言って良いですか?雲雀さん。実はさっきから、

「気持ち悪いです」
「ワオ。君良い度胸してるね。さあ歯食いしばりなよ舌噛むよ」

そう言ってキラリと光ったトンファーの姿は、さあ早く血を見せておくれと言っている様だった。 そして今の雲雀さん表情はまさに咬み殺す5秒前の顔。 …て、違いますよ違います、それは誤解ですよ雲雀さん。 「気持ち悪い」って言ったのは、当然の事ながら雲雀さんのことを指している訳じゃないんですってば。 私としては一刻も早く解きたいこの誤解。 しかし訳あって、今の私は体力が無い。 肩で息をしながらも必死になって、虫の鳴く様な小さな声で「そうじゃなくてです、ね」と紡いだ。

「ご存知の通り、私は家から全力疾走してきたばかりなんですよ」
「そりゃそうしろって僕が言ったからね。でも5分遅刻したよね君。自転車使うなりしたら間に合っただろうに」
「(そ、そうか!その手があったのか!)それはとりあえず今は置いといて…。だ、からですね、心なしか年越し蕎麦が胃の中でダンスを始めて…」
「ふーん、新年早々ご愁傷様だね。あ、吐くならそこの隅の所でにしてよね。 間違っても僕の方に向かないように」

ひ、ひどい! 誰のせいでこんな目に遭っているとお思いかー! でも口ではそう言いつつ、決してどっか行ったりしないで隣にいてくれるさり気ない優しさは去年に引き続き今年もだいすきです。 つまり結局の所、私は雲雀さん相手ならどんなことも許してしまうらしい。

今私達がいるのは、待ち合わせ場所だった鳥居前から少し離れた所にある、隠れた休憩スポット。 そこには椅子も飲料の自動販売機もあるのだけれど、周りは林で囲まれていて、おまけに街灯が無い為に暗くひっそりとした所にあるからか、夜になると滅多に人は訪れず、現に今、他の参拝者の姿は見当たらない。 …あ、そういえば。

「雲雀さん。物凄く今更ですけど、くーちゃんさんはどこ行ったんですか? 姿が見当たりませんけど」
………は?

急にキンッと眼光が鋭くなっておっかない顔した雲雀さん。 まあーた新年早々そんな顔してー。 ここ一応神社ですよ? 神様が集う場所ですよ? そんな怖い顔してちゃあ、今年の良いこと全部去って行きそうですよ雲雀さん。 ああ、でも雲雀さんは神なんて存在信じていないんだろうな。 だったら良いのか。 でも私は結構信じるタイプだから、きっと彼は私のことを心底愚か者だと思っているに違いない。

「…草壁なら見回りに行かせたよ。それが何?
「いえ、ちょっと気になっただけですので特にどうとかは無いんですが」
「そう」

はーへー。 なんか更におっかない顔だったなあ。 特に「それが何」辺りが。 「………十代目!何をお飲みになりますか!」 …ん? なんだろう、どこかで聞いたことがあるような声は。 しかも近いぞ、誰だろう。 そうしてふとその声をする方に顔をやってみれば、20メートル程先にある自動販売機の前で、声からしておそらく男子であろう人物3名の姿を発見。 販売機の明かりで誰なのかは判別出来たが、瞬間全身の血の気が引いた気がした。 や、やばい…! 雲雀さんと一緒にいる所を見られたら、きっと「うーわまじかよと雲雀って出来てるのかよー」的な事をあっちやこっちやに言い回って、しまいにはそれに尾ひれが付いて話が一人歩きするんだわ! ああ恐ろしい!

「…ねえ、何やってるの」

慌てて林に入ったかと思ったら、いきなり木の後ろに身を隠し始めたからだろうか。 雲雀さんは、まるで私を不審者を見るような視線を送る。 しかし「何やってるの」って、見て分かるでしょう! 隠れてるんですよ!木に!木になりきっているんですよ! だ、だって…!

