頭がぐらぐらする。熱い。つらい。不調の三拍子が揃って私に攻撃を仕掛けてきたのは、沖田さんに半ば無理矢理子どもの遊びに付き合わされた翌日の朝のことだった。頭は異常なまでに重く、少し体を動かすだけでも体の反応が遅い。あまり動きたくない。喋りたくもない。そんな状態の私の額に触れた母はそれの持つ熱に酷く驚き、今日は休みなさい・絶対に店には出てはいけませんよと一言、まるで有無を言わせないようにピシャリと言い放ったのが記憶に新しい。ついでに「今日は大人しく寝ているように」と念を押した母が部屋を出て行ってから、おそらく半刻程が過ぎようとしている。

早く寝て早く治さなければいけないのに、寝なきゃ寝なきゃと思えば思うほど眠りにつけないのはどうしてなのだろう。ごろごろと何度も寝返りを打って寝やすい体勢を探してみてみるけれど、一向に効果は見い出せない。遂に観念した私は、ただ目を瞑っているだけでも違うだろうと、そっと瞳を閉じた。

「(でも、そっか。風邪だったんだ…)」

だから昨日、ずっと顔が熱かったんだ。別に沖田さんに反応してたわけじゃないんだと分かって、なんとなく安心する。だってだって、あんなのずるすぎる。あんなにも近くに男の人がいたなんて初めてだった。思い出したらなんだか耳元がくすぐったくなってきて、頭から振り払うように布団を頭までかぶる。だけどそんなことしてもちっとも忘れ去ってはくれないわけで、布団の中で熱い体も更に熱くなってしまう。だけどそれもこれも全部風邪のせいだと分かって一安心だ。…てっきり私、沖田さんのことを…。

「(…て、ちがう!ぜったいぜったいちがうもの…っ!)」

沖田さんはただの猫友達なだけだもの!だからそんな、そうなことは絶対ありえない。あっちゃいけない。だって彼は新選組の…って。そうだ、!今まで体がだるくてすっかり忘れていた、大事な大事な子猫の存在。毎日欠かさず世話をしてきたけれど、大丈夫かな。こっそり家を抜け出せないだろうかと考えてみるけれど、この体のだるさでは難しそうだ。第一もしもそんなことを母に知られでもしたら。

「(とにかく早く寝て早く治そう。もしかしたら、一眠りしたら熱も治まっているかもしれないし)」

今の私には選択肢はそれしかないと思い直し、気合を入れてごろんと寝返りを打つ。だけど全身を包む高熱やそれによって生まれた頭痛、そしてなにやら関節まで痛くなってくるものだから、こんな状態では眠れない。だけど寝なきゃ。寝なきゃ。そう自分に言い聞かせながらごろごろと寝る体勢を変えてみる。……………私、いつになったら眠れるんだろう?







「(…………う……?)」

何か小さな音が聞こえた気がして、私は久しぶりに瞳を開ける。……あれ。私、寝てた?…いつのまに。絶対に眠れないとすら思っていたのに。ぼうっと天井を見上げるけれど、やっぱり熱もだるさも健在みたい。これじゃとてものところには行けないなあ。どうしよう、食べ物とか大丈夫かなあ…。毎日欠かさずお世話をしていたから、すごく不安になる。…ああでもだめだ、頭がガンガンす、………。……………。

「(………………は、)」

目を開けばそこは見慣れた天井が見えるはずなのに、それ以外のものが見えるのは何故だろう。なに。なに。なに。ひょこりと覗き込んでくる緑色の瞳の人物に、私の体は全身凍りつくように動かない。私は夢でも見ているのだろうか。それとも高熱のあまり幻覚でも見るようになってしまったのだろうか。訳が分からず思考が完全停止していると、その瞳を持つ彼は「1人でだるまさん転んだでもやってるの?」とまた嫌味を言ってくるから、私は口をぱくぱくさせるしかない。

「今度は金魚の真似?よっぽど暇なんだね」

なんでそんなことしか言えないんですか沖田さんそもそもどうしてここに!…と、思いながらも口にすることが出来ない。だって、だって。昨日のことがあったから、なんだかどんな反応をしたら良いのか分からなくて。だってだって、私、あんなに男の人を近くで見たの初めてなんだもの。だからもう目も合わせられなくて、ずるずると口元まで布団をかぶって顔を半分隠した。寝巻き姿で横になっている自分の姿が、なんだかとても恥ずかしく思えてきた。「なんで、いるんですか」そうたどたどしく言うことが精一杯だ。だけど彼はいつもどおり、飄々としている。どうやらこんなになっているのは私だけらしい。

「んー?何もすることがなかったから。君も言ってたでしょ。新選組は暇だから」

ふと彼の手元を見れば、大雑把に畳んだのか乱暴に丸まっている浅葱色の羽織が転がっている。そういえば新選組は昼夜市中を見回っていた気がする。ということは、彼もその帰りなのかもしれない。…なんでわざわざ寄ったのだろう。むしろ、どうして家を知っているんだろう。私と彼の共通点は、子猫ののみ。いつも会うのはのいる川原だったし、どこに住んでいるなんて、一度も言ったことなかったのに。…そもそも。

