並盛中風紀委員長の雲雀恭弥さんのことは知っていても、彼の誕生日を知る人物は果たしてどれくらいいるのだろうか。 同じ委員に所属している人間でも数えるくらいしかいないかもしれない。 けれど私は知っている。 私は雲雀さんの誕生日を知る数少ない人物の中の1人なのだと実感して、なんとなく嬉しくなる。 緩む口を押さえきれずつい笑みが零れてしまう度、私は雲雀さんのことがやっぱりだいすきなんだと認識するのだ。

そして今日はその雲雀さんのお誕生日、5月5日です。 当然ながらゴールデンウィークと言う名の連休なので、学校に生徒どころか風紀委員の姿すら見当たらない。 まあ確かに、休みの日にわざわざ学校に来る物好きはそうそういない。 …雲雀さんて、本当に並中がだいすきなんだなあ。 風紀の仕事が山積みとか言ってたけど、絶対口実だと思う。 なんか可愛いなあなんて、本人には口が裂けても絶対に言えないことを思っては、また緩む口元を押さえる。

おっといけないいけない! 今日は雲雀さんのお手伝いにやってきたのだから、にやにやしてないでちゃんと仕事をしなくては。 いくら本人はこの応接室にいないからと言って、気を抜いていたら駄目だ私! 両手で頬をぱんぱんと叩いて気合い入れをし、よしやるぞと山積みになった書類達と再び睨めっこしようとした、ときだった。

「うわああああん!リボーンちねええ!」

突然外から聞こえてきた子供の、しかも泣き叫ぶ声が響き渡る。 当然ながら驚いたのは言うまでもない。 校内に私達以外に人がいたなんて。 (今日は全部活練習お休みだって雲雀さんが言ってたのに) 近所の子供が遊んでいるのだろうか。 (そもそも「ちね」って一体何のことなんだろう?) それもしても、ここに雲雀さんがいなくて心底良かったと思う。 あの人子供嫌いだからなあ。 なんでも「無駄に騒がしく群れようとする弱い草食動物の筆頭」なんだそうだ。 雲雀さんに見つかったなら、また不機嫌になるに違いない。 …うん、ちょっとその子に注意でもしてくるかな。 そう思いソファーから腰を上げ、窓を開けた──瞬間、ミサイルらしきものが物凄い勢いで自分に向かってきたのには度肝を抜かれた。

「(は!?)」

極めて平和な日本国内で、窓を開けた瞬間自分にミサイルに当たるなど誰が予想しただろうか! ひ、雲雀、さん! 自身の死を予感して、思わず反射的にぎゅっと目を瞑る。 …が、いつまで経っても訪れるであろう痛みも衝撃も感じられない。 もしかして痛みも感じぬまま天国へ行ってしまったって感じ、ですか。

「(……う…。………?)」

目を開けたら一面にお花畑が広がっているのだろうか、なんてどきどきしながら、そっと目を開けてみる。 ぼんやりとした視界から、ようやく認識出来たのは高い天井だった。 もしかして私、びっくりして倒れちゃったのかなあ。 早く起きなきゃ。雲雀さんに迷惑かけちゃう…。 働かない頭の隅でぼうっと考えるも、あまりの心地の良さからなかなか布団から抜けられない。 だってほこほこして、ふわふわして、あったかいんだもん…。 ……………て、布団て何!流石に応接室にそんなものあるわけないじゃん!

がばあ!と起き上がると、そこは見慣れた応接室でも、はたまた保健室でも自分の部屋でもない、見知らぬ洋室だった。 どうやら自分は、明らかに高級であろうベッドで寝ていたらしい。 (しかも上履き履いたまんまで…!) 広々とした空間に、思わず言葉を失ってしまう。 何度でも言うが、この部屋を私は知らない。 ……ここ、どこ。 一瞬にして、さーっと血の気が引いていくのが分かった。 だって目が覚めたら見知らぬ場所にいるなんて、有り得ない! 夢でも見ているのだろうか。

がちゃん。 静かな空間に突然響いた小さな物音。 状況が状況なだけに、ドアが開いた音にもびくりと肩を震わせてしまった。 …え、誰か、来た!? 幸か不幸かドアとベッドには距離があり、なおかつ部屋がLの字構造になっているため、人物の確認は出来ない。 よって相手も私がここにいることにまだ気付いては無いだろう。 そしてノックも何もせずに入ってきたところから察するに、どうやら今しがた入ってきた人物がこの部屋の主であることはほぼ間違いない。 もしも自分の部屋にある日突然見知らぬ人物がいたら、どう思うだろう。 答えは簡単。「不審者」だ。 …か、隠れなくては! 本能がそう告げた。 あわあわとどこか隠れられそうな場所を探すが、慌てているのでなかなか良い所が見当たらない。 あああああどうしようどうしよう! ──雲雀さん!

