「ティエリアは、『あの人』に対してだけ厳しいね」
「…そうか」
「そうだよ」

随分と柔らかい表情を見せたり優しい言動を取るようになったティエリアは私にコーヒーを淹れてくれた後、当たり前のように隣に並んで雑談を交わし始めた。 4年前の彼ならば想像すらつかなかったであろう光景も、今ではそれが普通と認識されるようになっている。 しかし例外はいるらしく、彼はつい先日やって来た新しい仲間にだけそっけない態度を取っているのだ。 更に、その人物の名を挙げてもいないのに話が通じたところから見て、ティエリア自身にも自覚があるものということが伺える。

「…奴は、ロックオンではない」

ティエリアはそう言って、先程とは打って変わった厳しい表情を見せる。 こんな顔を見るのは久しぶりだった。 きっとロックオンの影響を強く受けたうちの1人であるがゆえに、未だに納得出来ないものが彼にあるのだろう。 そんなことは安易に予想がついた。 しかし私も、ティエリアと似たような感情を胸にしまい込んでいるのも事実である。 だが私はそんなことは決して誰にも知られたくないと心に頑丈な鍵を掛けてしまったがゆえに、必死になって気丈に振舞う。

「そう?正真正銘のロックオンのはずだよ。 だってコードネームは私達のよく知る、彼のお兄さんのものを受け継いだんだもの」
「そういう意味で言ったわけではない。それは、君も分かっているはずだ」

分かってるよ。 そう沈黙の肯定をすると、ティエリアは横目で一度私を見たがそれ以上は何も言わず、静かにコーヒーを口に含んだ。 …もうこの話題はよそう。 なんとなく気になって自分からこの話を振ってみたは良いけれど、これでは明らかに会話も続かないし、お互いこのことについてあまり話したくないと、いつの間にか暗黙の了解が成立していた。 実際にも会話はそこで一度途切れてしまった訳だし、今更掘り下げるような話題でもあるまい。 ティエリアから視線を外し、今度はゆらゆらと揺れるコーヒーの水面に映し出された己の姿をじっと見つめてみる。 するとそこには、傷心し切った情けない顔の女がいた。 駄目だ、見たくない。 顔は自然と俯き、静かに瞳を閉じた。

「…ティエリアは、変わったね」

会話に困り、きっと皆も思っているであろうことを口にしてみる。 だってティエリアは、それこそ外見は4年経っても何も変わっていないけれど、内面はずっと変わったのだから。 丸くなったと言えば良いのだろうか。 以前の取っ付きにくい印象は消え、今ではクルーが自然に彼に頼ってくる存在となっていた。 人はこんなにも変わることが出来るのかと思ってしまったほどに。 …それは勿論、良い意味で。 そのことは、ちゃんと彼にも伝わったらしい。 表情から読み取れる。

「…そうか」
「そうだよ」

何気なくさっきの会話と同じ台詞を繰り返す。 ティエリアはこのことに関しては自覚が無いらしく、全く分からないと顔に書いてあった。 どうやら直接彼に言った人物はいないらしい。

「…そう言う君も、変わった」

そう静かに言われた言葉に、今度は私が驚かされてしまった。 私が、変わった? 一体どこが? そもそも、それは良い意味で?それとも、悪い意味で? 自己分析は決して得意ではないから、何も分からない。

「少なくとも4年前までは、何かあればすぐに突っ掛かったりしていた。 なのに今は、その面影がないくらい落ち着いている」
「…それは、昔の私が子どもだっただけだよ」

──そしてなにより、理由は何でも良いから、きっと構って欲しかったんだ。 今はもう逢うことが出来なくなってしまったあの人に──

それから一言二言交わした後、「それじゃコーヒーご馳走様」と礼を言ってその場を離れた。 ティエリアはまだコーヒーを飲み終わっていないこともあってかまだ部屋に戻る気はないらしいため、私のみ自室を目指すこととなった。 数分振りに廊下を通る。 しかしアレルヤ奪還のミッションが終わったばかりだからか、クルー達と1人もすれ違うこともなければその姿すら見当たらない。 …だけどそれで良かったのかも知れない。 今しがた話題に出てきた人物のことをぼんやりと考えていたのだから。 しかも歩きながらなので、例え誰かが横を通ってもすぐには反応出来そうにない。

「(…ロックオン…ストラトス…)」

もはやその名前を懐かしく思う。 だって今この艦内にいるのは、ロックオンであってロックオンではない人だから。 確か、4年前に戦死したロックオン、要するにニールの弟らしいとスメラギさんは言っていたっけ。 思い返してみれば、確かにニールから自分は双子なんだと聞かされた記憶もある。 だから、容姿が同じなのも納得だ。 つまり、何度も言うが、今この組織に所属しているロックオンはニールではない。 刹那からは、「彼はライル・ディランディと言う名前だ」とこっそり本名を教えられた。