「クラスメイトの男子がそこに…!」
「クラスメイト?」

そうですクラスメイトの沢田君と山本君と獄寺君ですよ! しかし私は小声なのに、雲雀さんは普通の声の大きさで答えてくるものだから困ったものだ。 彼らに気付かれたらどうしよう。 それにしても最近沢田君達3人はいつも一緒にいるみたいだけど、新年早々初詣を一緒に来るなんて、よほど仲が良いみたいだ。 しかし獄寺君は山本君に対して火花を散らしているように見える。 (山本君はそんなことないみたいだけど) 「…ああ、あの無駄に群れる草食動物か」 えっ雲雀さん知ってるんですか? もしかしてお友達だったりするんですか。

「そんな訳無いだろ。君、喧嘩売ってるの? 軟弱で群れる草食動物と僕が友人だなんて、考えただけでも虫唾(むしず)が走るよ」

はあ。 でもまあそうでしたね。 雲雀さんは群れてる人が好きじゃないんでしたね。 しかし虫唾が走るて、そこまで嫌いなのか。 私、未だかつてそんな言葉使ったこと無いんですけど。 それはともかく、3人共いつまでそこにいるのかなあ…。 早くどっか行って欲しい…。 うーわ、なんか隠れようと急に動いたからか、更に気持ち悪くなって来た…。 うう、調子に乗って、蕎麦に海老天2つも乗っけるんじゃなかったなあ…。

「やあ君達」

あれ?これ雲雀さんの声だよね。 なんか声小さいな、まるで少し離れた所で聞いてるみたい。 それにしても君達って誰のこと? しかも複数形? ん? そういえばさっきまですぐ目の前にいた雲雀さんがいない…どこに…て、あれ? なんかあそこにいるの雲雀さんに良く似てるなあ…。 学ランに風紀の腕章してるし頭丸いしさー…。 ああ、沢田君達の前にいるや。 3人共びっくりしてるみたい。 そりゃそうだよなあ、急に雲雀さんそっくりな人が目の前に現れたら…。 …………………。 …てあれ普通に雲雀さんじゃん! え、なんで出て行っちゃうんですか!? 黙っていればどっか行ってくれたかもしれないというのに…!

でも雲雀さんからしてみれば、そんな私の諸事情なんてどうでも良いのかな、やはり。 自分のプライド優先?って感じ? まるで自分が逃げてるみたいだー、とか、そんな風に思ったんですか雲雀さん。 しかし今が夜でよかった。 彼らは私が木の影にいることに気付いていないらしい。

「てめえヒバリ、何しに来やがった!」

一気に殺気ビンビンに放った獄寺君は、まるでダイナマイトの様な物を素早く取り出した。 …ああ、なんだかひと騒動ありそうな予感。 雲雀さんと獄寺君て、明らかに相性悪そうだもんなあ。 そして一方の、明らかに挑発されているであろう雲雀さんは、獄寺君とは対照的な坦々とした様子で答えた。

「見て分からない?見回りだよ。 それにしても君達は新年早々群れるだなんて、よほど僕に咬み殺されたいらしいね」

うーん、でも雲雀さん。 新年早々1人でお参りに来るって言うのもちょっと変じゃないですか? 淋しいって言うか。 でもここは突っ込んじゃいけないところだろうから、心の内にそっと閉まっておく事にしますね。 そんな雲雀さんは、いつの間にか両手にトンファーを持っていて、これは沢田君辺りが驚きの声上げるだろうなあと思っていたら、予想通りの声が聞こえた。 「ヒ、ヒバリさん!決して僕らはそんなつもりじゃ…たまたま通り掛かっただけですから! すぐ行きますから!」 あれ、沢田君て一人称僕だったっけ?まあ良いや。 顔が青ざめているのはきっと私の勘違いでは無いだろう。 …新年早々、可哀想に。

でもそれを言うなら、私も新年早々何やってるんだろうなあ。 年越し蕎麦で酔ってしまうとは。 うーん、当分蕎麦も天ぷらも遠慮する事にしよう。 あ、でもエビフライなら別かもしれない…って食べ物のこと考えちゃ駄目だってば。 余計体調が悪くなる。 別に吐きはしないけどさ。 いつの間にか私はしゃがみこんでいて、右手で口元を隠していた。 俯くのは時間の問題で、もう雲雀さんの後ろ姿すら見えない。

