「頑張って」って、ありきたりな言葉で励ますことしか出来ない僕。 それでも先輩は、本当に頑張れる気がするって言ってくれる、優しい僕の彼女。 そんな先輩と、かれこれ1ヶ月程逢っていない。 逢いたくても、逢えない事情があるんだ。






年上の女。






先輩に逢いたーい…」

教室の明るい雰囲気とは対照的に、しょんぼりと机にうつ伏せになっている人物が俺の目の前に約1名いる。 最近はずっとこの調子で、しまいには担当の先生からも「ヤマトはどうしたんだ」と言われるほどだ。 そりゃあ本来明るい性格で、周りからも好青年と称される人物が、ある日突然暗い空気を作り出し、しかも何も言葉を発することなく虚ろな目をしていたら、誰だって不思議に思うだろう。 そして珍しく何か言ったかと思えば、先程の台詞を、幼馴染であるキラは溜息と一緒にそう小さく吐き捨てるのだ。 俺はそんなキラの姉であるカガリと、これはどうしたらいいものかと顔を見合わせていた。

解決策が無いわけではない。 しかしそれはたった1つ。 その先輩に逢えれば、キラは今までのことが嘘のようにころっと回復するだろう。 しかし、実際はそれできないからキラはこうしているのであって、それを十分分かっているから俺達はただその様子を見守るしかないのだ。 何故なら先輩は俺達より2つ上の3年生なのであって、つまり只今大学受験中というわけだ。 彼女と同い年ではあるが推薦であっさり進路を決めてしまったイザークのような生徒を除けば、今がとてつもなく大変な状況下なのだ。 つまり、どうすることも出来ないのが現状なのだ。 残念ながら。

先輩は自由登校になる前から時々学校を休んでいたので、なんだかんだで1ヶ月ほど逢っていないという計算になる。 キラの“先輩に逢いたい病”は高まる一方だった。 しかも今は2月中旬にさしかかろうとしている季節。 つまり今日は女生徒がやけに賑わうイベントな為、余計淋しく感じてしまうのだろう。 掛かって来ないと分かっていてもついつい何度もケータイをチェックしてしまっている辺り、その様子が伺える。 こういう場合、周りはどうすればいいのだろうか。 …いや、そっとしておくべきなのだろう。 ヘタに励まして墓穴を掘るより、よっぽどそのほうが良い気がする。 それにキラの淋しさを埋めることが出来るのは先輩だけなのだから。

「フン。なんだキラ、その落ち込みっぷりは。バスケ部エースの名が聞いて呆れるぞ」
「あれ、イザーク?どうしてここに?」

いつの間にかに俺達のクラスにやって来ていたイザークに、思わず疑問の声を上げてしまった。 何故ならば、3年はもうとっくに自由登校となっているからなのだ。 …それともただ単に何もすることがなくて暇だっただけなのだろうか。 そんな予想を立てていたのだが、「登校日だ」とあっさり返された。 しかしほとんどのクラスメイトが一般受験組で、しかもまだ試験が残っている為、ほとんど来ていなかったそうだ。 (これでは全く登校日の意味が成されていないと思うのは俺だけなのだろうか。)

まあそういうわけで、クラスには推薦組の女子数名だけで、男子はイザーク1人だったのだそうだ。 しかし流石に居心地の悪さを覚え、俺達の所へやってきたらしい。 そうなることなど最初からある程度予想できただろうから、いっそのこと休めばよかったのに、そういうのは好かないらしい。 真面目なんだか何なんだか…。 そこでさあどうするかと考えた結果、一応俺とイザークはイトコという関係なので、そうだ暇だし様子を見に行ってみようということになったのだろうか? …しかし…。

我がイトコに、じっと視線を送る。 すると、「何だ」とじろりと睨むように言われ、俺は言葉を濁して誤魔化した。 しかし本当は「もしかしてイザークって、ディアッカと先輩以外に友達いないんじゃないか?」 と言いたかったのだが、そう言ったなら物凄い勢いで殴られそうだな、とぼんやりと思っていた為、口にはしなかった。 だってイザークのクラスからここまで、遠いのに……非難する為とはいえ…なあ…。
そんな俺とイザークを見ていたらしいカガリであったが、いきなりはっと思い出したようにイザークに問いかけた。

「あ!じゃあ先輩も…」
「来てるわけ無かろう。そもそもあいつ、今日から3連チャンらしいぞ」
ま、それで最後とか言っていたから、最後の踏ん張りどきってとこだろ。 そうイザークが付け足したはいいが、それがトドメとなった。 キラは先程よりもぐたっとして、更にずこーんと影をしょっている。 というのも「先輩は今日から3日連続受験」ということは、つまり「今日を入れてあと3日経たなければ先輩と逢えない」と言うことなのだ。 キラもそれくらい知っていたことのだろうが、改めて言われて再認識し、ショックを受けてしまったらしい。 一方その原因を作ったイザークは時計を見、チャイムが鳴るからとさっさと去っていった。 どうやらここから教室までの時間までも把握しているらしい。

