「てめえ、このアホ牛!いい加減にしやがれ!」
「ギャハハ!こんな所でダイナマイトなんて使ったら大変なことになるんだもんねー!
そんなこと分からないのはお馬鹿な証拠だもんねー!
でもランボさんはとってもお利口さんだから、そんなこと考えなくてもすぐに分かったんだもんねー!
うわーい、馬ー鹿、馬ー鹿!」
「果てやがれ!」
なんだか応援側が騒がしいなあと思った矢先、まるでバスケットボールが顔面にぶつかったような鈍い音と、「ぎゃぶひ!」と言うなんとも個性的な台詞を吐いた、幼い子どもの声がした。 はて、一体何があったのだろう。 私が見事にすっ転んでしまったのは、そう思ったのとほぼ同時だった気がする。
小さく呟くは優しい心
今日は球技大会でした。 そして時刻は丁度午後3時を指した所です。 ここは昇降口なわけです。 1日中バレーをしていて疲れているわけです。クタクタなわけです。早く帰りたいわけです。 が、それをさせんと言わんばかりの人物が立ちふさがる様に立っているため、帰宅することが出来ません。 さて、どうしたら良いでしょう。 恐ろしいくらい黒いオーラを放っているその人物は、まるで悪鬼のごとく。 一般市民の私にそんな怖い目をされても困ります、獄寺隼人君。 喧嘩なら他の誰かに売って下さい。 ほら、風紀委員長の雲雀さんとか。
待てよ、そもそも私は獄寺君に対して喧嘩を売られる様なことは一切やっていないはずだ。 あ、そういえば彼はいつも誰に対しても、こんな風に喧嘩腰だった気がする。 じゃあ気にする必要はないかと結論付けて、深く考えないことにした。
「えーっと、獄寺君。悪いんだけど、ちょっとどいて貰っても良い?
私の靴箱、そこなんだ」
「え、あ。わ、悪い…」
遠慮しがちに声を掛ければ、獄寺君は素直にそれに従ってくれた。 あれ。なんだ、やっぱり喧嘩売ってる訳じゃなかったのか。 良かった良かったと思いつつ、ひょこりひょこりとぎこちなく歩き、靴箱を開ける。 そしてローファーを取り出して、ぽいっと半ば放るように地面に並べた。 ちなみに何故歩き方がぎこちないのかと言うと、実はついさっき、あろうことか右足を挫いてしまったのだ。 しかし試合中に怪我をしたのではなく、今日最後だった試合を勝ち越して気が緩んでいたのか、ひょんな拍子で足元を転がってきたボールに気付かずにそのまま転倒してしまったからという、実に間抜けな理由からだった。 とりあえず保健室で治療はして貰ったけれど、まだ相変わらずジンジンと痛んでいる。
「えーと、」
上履きを仕舞い、いざローファーを履こうかと言う所で、獄寺君の声が掛かった。 しかし彼は私の目は決して見ず、斜め下を向いている。 さて、獄寺君は何を見て話しているのだろう。 それにしても、どうしてだろう。 彼はひどく言いづらそうな顔をしている。
「…お前、その、なんだ…」
「何?」
「…や、やっぱりなんでもねえよ!」
なんでもねえよって、なんですか。 あれだけの血相で睨んでおいて、これだけ間を持たせといて、「何でもない」はないでしょう。 しかしそこを追求出来る程獄寺君と話したこともない私はそれも出来ず、「あ、そう」と呟いて、今度こそローファーを履きこんだ。 う、包帯のせいで、心なしか右足がきつい。 しかしスニーカーを持って来ていない私には、どう頑張ってもローファーで帰るという選択肢しか残されていないので、そんなこと言っていられない。 ああ、「室内球技に参加するからスニーカーは持って行かなくて良いや」なんて、思わなければ良かった。
しかし家まで徒歩10分。 それになだらかな平坦道なので大丈夫だろう。 よし、帰るかな。 そう足を進めようとして、ふと思った。 …獄寺君に、「バイバイ」って言った方が良いんだろうか。 普段完全に女子のグループに属している私は、男子に対してそんな言葉言ったことがない。 それに山本君みたいな気軽に話し掛けられるタイプならともかく、獄寺君みたいな人はちょっと言いづらいものがある。 それになんだか女子を毛嫌いしているみたいだし…。 うん、言わなくていっかと思い直し、そのまま獄寺君の横を通り過ぎ、ようとしたときだった。 突然獄寺君が意味不明な言動に出たのは。
「貸せ!」
「はい!?」
貸せって何をだと問う前に、ばっと勢いよく奪い去られた鞄。 な、何を…!? ていうか私の鞄をどうする気なの、返してよと反論するべきなんだろうが、あまりの突然の出来事に、鳩が豆を食らったかのようにぽっかーんと口を開けて見ているしか出来ない。 そうこうしているうちに獄寺君は、昇降口を出ようとする。 無論鞄はそのままだ。 そこでようやく我に返り慌てて彼の名を呼んで制止を呼び掛けると、獄寺君は不機嫌そうな顔をして振り向いた。
「うるせえな、自分のせいで怪我した女をそのまま見過ごすなんて、男が廃(すた)るんだよ!」
そう言ったと思ったら、獄寺君はまたスタスタと足を動かし始めた。 てか、自分のせいで、って、何。 もしかしたらボールが転がってきた原因は獄寺君にあるのかもしれないが、私がそれに気付いていたらこんなことにはならなかったのだ。 だから、決して誰のせいでもないと言うのに。 「おい、早くしやがれ!」 え?や、う、うん…? 眉間の皺を深くした獄寺君があまりに急(せ)かすので、とりあえず彼の所へ向かうことにした。 う、やっぱり歩き方が、ぎこちない。 「おい」 ようやく彼の隣に並んだ所で、どこか照れ臭そうに名を呼ばれた。
「その…わ、悪かった、な」
恥ずかしそうに呟いた小さな小さな台詞。 それをまさか、彼の口から聞くことになろうとは。 獄寺君はひどく気恥ずかしそうに頭を掻き、目はまた違うどこかを向いている。 なんて不器用な人なんだと小さく笑えば、それに気付いた獄寺君は「なに笑ってんだよてめえ」といつも通りの顔を見せた。
080318