「届けてくれてありがとね」
君ならきっとそうしてくれると思ったよと笑う沖田さんに、やはりこの人は故意的にお財布を忘れて行ったのだと確信した。…見事に術中にはめられた気がして、なんとなく悔しい。まるで私の心中は全てお見通しと言われているみたいで。「…もし私がそのまま放置したりくすねたりしたら、どうするつもりだったんですか」と不機嫌そうに聞いてみると、「は素直で正義感の強い子だから、そういう考えは浮かばなかったでしょ。その証拠に今君はここにいる」とずばりと言い合てて見せた。う、うう…。
「そ、それはその…も、物が物だっただけに…」
語尾をごにょごにょと誤魔化していると、沖田さんはまた満足そうな顔で笑う。その様子だけ見ていると、ここが新選組の屯所だということを忘れてしまいそうだ。そもそもこんなふうに悪戯っ子のように笑う彼を見ていても、とても刀を振るう人には思えない。…人を殺めている人には、とても。だけど彼の左腰に差しているものは紛れもなく刀で。今までもそれを使って数え切れないくらいの血を浴びてきたのだろうと考えたら、少し寒気がした。…お侍さんは、好きになれない。…おさむらいさんはなんだかすこし、こわい。だけど彼と話していると本当に普通の人にしか思えないから、どう反応したら良いのか分からなくなる。…それに。
「(…こんな所…来るどころか、一生縁のない場所だと思っていたのに…)」
なのについ先程まで、近藤さん、そして平助くんに新八さん(あ・2人にそう呼べって言われたのです。あと、どうやら2人共組長さんらしい。ま、またとんでもない人達と会ってしまった…!)と話の花を咲かせていたというのだから、人生何が起こるか本当に分からない。あまり帰りが遅くなってはいけないだろうと近藤さんが話を切り上げて下さらなければ、きっともっと長居していたことだろう。そして何より驚いたのは、そろそろおいとましようと私が腰を上げるより先に、隣にいた彼が口を開いたほうが早かったことだ。
『送っていくよ』
そう沖田さんが口にした瞬間、あの場にいた4人のうち私を含め3人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたように思う。しかし唯一近藤さんだけは「ああそうだな。女子(おなご)の一人歩きは危険だ」と納得した様子で肯定したから、私は慌てて口を挟んだ。
『あ、いえ!…だ、大丈夫です。家も遠い訳でもありませんし…』
それは本当のことだった。特別近いと言う訳でもないけれど、決して遠いところじゃない。それにまだ夕暮れだし、段々日は延びてきている。そもそも冬じゃあるまいし、大丈夫だろう。そして何より、あまり新選組の人達と関わっていることが知られると面倒なことになる、というのが本音だった。
…ほんの少しの時間だけれど、彼らと話して分かった。この人達はとても良い人で、私もきっと彼らのことがすきだ。けれど京に住む多くの人は新選組を快く思っていない。このことはどうしようもない事実なわけで。そういうわけだから、もし私が新選組と関わりを持っていると誰かに知られたら、きっと家に迷惑を掛けてしまう。だからこの沖田さんの誘いは、絶対に断りたいと思ったのだ。
それなのに沖田さんは腰を上げ、お前も早く立てと言わんばかりに『ほら、行くよ。おいで』と返してきたのだから、本当に驚いた。あ、あれ?私、断ったつもりなのだけれど…!けれど彼はそんなことお構いなしのようで、私の巾着を半ば奪うように(勝手に)持ったと思ったら、そのままさっさと廊下に出て行ってしまった。どうやら私に拒否権はないらしい。(そんな!)──そして慌てて彼を追いかけ、今に至る。
「(……沖田さん…な、なんて強引な人)」
屯所内の廊下を隣で歩きながら、ちらりと彼を盗み見ては、思う。子猫の名前と言い、お財布をわざと忘れて屯所に来させたことと言い。ほかにも思い浮かべたらきりがない。そしてきっと私も私で、それを拒む術を知らないのだから困ったものだ。だって全部、最終的には押し通されているのだから。どうも彼には弱い気がする。
ちらりと彼を盗み見る。なんだか鼻歌でも歌っていてもなんら違和感がないような笑みを浮かべていた。…そういえばそのときの沖田さんは今みたいに柔らかい表情じゃなくて、むしろ少し不機嫌そうだったけれど、どうしたのだろう。もしかして、平助くんや新八さんと仲良くないのだろうか。そういえばヤマザキさん?との折り合いも良くなさそうだったし…。ううーん。彼は新選組でうまくやっているのだろうかと他人事ながらちょっと心配してしまう。まあ、完全なる第3者の私が心配しても仕方ないことだけれど。
20101108 独占欲が強くてヤキモチ焼きで強引な沖田さんが…すきです←