縁側で腰掛け、庭を眺めながら半分個にしたパピコを手にしているだけなのに、私の心臓せわしなく働き続けている。左隣りであぐらをかいて座る白石くんが近くにいるだけでどきどきして、なんだかそわそわしてしまって。き、緊張、する。やっぱりおばあちゃんがいてくれたら良かったかも、なんて先程とは正反対のことを考えているくらいに。

どうしたものかとまるで命運でも握っている神のようにじっとパピコを見つめる私に、「ほんまに食べたことなかったんやなあ」と白石くんは笑った。どうやら勘違いをされてしまったようだ。でも本当は、アイスの味なんてちゃんと分かるのだろうかとか、ちゃんと綺麗に食べられるだろうかとか、粗相をしないだろうかとか、だらしない子だと思われないだろうかとか、後から後から不安要素は浮かび上がって全く尽きてくれないから困ってたの。…なんて本心は言えないから、慌ててこくこく頷いて誤魔化した。

「ほならのパピコデビューを祝してかんぱーい」
「え?あ、か、かんぱー、い?」

どんな乾杯なんだろうと内心思いつつ、けれどなんだか楽しそうにアイスをこちらに向けてくる白石くんの姿を見てはもう何も言えない。まるで瓶のコーラでも持っているかのようにカチンと凍りついたアイスを軽く当ててみる。かんぱい。心の中でもう一度小さく呟いてみる。風が通り抜けるたびに風鈴が鳴いて、なんだかそれだけで涼しい気分になったような気がしたけれど実際に気温が低下していっているだなんてそんな怪奇現象は起こらず、蝉は時間がないと言わんばかりに必死に声を上げ続けていた。そんな彼らをBGMに、ぱくりとアイスを頬張ってみる。

「…あ。おいしい」

初めて食べるアイスの味に、思わずぽつりと漏れてしまった。「せやろ」とどことなく嬉しそうに言う白石くんにこくりと頷いてみる。白石くんが言っていたとおり全然コーヒーって感じしないし、食べやすい大きさみたいだし。今までなんとなく食べてなかったけどもしかして私このアイス、

「すきかもしれない」
「えっ」
「えっ?」
「いやすまんほんま気にせんといて」

うわ俺めっちゃ恥ずかしいとよく分からない独り言のように小さく漏らす白石くんは本当にどうしてしまったのだろうか。珍しく顔ごと逸らしていると思ったら、ついでにアイスの冷たさにこめかみがキーンとしてしまったのだろうか、なにやら頭を抱えている。もぐもぐと白石くんとお揃いのアイスを頬張りながら、私は小首を傾げるしかない。

「…そ、そういえば、もうすぐ全国大会なんだよね」
「え?…あ、ああ!…うんそう、そうなんや。せやからもう皆気合い入っとんで。今年こそ全国制覇したるーって。俺らもほんまに最後やからなあ、頑張らな」
「そっか。頑張ってね。いい報告楽しみにしてる」
「任しといてえな。あ、でも青学と当たってうちが勝っても文句言わんといてな」
「そ、そんなの言わないよ…っ!」
「ほんま?」
「…う、うん」

こくんと小さく頷いて、なんだか急に照れ臭くなった私は白石くんから目を逸らしひたすらパピコを頬張るしかない。…だって私、白石くんのこと誰より応援したいの。そうさり気なく言える子になれたらどれだけ良かったろう。だけど小心者の私はそんなこと口が裂けても言えず、ただ黙りこくる。暫く沈黙が続いて、隣の白石くんは何やら考えている素振りをした。目を逸らしているくせになんでそんなことが分かるのかというと、実は私は視線を外していてもその視界ギリギリに彼の姿を留める妙な癖がついているからだ。「ほなら、」彼は妙に真面目な声で言った。

