今は昨日まであった定期試験の代休で、テスト休みと言うものがあります。 まあ要するに春休みです。 なので私の様な留学生は、各自実家に帰ったり、はたまたどこにも行かずにのんびりしたり…と、実に様々な過ごし方をします。 現に友達のルイスはスペインに戻ると言っていました。 そして私はと言うと、彼女の様に母国へ戻ることにしたのです。 あっちに帰るのは夏休み以来。 日本もすきだけど、やっぱり生まれ育った国に帰ると言うのはなんとなく、嬉しい。

「ばれんたいんでえ きいっす!ばれんたいんでえ きいっす!」

さて、鼻歌を歌い始めたのはいつ頃からだろうか。 気がつけば私は、上機嫌にガラガラとキャリーバックを引きずっていた。 ちなみにアメリカに到着したのはつい数分前のこと。 空港までお兄ちゃんが迎えに来るって言っていたけれど、果たして無事合流することは出来るだろうか。 そもそも仕事は良いのかなあ、無いのかなあ。 そんな事気にするなって言ってくれてたけど…ま、いっか。 待ち合わせは1階到着ロビーを出た真ん前にある時計塔の下っと…。 「ばれんたいんでえ きいっす!」 あ、まだ来てないや。

「リボンを掛けーてえー」
「何にリボンを掛けるだと!?そんな破廉恥(はれんち)な歌を歌うなど、私が許さん!」
「ぎゃひ!お、お兄ちゃん!?」

びっくりしたびっくりしたびっくりしたあ…! なぜ突然現れてくるかこの兄は! 確かにさっきまでいなかったのに! 大体どこが破廉恥なの。 「それはお前は分からなくて良い。 それより、そんな歌、誰に教えてもらったんだ…! ま、まさか例の『刹那』とか言う奴か!?」 …私からしてみれば、何故そこで刹那君が出てくるのか全く理解出来ないんだけども…。

「じゃなくて、歌番組でスペシャルをやってて、300年前とかの歌が出てきたんだよ。 それで…」
「……そうか…しかし、そんな歌を歌うのは感心しないぞ。 これからはやめるんだ」
「う、うん…」

あー、「せ・え・らーふーくをー脱ーがさーなーいでー」とか歌ってなくて本っ当に良かったあ…! そんなのを歌ったら最後、強制的にアメリカに帰させられて外出禁止になりそうだ。 もともと留学には乗り気じゃなかったしなあ…。 それにしてもどこまで真面目なんだろう、この兄は。 や、でも仕事中に電話掛けてくるくらいだから不真面目なのだろうか。 うーん、よく分からない。 「よし。じゃあ、行くぞ」 ま、当然だけど、そんな私の心の声に気付くはずも無いよなあ。 キャリーバックを私の代わりに運んでくれる兄の青い背中を見ながらぽつりと思った。 ん?あ、おい…?

「ていうかお兄ちゃん!なんで軍服のまま来たの!? 目立って仕方ないじゃん!」

どうりで周りの人達からの視線が刺さる訳だ! そりゃそうだよ! いくら今ソレスタルなんたらで世界が大変だー!って状況でも、普通空港にユニオンの軍人が来ることは滅多に無い。 普通の人はびっくりして見るに決まってる。 そもそも何を思って軍服着て空港に来たんだろうか。 別に私服が無いわけじゃないんでしょ!?

「着替える時間がなかっただけだ。 それにすぐ車に乗るし、別に構わんだろう」

……じゃあ聞きますが、あなたはパジャマのままデパートに行きますか。 「ちょっと牛乳が切れたから買いに来たんだ。 なあに、ものの数分で済むではないか」ってことで、普通にそのまま店内に入りますか。 …や、ちょっと飛躍し過ぎかもしれないけど、私にとってはそれだけの出来事だったってわけだ。 しかし一向にそんな私の心情に気付かない兄は、「それとも何か問題でも?」とでも言いたげな涼しい顔をしている。 ………。 「……や、別に、良いです、けど…」 駄目だ、もうこの兄に何を言っても通じない。 それにもう、来てしまったものは仕方ない。 深い溜息をつく私を、兄は不思議そうに見ていた。


***


「おやちゃん。帰ってたんだね」

こうやって実際会って話すのは夏休みの帰省以来かなと笑ったカタギリさんは、コーヒーの入ったマグカップ2つをテーブルに置いた。 あ、どうぞお構いなく…! それにしても、良いんだろうか。 無駄にきょろきょろと周りを見回しまい、どうも落ち着けない。 だってここはユニオンの敷地内にあるカタギリさんの研究施設なのでしょう? 要するに軍事基地なのでしょう!? そんなところに一般人の、しかも学生が簡単に入って良いものか。 勿論答えは決まっている。 「ノー」だ。