「──……いい加減、出て来たら?」

その声に、気を振り絞ってのっそりと木の影から顔を出してみる。 そのときにはもう雲雀さんは相変わらず離れた所にいたけれど、違う点はいくつかあった。 まず手にはトンファーは握られていなかった事。 そして辺りには静けさだけが残っていた事だ。 ああ、獄寺君の「しかし十代目…!」とかなんとか、さっきの沢田君の発言に抵抗する様な声が聞こえたと思っていたら、そう言う事か。 もうどこかへ行ってしまったらしい。 それなのに相変わらず木の影から出てこようとしない私を見て、雲雀さんは呆れたような顔をした。 …ような気がする。 頼りの明かりはやっぱり自動販売機だけだから、そこまで詳しい表情を読み取ることは難しかった。

「…何。まだ気持ち悪いの、治らないの」
「はあ、胃がむっかむっかします」
「ふうん」
雲雀さんが気だるそうに聞き流した後、ガコン、と何かが落ちたような音がした。 どうやら自動販売機で何か買ったらしい。 喉渇いたのかな。 ずっと見回りしてたみたいだし。

それにしても、雲雀さんが「出て来い」って言っているのに、どうして体は動いてくれない。 鈍臭いって思われただろうか。 しかし私には何とも言えない不快感が体の中にあるのが分かっていたし、それが原因で何もしたくないんだと思う。

そうこうしているうちに雲雀さんは小さく溜息をついたと思ったら、ジャリ石の音が聞こえ始めた。 どうやら雲雀さんが歩いているらしい。 らしいと言うのは、やっぱり私はしゃがんで下を向いていたからで、その様子を見ていないからだった。 でも段々音が大きくなるから、雲雀さんがこっちに来ているのは、分かる。 …あ、音が止んだ。 多分雲雀さんが、目の前にいるんだ。

ほら声がさっきよりも大きい。 あ、そうだ。雲雀さんが私を呼んでる。 せめて顔、上げなきゃ。 そう行動へ移すより先に、ひやりと冷たい何かが左頬に触れる方が早かった。

「うぎゃあ!」

案の定色気の欠片も無い雄叫びを上げてしまったのは言うまでもなく私だ。 でもそんなの知らないよ、しょうがないじゃないか! 心臓はバクバクと、今までと比べ物にならないくらい早く動いている。 驚きのあまり尻餅を付いてしまった私を、今度は間違いなく呆れたような視線で見下ろすのは雲雀さん。 彼の右手には、ペットボトルのお茶が握られていた。 どうやら先ほどの冷たさはこれが原因らしい。

「君、驚きすぎ。五月蝿いよ」
「…す、すみません…」

いや、これは私が謝るべきなのだろうか。 元を辿れば原因は雲雀さんにあるのでは? 違う人に同じ事をやったら、高確率で私と同じ反応をすると思います。 …まあここまで驚く人はいないかもしれないけれど。

状況が段々飲み込めて来た私に、雲雀さんはぶっきらぼうにそれをぽいっと私に放って来た。 あ、今のでお茶、ちょっと泡立っちゃいましたよ雲雀さん。 それにしてもこれは、なんですか? 雲雀さんが飲みたいから買ったんじゃなかったんですか。 それともいらなくなったのかなあ。 今の私の雄叫びで、飲む気が失せちゃったのかなあ。 あ、それとも持ってるの面倒だから、お前が持ってろってことかな。 うんそれっぽいかも。 きっとこれから喉渇くことを想定して、買えるときに買っておこうと考えたんだな。 流石雲雀さん、計画性がありますね。

「…馬鹿じゃないの、君」

え、ばか、て。 一応試験の点数は平均点くらいは取ってますけども。 一応馬鹿の分類じゃないと思うんですけれども。 「それ、君にあげるって言ってるんだよ」 え、私に、ですか? え、と。 どうやら雲雀さんはやっぱり飲む気が失せちゃったらしい。 じゃあ待って下さい。 今お金を…ええと、150円でしたっけ。 あ、でもこう言う所って割高だった気がする。 うーむ…とりあえず500円玉渡しとけば間違いないよね。 と言う訳で、はい雲雀さん、代金です。 そう言う意味合いを含めて大きな硬貨を1枚差し出せば、雲雀さんは更に眉間の皺を深くさせた。

