…あの、新選組の屯所内に足を踏み込んでしまった。 という次元の話ではない。 そもそも届け物をすると決めたときから、もしかしたらそうなるかもしれないなあくらいは予想はしていたのも事実だ。 だから私がこんなにも動揺しているのは、決してそのような理由からじゃない。 …むしろずっと頭を駆け巡っているのは、どうして私は客間に通されお茶などもてなされているのだろう、ということだった。 …どうしよう、訳が分からない。 話の展開に付いていけないのは、もしかして私だけなのだろうか。

どうしてこんなことになってしまったのだろうとことの発端をさかのぼろうとするも、多分屯所前にこの人に声を掛けられた時点で運命は歪んでしまったんだろうなと納得した。 現に隣に座っていた沖田さんも、「まさか近藤さんにここまで対応されるとは思わなかったなあ」と笑っている。 …全く困っているようには見えないのは私の気のせいだろうか。

なんでも屯所前でばったり出会った殿方は近藤勇さんという、新選組の局長さんだったそうだ。 そして近藤さんは沖田さんを小さい頃から可愛がっていた、いわば弟のようなものらしく。 そんな彼の友人と名乗る者がやって来たのだから、これは手厚くもてなさなければという人情が働いたらしかった。 うう!本当におかまいなく…! 当初の予定ではぱぱっと返してぱぱっと帰るつもりだったのに、どうしてこんなことに。 ど、どど、どうしよう…どんどん帰りにくい雰囲気になって来ている、気がする。

「いやはや、それにしても!総司にこんなに可愛らしい友人がいたとはなあ! いやしかし、話に聞いていた通りの人だ!」

しかし嬉しそうに笑う近藤さんを目の前にしては、「もう帰ります」とも「別に友人じゃないんですただの猫友達です」なんて訂正出来るはずもなく、力なく笑い返すしかなかった。 …あれ?猫「友達」ってことは、一応友人の部類に入るのかな。 まあそこは今はどうでも良いところだから置いておこう。

君もご存知であろうが、総司はいつも子どもとばかり遊んでいるからな。正直な話、少しばかり心配だったのだ」
「は、はあ…」
「あれ。酷いなあ近藤さん」

…すみません、全然ご存知じゃありませんでした。 でもきっとこの近藤さんという方は、とっても良い人なんだろうなあ。 沖田さんじゃないけれど、私も近所にこういう人がいたらきっと兄のように慕っていたに違いない。 なんというか、人懐こい雰囲気があって、とても安心出来るもの。 新選組局長なんていうからどんな怖い人なんだろうと思っていたけれど、全然そんなことないな。 さっきのヤマザキさんと言い…。 もしかして私達京の者は、新選組のことを誤解していたのかな。 そんなことを考えている私を、近藤さんは沖田さんと交互に見やり、うんうんと満足そうに頷いた。 ………?

「…ところでさあ」

沖田さんが重たい口を開く。 そういえばさっきからずっと黙っていただけだったな・と思い返していると、「覗き見なんて趣味が悪いと思うんだけど」と締め切っている襖に向かって、まるで誰かに話しかけているかのような口調で言った。 …うん?覗き見? いまいち意味が分からなくて「?沖田さん?」と首を傾げてみると、それに気付いたらしい彼は「なんだかとっても面倒な人達に見つかったみたいだ」と笑った。 やっぱり訳が分からなかったから向かいに座る近藤さんに目を馳せてみるも、どうやら私と同じ心境らしい。やはり首を傾げていた。

「出ておいでよ」

口調としては優しいけれど、どことなく拒否権を認めていないように聞こえるのは何故だろう。 そうこうしている間に、一拍間を置かれた後、外にずっといたらしい何者かの手によって、ゆっくりととその襖が開けられた。 うわあ!本当に人がいたの!? 全く気付かなかったと唖然としていると、そこには「ばれてしまった」といわんばかりに苦笑している2人の青年の姿があった。

「なんだ。やっぱり平助と新八さんかあ」

呆れたように溜息をつく沖田さんとは対照的に彼らは、「ほらバレちゃったじゃんしんぱっつあんが五月蝿いから!」だとか「いや、平助が襖開けようとするからだろ!?」だとか言い合っている。 う、あ…え、っと…え、ええ!? どうしたら良いのか分からずおろおろしていると、私の存在に気付いたらしい2人は「おお!」と声を合わせて歓声を挙げたから、また肩を震わせてしまう。 え!え!な、何!

「えーっ!なんだよ可愛い子じゃん!何これ!ずりい総司!」
「総司お前…!左之のみならずお前までも…!どうやって引っ掛けた!言え!吐け!」
「人聞きの悪いこと言うのやめてくれないかな新八さん」
「やめんか2人共!君が驚いているだろう!」

我らが局長に怒鳴られた、ということが作用してか、ヘイスケさんとシンパチさんはぴたりと大人しくなる。 そして近藤さんは溜息をひとつ付いた後咳払いをひとつし、 「いやはや騒がしい奴等で申し訳ない…悪く思わないでやってくれないか。 気を悪くされたかもしれないが、彼等も悪気があってやった訳ではないんだ」と侘びを入れてきた。 う、わ!そ、そんな近藤さん! 頭をあげてください私大丈夫ですから!

「…で、肝心の2人は何か言うことはないの?」

横目でヘイスケさんとシンパチさんを見やったと思ったら、沖田さんはそうすぱりと言い放った。 (なんだろう、この…沖田さんからひしひしと伝わってくる威圧感は。 私に言っている訳ではないのは分かるけど、それでもこれは…怖い) すると彼らは「やばい」と言わんばかりにお互いの顔を見合わせ、申し訳無さそうに口を開いたのだった。

「だ、だってさ、あの総司が女を連れて来たっていうから、どんな子なのかなーって。…つい。…ご、ごめん…」

気まずそうに目を逸らしながらそう言った、どこか幼さが残る青年──ええと、会話から察するに、多分ヘイスケさん、だろうか──は、おそらく私と歳は近いような気がする。 そしてちらちらと様子を伺うようにこちらを見てくるから、きっと近藤さんの言うとおり後を引く思いであることはひしひしと伝わってくる。 (勿論シンパチさんも同様だった) それにしても今の台詞、引っ掛かる。 「女を連れて来た」って、尾ひれがつきすぎてやしないだろうか。 一見すると、まるで、その、私は、お、沖田さんの、こ、こ、恋、恋び……!(うわああ!)

「…お、沖田さんに近藤さん。えっとあの、すみません。 私、一体どういう者ってことになっているんでしょう」
「い、いや…。俺はただ、総司の友人が来たとだけ…」
「僕は、いつも可愛がってる女の子が屯所に来たとだけ」

なんてことをしてくれるんですか沖田さん!



100426(前々回の山崎さんに引き続き、途中でしんぱっつあんが空気になった件)