小学校から今の高校に至るまでずっと女子校だった私にとって、恋愛なんて未知の世界だった。 事実、私・は、生まれてこのかた恋をしたことが無かったのです。 しかし、大抵の乙女というのは結構そういうのに敏感で、積極的に他校の文化祭や部活関係で男子生徒とお近づきに、なんてことはザラにあるらしい。 女子の執念というものには、全く敬服に値する。 一方の私はそんな彼女達に加わることなく、のんびりと「青春を謳歌するのも大変なんだね」と言って、他人事のように見ていた。 そんな恋愛にうとい私なわけだから、デートなんて人生初めてのデート経験は、一世一代の大イベントなのです。
僕らの始まり
「…こ…こんな格好でよかったのかなあ…」
ショーウィンドウに写る自分の姿を見ては、不安が跡を絶たない。 変な格好だと思われたらどうしよう、そう考え始めると、思わず溜息が出てしまう。 只今時刻は午前10時ジャスト。 待ち合わせ時間よりあと30分ある。 早すぎる、そんなことは百も承知であるけれど、何故か今日は早く目が覚めてしまって、家で時間を潰すのも、どうも落ち着かない。 変にくつろいで時間に遅れるなんて絶対ごめんだし。 それならいっそ早くても待ち合わせ場所に行ってしまえ、というわけで今向かっている最中、ふとショーウィンドウを覗いてみたわけなのです。
ショーウィンドーに映る私を飾るのは、ピンクの花柄のワンピースと白のミュール。 …こんな格好で大丈夫なのだろうか。 髪、もっと整えてくるんだったなぁ…あ、巻いた方が良かった? 服とか、好みだといいなぁ…でも今どきデートにワンピースなんて定番すぎだろうか。 こういうことなら、もっと日頃から友人達の恋愛話をもっと真剣に聞いておけばよかった。 まあそんなことを思っても、時既に遅し、だけど。
「……緊張する…」
たかがデート、されどデート。
嬉しいんだけど、初めてだから、何したらいいのか分からないし、不安なんだ。
会話とか、ネタがなくなったらどうしよう…そもそも弾むのかな…いやいや、何を話したらいいの?
あー分かんない!どうか変なヘマしませんように!
まさか神からのご返答か? そう思いたくなるようなタイミングで鳴り出した携帯電話。 慌ててかばんから取り出し画面を見てみると、どうやらメールらしい。
<件名>いよいよだね!
<差出人>水城夏実
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初デートまであと30分だね!なんか私まで緊張してきちゃったよ(´Å`*)
深呼吸深呼吸!笑
とりあえず、会話に困ったら適当な店に入って誤魔化すべし!
いい結果報告待ってるよ♥
頑張れー!↑↑(・∀・)ノシ
なつみより
…アドバイスしてんだか緊張させてんだかいまいちよく分からないメールをよこして来た夏実。 もしかしたら本人は緊張を和らげようと送って来たのかもしないが、私にとっては逆に意識してしまって逆効果だ。 私は長年夏実の幼馴染をやっているが、彼女のことはよく分からないと思うことが多々ある。 今回に関してもそれは例外ではない。 友達として応援しているんだか、ただ面白がっているだけなのか…。 おそらく、前者+特有の天然をベースに、8割がたが後者だろう。 その証拠に「(笑)」である。 そもそも、今私がこんなにも必死になってる原因を作ったのはどこのどいつだと思ってるんだか…。
思い返せば4日前。 幼馴染である夏実のバイト先に顔を出していた日のこと。 そこに客としていたのが、彼だった。
目が合った瞬間、胸の高鳴りを覚えたの。
でもさ、最初は女の人を好きになったのかって真剣に悩んでたんだよ? 凄く綺麗な人だから。 髪も私なんかよりずーっと綺麗で長い髪だし。 何より、凄く優しい目をしてたから。 初めての、恋心でした。 そんな私を見かねて、夏実が色々こじつけをしてセッティングをし、デートに漕ぎつけたというわけなのです。