「青学と当たっても、俺らのこと応援してくれるん?」

思わずむせ返りそうになってしまった。代わりに和太鼓のように心臓が全力疾走し始める。…し、白石くん。そこ聞いちゃうの。なんだかまた泣きそうになりながら、でも決して食い下がってはくれない彼を恨むしかない。顔が熱い。もう何も言えなくなって、熱が集中する顔を俯いたまま、こくんっと精一杯頷いた。それが答えだった。

「うん。そうか。…そっか。……うん。ならええわ。おおきに」

どことなく満足したような声を返して、白石くんはアイスを頬張る。どうやら今度こそこの話は終了したらしい。…き、緊張した。へなりと体中の力が抜けていくような気がした。もうだめだ、白石くんの隣はいつどんなことが起こるか分からないから心臓に悪い。私白石くんに、いつもどきどきして、あわあわてて、恥ずかしい姿しか晒していない気がする。もう少し、落ち着こう。落ち着かなきゃ。そう自分に言い聞かせ、でも話題がすぐに思い浮かぶわけでじゃなくて、だからひたすらアイス消費に勤しんだ。会話が思い浮かばない私の代わりに、風鈴が涼しい声を縁側に響かせた。

「(でも、白石くんは優しいなあ)」

パピコを味わいながら、そんなことを考えてみる。だって今日は体調が良かったからってわざわざ練習帰りにアイスを買って持ってきてくれるなんて、優しい以外の何物でもない。だから男子が苦手な私でもこんなに懐くことが出来たのかな、なんてぼんやりと思う。優しいからすきになったのかなあ。白石くんはいつだって優しくしてくれるから、いつの間にか私も彼にとって優しい人でありたいと思うようになっていたのは事実だし。白石くんみたいに優しく。…優しい白石くんみたいに、私もなりたい。白石くんみたいに優しく。

「………白石くんは優しいなあ…」
「へ?」
「…あ」

しまった!思わず心の声が漏れて…!かあああっと再び顔に熱を集中させていると、突然の発言に驚いたらしい白石くんがこちらを見てくるものだから余計に恥ずかしくて逃げ出したくなった。「や、あの、その、なんていうか…っ!」慌てて弁解を試みるけれど、なんだか墓穴を掘っている気がしてならない。

「わ、わざわざ練習帰りにアイス買ってきてくれて、一緒に食べてくれて、それにほら、おばあちゃん!おばあちゃんもよく言ってるから!白石くんはほんま優しくてええ子やねーって!そんなことを思い出したものだから、だからあの!あのね、あ、えっと…っ!」

やたら早口のノンストップで語り掛けてしまったけれど、明らかに動揺していますと言っているようなもので自分が自分で恥ずかしい。白石くんも「なんやそないなこと言われたら照れてまうやん」と茶化してくれていいのに、なんでこんなときに限って何も言ってくれないんだろう。やっぱり今日ちょっといつもと違う気がするよ白石くん。妙に黙り込んで考える素振りなんて見せてくれなくていいよ。いいから。…あ、も、もしかして。もしかして私の気持ち気付かれてしまっただろうかとバクバク高鳴る心臓に、「…俺、別に優しくなんてあらへんよ」という白石くんの声が妙に響いた。

「俺、にどう見えとるか分からんけど、めっちゃ自分勝手やねん。全然優しい人間とちゃうよ。いっつも自分のことでいっぱいいっぱいで、なんや恥ずかしいわ」
「そ、そんなこと、ないと思う…けど…」
「おおきに。けどほんまそうなんや。すきな子にええ人や優しい人やって思われたくて必死になって、いっつも空回りしてまうし。…今だって、全ぜ──いやなんでもあらへん!」
「………白石くん…すきな子、いるの…?」
「えっ」