それにしても、一体何しに来たんだ、あいつは。 銀髪の先輩兼イトコの後ろ姿を疑問の視線で見送り、もうこれ以上ややこしくしないでくれと念じていた。 実際、イザークがこの教室に来ると、ろくなことが起きない。 そんなことを思っているとは知らないイザークはすぐそこの角を曲がり、よって姿は見えなくなった。 俺は最後までその様子をしっかりと見届けると、自然と溜息が出てしまった。 もしかして1番の苦労人て、俺なのではないだろうか。 新たに発覚した事実に苦笑しつつ、再度また幼馴染へ目を向けた。 今だキラの様子は変わってはいない。 むしろイザークの手によって悪化したように思える。(あれで悪意がないから困ったものだ)

「付き合って、初めてのバレンタインだもんなぁ…」

カガリはしょんぼりとしている弟を見、ぽつりと呟くように言った。 なんでも1月の半ば、キラ自身が「先輩が大変だから」と遠慮したらしい。 しかしそうは言っても、やはりそういうイベント事は気になってしまうのだろうか…。

「………………アスラン」
「ん?どうしたキラ?」
ふいに話しかけた幼馴染。 しかしキラは、今だその顔を上げようとはしなかった。

「僕は別に先輩からチョコが欲しいとか、そういうんじゃないんだよ」
「…う、うん」
見透かされたような発言にビクリとしつつ、素直に相槌を打って聞く。
「ただ、本当に逢いたいだけなんだ。……なのに…」

カミサマって、なんでこんなに意地悪なんだろうね。

そう小さく呟いた幼馴染の顔は見えない。 相変わらずうつ伏せになったままだから。 だけどここまで落ち込んでいるキラを見るのは初めてで、俺は少し戸惑った。 俺に出来ることと言えば、早く3日が過ぎ去るようにと、無力ながら祈ることしか。






なんだか1日って、こんなに長かったっけって、思うようになった。 いつもは走り去るようにすぐに過ぎ去っていって、毎日が楽しくて、もっと1日が長ければ良いのにって思っていたのに今は違う。 24時間なんて長すぎる。 いっそ、すぐに明日、欲あらば明後日にしてはくれないか。 しかしそんなこと、神様でも何でもない、ただのその他大勢の無力な人間がそう願ったところで叶うはずも無い。 そんなことは重々承知しているのに。

「(……早送り、出来たら良いのに)」
やっぱり気がつけば似たようなことを考える自分がいる。 僕って我侭なのかなあ…。
オレンジ色に染まる空も、早く闇色に染まれ、そしてそこにまた光を差せと。 今は冬で、昼は短い。 でもその代わりに夜は長いわけで、やっぱり1日は24時間きっちりあるんだ。 地球もさ、そんな太陽の周り1周するのにのんびり24時間もかけないで、もっと気合入れて、もっと早く回ってよ。 早く、早く…。

「遅いぞー、この不良少年!待ちくたびれちゃったよ」

もうすぐ家に辿り着く数メートル前。 突然聞こえてきたのは先輩の声。 聞こえるはずもない先輩の声。 だけど目の前にいるのは紛れもなく彼女だった。

「せ、せん…え。な、何で…?」
「今ね、私もちょうど帰りなの。で、ちょっと寄ってみたんだー。…って言っても、すぐ帰っちゃうけど」
──あ。

すぐ、帰っちゃうんだ…。

まだ当分逢えないと思っていたから、こうして逢えただけですごく嬉しい筈なのに。 それでも欲あらば、もっと一緒にいたいと思う。 けれど先輩は今大変なときなわけで。 それに今だって、1日中試験を受けて疲れてる筈なのに。 やっぱり申し訳ないという気持ちが僕の心に広がっていた。

「すみません、貴重な時間を…」
「別にいっつも勉強してるわけじゃないよ。息抜きも必要だって」
「あ、はあ…」
そういうものなのか。 いまいち大学受験というものを知らない僕だから、曖昧な返事をするしかなかった。 するとそんな僕の様子に気付いたのだろうか。 先輩は顔を覗き込んで言った。

