「(ど、どうしよう…)」
いつまでこの体勢でいればいいのだろう。これは精神面から言って、あまりよろしくないのですが沖田さん…!だって、あの、年頃の娘が後ろから抱かれるように口を塞がれるって、あの…!せめて私の口元を覆う、そのちょっと骨ばった手をいい加減外してほしいのです。あまり息をしないほうがいいのだろうかとか考えてしまって、そのせいでかちょっと苦しかったりするのです。
「…僕さあ、どうせやるなら負けたくないんだよねえ」
まるで私の心を読んだかのように、沖田さんが言う。だ、だからそんな耳元で話さないで下さい!囁くような小さな声で言うものだからか、今耳がぞわあって…!思わずきゅうっと目を瞑って冷静さを保とうとする私。それにしても今の彼の台詞はつまり、大人しくしてろってことが言いたいのでしょうか。だとしたら、それはあなたが言う台詞ではありませんと言わせて頂きたいのです。わ、私まだ嫁入り前なのに!こんな!いや今は特に縁談話なんて持ち上がってないのだけれどそういう意味ではなくて…!
「…あ、あの…お、沖田さん」
「ん?」
「し、静かにしてますから、あの、その…は、離れ…あ、あの…」
「んー?なにかなあ?」
「だから、えっと…」
口を押さえられているせいか、声がもごもごと曇って聞き取りづらいのかな。それとも小声だからなのかな。…それともただ単に聞こえないフリをしてからかっているだけなのかな。沖田さんなら十分にありえそうなのですが…!だ、だったらいい加減にしてください…っ!
「…もしかして、いい加減離れてくれって言いたいのかな?」
!そ、そうです!そう!こくこくと何度も頷くと、沖田さんは「ふうん」と意味深な笑みを浮かべる。ような雰囲気を後ろからかもし出した。え。え。なんですか。なんなのですか。二度も同じ過ちは犯さないと、彼の顔を伺うようなことはしないと誓ったから、今彼がどんな表情をしているのか想像も出来ないのだけれど。
「それにしちゃ随分大人しいんだね、君。嫌がっているようには見えないんだけどなあ」
「(な!)」
思わずかあっと顔が熱を持って、私の心は凄まじい勢いで羞恥を抱いた。どうして私自身が密かに気付いていたことをそのまま口にされてしまったの。それに例えそう思っていても決して、特に沖田さんにだけは言ってほしくなかった。だって、だって!…瞬時に反抗心が芽生えた私は、かくれんぼ中ということも忘れて半ば無理矢理彼の左手を外して声を上げた。
「ち!違います!そ、それは沖田さんが静かにしろって言ったからで…っ!かくれんぼ中ですし!だから、決して私の意志じゃ…!」
「あーっ!姉ちゃんと総司みーっけ!」
思わず立ち上がって大きな声を出してしまったせいで、今度こそ鬼の子に見つかってしまった。沖田さんは「あーあ見つかっちゃった」なんてつまらなそうな顔をしているけれど、そんなことどうだっていい。わなわなと心が震えているのが分かった。
「わ、私!もう帰ります!お仕事はないとは言え、家の手伝いもありますし…っ!」
「ふうん、そう。送っていこうか?」
「結構です!」
ふうんって!そうって!けろっとした顔で言わないでください!…本当に、なんなのですか。半ば無理矢理連れて来たくせに、こんなもあっさりと。「もう帰っちゃう」のと淋しそうな子ども達の声に謝って、彼に背を向けて足早に去る。早く彼から離れたい。しかしすぐに後ろから思い出したように私の名を呼ぶ声がしては無視するわけにもいかず振り返る。そこにはいつもどおりのけろりとしていた沖田さんがいた。
「またね」
そう言って笑う彼を見ているとなぜだか無性に泣きたくなって、だけどそんなところ見せたくないからまたすぐ背を向けて今度こそ走り去った。だって、だって。彼を見ていると、色々なことを思い出してしまう。
例えば骨ばった右手とか。彼の声に間近で触れた左耳とか。いつもよりずっとずっと目の前にあった彼の瞳だとか。本当に、なんなのですか。沖田さんはほんとに男の人って自覚してしまうじゃないですか。それでいて子どもみたいに負けず嫌いなところとか。本当に、なんなのですか。普段と違うそんな姿を私見せて。…本当に、なんなのですか。あなたは何がしたいのです。私の心の臓、こんなにも高鳴らせて。ようやく息を整えるように足を止めたのは、彼らといた寺と随分と離れてからだった。
20110611 ところで耳がぞわあっとしたっていうのは、ヒロインは声フェチか何かだからなのですか?(°∀°)←