まさか拾われてしまうとは思っていなかったようで、白石くんは驚いたような声を上げた。そうしていつも落ち着いている彼には珍しく照れ臭そうな素振りを見せて、「あー…いやなんというかやなその」と誤魔化そうとしているのか口にするのをためらっているのかよく分からない声を出す。無意味に首の後ろを掻くような素振りを見せる彼の隣に腰掛ける私は、膝と一緒にどきどきと落ち着きのない心臓を抱えるしかない。わ、私、何聞いちゃってるんだろ。なんだか白石くんの目は見れなくて、顔も上げられなくて、ただただ無意味に足の爪をじっと見つめることしか出来ない。一昨日の夜塗ったベビーピンクがキラリと光っていた。ふとした瞬間に泣き出してしまいそうな、でもほのかに期待してしまうような、緊張してしまうような、よく分からない気分だった。

「……うん、おるよ」

随分間を開けて肯定した白石くんの言葉にぴくりと反応してしまう。そっか。小さく呟くように口にして、頷いた。きっと目が潤んでしまうと思っていたのにあまりにも風が優しいから、私の瞳は泣かないままでいる。夏だというのにどこか涼しくて暖かい空気はほのぼのとしていて、それはまるで私達の間だけに存在しているような気がした。だけど小さく響く鼓動は相変わらず健在で、お互い口を閉ざしていてもちっとも沈黙には聞こえない。

「…は?」

聞かれたのだから聞き返すという自然流れに乗るように白石くんは口にした。すきな人に「すきな人いるの」と尋ねられるのはなんともくすぐったい気持ちで、思わず心臓の走るスピードが速くなる。ここで「いないよ」と誤魔化すことも出来たけれどそれじゃ素直に告白してくれた白石くんに申し訳ないと思ったし、何より彼に嘘をつきたくはなかったから、私も正直に白状した。

「……う、うん。あのね、私もその、…いるよ」

……あのね、私のすきな人はね、…白石くんなんだよ。そう隠れた音を忍ばせて渡してみたけれど、しょせん口にはしていないのだからそんなこと彼に伝わるはずがない。白石くんは「そうかー」と感心があるのかないのかよく分からない返事を寄越してくるから、私も「うん、そうなの」と小さく頷いた。なんでだろう、私、まるで愛の告白でもしたかのように顔が熱い。どきどきする。

男の子は苦手で、かっこいい人はもっと駄目だったはずの私の世界の中心はいつの間にか苦手なはずの白石くんになっていて、だからいつだって私は困惑するしかない。いつだって優しい瞳は直視出来ないくせに視界ギリギリの中には彼の姿を収めようとするし、白石くんが私の名前を呼ぶたびに緩んでしまう頬もだらしないから無理に隠そうとするけれどきっとぎこちなく不自然に思われているに違いない。白石くんが隣にいるだけでこんなにもおかしな自分に早変わりしてしまうというのに、そんな私も嫌いじゃなかった。

「…うん、そうなんか」

まるで何かに言い聞かせるように繰り返した彼は、一体何をどこを見て、何を考えているのだろうか。だけど手を伸ばせば触れ合う距離の中縮こまって座り込む私はただただ恥ずかしくて、指先を重ねる勇気も、視線を交わす度胸も持ち合わせていなかった。ここでほんとに告白したらどうなるのかな、なんて出来もしない自分を想像してはなぜかグッドエンドの映像を脳裏に流してみるけれど、現実はそんなにうまくいかないことを知っている。だけどいつか自分が白石くんの隣に胸を張って並べる日が来たら伝えられたらいいな、なんて淡い期待を抱きながら、また白石くんに想いを馳せるしかない。勿論そんなことを微塵にも知らないであろう彼はゆっくりと話し掛けてくれたけれど、やっぱり顔を見ることは出来なかった。

「…、いっつも嬉しそうに笑ろてくれるから、めっちゃ嬉しいねん。一緒におって楽しいよ。せやから、多分がっすきやっちゅー相手もそうなんやと思う」

彼のそんな一言で急に背中が熱くなってしまった私は、たどたどしく「ありがとう」と返すことしか出来ない。あのね、私が白石くんの前でいつも笑っちゃうのはね、白石くんのそばにいられるだけで嬉しいからなんだよ。たったそれだけなんだよ。誰に対してもそうなんじゃないの、白石くんにだけなんだよ。そんなことを考えてはくすぐったくなるから、思わず身をよじりたくなる。座り直すふりをして誤魔化したけれど、やっぱりどうにも落ち着かない。