顔も名前も瓜二つ、だけど全くの別人。 なんて複雑な心境なんだろう。 しかも兄と同じようにソレスタルビーイングで戦争根絶を掲げ、ましてやガンダムマイスターとして共に戦うなど。 いっそのこと、どこか知らない土地でひっそりと暮らしてくれていれば良かったのに。 私はあの人の弟になんて会いたいなんて思ったことはないのに、何故目の前に現れた。 彼に対してどう反応すれば良いのか分からないのは今も変わらない。 それは、未だに新しいマイスターの名前すら呼べずにいるくらいだった。

そんな、物思いにふけっているときだった。 背後から、トンットンットンッと何やらおかしな音が聞こえてきたのは。 どう考えても自然に発生する音ではないのは分かりきっている。 不思議に思い足を止めて振り返ると、見慣れたオレンジ色をした球体が、私の名を懸命に呼んでこっちにやって来ている所だった。

!』
「あ…」

ハロだ。 まあこの子のオリジナルは4年前の戦闘でプトレマイオスと共に爆破してしまったので、正確には2代目オレンジハロということになるのだけれど。 1代目のデータのバックアップは事前に取ってあったため、例え今の本体は違えども中身(データ)は同じ。 そう言う訳で、ちゃんと私のことを覚えていると言う訳だ。 …さて。それは今は良いとして、何故そのハロがここにいる? 普段はコロニー内を散歩する子ではなく、大抵は機体の整備に忙しいはずなのに。 そんな私の心情を知ることのないハロは、相変わらずボールのように跳ねてこちらへやって来ている。 あと1メートルというところでぽーんと大きく弾ませてジャンプしてきたので、自然と両手を差し出しキャッチする。 『!ゲンキ!ゲンキ!』 どうやらハロは、相変わらず元気そうだ。

「うん。お陰様で元気だよ、ハロ。 でもお前、どうしてこんな所に…」

今思えば、ハロを見た時点ですぐに気付くべきだったんだ。 2代目ハロもケルディムガンダムのサポート役としてガンダムに搭乗している。 そしてそのモビルスーツのパイロットは、数日前にソレスタルビーイングにやって来たばかりの、言わば新人だ。 つまり、先程ティエリアとの会話に出てきた『あの人』の相棒。 …いや、ハロはそう認識していても、肝心のご主人様はハロのことをただの補佐役としか思っていないのかもしれない。 それでも同じガンダムに乗り戦場を共にするという意味では変わらない。 よっていつも一緒にいて信頼感を高めるようにとスメラギさんに言われていたのが記憶に残っている。 だから必然的に、このハロがいるということは、近くにあの人がいることを示していて。

「よお!確か、だっけ」

肩を震わせてしまったことを、彼に気付かれてしまっただろうか。 恐る恐る顔を上げると、ハロがやって来た方向から、予想通り緑の服に身を包んだ彼がやって来ていた。 どうしようと思ったが、まさか逃げる訳にもいかない。 …4年前の私ならばそうしたのかもしれないが。 もはや顔を合わせたくなくて、手元にいるハロをじっと眺めて極力彼を見ないように心がける。 だから、視界の端に見ることでしか彼の気配が分からない。 …心が乱れているのを感じる中、いつの間にか彼は私の前に立つほど接近していた。

「ああ。ハロ、こんな所にいたのか。悪かったな」
「…ううん」

人懐こそうにピコピコと目を点滅させているハロを目の前の持ち主に差し出し持ち主に返す。 するとハロは、『ロックオン!ロックオン!』と名を繰り返し呼び始めた。 …どうやらハロは彼の腕の中にいることが嬉しいようだが、私は逆に、彼の傍にいるのがとても居づらくて仕方がない。 この人も用が済んだならどこかへ行ってくれれば良いのに全くと言って良いほどそんな素振りを見せないものだから、更になんとも言えない空気が辺りに広がっていくのを肌で感じてしまう。 更に、今まで目の行き場として利用していたハロも手元からいなくなってしまった。 視線の固定先に困った私は理由もなく俯き、ただただ何もない廊下を観察するしかない。

「しっかし、こいつはよっぽどあんたに懐いてるんだな。 何かって言うと『』って呼んでるし、現に今も、こうやってあんたを探しに来てる」
「…そう、だね」
「ああ。まあ俺としちゃ複雑な気分だが?」

