頭がぐるぐるしてただでさえあまり考えたくないのに、彼はうっとうしいくらい話しかけてくる。例えばちゃんと食べたのかとか、食欲がなくても食べなきゃだめだとか、最終的には昨日から体調を崩していたのか・だとか。そんなことあなたに関係ないじゃないですかというところまで突っ込んで聞いてくるものだから、私は遂に返事をすることも億劫になってしまう。すると沖田さんは分かりやすいくらいに顔を歪めた。

「ねえ、聞いてるの」
「(………………)」

沖田さん、あなた何しに来たんですか。私、風邪なんです。反応がなくてつまらないって顔されたって、今の私にはどうすることも出来ません。申し訳ないんですけれども。あれ、もしかして私が悪く思う必要はないのかな。…そうだ、暇なら早くのところに言ってあげてください。あのこの方がよっぽど淋しがり屋で甘えたがりです。だってまだ小さな小さな子猫なんですよ。

「…ふうん」

また心底つまらなそうな声を出した沖田さんは今、一体何を考えているんだろう?こいつと一緒にいるの面白くないと思ってしまっただろうか。そんなことを想像したら、胸がぎゅううってなって泣きそうになった。だけどきっと風邪がつらいんだと思い込むことにして、高熱で潤んできているはずの目を隠すべく、遂に布団を頭まですっぽりかぶることにする。だから沖田さんから見たらもう、完全に私の姿は隠れて見れなくなったはず。きっとこれで良かった。こんな間抜けな姿、見られたくなかった。

「……もう、かえってください」

頭からかぶっている布団をぎゅっと握り締めて口を開いたら、思いのほか震えて情けない声になってしまった。「かえってください、おねがいだから」震える喉からもう一度吐き出した。今沖田さんがどんな顔をしているのか分からないけれど、なんだか私はまた泣き出してしまいそうになってしまう。声が震えるのを抑えて、決して涙を悟られまいと必死になる。

…いくら風邪を引いたから、なんだか気まで弱くなっちゃったのかな。子どもみたいに甘えん坊にでもなってしまったのかな。だって私自身もう気づいてしまっている。ほんとは帰ってほしいなんて思っていないことに。でもそれじゃまるで彼に気を許しているような気がして、そんなこと気付かれたら羞恥のあまり死んでしまいそうで、そんなこと自分が認めたくなくて、まるで自分に言い聞かせるようにもう一度言った。かえってください。

「かわりにのところにいってください。きっとさみしがっているから…」
「…のところにはもう行った。だから僕は帰らない」
「…どうして…?」

頭がぐるぐるぐるぐる回ってる。どうして分かってくれないのだろう。どうしてすんなり引き下がってくれないのだろう。いつも食いついてきてほくないときに限って綺麗に拾い上げてくるくせに、なんでこういうときだけ。そろりと布団を目の下まで下げ、私を見下ろす彼の瞳を盗み見る。すると沖田さんはまるで私の事情なんておかまいなしと言わんばかりにきっぱりと言い放った。

「だって、猫のより君のほうが淋しがり屋でしょ。今だってずっと泣きそうな声してるじゃない」

ぴくりと布団を握りしめる手に力が反応した。さみしがりや。…私が?熱が侵食する頭に彼の言葉がやけに響き渡った。思わずうるっと瞳が潤んでしまうから、私は慌てて布団をまた頭までかぶる。沖田さんが小さく笑う声が聞こえた。布団の中に隠れるようにうずくまる私は、どんどん上昇していく熱をどうしたら下げることが出来るのだろうかと必死になって考えるけれど、やっぱりちっとも分からない。

「…でもまあ、そこまで言うんならおいとましようかな。…土方さんに悪戯仕掛けるのも飽きてたとこだし、いい暇つぶしになったかな。まあ帰ったらまた五月蝿く怒鳴ってくるんだろうけど」

そんな声が降ってきたと思ったら、まるで立ち上がったかのような気配と畳の擦れる音がした。…えっ、嘘。帰らないって言ったばかりなのに。おそるおそる頭からかぶっていた布団を口元まで下すと、そこには予想通り腰を上げ、手に浅葱色の羽織と草履を持つ沖田さんの姿があった。やっぱり、帰っちゃうの…?そんな私の不安をよそに彼はとっとと縁側に向かい、ぽいっと草履を放り投げてごぞごぞと履き始めるものだから、私は慌てて熱く重い頭のまま必死に上半身を起こした。もう顔を見られたくないと思っている暇はなくなっている。

「あ、あの。おきたさん…!」

慌てて声を掛けるけれど、そのまま続く言葉が思い浮かばない。おまけに熱のせいか声が小さく頼りないものになってしまった。ついでに水を飲んでいないからか、少し擦れてしまっている。草履を履き終わり振り返る沖田さんと目が合うけれど、なんて言ったらいいんだろう。何を言いたくて声を掛けたのか、私自身分からない。「あ、えっと…」なんて目を泳がせながら考えるけれど、ちっとも続きが出てくる様子がない。そのまま黙り込んで膝の上でぎゅっと掛布団を握っている右手を眺めていると、沖田さんは「…なんかさ」と声を掛けてくる。ふと顔を上げ彼を見やると、そこには少し猫背気味の大きな背中があった。