「(………ええい!)」

ドグドグと無駄に騒がしい心臓の音。 ああああ緊張する!鬼ごっこなんて比じゃ無いくらい緊張する! とりあえずベッドの下に潜り込んだは良いものの、これじゃ見つかったら最後逃げられない。 そもそも、逃げずに「目が覚めたらここにいたんです。怪しい者じゃ無いんです」と言ったら良かったのだろうか。 コツコツと小さな音を立て、その人物はゆっくりと、しかし一直線にベッドの方へ向かって来た。 (な、なん、で…!) 足元しか見えないが、高そうな革靴が、まるで「こんにちは」と言っているかのようにピカピカと光っていた。

「………それで隠れているつもりかい?」

…生きた心地がしなかった。 どうやらこの人物は私が隠れていることを最初から気付いていたらしい。 心臓は飛び跳ねる一方だった。 それにしてもこの声、どこかで聞いたことがあるような、ないような…? どこでだっけ。 雲雀さんなら分かるかなあ。 ……………て、そうだ!雲雀さんだ! この声、雲雀さんによく似てるんだ!

「…出てきなよ」

──もうだめだ。どうがんばってもごまかせない。 遂に覚悟を決めてのそのそとベッドの下から姿を現すも、私は決して立とうとはしなかった。 いや、出来なかったと言った方が正しいのかもしれない。 ぺたりと座り込んだまま首を下げ、じっとじゅうたんの模様と睨めっこしていた。 …ああ、なんて弁解すれば良いんだろう。 やっぱり警察沙汰になってしまうんだろうか。 不安だけが頭を駆け巡って、雲雀さんの声がどうとかそんなことはすっかり飛んでしまっていた。 ついさっきここに来たばかりだというのに、まるで小1時間はずっとそこにいたような窮屈な感覚に囚われていた。 こ、こわい。こわいよ。ひばり、さん。 じわりと目頭が熱くなっては、無性に雲雀さんに会いたくなった。 「…君は…」 頭上から降ってきた驚いたような声に、私はようやく顔を上げる。 すると、どうだろう。 その人物は私のよく知る彼とそっくりではないか。

「ひ、ばり…さん?」

似てるなんてレベルじゃない。 多分雲雀さんが大人になったらこうなるんだろうなあと思うくらいのそっくりさんだった。 もしかしてお兄さん、だろうか。 あれ、雲雀さんに兄弟なんていただろうか。 いや、家族構成なんて聞いたことないから分かんないけれど。 ぼうっと雲雀さんによく似たお兄さんを見ていると、目の前の彼は「何寝ぼけたこと言ってるの」と言って、呆れたような顔をした。 え、あ。ええと…? とりあえずこのお兄さんも雲雀さんと言うらしいが、彼は雲雀さんじゃない。 あれ日本語おかしいな! ええと、要するに目の前のお兄さんは雲雀さんというらしいけれど、私の知っている並中風紀委員長の雲雀さんじゃないということで…。 ん?自分で言ってて訳が分からなくなってきた。 つ、つまり!このお兄さんは学ランを羽織った雲雀さんではなく、高級そうな黒のスーツを身にまとった「大人な雲雀さん」だったと言う訳だ。 や、やっぱり兄弟かよく似た親戚、なのかな。

…………あれ、私さっきまで応接室にいなかったっけ? そ、そうだよ。これって、不法侵入というやつになるのでは! やっと頭が正常に稼動しようとした瞬間には、サア!っと全身の血の気が引いていったのが分かった。 そういえばお兄さんも、こちらをまじまじと見てる。ま、まずい!

「ねえ君、もしかし」
「あ、あの雲雀さんのお兄さん!ご、誤解です!私は決して怪しい者では! べ、別に不法侵入とかそういうんじゃないんです! 自分でもよく分からないんですが、私はさっきまで並中で風紀委員のお仕事を手伝っていてですね…! 気がついたらこのベッドの中に!」
「ああやっぱりそうだったのか。どうりで幼いと思ったよ。制服まで着てるしね」

