「…で、でもね!…えーっと…。あ、そう!私もしらいしくんと話してみたかったから、よかったです。おばあちゃん、よくしらいしくんの話をするから」
『あ、ほんま?なんや、俺と一緒です。…あ、せやったらもっとはよう電話出てれば良かったですわ。さっき間違い電話て言っとったん自分なんですよね?引き止めておけば良かったんやなあ。ちょお待ち俺白石やー言うて』
「うん、そうかもですね」

クスクスと小さく笑って頷いたてからふと気が付いた。そういえば私達、なんで敬語なんだろう・と。確かしらいしくんも私と同じ中学3年生だとおばあちゃんが言っていたような気がする。でも私達はお互い話は聞かされていたから存在は知っていたものの、しょせん顔は合わせたことのないし、今だって偶然が偶然を呼んでたまたま会話しているんだし、そこまで打ち解けてるわけじゃないし。うん、やっぱり、タメ口のほうが変だよね。ふむ。そもそも私は電話越しとはいえ、男子にタメ語で、なおかつ自然に話せる自信がまるでなかった。うん、やっぱりこのままでいい。結果オーライってやつなのかも。

『…あ、ばあちゃん戻ってきた。ほな替わりますわ』
「えっ?あ、ああ。はい…」

短かった。一瞬だった。しらいしくんとお話出来た時間。元はといえばおばあちゃんと話すために電話したのに、私今、しらいしくんともっと話したかったなあなんて思ってるの。男子と話すのは緊張して苦手なはずなのに、今はすんなり話すことが出来た。でも、だって、今まで話でしか知らなかった人と直接話せたから。なんだか不思議な気がして。それにずっとしらいしくんのことを聞かされていたからなのかな、初めて話す感じが全然しなかった。あんまり緊張しなかったの、そのせいかも。

「(…なんか、良い人そうだったなあ)」

ぼんやりとそんなことを考えつつ、受話器から応答があるのを待つ。かすかにしらいしくんの『ばあちゃーん。から電話やでー』という声が聞こえてきて、なんでか笑ってしまった。レギュラー部員全員で押しかけてくるっていうからどんな人達なんだと少し心配していたけれど、なんだか常識ある人みたいだしよかった。…それにしても。

「(初めて男の子に名前呼び捨てにされちゃった。身内以外で)」

いつも女子のグループの中にいる私は、例えクラスメイトだとしても男子から名前を呼ばれることはそうそうなかった。あっても朱臣とか朱臣さんとかそういうのだし。…今回は、まるで私のことを前からよく知っていたかのようにあまりに自然に呼んでくるものだから、馴れ馴れしいとかそういう類いのことは浮かばなかったけれど。きっと私がおばあちゃんに「しらいしくん」の名を何度も聞かされていたのと同じ様に、彼もまた「」の名を何度も耳にしてきたんだろう。だから自然と口にしてしまったのだろうか。それとも元々の彼の性格?人懐こいのだろうか。それとも女慣れしてるの?視野が広く気が利くってしか聞いてないから分からないけれど。…どちらにせよ。

「(……ちょっと、びっくりした)」

今まで名前しか知らなかった男の子から、呼び捨てにされてしまった。…なんだかくすぐったくなる。しらいしくん、あなた私の下の名前を呼び捨てで呼んだ男子記念すべき第1号なんだよ。…なんてどうでもいいことを受話器を耳にあてたまま心の声で呟いてみた。勿論そんな声、彼に届くはずもないけれど。







「(と話してしもた)」

ずっと話には聞いていたからどんな人物かは知っていたけれど、まさか実際に自分が話すときが来ようとは。いまいち実感が沸かない。そういえばうっかり「」と聞き慣れた名前をそのまま口にしてしまったような気がする。やってしまった。さんとかちゃんとか、なんでもいいから敬称を付けるべきだったと今更ながら反省する。失礼な奴だと思われただろうか。話をした限り、あまりそのような素振りは見えなかったけれど。あ、でも・と先ほどの会話を思い出してみると、彼女は自分が電話に出たことをひどく驚いていたようだった。噛んでたし。まあそらびっくりするやろなあなんて苦笑していると、電話を取らせた張本人のオサムちゃんが声を掛けてきた。