夏実がいなかったら、デートなんてきっと実現できなかったんだろうけど…。 だから感謝はしてるんだけど…。 (ああ、ちなみに今日の服装のセレクトは夏実。 本人いわく、「デートにワンピースは常識だよ!」…てことらしい。) きっと帰ったら、奴は目をキラキラと輝かせ、「どうだった!?」と間違いなく興味津々に聞いてくるに違いない。 恐ろしいことに、その様子がありありと浮かんでくる。 ああ、私はいつになったら夏実を扱いなれるようになれるのだろうか。 そんなことを遠くを見ながら思っていた。 そのとき私達が待ち合わせをしている場所にいる1人の髪の長い人がふと目に入ってきて、思わず目を疑った。 だって、あの人は間違いなく…。
「花月さん!?」
──だったのです。
時計を確認するも、時刻は10時…ちょっと過ぎ、くらい。 やっぱりまだまだ待ち合わせ時間には余裕がある。 のにも関わらず、彼はいる。 これには驚きを隠せない。 私は彼のもとに走って行った。
「さん、こんにちは」
「え、ああ、こ…こんにちは…ってそうじゃなくって!」
にっこりと笑顔で返され戸惑うも、そうじゃないだろと1人ツッコミを繰り広げ、その様子を見ていた花月さんはきょとんとしていた。
「私の時計が間違っていないのなら、今は10時5分だと思うんですよ」
「そうですね、僕のも10時5分を指してますし」
「そして私の記憶が正しければ、待ち合わせは10時30分のはずでは…もしかして私の勘違いですか!?」
そうだったなら、私はなんて馬鹿な真似を! 軽い自己嫌悪に陥りそうな心境。 しかし花月さんは怒っているような様子さえ見せず、「いえ、30分にここで、ということでしたよ。」と爽やかにいうではありませんか。 人を30分も待つのにリミットなんてあるとは思えない。 私は不思議に思って理由を尋ねると、花月さんはにっこりと微笑んで、言った。
「さんをお待たせしてはいけないかと思いまして、早く来てしまいました」
今一瞬、真面目に「ここは天国か?」そう思いましたよ花月さん。(心の俳句)
──…って!
そうじゃなくて、えっと、あっと、これはその…あれだ…これはどう反応するのが正解なんですか?
えっと…えっと…。
@『やっだなー花月さんてば!照れちゃいます!(と言ってばしりを肩を叩く)』
一人称変わってるしキャラ違う。しかも図々しい。絶対引くよ花月さん。
A『それはそれは。お心遣い光栄に存じ上げまする』
あんた武士?って感じ。
B『thank you☆』
…………………もう何も言うまい。
「…さん?どうしました?」
きっと、黙り込んだ私を不思議に思ったのだろう。
心配そうに覗き込んでいる。
やっぱり花月さんって優しい…ていうよりも、顔が近い…!近いよ花月さん…!
完全にパニックに陥ったのは言うyまでもない。
「あ、すみません!私こういうのに慣れてなくって、どう反応したらいいのか分からなくて!」
思わず本意が口に出た。──後、後悔した。
なんて馬鹿らしい理由なんだと、呆れられるのではないだろうか。
…恥ずかしい。
顔が、熱い。
せめて何か言って欲しい…!
「…クス」
えっと…「クス」っていうのは…笑い声…。 そして笑ったのは目の前にいる花月さん…。
………わっ…………笑われた……!
確かに何か言って欲しいなーとは思ってたけれど、でも!
それだけは真面目に避けたかったことなのに…!
夏実ぃーっどうしようどうしよう!まだ会って5分と経ってないのにもう終わりのベルが聞こえてきてます!
そんな心情が顔に出ていたのか、花月さんは、小さく笑い、小刻みに震えていたのを落ち着かせて、
「違う違うそうじゃなくて」
と、しかしやっぱり震えながら言っている。
一体全体、何が「そうじゃない」のか。
うっすら涙まで出ている人にそんなこと言われても、全くもって説得力ありませんと、心の中で静かにつっこんだ。
「すみません。さんって、思ってた通り、とっても可愛らしい方なんだなぁって思いまして」
【可愛らしい(カワイラシイ)/形容詞】
@可愛く見える。愛らしい。
A小さくて愛らしい。小さくて微笑ましい。 ──以上、『広辞苑』より
──『さんって、思ってた通り、とっても可愛らしい方だと…』(※エコー)
今、花月さんが『さん』と呼んだのは、私。 …てことは、『私=可愛らしい』という公式が出来上がるわけで…。 …ん? 『可愛らしい』…?