「ワオ。君はよっぽど僕を意地汚い人間だと思っているみたいだね」
「え、いや。そんなことは…」
「じゃあしまいなよ、その500円玉。 僕の善意を台無しにする気?」

…もしかして…。 いや、それはない、かなあ。 そうだったら物凄く嬉しいけど。 私が具合悪いからわざわざ買ってくれたのかなあ、とか、だから沢田君達を追い払ったのかなあとか、そんな事が頭をよぎるのは自意識過剰な証拠なのだろうか。 でもそんな事雲雀さんに聞いたら、それこそ「馬鹿じゃないの」って返されるのがオチだろうから決して口にはしないけれど。

それでもいつだったか、くーちゃんさんが言ってた。 「委員長はに対してだけは優しい」って。 そのときは、そんなまさか、あの天下の雲雀さんがと思ったけれど、もしかしたら本当かも、しれない。 …なんて思うのは、やっぱりうぬぼれなのでしょうか。 うわどうしよう、頬が緩む。

「…飲まないの」

いえ、頂き、ます。 小さくとしか言えなかったけれど、ちゃんと雲雀さんに聞こえたかなあ。 ペットボトルの蓋に手を掛ける。 するとあっけなく簡単に開いてしまった。 雲雀さんが開けてくれてたのかなあ。 やっぱり雲雀さんは優しい。 私に対してとかじゃなくて、雲雀さんは優しい。 なのにどうして皆怖がっているのだろうか。

喉を通るお茶はとても冷たい。 ペットボドルを握る手は、心なしか冷えてきた気がする。 そういえば今、冬だっけ。 元旦だっけ。 そういえば雲雀さんに、「明けましておめでとうございます」って言ってないぞ。 言わねば。 …あ、でもその前に。

「え、と。お陰で大分良くなった気がします。ありがとうございました」
「…ふうん。良かったんじゃない。…別にどうでも良いけど」
「はい。…雲雀さん、」
「…何」
少しぶっきらぼうな言葉。 誤解されちゃうの、だからじゃないかなあ。 あとトンファーも。 普通一般人はそんな物騒な物持ち歩かないもんね。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「…僕は群れる草食動物が大嫌いだ。誰であろうとよろしくするつもりはないよ」
「はい知ってますよ。それはもう」

だってどんな理由があろうとも、ちょっと集団行動している人見たら問答無用で滅多打ちにしてますもんね、雲雀さんは。 そんな雲雀さんだから、きっと私みたいな、彼で言う所の草食動物が近くにいるのも、ましてや隣にいることも我慢ならないことに違いない。 だから私は考えたのです。 全てを解決する方法を。

「だから私は、そんな雲雀さんの視界をうろつく『雑食動物』になろうかと思いまして」
「…変わんないよ」

あれ、そうですか? 我ながら名案だと思ったんだけどなあ。 草食動物が駄目なら雑食なら良いんじゃないかと思ったのに、残念。 しかしそうなると、私は雲雀さんと同じ肉食動物にならないといけないんでしょうか。 いやあ、それは私には無理だなあ。 でも雲雀さん、知ってますか? 肉食動物はその獲物がいて初めて肉食動物になるのであって、1匹だけならどんなに強かったとしてもただの動物にしか過ぎないんですよ。 強者は弱者がいて、初めて強者になれるのです。 「──でも、」 雲雀さんは付け足すように呟く。 ふいに握り締めたペットボトルはやっぱり冷たいのに、私は手放そうとはしなかった。

「もし気が向いたら遊んであげるよ。暇潰しにね」

十分ですよ、雲雀さん。 それだけでは十分満足です。 しあわせです。 雲雀さんは不器用な人だから、言葉や言い回しのレパートリーはとても少なくて限られている。 でもだからこそ伝わる何かってあると思うんですよ、雲雀さん。

「……雲雀さん」
「何」

面倒臭いって顔しながら、名前を呼べば、いつも必ず答えてくれる。 私といるときはいつも道路側を歩いたり、さっきみたいに具合を気遣って、何も言わずにペットボトル開けてくれたりしてくれる。 本当にさり気ない優しさだから気付かない人も多いかもしれないけれど、私はそういうのを大事にしていきたいって思うから。 とってもとっても愛おしく想うから。 だから、

「今年もだいすき、です」
「…知ってる。新年早々、そんな当たり前なことわざわざ言わなくて良いよ」

それは、雲雀さんの中に今年も私があるということだと解釈しても、良いですか。




愛しい人の愛しい言葉

(何気ない一言が、無性に私を嬉しくさせる)




080308