猫みたいなひと。 初めて彼に逢ったとき、ぼんやりとそんな印象を抱いた事を今でも覚えている。 そして、本心が見えないとも。 …別に、分かりたいとも思わないけれど。 ふと目の前の、さらさらと清らかな音を立てている川を眺めてみる。 舞い落ちた桜の花びらがゆっくりと流れていて、とても綺麗だ。 それに包み込むように優しく吹く春風が心地良い。 ついついうたた寝してしまいたくなるのは仕方のないことなのかもしれない。 しかし隣でごろんと仰向けに寝そべっている彼は、果たしてそんなことをしていても良いような人なのだろうか。
「新選組って、暇なんですか?」
常日頃抱いている疑問を口にすると、彼は「そんなことないよ。今日が非番なだけ」と笑って、やっと上半身だけ起こした。 …やっぱり、分からない人。 忙しいのなら、なぜ毎日欠かさず、面白いことなんて何ひとつ起こらないでろう川原に来るんです? 口にすらしなかったが、顔にはしっかり出ていたらしい。 「分かりやすい子だなあ」とまた笑って、言った。
「ねー、もそう思うよねー」
みゃあー。 そう私の膝の上で愛らしく返事をした『』は、沖田さんに頭を撫でられ、ごろごろと喉を鳴らした。 どうやらよほど懐いているらしい。 わ、私が最初に見つけたにゃんこちゃんなのに! い、いや、今問題とすべきなのはそれよりも、
「…名前」
「ん?」
「『』って、その…なんですか?」
「何って…分からない?この子の名前だよ。ねーー」
「みゃあー」
「…もしかして、あなたが付けたんですか」
「他に誰かいる?」
なんと。これは新手の嫌がらせか何かなのでしょうか。 誰が好き好んで自分と同じ名前を、しかも勝手に、蝶よ花よと愛情を注いでいる猫に付けられなければならないのか。 「あれっ。もしかして、不満?」 不服そうにしている私を見つけたのだろう、彼はとても驚いたような顔をしてのけた。 しかし私は逆に聞きたいのです。 …喜ぶとでも思ったのか、と。 しかしそれ沖田さんに言ったところで、彼のことだ。聞いてくれるとは思えないし、この子も『』ですっかり受け入れちゃってるし、ちゃっかりそれで反応しちゃってるし。 うう。賢い猫っていうのも考えものだ。 まあ良いけど、さあ…。
「…そういえば、この間も人の名前を猫に付けてましたよね。確かあのときは新選組の…」
「ああ、『歳三』?うんそうだね。
だってほら、あの黒猫、生意気な顔してたでしょ?
加えて警戒心が強いし態度もでかいしわがままだし、土方さんにそっくりだなーって思ったから」
「ということは、この子は私に似ていると。そう言いたいんでしょうか」
「うんそう」
笑顔を崩すことなくさらりと肯定発言を言ってのけた沖田さんは、「だって君にそっくりじゃないか」と言って、ひょいと子猫を抱き上げた。 それまでいたものがいなくなって、ふわりと膝が軽くなる。 ああ、せっかく私のところにいたのに…! なんと名残惜しいことか。
しかしそんな心情なんて露知らず、と名付けられた可愛い可愛い子猫ちゃんは、沖田さんに抱き上げられ、よほど嬉しいのだろう。 それはそれは愛らしくじゃれついていた。 わ、私のときはそんなにじゃれついてくれなかったのに! 少なくともこの間までは、こんな沖田さんに懐いてなかったのに。 さ、淋しい。 「ほら、君とそっくりでしょ」 ほら、の意味が分からなくて、「どこがですか」と口を尖らせてみる。 すると彼の代わりに、がみゃあと短く返事をした。
「人見知りが激しくてなかなか懐かないけど、実は独占欲が強くてすぐ淋しがっちゃうところとか、懐いたら懐いたらでべたべたに甘えてくるところとか」
ほらそっくり。 そう笑って言ってくるのだから、私は顔を真っ赤にして声を上げるという、火に油を注ぐ結果となったのは言うまでのない。 な・な・な…! 沖田総司さんは、やっぱり分からない人だった! というより、なんて意地の悪い人だった! そもそもついこの間知り合ったばかりで私のことなんて何ひとつ知らない人に、そんなこと言われたくありません! だ、大体ですね!わ、私はあなたに、あ、あま、甘えたことなんてありません!
「!そんな人に甘えちゃ駄目!女が廃るんだから!」
「うわあ、なんかひどい言われようだなあ」
そう口では言っていても実際は全く傷付いたような素振りすら見せないのだから、私には更にむきになる火種としかならない。 ちなみにそのきっかけとなった子猫は(当たり前だけど)何が起きているのか全く分かっていないようで、呑気にあくびをしていた。 しかし今の私にはそんなこと関係ない。 相手がお侍さんだろうが殿方だろうが、は信念を曲げません!
「当たり前です!もう人をからかうのを面白がってる人に、私の猫を預けられません!返してください!」
「あれ。この子って君の猫だったっけ?僕の記憶が正しければ、確か家の人に猫嫌いがいるから飼えないとかなんとかって…。
だからこうやって川原でこっそり世話することにしたんだったよね?」
「う…。で、でも、最初に見つけたのは私だし!…私の方がこの子と一緒にいられる時間が長いし…!」
「みゃあー」
言い合いを中断させるかのように鳴いたは、やっぱり沖田さんから離れようとはせず、むしろ頬を擦り寄っていた。 なんだか自分よりも彼のほうが良いと言っているようで、私は無性に悲しくなる。 …さみしい。 これ以上言い争っても仕方ないことのように思えた。 だって事実、この子は私よりもあの男の方がすきみたいだから。 もういいや。しょうがない。 なんだか急に悲しくなって、しょぼんと首をたれる。
「…ねえ」
どうやら彼もなかなか可愛がっているらしい。 何度も名前を呼んでいるから。 …その名前は彼が勝手に付けたというのがどうも癪に障るけれど、その分名付け親として可愛がって下さいよ。 じゃなきゃ許しませんから。 私は兄弟もいないから、のことを本当の妹のように可愛がってたんだから。 猫、だけど、私の妹だったんだから。 「」 また名を呼ばれる。 そうして、ようやく呼ばれていたのは猫ではなく私のことだったと気付いたのだ。 「…なんですか」 気まずそうに顔を上げてみると、沖田さんはどこか意地悪そうな顔をして言った。
「嫉妬でもしちゃった?」
「……はい。…あなたに」
じろっと半ば睨むようにしてやると、彼はまた悪戯好きな子どものように笑って、今度は人間のの頭を撫でた。
091222(加筆修正:100426) もとは、「猫の名を呼ぶ。そして嗤う」という短編でしたが、ヒロインの性格をちょっと変えました