「からかい相手がいないとつまんないや。も淋しそうだったし、とっとと元気になってよね」

そう少し面倒臭そうな声で言ったかと思ったら沖田さんはそのまま振り返りもせず去ってしまったものだから、慌てて「え、あの。ま、待って!」と静止を呼びかけるけれど、その声も虚しく彼が立ち止まることはない。そのまま何をするでもなくぼうっと彼が去った縁側を眺めていると、唐突に襖の向こうから私の名を呼ぶ声が聞こえる。慌てて返事をすれば、襖を開けて現れたのは母の姿。なんでもお粥を持ってきて下さったらしい。…あ、危なかった。あと少し早ければ危うく母と沖田さんが遭遇してしまうところだったと冷や汗をかいていると、母はまるでその内情を察したかのようにきょろきょろと部屋内を見渡した。「な、なんでしょう?」まさか新選組の幹部がこの部屋に来たことに気付いたのだろうかとひやひやしながら尋ねると、母は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「いえ、誰の声が聞こえた気がしたのですが…気のせいだったようですね」
「そ、そうですか…」

も、もしかしてさっき夢を見ていたから、その寝言かもしれませんと慌てて弁解してみると、母は「そうですか」とどこか納得したような表情を見せたから、私はほっと胸を撫で下ろした。…なんで私が沖田さんの後援をしなければならないのですか。なんだか納得出来ないのです沖田さん。私が嘘をついてまで穴埋めし彼を庇う必要性がどこにあったのだろう。だけどとっさに口をついて出た自分の言動に苦笑いしつつお粥を受け取り、そのまま部屋を去る母を見送った。

…なんだか疲れた。ただでさえ風邪を引いて身体がだるいというのに。思わずため息が出てきてしまったのは仕方のないことだと思いたい。…そうだ、せっかく持ってきてもらったのだし、温かいうちにお粥を食べてしまおう。食欲はそんなにないけれど、きっと気分転換にはなりそうだ。いただきますと手を合わせ、蓮華でお粥をすくい上げる。ふうふうと息を吹きかけたのち一口頬張ると思いのほか熱くて、思わず暴れたくなるくらい口の中が大変なことになる。訳の分からない声を出しながら、慌ててお茶を流し込んだ。…し、死ぬかと思った。おまけに舌がじんじんと痛む。…何をやっているんだろう、私。なんだか自分が情けなくなってため息をつき、ふと部屋を見回す。…さっきまでここに沖田さんがいたなんて、なんだか信じられない。きっと今彼がここにいたのなら、「何してるの」と呆れたように笑っただろう。そうしてそのネタを何度も引き出し、私をからかってくるに違いない。その姿がありありと想像出来てしまう。

「(……もしかして沖田さんが慌てて出て行ったのって、母上がすぐそこまで来てることに気付いてたからなのかな)」

…でもそうならそうと言ってくれれば良かったのに。じゃなきゃ私、「待って」なんて言わなかった。お陰で母には寝言の大きい子と認識されてしまったし、踏んだり蹴ったりだ。そもそもあそこで沖田さんに制止を呼びかけたのはなんでだったんだろう。いくら考えても熱を持った頭じゃちっとも分からないけれど。…あ、でも部屋の襖は閉まっていたし、誰かが来るだなんてこと分かるのかなあ。全然足音もしなかったのに。でも沖田さん仕事柄人の気配に過敏みたいだし、ありえない話じゃないかなあ。そうぼんやりと考えて、今度はきちんと食べ頃の熱さまで用心深く下げたお粥を一口頬張った。

「(………沖田さん……)」

ふとお粥を進めていた手が止まる。色々分からないことだらけで、自分でも何が何だか分からなくて。

…沖田さん、あなたはやさしい人なの?それとも左腰に差してあるその2本の刀で人を簡単に殺めてしまうような人なの?それが分からないから、くるしい。いつも自分勝手で我儘で、飽きっぽくて、思ったとおりに物事が進まないと途端に機嫌を悪くしてしまう。へそを曲げて「もう良いよ」なんて冷たく吐き捨てて会話を断ち切るなんてしょっちゅうあるくせに、自分の話を聞かないとまた不機嫌になる。やっぱり自分勝手な人。

なのに稀に見せる嬉しそうな笑顔とか、子どもとの遊びにもムキになって本気になっちゃうところとか。…それに、私だってばかじゃない。本当は忙しいくせに、暇だからなんて嘘まで言ってわざわざ見舞いに来てくれたことくらい分かってます。そして何より甘えたいくらい淋しいってこと、誰よりも先に気付いてくれるところとか…時より見せるその優しさが、

「(…………どうしよう)」

頭に張り付いて、離れてくれないの。これも風邪のせいだと思いたかったのに、目を瞑っても思い浮かぶのはやっぱり彼のことばかり。どうしよう、どうすればいい。だけど誤魔化すより他にない。だって私、失うと分かりきっている恋なんてしたくない。しあわせになれない恋なんて、不毛で悲しくてさみしいだけって分かりきってる。だけどきっと、今ならきっと、誤魔化せる。引き返せる。だからきっと私、沖田さんのことなんてすきじゃない。だって、だって。…すきじゃない。だってだって、そうじゃなきゃ、私。


20120106 沖田さんに惚れたら絶対振り回されそうですよねまあ個人的には本望ですけど←