や、だってな白石―!ばあちゃんが!若返っとってん!」
「は?…金ちゃん。ギャグならもっとおもろいギャグやらなあかんで」
「嘘やないで!ほなお前も見てみいや!」
謙也まで何を言っとんねん。それともこれはあれか。俺も乗らなあかんのか。はあ、とわざとらしく溜息をついてみる。そうして2人をどけて玄関のドアに手をやり、ガラガラとドアを開けた。てかさっきも言うたけど、人様の玄関先で騒いだらあかんやろ。スマートに入らな。まあお前らは聞こえんかったかもしれんけども。
「あんなあ金ちゃんに謙也。悪ふざけも大概にせえよ。テンション上がっとんのは分からんでもないけど、しょっぱなからこんな飛ばしとったらもたんがな。それに一回開けてまた閉めるとか失礼すぎるやろ。大体ばあちゃんが若返ったとかそんなことあるわけ──」
言いながらふと室内を見てみれば、俺と同じくらいの歳であろう可愛らしい少女と目が合った。きょとん・とした彼女の大きな目は、間違いなく俺を捕らえている。……あれ?妙な沈黙が流れた後、「すんまへん、間違えました」と言って、まるでデジャブのようにガラガラッとドアを閉めてみる。…あれっ?首を傾げつつ、「ちょ、おかしい。自分ら、一回確認しよう」とぞろぞろ大所帯を率いて玄関へ戻り、表札を確認してみる。するとそこには、やはりどこからどう見ても渡邊としか読めない漢字が2文字書かれていた。…間違いない、やっぱりここはオサムちゃんのばあちゃん家や。そしてここにはばあちゃん1人だけが住んでいる。…ということはあれは…あの子は、謙也達が言うとったとおり、ほんまにばあちゃんなんやろか。…いやいやいやそんなはずは。思わず少し俯いて、眉間に手を当てた。
「…俺…疲れとんのやな…」
「現実逃避はやめや白石!ほれ見い!言うたとおりやろ!」
「いやいやいやないやろ!それはないやろ!もはや別人やんありえへんやろ何歳若返ったら気がすむねんあんなん魔女の領域やでむしろなんであんなめっちゃかわいなっとるん!」
「先輩ら五月蝿いっすわ」
普段やたら冷静な財前は、ここにきてもやっぱり冷静なままだった。動揺の「ど」の字すら見えない。しかしそんな財前に「せやけどお前も見たやろ」と突っ掛かっていく謙也は、最上級生には見えないほど動揺していた。ここまで違うとどちらが先輩なのか分からなくなってくる。
「そんなもん、本人に直接聞けばええやないですか」
大体若返ったとは思えませんけどね俺は。と、ぼそっと呟くように言った財前は、そのままさっさと玄関口まで戻っていった。どうやら彼は発言どおり確かめようとしているらしい。俺を含めおろおろとうろたえる他のレギュラー達は、慌てて財前の元へと急ぎつつ、これは一体どういうことかとおもむろに口を開き始めた。
「どう思う?小春」
「うーん…ウチ、蔵リン達でよう見えへんかったから分からんわあ」
「あっはっは。なんだか楽しかねえ」
ユウジ・小春・千歳は首を傾げたり、はたまた面白がっている。しかし確かにあのときは金ちゃんと謙也のノリに流されてしもたからなあ。今冷静になって考えると、やっぱりあれはばあちゃんとちゃう気がする。ていうかちゃうやろ。間違いなく。女は化粧で変わる言うても変わりすぎやろ。ていうかあの子化粧っ気ゼロやったし。
「(とりあえず、失礼したこと謝らなあかんなあ)」
しかしばあちゃんじゃないとすると、一体彼女は誰だというのだろう。じいちゃんは亡くなったと聞いているし、歳の若い親戚はオサムちゃんくらいしかいないという。まあもう1人おるっちゃおるらしいけども、その子は今東京在住やしなあ。
「(しかし、うーん)」
その子しか、思いあたらへん。
な、なんだったんだろう。今の。2回くらいガラガラが開いたんだけど。しかもそこから顔を出したのは見知らぬ男子達で。渡邊家特有のチャイムで鳴ったからオサムちゃんかなと思ってお出迎えしに玄関に来たら、なにあれ。しかも「間違えました」って言ってたけど。え?え?間違えちゃったの?そんな大人数で?しかもここ確かに玄関だけど、門戸はちょっと離れたところにあるし。むしろそこには表札があるのに?
「(……ま、まあ、いっか…間違いって言ってたし…)」
ていうかあんな大人数男子が押し寄せてきたら私きっと気絶しちゃうよ。なんだかおかしなことが起きるものだなあ心臓に悪い、と思い直してすごすごリビングに戻ろうとすると、また唐突にガララッという音がした。はい?びっくりして振り向くと、先程まで閉まっていたガラガラが開いている。そうして姿を見せたのは、やっぱり先程と同じ男子達だった。
「(え!?え!?)」
なんで!間違えたって言ってたじゃん!驚きのあまりパニックに陥った私は、ガチンと凍りついたまま動くことが出来ない。そんな私を発見した男子達は、「ほれ見ろ!」と言わんばかりに声をあげる。赤毛の少年が一目散に口を開いた。
「やっぱばあちゃんが若返っとるー!」
「(え?え!?えっと…え?え?)」
「も、もしかして、朝目が醒めたらこうなっとったんやろか!」
「まじでか!」
「いえあの、そんなわけはないんですけど…えっと…ど、どちらさまで、」
「喋ったー!声も若々しい!なんや可愛ええ声しとるわばあちゃん!」
いえですから私おばあちゃんじゃなくて中学3年生の普通の女の子なんですが!というか、なんで突然男子学生がこんなにも大量に、しかもまるで奇襲を仕掛けてくるがごとくやってきたんだろう…!と、突撃してこないで!怖い!このノリついていけない!
ひいい、と一歩後ずさると、あまりにも私が泣きそうな顔をしていることに気が付いたのか、1人の男子が「お前らがっつきすぎや。この子驚いてるやろ」とお灸を添えた。はしゃぎすぎたと侘びを入れるこの男の子、随分大人びていて落ちついている。そして何より、なんだか聞いたことがあるような声だった。気のせいだろうかと考えていると、ふと彼と目が合ってしまう。びっくりしてすぐに逸らしてしまう私に動じず、どこか大人びた声が耳をくすぐった。
「もしかして自分、『』ちゃいます?」
それはどこかで聞いたことのある、デジャブのような問いかけだった。おそるおそる顔を上げ、彼を見てみる。私の名を知っていて、なおかつなんだか懐かしい質問をする彼。もしかして、もしかして。
「俺、白石言いますねん」
「しらいし…」
「四天宝寺中の男子テニス部の部長やっとります、白石蔵ノ介言いますねん」
「…あっ」
やっぱりだ。ずっともしかしてってドキドキしてたの。やっぱり白石くんだった。ざわっと騒がしくなった私の心は掛け走り、震える唇で紡ぎだす。「えっと…本物の、白石くんですか」「はい。ほんまもんの白石くんです」初めて私達が知り合った日と同じように笑った声で白石くんは答えるけれど、あのときと違うことがひとつだけ。それは、私達が受話器越しではなく、今目の前にいるということだった。
20120104 白石と直接会ったので、ひらがなから漢字発音になりました