「……なーに、その顔。……あ。もしかしてキラくんは、私に逢いたくなかったとか…」
「いえっ!そんなこと!」

──あるわけないじゃないか。 むしろその逆で。 学校なんて行っても、心はどこか遠くにあった。 早く逢えないかな、とか、今頃先輩頑張ってるかな、とか、そんなことばかり考えていて、授業なんてろくに聞いてもいなかったと言うのに。 だから、ここだけは曖昧な返事するわけにはいかなくて、先程とは裏腹に、強く否定した。 すると「じゃあ何?」と。 きょとんと首をひねる先輩は、なんだかとても不思議そうにしていて。 理由を説明すべきなのだろうかと思ったけれど、はっきり言うのはちょっと恥ずかしい。 けれど誤解を招いたままは嫌だったから、僕は口篭りしながらも必死に返答した。

「……あと2、3日しないと逢えないって思ってたから、何だか…びっくりしちゃって…」
「…うん」
「逢えて嬉しい、です」
「うん。私もだよ」

にっこり笑う先輩は、心なしか嬉しそうに見えて、少し頬が朱色になったような気がした。 だけど僕の顔の方が、きっと赤いに違いない。 ポーカーフェイスも何もない僕だから。 いつもどうにかせねばと思ってはいるのだけれど、こればっかりどうしようも出来なかった。 今度、アスランに相談してみよう。 そう思ったときだった。

目の前に、すっと差し出された小さな紙袋。 差し出すのは先輩。 そして周りには誰もいなくて、僕1人。 つまりこれは僕に向けられているということになる。 ということはつまり、“僕に”受け取れ、という意味が示されているのだろうか。 何の前触れもなく渡されたため不思議に思いつつ、けれど素直にそれを受け取った。 そうすれば何か説明があるのだろうと思っていたのだが、先輩は一向に何も話さないまま。 僕はついに痺れを切らせて、思い切ってこちらから聞くことにした。

「…えと…ありがとうございま、す…?で、これは一体…?」
お礼が疑問形なのはどうかと思ったが、素直に出てきた言葉がそれだったのだから、もうどうしようもない。 暫く間をおいて、静かにぽつりと呟いた。
「…………今日は何月何日?」
「え?えーっと、2月…じゅう…よん?」
「…は、何の日?」
そう再度聞かれ、ええと…と、宙に目をやって考え始める。 けれど結論が出るのはそう遅いことではなかった。 今日は2月14日。 いわゆるバレンタインデーと言うもので。 そして今しがた渡された袋の中にさり気なく目をやると、綺麗にラッピングされたものが入っていて…? …えっと、つまり……?



「…………………………」
「…………………………」



「えええ!?」
「え、何で驚くのそこ?」
「だ、だって…!え!?」
先輩と手渡されたチョコレート──なのだろうか?中身は見えないけど…──を交互に見合わせていた。

だってこれを驚いた以外に、どう表現すれば良いのか分からなかった。 間抜けな反応だとか思われたかもしれないけど、けれどやっぱり意外で。 しかも今日は本命校だって聞いてたから…それにまだ受験が残ってるし…。 なのに、わざわざ時間をさいて渡しに来てくれたの? 逢いに来てくれたの? う、嬉しい………どうしようどうしよう。 勿体無くて食べられないよ。 あ、そうだ、家宝にしたほうがいいのだろうか? …けど、やっぱり…。

「な、なんだかすみません。わざわざ…」
「キラくん、私は謝って欲しくてこれ作ったわけじゃないんだよ?」
「え!もしかして手作りですか!?」
「………………」
先輩は何も言わなかったけど、けれど恥ずかしそうに小さくこくりと頷いた。 家宝大決定の瞬間。 僕は嬉しさのあまり「ありがとうございます」って、またお礼を言ってしまったくらいだった。 すると先輩は、喜んで貰えて良かったって、笑顔で返してくれた。

「ごめんねキラくん。あと2日、待っててね」
「はい!」
「終わったら、何をするより先に連絡するから、ケータイ、スタンバっててね」
「はい!ワンコールで取って見せます!」
「はは、そこまでマッハじゃなくてもいいって」

久しぶりに見る先輩は、やっぱりいつもの先輩だった。 そんなの当たり前な筈なのに、けれど何処か不安だった僕の心をすぐに浄化してくれる。 だけど長居をすることはなくて。 じゃあ、そろそろ行くね、と。 そう名残惜しそうに別れを告げて、彼女は背を向け、歩き出す。 だんだん遠く小さくなっていく先輩を、僕は見えなくなるまでずっと見ていた。

…どうしてこんなにも早く過ぎ去ってしまったのだろう。 確かに1日よ早く終われと願っていたけど、大切な人とはもっと一緒にいたかったのに。 でも、たったひととき逢えただけでも、こんなにも嬉しいんだ。 そう思うたびに。

僕は、本当に先輩のことがすきなんだなって、実感するんだ。



070218