可愛らしい!!?
「そっそそそそんな滅相もございません!
私なんて本当そんな言葉とは程遠い惑星の住民でして!
って訳わかんないですね、すみません!
あっもしかしてもしかしなくても冗談!?
私そういうノリにも対応できないなんて駄目ですよねえ!」
完全に私の中の何かがショートし、べらべらと訳の分からないことを言う始末。
もう駄目だよ夏実…私……死にたい…。
穴があったら本気で今すぐ速攻入りたい!
「いえいえ。とっても素直で、さんらしくて、いいと思いますよ」
「…え…あ。そ、そうですか…?」
「はい」
またいつもの笑顔を見せてくれた…。
や、優しい!
そしてまたそれに癒されてしまう私を許してください花月さん!
それにしても、『さんらしくて』、だって。
思わず口が緩んでしまう。
花月さんの何気ない一言で、一喜一憂してしまう。
彼は、別になんとも思っていなくてもやっぱり期待して。
恋って、こういうものなのかな。
「それじゃあ予定より早いですが行きましょうか」
そう言うと花月さんはすっと手を差し伸べて。
思考回路、完全に遮断されました。
だってこれは…あの…あれですよね? あの…………………おてて繋ぎましょうってことなんですよね!? 私、異性と手繋ぐのなんて、幼稚園のときバスの席が隣だった大輔くん以来なんですけれど! ど、どうすれば…!
「あ…あの…」
「嫌、ですか?」
いやいやいやそうじゃなくて…!
むしろ嬉です、よ…!
手を重ねようと、右手を前へ出す。 嬉しいのに、手が震える。 心臓が、やけに騒がしい。 それに、なんでだろう。 なんでこんなに、恥ずかし…。 駄目だ、泣きそう…。
『──じゃあ、夏実さんの幼馴染さんなんですか』
初めて花月さんに逢ったあの日。
カウンター席に1人座っていた花月さんにお誘いいただいて、ちゃっかり隣に座っていた私。
そして呑気に世間話に花を咲かせていた。
『そうなんです。もともと親同士が仲良くて、家族ぐるみの付き合いなんです』
だから学校は違うけど今も時々こうして、と付け足すと、「そうなんですか」とにっこり笑って頷いた花月さん。
見れば見るほど綺麗な人だなって、つくづく思う。
それでも男の人なんだってことはなんとなく分かったけれど。
それにしても、なんか和むなあ…癒されてるとでも言うべきなのか…。
花月さんの笑顔にも、声にも仕草にも、何か他の人とは違う何かを感じた。
そんな私の様子をさり気なく見ていたらしい夏実。
私が注文したコーヒーを運んできた際、ひょこりと会話に入ってきた。
『ちゃんは、中学・高校と、ずっと女子校なんです』
ああ。さっき「学校が違う」って言ったから、その補足説明か。
そうのんびりと思っていた。
しかし、その後彼女の口から発せられた言葉には、自分が考えていた台詞とは全く正反対のものだった。
『だから、異性に対してあんまり慣れてないと言うか…でも華の女子高生がそれじゃどうかと思うんです』
方向が段々変なほうに進んでいっているのは気のせいだろうか。
『だから花月さん。免疫を作るためにも、ちゃんと一日デートしてもらえませんか?』
『夏実!?ちょっといきなり何言ってんの!?』
デートがしたいとも、花月さんが気になるとも、ましてや男の子と仲良くなりたいなんて、一っ言も言ってないと思うんですけど夏実さん! それにいきなりこんなこと言われたら、花月さんだって困るに決まっているじゃないか。 「すみません、気にしないで下さい」って言って、謝ろう。 そう思っていたのに、先に反応したのは私ではなく、彼の方だった。
『いいですよ。僕で良かったら。』
絶対断られるか誤魔化されて終わりだと思っていたのに、彼から発せられた言葉は、そのどちらにも属さないものだった。
花月さんは、優しい人。 だから、今日だって、『デート気分味わってみたいんです』なんて馬鹿らしい理由で付き合わされてるのに嫌な顔全然しないで。 今みたいに、ちゃんと頼まれたことをまっとうしようとしてくれてる。
…私、何やってんだろう。
