「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ…!もういいかーい!」
まーだだよー、と。元気な子ども達の声が空に響き渡った。その声は陽気で弾みきっており、心底かくれんぼを楽しんでいるように見える。そんな小さな子どもの姿を見るのも嫌いじゃない。むしろ見ていて心が和むのが分かる。…のだけれど、私は何故自分がここにいるのか未だに理解出来ずにいた。というのも、実は私は自ら進んで子ども達と遊んでいる訳ではないのです。とある人物に、半ば強引に引っ張って来られたのです。
「ほら、君も隠れなくちゃ。鬼に見つかっちゃうよ?」
その張本人である沖田さんはそうけろりとした口調で声を掛けてきて、さも私が子ども達の相手をするのが当然と言わんばかりの顔をしている。そんな彼に私は、今日何度目かも分からない台詞を口にするのです。…何をやってるんですか、沖田さん。
「何って、かくれんぼだよ。知らないの?」
「いえ、かくれんぼは知ってますけど、私はそういうことを聞いているんじゃなくてですね…!」
どうして私までもそれに参加させられているのか、この状況を聞いているんです!…と抗議する前に、(有無を言わさずというか、おそらく彼は私の意見を真面目に取り合う気はないのだろう)、「ほら、だったら隠れなきゃ。…しょうがないなあ。おいで、」とこれまたずれた台詞を呆れ声で返してきたと思ったら、いつまでたっても遊びに参加しない私の手を取って走り出してしまった。
「(…えっ!えっ!えっ!)」
男の人に!手を!繋がれてしまった!そんなとんでもない事実が衝撃となり、それは熱となって凄まじい速さで全身を駆け巡る。思考回路が完全に遮断された私の身体は凍りつこうとするも、そんな隙すら許さないと言わんばかりに彼は私の手を引いて走ってゆくから、こちらも足を動かすしかない。とは言っても私は男性のように袴なんて履いてないから酷く走りにくい。にも関わらず彼はぐいぐい走っていく。私はそれを追いかける。
彼はとても身体が大きいのに、とても脚が速いらしい。それでも決して離さない右手。あまりにも全力で掛けてゆくから、少しでも手が離されたら途端に転んでしまいそう。力強く握られるそれに、すがるように慌てて握り返す。その瞬間、彼の横顔がこちらを向いて、笑った。そんな気がした。だけどきっと気のせいだ。なぜなら私は走るのに必死すぎて、周りの状況など全く頭に入ってこなかったのだから。
「──ひとまずここなら大丈夫かな。…ねえ君、大丈夫?」
「…っ!だ、だいじょ、…っ」
あれ。私大丈夫って言おうとしてるのかな、それとも大丈夫じゃありません、なのかな。小さな茂みを隠れ場所として選び2人並んで小さく座り込んだ頃には、私はすっかり肩で息をしてしまっていた。そんな私に、沖田さんは半ば関心したように言う。君、思ってた以上に体力ないんだね。…そりゃ私はあなたみたいに鍛えてませんので…っ!そもそもこんなにも私が息を上げているのはただ単に走り疲れただけじゃなくて…!………なくて、その、なんと言うか…。…………。
「なあに?違うの?…なに?」
どこか不満そうな顔をしていた私に、沖田さんは不思議そうに首を傾げる。…どうやら彼に他意はないらしい。私には凄いことだったのだけれど。手を、握られたこと。…しかし彼には親が子と離れないように手を繋ぐ感覚で、深い意味はなかったのかな。じっと彼を見てみても、いつもどおりけろっとしている。どうやら胸が張り裂けそうな思いをしたのは私だけだったらしい。…こんなにも動揺したのは、私だけ。それが凄く悔しい。なんだか負けた気がした。…あれ?負けたって、何にだろう?そもそも悔しいって、なんで?…よく、分からない。それでも何か口にしたら絡まった糸のように余計にごちゃついてしまう気がして、喉まで出てきた言葉をそのまま口にすることなく飲み込んだ。
「……なんでもない、です」
そう小さく呟いて、沖田さんに顔を逸らすようにそっぽを向く。…茂みの影に隠れた拍子にだろうか、いつの間にか離れていた彼の大きな手。それにほんのすこしまで包まれてた私の小さな手。何故だか酷く淋しそう。慰めるように自分で自分の手でそっと握った。あんなにも鼓動が鳴り響き、あんなにも熱かったというのに。今ではすっかりそれが嘘のように平温に戻っている。ひとつ大きく息を吐いたのち、今私が何故子ども達とかくれんぼをしているのか、そのいきさつを1人振り返ったのだった。
20110316