そうか、彼はハロの相棒であるため、本来ならば1番懐かれているのは彼であるはずである。 しかしそのハロは、実際には私のような他のクルーとの方が仲が良い。 そのことに関して、一応ショックに思っているんだろうかとぼーっと頭の隅で考えた。 そういえば彼は今、冗談を言うように笑っている、らしい。 曖昧なことしか言えないのは、私は彼の目を見ることは躊躇して出来ないので、声のトーンから表情判断を試みるしかないからだ。 いつまでもこのままでは駄目だと必死になって目を見ようとするのだが、やはり口元辺りで限界だ。 それ以上顔を上げることは、少なくとも今の私に出来そうにない。

「…ああ、そう言えば。 大したことじゃないんだけど、ちょっとばかし確認したいことがあるんだが、良いか?」

…あ。名前、初めて呼び捨てで呼ばれた気がする。 別にどうでも良いけど。 それにしても、まさかこの人から質問をされるとは思ってもみなかった。 「良いよ、何?」 小さく了承したのを聞き届けた目の前の彼は、それじゃ遠慮なくと口を開く。

「あんたと兄さんが恋仲だったってのは、本当かい?」

私の中で、ぴしりと何かが止まった気がした。 だっておかしいのだ。 何故彼がそれを知っている? 私は決してこの人にそのことを話したりはしていない。 むしろこんなに話したのは今が初めてだ。 …他のクルーから聞いたのだろうか。 一体誰に? そもそもこの人とニールは兄弟とは言え、そんな個人的なことをわざわざ教えてやる理由はないと思うのだけど。 それに、ここには口の軽い乗組員はいないと認識している。 しかしこの人は知っていた。 どうして?どうやって? いつの間にか私は無意識に考え込み始めてしまったが、黙っていても仕方ない。 長い沈黙の末、私はゆっくりと重い口を開いた。

「…………だったら何?」
「そんな喧嘩腰になるなよ。 ただ、前にハロがそんなことを言っていたから聞いてみただけだ。 気にしなくて良い。 …しっかし、成る程ねえ。 だからこいつもあんたのことをこんなに慕っている訳かい」

こいつと称されたハロは、不思議そうに目を点滅させている。 私はそんな彼らの姿を見て、顔がまったく瓜二つな人の前で肯定するのは変な感じだと思うよりも先に、もうこの人と関わりたくはないと思う気持ちの方をずっと強く感じていた。 いや。 事実問題、この組織に参加している限りそれは叶わぬことだろうというのは理解している。 ならばせめて、ミッション以外の必要最小限のコミュニケーションで済ませたい。 早くこの場から離れたいと願った。 4年前にニールと鬼ごっこのようなことをしていたときの心境とは、まるで正反対な気分だった。

「だったら、俺を見たとき驚いただろう。 やっぱりあんたも、初めて会ったときは俺のことを兄さんと思っ」
「──初めての実践、」

半ば無理矢理台詞の途中で介入する。 彼に対して悪いことをしたと言う罪悪感は全く感じなかった。 ただ、そんな言葉を聞きたくないという思いだけでいっぱいだったから。 …一体何がしたいんだ、この人は。 本当に、あのニールの弟なの。 とにかく早く会話を終了させて部屋に戻ることだけを考えて、続きの言葉を紡ぐ。

「…お疲れ様。好成績だったみたいだね。 皆も、とても素人とは思えないって、あなたのこと褒めてたよ」
「あ?…ああ、あんなのまぐれまぐれ!まだまだあんたらには敵わねえよ」
途中で言葉を遮ったというのに、この人はまるでこの私の行動を予測していたかのように冷静で、特に気に留めてはいないらしい。 そして確かに手に入れた自分の高評価さえも、自惚れずに謙遜して返している。 けれどそんな控えめな態度、今はどうでも良いんだ。

「…初ミッションだったし、もう疲れたでしょ。 今日は早く部屋へ戻って休んだ方が良いよ、それじゃ」

早口に別れを告げてから、背を向けてそそくさと自室へと足を進める。 すぐに後ろから「…冷たいねえ、どうも」と一言返って来たのは聞こえたが、まるで溜息のような独り言のように呟いたから私は気にすることもなく、振り向かなかった。 そんなに俺が嫌いかい? そう心を見透かされるような台詞を吐かれるまでは。 思わずぎくりと体は止まり、ゆっくりと振り返る。 そこにいた人物は、先程までおちゃらけるような態度で会話していた青年と思えぬ程冷たい雰囲気が漂っていた。 「俺が兄さんに似てるからか?」 次々に飛び出してくる心を見透かされた発言に、私はただただ閉口するしか手段は残されていなかった。

「ここの連中は皆そうだ。 俺と兄さんとの姿を重ねて、常に戸惑った目をしてる。 確かに俺らは兄弟だ、だから容姿が似ていることに否定はしない。 だがな、俺は兄さんじゃないんだ。 同じコードネームを名乗っていても、ガンダムに乗っていても、別人なんだ。 …あんたもいい加減割り切ったらどうなんだ」