「白石―。相手、やっぱやったんか」

やっぱ、と言っているということは、オサムちゃんは電話の主が誰か分かっていたということなのだろうか。ならなんで取らなかったのだろう。確かに電話が鳴り響いたときオサムちゃんは金ちゃんにコケシをやるだのやらないだのと話していたけれど、そこまで重要な話ではないことは明白だった。現に今、彼はビールを片手に今度はユウジと小春の漫才じみたやりとりをぼうっと見ている。

「自分で取りいやオサムちゃん。なんで他人の俺が渡邊家の電話とらなあかんねん」
「面倒やったから」

面倒て。なんだか脱力しそうになりながらローテーブルへ戻り腰を落とすのとほぼ同時に、右隣の監督はまたビールを一口ぐびりと飲んだ。そういえばさっきまでオサムちゃんの隣にいたゴンタクレはどこへ行ったのだろうか。辺りを見回しても姿は見えないのだが。しかし少し離れたところから金ちゃんのはしゃいだ声が聞こえてくるのは明白だ。聞き間違いか何かかと思ったが、確かに「ワイもワイもーっ!」とかなんとか言っている。…なんやこれ、透明マントでも付けとるんか。怪訝そうな顔をしていたことに気付いたのか、謙也は「白石」と俺の名を呼んだから、ふとその向かいに座る人物を見やる。

「金ちゃんやったら、コソコソばあちゃんとこ行ったで」
「は?なんで?」
「ワイもと喋りたいわー!…っちゅー話らしい」

何やっとんねん金ちゃん、迷惑かけたらあかんやろ。なんだか急に頭は重くなった気がする。孫とのほのぼのとした電話くらいそっとしときぃや金ちゃん。確かにの話題が出るたびに「ワイも会ってみたいわあ」と目をキラキラと輝かせながら半ば口癖のように言っていたけれど。…回収しに行ったほうがええんやろか。ばあちゃんは金ちゃんに甘いから、きっと何も言えないに違いない。溜息をひとつついてテーブルに手を付き立ち上げるべく体重移動したまさにそのとき、「そんなことより白石」と右隣の監督が声を掛けてきた。話しかけられたのを無視して赤毛の1年を迎えに行くわけにはいかず、そのまま座り直して「なんやオサムちゃん」と答えるしかない。そのオサムちゃんは気付いた素振りを全く見せないまま続けた。

と話したんやろ?」
「まあ、どっかの誰かが電話出えへんかったから」
「どうやった?」
「どうやったって、何が?」

訳が分からなくて聞き返すと、オサムちゃんは「と話した感想」と実に簡潔に答えた。…話した感想てなんやねんそれ。謙也は謙也で「なんや白石。と話しとったんか」と若干今更なことを言っている。そういえば謙也、から電話が掛かってきたとき丁度用を足しに席を外していたなあと思い出してこくりと頷いておく。するとオサムちゃんが質問の答えを急かしてくるから、俺は「そうやなあ」と頬杖をつきながらぼんやりと考えた。

「まあ、可愛ええ声しとるなあって。あとはまあ…あんま話しとらんけど、聞いとったとおりええ子そうやなあってくらいやろか」
「…普通に話せたんか?」
「へ?普通にって、何が」
「せやから、普通は普通や。普通に会話のキャッチボールは出来たんかってちゅう意味」
「オサムちゃん、訳分からんわ。…謙也分かるか?」

向かいの人物に話を振ってみると、謙也も苦笑しながら否定した。

「分からん。むしろボールがどこにあんのか分からんくらい暴走球や。ストライクゾーンとは言わんから、せめてボールんとこに入れてえな」

全くだ。するとオサムちゃんは1人納得したように「ふむそうか、ならええねん」と考え込んでいる。えっ何自己解決しとんのや。ちょっと。「普通」の意味が気になるんやけど。どういうこっちゃ教えてえなとせがんでみても、オサムちゃんは「まあええやんか」と適当にはぐらかし、ポケットに突っ込んでいたケータイで何やらポチポチとメールを打ち始めてしまった。…えっもしかしてこれ放置なんか?なあ?ちょっと!?オサムちゃん!?ちょっと!気になるやん俺らにも教えてえな!ちょっと!ちょっと!?なあ!


20120104 別にここで謙也出さなくても良かったんじゃないかとふと思ったりして