あ、れ? なんだかあっさり納得されてますが…え、信じてもらえたんだろうか。 絶対弁解しても怪しまれると思ったのに…流石雲雀さんのお兄さんだ、心が広い! そんなお兄さんは「成る程」とどこか納得したような顔をした後、「とりあえずそこにでも座んなよ」とベッドの上に腰掛けさせてくれた。 (うわ、やっぱりふっかふかしてる!) そしてそれとほぼ同じくらいに、お兄さんはちょうどベッドの前にあった、これまた高級そうな椅子に腰掛けたのだった。

「…で、ここにはどれくらい前に来た?」
「え、あ。ええと…ついさっき、です。お兄さんが部屋に来て同じくらい…」
「ふうん。…で、その『お兄さん』ていうのは何なの」
「え。だって、雲雀さんのお兄さんなんですよね?」
「………………………」
「……もしかして、ご親戚の方でしたか」
「いや良い。もうそれで良い。説明するのも面倒だ。 どうやら君は、どうして自分がここにいることになったのか分かってないみたいだからね」

な、なんと。 もしかしてお兄さんは、ことの発端から経緯までしっかり分かっているようです。 流石雲雀さんのご親戚。 ……それとも、私が鈍いだけなのだろうか。 それにしても、ここは一体…。 改めて辺りを見回すと、白い家具で統一されてとてもおしゃれで可愛らしい雰囲気だった。 良いなあ、こういうお部屋に住みたいなあなんてまたずれたことを考えていたら、心中を察したのかお兄さんは「…君は変わらないんだな」と呟いた。

「え、はい?ええと、私、お兄さんとお会いしたことありましたっけ」
「…さあね」

そんな意地悪な返答、答えになってないじゃないですか。 そう言ってやりたいのに、なんとなく言えない。 「私が知っている雲雀さん」と雰囲気があまりにそっくり過ぎて、どきどきしてしまう。 うう、この人は雲雀さんであって雲雀さんじゃないんだぞ!なんて言い聞かせても、高鳴る鼓動を止めることは出来ない。 いくら雲雀さんにそっくりだからって、何を勘違いしているんだ自分! 邪険を振り払うかのようにぶんぶんと頭を振っていると、「何してるの」と、実に呆れたような声が聞こえてきた。 い、いえ何でもないです。

「そ、そうだお兄さん、ちょっとご質問よろしいですか! 時間は取らせないので!」
「そもそも君がここにいられる時間は、もうほとんどないんだけどね」
「え?」
「…いや。で?」
「あ、はい。あのですね。雲雀さんは誕生日に何をしたら喜ぶと思いますか。 …あ!雲雀さんていうのはお兄さんのことじゃなくて、並中生の雲雀恭弥さんのことです」
「……………………………」

あれ、お兄さん黙っちゃった。 やっぱり、んなもん知るかよそんなの自分で考えろよこのガキとか思っているんだろうか。 それとも直接本人に聞け、とか…。 「ああ、それで呼ばれたのか僕は…でも呼んだ張本人が寝てるってどういうこと」 え? 「いや何でもない。で、君の質問のことだけど、それは自分で考えることなんじゃないの」 うう、仰る通りですよ、そうですけども。 私なりに考えたんですけど、どうも納得出来ることが思いつかなくて。 そしたら「風紀の仕事を手伝ってくれれば良い」って言われて。 だからいつも通りに接して、本当に手伝うだけでと思っていたんですけど、でもそれで本当に良いのかなと思い始めちゃって。 しょせん自己満足だって分かってるつもりなんですけど。 でも私、──

必死になって状況を説明していた途中で、お兄さんはふわりと風のように頭を撫でた。 あまりに突然のことすぎて、びっくりして、全く動けない。 一瞬にして全ての力が抜けてしまったような気がする。 そもそも、目の前に来てたことすら気付けなかった。

「……あ、えっと、おにいさ…?」

どう反応して良いのか分からなくて、とりあえず目の前の彼を見ていることくらいしか出来ない。 どきどきする。 しかし頭を触れていた手を下ろしたおにいさんは、私とは正反対に何食わぬ顔をしているものだから泣きたくなった。 「君が思っている以上に、救われてるものだよ」 先に口を開いたのはお兄さんのほうだった。 しかし突然何の前触れない話題に、首を傾げずにはいられない。 するとそれを察したのかお兄さんは、「意味は分からないままで良い」と静かに言った。 は、はあ。 生半可な返事をすると、お兄さんは腕時計を見ては、「そろそろ時間かな」と呟く。 やっぱり訳が分からなかった。 「じゃあね、