──ああ、この人、は。やっぱり──

「…分かってるよ。 確かに最初は動揺したけど、今はちゃんと理解してるし納得もしてる」
「いいや、分かってない。 その証拠に、ずっと俺の目を見ようとしていないだろう。 他のクルーとのやりとりを見ている限り、対人恐怖症って訳でもなさそうだ。 ついでに一度も俺の名を呼ぼうとしない。 それは、『ロックオン』と呼んだら、俺じゃなくて兄さんのことを思い出してしまうからじゃないのか。 俺と兄さんを重ねてる、そうだろう」
「…違う」
「何が違う」
「私、今まで一度だってあなたとニールを重ねて見たことなんかない!」

私がこんなにもはっきりと意思を伝えたのは、この人へに限らず、一体どれくらいぶりなんだろう。 今まで弱々しかった声も、屈辱だと言わんばかりに張り上げられたものが出て来る。 自分でも驚いたが、勝手に口が動いたのだ。 そしてまだ続くのだ。 しばらくは止まりそうにない。

「ただ、ニールとそっくりなあなたを見ていると、ニールもどこかで生きているんじゃないかって。 そう期待している自分がいるだけなの。 どんなに姿形が似てたって、どんなに声が似てたって、例えあなたからニールと同じ台詞を言われることがあったって、やっぱりあなたとニールは違う。 あなたは生きてる。 でもニールは死んて、もう逢えない。 それは紛れもない事実だっていうのはちゃんと分かってるつもり。 いっそあなたの言う通り、ニールとあなたを重ねてすきになれたらどんなに楽だっ、」

瞬間、何が起こったのか理解出来なかった。 そして気付いたことと言えば、それまで動いていた口が彼のそれによって封をさせられたということ。 徐々にこの現状を把握し始めた頃には、煙草の味が口に広がり始めていた。 この人はスモーカーなのか。 頭はやけに冷静であると同時に、この人とニールは違う人なのだとしつこいくらいに警報が鳴り響いている。 確かに鼻をくすぐる匂いは違う。 しかしニールも今のこの人みたいに、私のことを子供をあやすように優しく頭を撫でて、そっと抱き締めてくれた。 どこか懐かしさを感じている隙をついて、彼は何度も唇を重ねてくる。 阻止しようと思えばそれが出来るはずなのに、何故私は抵抗をしようとしない。 一体どれくらい時間が経ったのかさえ分からないが、ようやく互いの唇に距離が出来たときが訪れた。

そのときになって、ようやく「何、するの」と掻き消されそうなまでに震えた声で問うことが私に出来る精一杯。 しかし目の前の彼はきょとんとしていて、別に深い意味は無いと言いたげな様子で答えるのだった。

「だってお前、して欲しそうな顔してたから」
「…っ、そんな訳ないでしょう!ふざけないで!」

なんて意地悪な人なんだ。 だけど声は冷静で落ち着いている。 一方の私は、きっと顔を真っ赤にさせて怒っている。 この私の反応はきっと正しいものなのだろうけれど、もしも今この場に出くわした人がいたならば、私が一方的に腹を立てているようにしか見えないに違いない。 彼の突然の行動よりも、何故拒まなかったのだと自分自身に腹が立った。 しかし前者に対してプラスの意識をどうして持つことが出来ようか。 それまで大人しくしていたのが嘘のように彼の胸板を押し返す。 こうしてやっと己の背中にまわっていた腕の呪縛を解いて距離をとることが出来たのだ。 そして力を絞り、言い放つ。

「やっぱりあなた、嫌い!」

本当は泣いてしまいたかったけれど、この人の前ではそうしたくない。 必死になって唇を噛み締める。 そして今度こそこの場を立ち去ることが出来たのは、彼が私を引き止めようとはしなかったからだ。 だから決して振り返らず、一目散に自室へ逃げ込んだ。 ドアが閉まると同時に力が抜けて床に座り込んでしまったのは、きっと久しぶりのモビルスーツ実践で疲れたから。 そうだ、そうに違いない。 なのに、何故じわじわと4年ぶりに涙の波が押し寄せる。 「うう…、…っ」 涙が出るのは、すきでもない人から唐突にキスをされたから? …それとも。

彼を拒むことが出来なかったことが、愛しいあの人に対する裏切りのように思えたから?



絶望と共に訪れた破壊

(だってほら。こんなにも心が痛くなるくらい、愛しい人がもうこの世にいないことを自覚させられて、苦しい)




0801024 (ライルはニールと違ってタラシだと思う!と言う訳で、4話の予告のキス?を見てフライング執筆)