この想いがあなたに届いてほしいといつも願っているはずなのにやっぱり遠慮していまう臆病な私はとっても単純で、白石くんが私といて楽しいなんて嬉しすぎる言葉をくれただけで思わず飛び跳ねたくなるくらい喜んでしまう。白石くんにすきな人がいることとか私のすきな人は他にいると誤解されているということはどうでもよくなるくらい、私はきっと舞い上がっている。彼のくれた言葉が例えお世辞だったとしても、きっとそんなこと関係なかった。

「(どうしよう、うれしい)」

ふと口元が緩んでいることに気が付いてしまい慌てて下唇と噛んで隠してみるけれど、隣に腰掛ける彼には発見されてはいないだろうか。横目でちらりと左側の様子を伺ってみたらうっかり本人と視線がぶつかってしまい、予想だにしていなかった展開に心臓がドクンと大きく高鳴る。慌てて目を逸らした勢いで口を開いた。何が何だか分からないままで。

「……あの、し、白石くん、も、あの、」

どきどきと鼓動の余韻を残す胸の前で白石くんのくれた、いつの間にか空っぽになってしまったパピコを右手に握りしめ、小さく呟くように紡いでいくことしか出来ない。やっぱり白石くんの顔を見ることは出来ないけれど、隣から視線が送られていることは気付いていた。出来ることなら私も彼の瞳を見つめたいけれどそんなこと出来る勇気はなくて、代わりに余った左手でワンピースの裾をぎゅっと掴む。スカートが皺になってしまうかもしれないけれど、そうしなければ私はきっと何も口には出来なかった。

「さっき白石くんは優しくないって言ってたけど、あの、でも本当、雰囲気がすごく優しいから、白石くんのすきな子もね、きっとそばにいて心地いいっていうか、安心出来ると思う、よ」

珍しく本音を口にしたら首の後ろがやけに熱くなって、変な汗を掻いてしまった。緊張のあまり震える声だったけれど、ちゃんと彼の耳に届いただろうか。…そ、それにしてもな、なんでこんなこと言っちゃったんだろう、私。普段は恥ずかしがって全然話せないくせに。や、やっぱり、届いてませんように。思わず全身の体温を上昇してきたから、それを悟られないように左手で顔の横の髪をそっと耳に掛けた。そのまま指は毛先に止まったままで、無意味にそれをいじってしまう。

白石くんからなかなか反応が返ってこないものだからますますおかしなことを口走ったことを後悔するしかないのだけれど、この言葉に嘘なんてひとつもなかった。全部全部、私の正直な気持ち。白石くんと一緒にいると心臓が落ち着かなくて泣き出したくなるくらいそわそわするくせに、それでも隣にいたかった私の心そのものだった。だから、恥ずかしいから彼に聞こえていなければいいという気持ちも、本当の気持ちだからちゃんと届いてほしいという矛盾する2つの思いは確かに同時に存在した。

「…そっか。おおきに」

まるで春風みたいに優しい声がふわっと私の耳に届いてきて、おそるおそる彼を見やる。久しぶりに見つけた彼の瞳は泣きたくなるくらい優しくて愛しくて、私は思わず息を飲む。途端にどんな顔をしたらいいのか分からなくなって、泳ぐ視線が落下していった。そのままふるふると首を振る。

私、やっぱり白石くんのことがすきみたい。すき。だいすき。

そんなことを改めて実感して、また頬を熱くする。だけどこんな姿、彼にはまだ知られたくない。なんだか気まずくなって、まるで不貞腐れたみたいにぷいっと背中を向けて座り直す。お陰で白石くんは苦笑した。


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20120205 お前ら本当とっとと付き合えそして結婚しろおめでとう←