「(どうやって家の中に入ってきたんだろう…)」

父は父は過保護だから、男の人が来たなんてことになったら大騒ぎするだろうし、むしろ素直に「ああお友達なんですか」なんてすんなり会わせるなんてしないだろう。…むしろ門前払いするんだろうな。母は侍が嫌いだし、むしろ新選組を快く思っていないし…。…本当に沖田さん、どうやって入ってきたんだろう。まるでここは自分の部屋ですと言わんばかりに私の部屋にいるけれど。

「(……あれ…)」

よくよく見てみれば、浅葱色の羽織に隠れるように彼の草履が転がっている。……そういうことですか。つまり忍び込んだってことですね。…感心出来ません。大体家の人に見つかったらどうするつもりなんですか。「で、具合はどうなの?」私のことなんてお構いなしと言わんばかりの沖田さんの言葉に、私はまた首を傾げた。なんで私が体調を崩していることを知っているんだろう?(多分、だからわざわざ来たんだよね…?)なんだか次々と疑問が溢れて止まらない人だ。

口にはしなくても、顔がそう言っていたんだろう。彼は「昨日かくれんぼで一緒に遊んでた子が教えてくれたんだ。君が熱出して寝込んでるらしいってね。馬鹿は風邪引かないっていうじゃない?だから茶化してやろうと思って」と教えてくれた。…ということは家の場所も、その子から聞いたのかもしれない。…ということよりも、頭に引っ掛かってしまった言葉があった。馬鹿は風邪を引かないという台詞。

…わたし、ばかじゃないです。

そう言ってやりたいけれど高熱が足を引っ張って口に出来ない。あまり人と話したくはなかった。だけど沖田さんと知り合って短い期間だけれど、彼のことがちょっとだけ分かってきたような気がする。とても器用そうなのに、ほんとうは誰より不器用で、つい嫌味のような減らず口を叩いてしまうということ。だからいつも人をからかったり愚弄する言葉がぽんぽん出てきてしまうらしい。だからきっとこれは、彼なりの心配表現なんだろう。

「でもまさか、君が京で有名な菓子屋の娘とは思わなかったなあ。京菓子なんて上品な空気、君にはまるでないけど」
「(……………………)」

えっと、これは喧嘩を売られているのかな。そうとしか思えないこの発言、いかがなものか。むしろこれほんとに心配してるのかな。……だめだ、熱でぼーっとする頭は正常には働いてくれない。まさに右から左へ受け流す。そんな感じだった。ただ無言のままぼうっと彼を見上げる私に、沖田さんは少し不服顔になる。そうして顔の半分が布団で隠れ分かりにくい私の表情を見ようと、覗き込むように顔を近づけてきた。(わわっ!)

「…反応くれないと、こっちの調子が狂っちゃうんだけど。なに、まだ本調子じゃ無いってこと?あれだけぐうすか寝てたのに?」

…えっ。「あれだけ」ってなんだろう。ついさっきまで、沖田さんの顔が近付いて来た!なんて慌てていたの嘘みたいに頭が真っ白になった。…なんだろう、なんだかそれじゃ、まるで。まるで。嫌な予感がして、体がだるいとか頭が重いとかそんなの言っていられなくなってしまった。おそるおそる「あの、もしかしておきたさん…」と切り出してみる。その声はひどく小さく弱々しいものとなってしまった。けれど彼の耳には届いたらしく、沖田さんは何か問題でもあるのかと言わんばかりの顔でけろりと言ってのかえた。

「君の間抜けな寝顔を四刻半ほど見てたけど、それが何か?」

なにかじゃなくて、ひどいです最低です!…と言ってやりたいのだけれど、例のごとく体調が最悪なこともあってだるい。何も話したくない。だけど自分が泣きそうになっているのは分かった。だって、一応顔見知りとは言え特別親しいわけでもない男の人に寝顔を見られる、って…!しかも間抜けって…!こういうとき、お世辞でも可愛いって言うべきだと思います。…いや、そもそもほんとに見たとしてもそういうこと本人に言わないのが正解ではないかと。…でも、まぬけって。まぬけって。ずうんと落ち込んでいると、沖田さんはおかしそうに小さく笑って言う。

「嘘嘘。ほんとは可愛かったよ」
「…えっ…!」

今、急激に熱が上がった気がする。びっくりしてどう反応したらいいのか分からなくなって、思わずガチンと固まってしまった。かわいいだなんて言葉、初めて言われた気がする。だからこそ、どう返したらいいのか分からないのかもしれない。確かにお世辞でもそう言えば良いのにと思ったけれど、実際言われたら言われたらで戸惑ってしまう。どうしたらいいのか分からず「えっと、えっと…」ともごもごさせていると、まるでその反応を待っていたかのように沖田さんは飄々とした態度で、だけどまるでおもちゃを見つけて嬉しいと言わんばかり目でまた口を開いた。

「…ていうのは嘘」
「えっ?」
「…ていうのも嘘かもね」
「えっ?えっ?」
「…ていうのもやっぱり嘘。…ってことも嘘かも」
「…ど、どっちですか…!」
「うん、どっちだと思う?」

もう…!どっちでもいいですと言ってやりたいけれど、頭がガンガンするからあまり話したくない。だから私はその代わりに不貞腐れたように、彼に背中を向けて寝返りを打つ。あーあ拗ねちゃったと沖田さんは笑うけれど、きっと言っていることとは裏腹に、本心ではきっとちっとも気にしていない。…そういうところがきらいなの。…きらいだもの。



20111022 最後の嘘だなんだってとこのくだり、最終的に「可愛い」のところで止まっている不器用な沖田さん^q^←