「…え、あれ?なんで私の名前──」

知ってるんですか。 そう最後まで紡ぐまえに、ぐわんと視界が揺れた。 周りは真っ白な煙で覆われ、ついにおにいさんの姿も見えなくなる。 (あれ?あれ?) お兄さん、やっぱり私のこと、知ってたんですか? 名乗ってなかったのに、なんで名前知ってるんですか? さっき言ってくれた言葉の意味、なんだったんですか? 救われてるって誰が?どういうこと? …聞きたいことは山ほどあったのに、ひとつも言えなかった。

─────

私、今度こそ死んでしまうんだろうか。 今のは、黄泉の国を渡る中間地点的なところだったとか。 中学生で死ぬのは可哀想だからって、きっと神様が雲雀さんに似た人を会わせて、魂を成仏させようとしたんですね。 出来る事なら本人に会いたかったけど、それでもお兄さんに会えて、私、しあわせでした。

─────

あれ。これ、お兄さんの声? なんだあ、苗字も知ってたんですね。 やっぱり雲雀さんのご親戚とだけあって、情報収集能力が群を抜いているなあ。 そういえばお兄さんの名前聞き忘れてた。 あっちだけ私の名前知ってるなんて不公平だったよなあ。 また会えるかなあ。 …あれ?そういえば、どうしてお兄さんの声が聞こえているんだろう? もしかして、お兄さんはすでに亡くなった人だったとか? ということはあれが天国? むしろここが天国?

なんだかあたまがぼーっとする。 これってげんじつだっけ、ゆめだっけ。 わけがわからなくなってきた。 でもなんか、やさしいかんじがする。 なんでだろう。 …あれ?ひばりさん?かなあ。 ぼんやりしててよくわからないけど。 なんかこっちくるなあ。 うわあ、かお、ちかいなあ。 …ん?なんかやわらいかいものがくちにあたっ、





「──やっと起きたね」

この瞬間、驚きのあまり心臓は大きく高鳴り、完全に目を覚ましたのは言うまでも無い。 「え、あ、あああの、ひ、ひひ雲雀、さん!」 今回ばかりは、無駄にきょどってしまうことを是非見逃して欲しい。 目が覚めたら目の前に雲雀さんの顔(不機嫌そうだったけど)がありましたとか、心臓に悪くて仕方ないです! (いや、決していやとかそういう意味じゃないんだけど!)

「…て、あ、あれ?ここ…」

あの部屋じゃない。 目の前に広がるのは、いつもの見慣れた応接室。 そして今腰掛けている黒いソファーは、いつもの私の定位置。 何をやっているんだと言わんばかりの顔をしている雲雀さんは「お兄さん」じゃなくて、私がよく知っている風紀委員長の「雲雀さん」だった。 …てことはもしかして、今までのは全部…夢? どっから?どこまで? …………………………。

「まったく、人がちょっと席を外したらこれだ。 君は人生のほとんどを、寝て過ごしてるんじゃないの?」

返す言葉もございません。 頑張ってたつもりなんですが、いつの間にか…す、すみません。 「まだ仕事終わってないんだから、さっさと片付けてよ」 そう言って雲雀さんもさっさといつもの椅子に腰掛け、大きな机に詰まれた書類と睨めっこを始めた。 よし、私もさてタイムロスした分を取り戻さねば。 そうして視線を目の前の書類に向けて、初めて気がついたオレンジジュースの存在。 …こんなの、あったっけ? そっとそれを手に取ってみると冷たくて、ついさっき買ったものなんだということが分かった。 唯一それが可能だった人物に目をやると、彼の机の上にもブラックコーヒーが乗っていた。 …これはやっぱり…。

「あのう、雲雀さん」
「口動かす暇があったら手動かしなよ」
「(く、くち!)あ、は、はい!」

過剰に反応してしまった私を、雲雀さんは怪訝そうな顔をしたが、特に気にも留めずに自分の仕事を再開させた。 だけど私は雲雀さんのように冷静な態度は取れなくて、なかなか静まりを取り返してくれない心臓に手を焼いていた。 多分今の私、耳も赤くなってる。 とりあえず気を紛らわす意味も込めて手を動かそうとするも、ふと思い出したあの「夢」。 そっと己の唇に触れてみる。 あなたにキスされる夢を見ました、なんて、きっと恥ずかしくて一生言えない。 ジュースの缶を頬に当てて、己の熱を冷ます。 雲雀さんの優しさを噛み締めながら、今しがたの夢を思い返した。



眠り姫に捧ぐ。

「(でも例え夢でも、う、嬉しい…)」「(…全然気付いてない…寝ぼけてた訳?別に良いけど)」


090809 よく見かけそうな10年バズーカネタ(ていうか、我が家のひばり君は奢るのすきなんだろうか←)