結局夏実に頼って、花月さんの優しさに甘えて、迷惑かけて…。 そもそも、こんな素敵な人には彼女くらいいるに決まってるじゃないか。 私なんかよりずっと綺麗で、優しくて、素敵な人…。 そうだよ。 きっと花月さんには恋人がいて。 でも、断ろうにも、私たちが強引に話を進めちゃったからしようにも出来なかったんだ。 花月さんは優しいから、言えないでいるんだ。
だめだよ、こんなの。
「…さん?」
彼の優しい声が、私の名を呼んだ。「すみません、やっぱり嫌でしたか?」
「そうじゃないんです…ごめんなさい、大丈夫…です……………………すみませ…」
ハンカチを差し出して、心配そうに見守る貴方。
そして今、そんな貴方を困らせているのは、私。
また、涙が止まらない。
こんな昼間から、しかも街中で泣いている女なんてそうそういない。 当然人々視線も集まってくる。 そして、私をなだめている彼にも。 …私は、花月さんを困らせたいわけじゃない。 ただデート“気分”が味わいたかったわけでもない。
そういうこと全部、何かの理由とかこじつけとか、そんなものが無くてもちゃんと。 ちゃんと、気分なんかで終わらないで、ずっと一緒にいられますようにって、そう願っただけなのに。 叶わぬ願いだと分かっているつもりでも、ちょっとした仕草とか、何気ない言葉を貰っただけで一喜一憂してしまう自分が、なんだか情けなくて。 涙よ止まれと呪文をかけても、全然効果がないまま、貴方を困らせているだけなの。
貴方を困らせたいわけじゃない、ただ、側にいたいだけなの。
「落ち着きました?」
流石に花月さんも人目が気になったらしい。 しばらくして、私達は近くの公園へ移動して、ベンチに腰掛けた。 そうして、すこし落ち着けるようにと、缶ジュースを買って渡してくれたのだ。 その優しさがまた、棘となって心に突き刺さっていく。 それにしても、17にもなって、公衆の面前で泣いてしまうなんて…恥ずかしい。 花月さんにも顔を向けられなくて、下を向いてこくりと頷き、しばらくして「すみません」と小さく呟いた。
「さん、それ、やめません?」
目的語が代名詞だから、なんのことをやめてくれと言っているのかが分からない。 詳しく言ってくれといわんばかりの視線を浴びせると、彼は遠慮しがちに言った。「『すみません』って言うの。困らせているのかなって、ずっと気になってて…」
「あっすみません…!あ…!」
言うなと言われて3秒と経ってないのに、もう破ってしまった愚かな私。
このときほど自分の愚かさを恨めしく思ったことは無い。
「…でもやっぱり…すみませんでした、今日は…」
「?何がです?」
私の謝罪の意味がよく分からず疑問を覚えた花月さんは聞き返す。
…あんまり口にしたくない私は、小さな声で答えた。
「強引にこんな…付き合わせちゃって。その…誤解されたくない人だっていらっしゃったかもしれなかったのに…」
「え?」
何を言っているのと言いたげな表情で私を見ていたけれど、首をかしげ、疑問符を上げ。
暫しの沈黙の後、彼はぽつりと言った。
「僕にはそのような人はいませんよ」
「え?」
「う、嘘お!」
「そんなに意外ですか」
苦笑いをした花月さん。 ものすごく失礼なことを言ったのに、彼は怒る素振りを欠片も見せない。 だけど、ごめんなさい。 そんな申し訳ないと思う気持ちよりも、むしろ純粋に、私。 良かったって思ってた。
「僕は、気の無い人に1日中付き合うほど、お人好しではありませんよ」
「え…?」
今の…裏を返せば、それはつまり…?
「えっと、花月さん、それは…」
「じゃあデート再開しましょうか。まだ11時ですし」
「花月さん?あの…」
「さっきの、どういう意味なんですか」って、聞こうと思ったの。 でも、そうする前に手に花月さんの暖かさを感じたから、出来なくなってしまった。 ただただ赤面する私と、それを楽しそうに見ている花月さんの対照的な影がふたつ。 これからが、本当のデートの始まりなのです。 そしてこれが、私達の、新たな始まりなのです。
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