「ねぇ、やる気あるの」
「すみません・・・」

こんなにも近くにいるというのに、流れる雰囲気はうふふあはは!と言った弾けたものではなく、
正面にいる鬼から注がれる視線は鋭いもので。
人生避けて通れないのが受験や就職という進路関係で、今年が悲しき受験生なのでまぁ勉強しているわけなんだけれども。なんだけれども!

「あのー」
「何、口を動かすなら手動かして」
「はあ・・・はい」

恐る恐る声を掛けたが、は手元の握り締めたペンと妙に白い部分の目立つノートを見つめたまま半ば硬直していた。
寒いわけでもないのに手がかじかんでいるのは、気のせいだろうか。
間違っても目など見れない、見れるか!
この状況どうにかして下さいとばかりに俯いたままノートに念じるの正面には、
このどうにかして下さいと訴えたくなる状況を作っている男が無言で視線を注いでいた。
何よ何よ、この沈黙とひしひしと伝わってくる圧力は。

「べ、勉強頑張りまーす」

頑張ってる人に頑張れって言っちゃいけないのよーと恨みがましく睨みつけてやったけれど、
それを向けられた本人は形の良い唇の両端を持ち上げて、にっこりととても綺麗に、意地の悪い笑みを浮かべた。

「別に頑張らなくてもいいよ」
「え?」
「ただ僕と同じ量をそつなくこなしてくれれば」

それを頑張るって言うんだよ、この男は分かっててわざと言ってくるんだ。
それ以前に、キラの勉強している姿を殆ど見た事ないんだけれど!一体いつ勉強してるってのよ。

「意地悪ね・・・」
「聞こえない」
「キラは私にだけ意地悪」

今のこの鬼のようなスパルタ講師もそうだけれど、それ以外にもあるのだ。
きっとこの人は人をいじめ、血祭りに上げ、逆さまにして縛り吊るすのが趣味なんだわ。
究極のサディスティック王子よ、ああ恐ろしい。

の思考の方がよっぽど恐ろしいよ。はい手動かして」

そう言って示されたのは、先程から思うように進まない問題集。
キラやアスラン君など超が付くほど難関の人が使っているもので、形容するなら一歩進んで五歩退がるとでも言う所だろうか。

「あ、そう言えばアスラン君とか進路どうするんだろうね」
「さぁ、って言うかこの話今まで何回したと思うの?」
「キラはさー・・・」


うわ、それこそ地響きでも聞こえてきそうな表情しているんですけど、この人。

「何も僕だって意地悪して勉強しろって口煩く言ってるわけじゃないんだよ」
「全然説得力ないです、ヤマトさん」

だってこの男は私の進路希望用紙を見るなり、奪い取って勝手に志望校を書き換えたくらいだから。
しかもそこはキラの志望する学校ではなかったはずだ、確か。
反論の一つでもしようと再度睨むようなむくれた顔を向ければ、しかめ面をしていたキラの眉間に更に皺が刻まれていくのがはっきりと目に映った。

「ねぇ・・・」
「あの、キラ?・・・まさか少し睨んだりしただけで怒るなんて、そこまで心の狭い人ではなかっ・・・」
「・・・さっきから何してるの、カガリ」

・・・・・ん、カガリ?って名前違うんですけれど。
呆気に取られて呆然としていると、キラがその名を口にしてから数秒後、
扉を壊さんばかりの勢いで一人の少女が腰に手を当て胸を張り、勇ましく現れた。

「何だ知ってたのか。言っとくけど初めからずっと部屋の外にいたぞ」
「ストーカー?アスランみたいな事やめてよね」

キラと酷似した端正な顔立ちに、糸のように細くて輝く金髪。この人ってキラの

「いや、決して邪魔をしに来たわけじゃないぞ。ただ、ほら、差し入れとかいるかなーと思って」
「いらないから」

他に用は?と棘のある物言いで追い出す気配を隠さないキラを横目に、扉の前で仁王立ちになっている少女の横顔を覗き見ていた。
すると、少女は注がれる視線に気が付き、こちらに振り返り形良く繕った唇を向けてきた。
あぁ、キラの笑った表情に似てる。

「やっと会えた、私はカガリ。キラの姉だ」
「カガリの留守の時に連れて来てたんだから、会えなくて当たり前でしょ」
「あ、です。初めまして」
「キラからよく聞いてるぞ、いやー可愛いな」
、相手にしなくていいから。最近カガリ煩いんだ」

いつの間にか立ち上がっていたキラは、言うなりカガリさんの背中を押す押す押す・・・
有無を言わせぬまま部屋から追い出してしまった。

「キラ、どうしてそういう事を・・・」

こうしてキラの部屋にお邪魔した時は、いつもカガリさんは部活やら何やらで家を留守にしていたから会った事がなかったのだ。
感じが良くて気さくな雰囲気を纏った少女だった。ぶすっと口を尖らせて見ても、キラにはまったく効果なし。
もちろんわざと一つ溜息を吐き出し、いた仕方なくペンを握り直した所で再度扉が勢いよく開かれた。

ー、キラー茶いるかー?」

大輪の笑顔を咲かせるカガリとは似ても似つかないほど、キラは一瞬にして表情を曇らせる。
そんなキラを見なかった事にしてカガリさんの申し出に頷こうと顔が緩んだ私・・・よりもなんとキラの一言の方が早かった。

「いらないから」
「そうか、じゃあ・・・」

苦笑混じりにパタンと寂しそうに扉を閉めたその仕草に、なんだかとっても申し訳ない気持ちになる。

「キラ、どうしてそういう事を・・・」

そうして再度わざと一つ溜息を吐き出し、いた仕方なくペンを握り直した所で再再度扉が勢いよく開かれた。
見上げるように扉に視線をやれば、そこには楽しくて仕方がないといった様子のカガリさんが笑っていた。

ー、キラー、菓子いるか菓子。ほら飴やるから」
「いらないから」

ってか何やってんの、と手に取るように不機嫌になっていくキラにも怯まない姉の姿に、思わず感嘆の声が漏れそうになる。
さすがだ、そんな間にもカガリさんは隣に来ていて私の(あまり進んでいない)勉強の様子を覗いていた。

「大変だなー二人とも、あれ?この学校って」

広がっていた過去問の学校名を目にして瞳をぱちくりさせている。
どうしたのかと首を傾ければ、カガリさんはうーんと唸り声を上げてぽつりと言った。

「確かこの学校って、キ・・・・・」
「カガリ!勉強始めるから出てってくれる?」

早く出て行けと暗黙の笑顔で語りかけるキラに、カガリさんはにやりと意地の悪い笑みを見せ、
手を振って上機嫌で部屋を後にしていった。

「カガリさん、何を言おうとしてたんだろうね」
「さぁ、どうなんだろう」
「・・・キラ、何言おうとしてたかわかってたよね?教えて」
「聞こえない」
「キラ」

問い詰めるように静かに言い放つ。これはアスラン君に教えてもらったキラ対策その1だ。
すると、キラは私に諦める気がないと悟ったようで、広がっている本をちらりと一瞥した。

「その学校、僕の志望校だよ。二人で同じ学校に行こうね」

初めて明かさせた事実を飲み込めずに、目が回りそうだわ。
そうか、だからこんなに厳しく勉強させられてきたんだ。

「うん・・・」
「じゃあさっきの続きからやるよ」







君はとても意地悪で
誰よりも優しい人


(君がいてくれるのなら、私はまだまだやれるわ)