……お兄ちゃん大丈夫だろうか、頭。 最近本気で心配になってきた。 まあ、私が車中で「カタギリさんに会えるかなあ」と言ったからここに連れて来たのかも知れないけれど。 ああ、偉い人に見つかって怒られませんように! 神様が、隣で平然とコーヒーを啜っている兄の思考回路を正常に戻してくれますように! 「で、ちゃん。グラハムから、僕に用があると聞いたんだけれど」 え?あ、ああ。そうだった! 当人に指摘されて当初の目的を思い出した私は、慌ててキャリーバックと別にしていた小さな鞄から可愛くラッピングされた袋を取り出し、カタギリさんに差し出した。

「いつも本当にお世話になってるので、これは日頃の感謝の気持ちです。 全然大した物じゃないですけど、良かったら! 2週間遅れのハッピーバレンタイン!」
「なっ、!?何を白昼堂々告白などしているんだ!? そもそも私は交際など絶対に認めんぞ!」
「……もう突っ込み気すら失せたよお兄ちゃん…」

そう呆れたような目をしてやると、案の定兄は「なんと!しかしだな…」と何やら言い始め、言っちゃ悪いがとても面倒なことになってしまった。 (ていうか勘違いだということに気付いて欲しい) ほらカタギリさんも、そんな笑ってないでこの兄に何とか言ってやって下さいよ、いつもこの調子なんですよ。 そう頼んでみると、彼は「まあ良いじゃないか。ああ言うのは、暖かく見守ってやるのが1番だよ」と言った。 要するに、放置するのが1番だと言うことですね分かります。

「でもありがとうちゃん。そうか、日本のバレンタインは女の子があげるんだったかな?」
「あ、はい。でも最近は友チョコが主流ですけどね」
「友チョコ?友達をチョコでコーティングでもするのかい? 日本では随分と残酷な風習があるんだねえ…」
「ち、違いますよ!?カタギリさんまでそんなボケ…!」
「ははは、やだなあ、冗談だよ」

まったくもうカタギリさんてば!人で遊ばないで下さい! 「ああごめんごめん。…ん?グラハム。どうしたんだい?」 ん?お兄ちゃん? そういえば今まであーだこーだと五月蝿かったのに急に静かになったなあと思いつつ、ふと隣に腰掛けていた人物の様子を伺ってみると、兄はカタギリさんに渡したクッキーを見ながらじっと考え込んでいる。 え、何。 ああ、ちゃんとお兄ちゃんの分もあるよ? 疎外感感じなくて良いよ? 「…そうじゃない」 え?じゃあ何。

「…、念の為に聞いておくが、あの刹那とか言う奴にはやってないだろうな…?」

うわーまたなにいってんのこのひとー。

そういえば空港でも刹那君のことを聞いて来てたなと思い出す。 どうやらこの間の電話ですっかり名前を覚えてしまったらしく、その日以来執拗に話題に出しては問い詰められるようになっていた。 何故なんだろうと首を傾げる日々を過ごしていたが、その理由がようやく分かった。 私と刹那君とのことを勘違いしているってことね。 何にもないって言うのに。

「また出たねグラハム。事ある毎に刹那、刹那。 一体誰だい?それは」
「あろうことか、をたぶらかしているとんでもない輩だ」
「いやいや、私たぶらかされてないから」

ていうか、付き合ってすらないし…て、あれ?ちょっと待って。 今の会話を察するに、もしかしてカタギリさんにも刹那君のことを言ってたの、だろうか。 な、何1人で勘違いして突っ走ってんのー! しかし私の「たぶらかされてない」発言を違う意味で取ったらしい兄は、そんなことひとつも聞いちゃいなかった。

「なんと!恋は盲目と言うが、本当に自覚が無いとは…。 、目を覚ませ!お前はそいつに遊ばれているだけだ!」
「(……………………いえ、むしろ、)」



目を覚ますべきはあなたです

「だから刹那君とは家が隣同士なだけだってば!」 「今時年頃のおなごが隣にいて何とも思わない男などいるものか!」 「だああ何考えてんの馬鹿じゃないのー!」



090403(2ndシーズンのようなハムより、馬鹿みたいに1人で突っ走るハムのがすきなんだ)