斎藤さんって、結構お酒が呑めるんだって。沖田さんが言ってた。それで斎藤さんがお酒の呑むところを想像してみたら、やっぱり格好良いんだろうなあーなんて思って、見てみたくなった。あ!斎藤さんにお酌とかしたいかも!新妻さんごっこみたいな感じで!だから、「どこか行ってみたいところはあるか」と斎藤さんから聞かれた際、何も考えずに居酒屋さんに行ってみたいですと答えてしまった。意外な選択に斎藤さんは「そんなところに行きたいのか」と首を傾げていたけれど、すんなり受け入れてくれたらしく、今日は斎藤さんと2人で居酒屋さんにやってきました!お料理もおいしいらしい。
「私、居酒屋さん来るの初めてです!」
初めて見る世界にきょろきょろと辺りを見回してしまう。平成の居酒屋さんとはまた違うのかな?行ったことないから比較のしようがないけれど。でもここは斎藤さんも新選組の人とよく来るって言ってたし、きっといいお店なんだろうなあ。斎藤さん、お料理とかお酒とかの味には厳しそうだし。
「…それにしても、あんたがこんなところに来たいなどと言い出すとは、意外だった」
席について真っ先に言われた台詞はなんとなく予想通りのものだったけれど、どうやら斎藤さんはずっと思っていたことらしかった。私がお酒を呑むイメージすら持ち合わせていなかったらしい。そうですね、イメージうんぬん以前に私未成年なので、お酒呑めないですし。だから私は素直に答える。
「斎藤さんがお酒呑んでるとこ、見てみたかったんです!」
そう正直に打ち明けたら、ちょっと笑われた。そんなのを見てどうするんだとか、別に面白くもないぞとも言われた。でも、私は斎藤さんと一緒だったらなんでも楽しいからいいんです!だから私は食べるの専門ですよと宣言してら、お酒やお料理が運ばれていた──とこで、気が付いた。
そういえば、私は高校生だから一応未成年だけど、ここでは15歳以上?は成人ってことになってる…よね?確か…。てことはお酒も呑めるのかなあ?平成じゃ20歳未満はだめってことになっているけれど、ここではそうじゃないし…。郷に入っては郷に習えっていうけど…。うーん…。ていうかそもそも。
「お酒って、おいしいんですか?どんな味するの?」
ちびりちびりとお酒をたしなんでいる斎藤さんに尋ねてみると、彼はふと私を見やり、「あんたは酒が苦手なのか」と聞き返す。えっと、私、お酒苦手なのかな?そうなんだろう。呑んだことがないので分かりませんと素直に答えると、斎藤さんは「そうなのか」とどこか納得したかのように頷いた。
「なら、飲んでみるか?」
「えっ!」
思わず大袈裟なくらいに反応してしまったのは、別に酒を勧められたからなんかじゃない。だけどそれ以上に驚いてしまったんだ。だ、だって斎藤さんが飲んでたお猪口(ちょこ)を、そのまま渡してくるから…!逆に対応しかねるっていうか!だってこれって、あの、間接キスってやつになるんじゃ!斎藤さんそういうの平気な人なのかな…。いや私も斎藤さんとなら勿論嫌じゃ無いんだけど!むしろ嬉しいっていうか!でもこんな平然と渡されたら逆に意識してるのは私だけなのかなって思っちゃうと言うか!
「………………」
じっとお猪口を見つめると、逆に斎藤さんからは初めての酒に緊張しているように見えたのかもしれない。「…無理にとは言わないが」と一言付け足すように言ってくれた。もしかして、あまりにもガン見しすぎてたのかな。だ、だって…!とど、どど、どうしよう。こんな急展開ついていけないよ斎藤さん!とりあえずしっかりお猪口受け取っちゃったけど!私そこら辺はちゃっかりしてるけど!でもこれ、いいのかな…!こんな…!で、でも、こんなチャンス逃したら滅多に…って、それじゃ私変態みたいだよ!…あーもう!わかんなくなってきた!
「(え、えーい!)」
せっかく斎藤さんが渡してくれたんだから!と意を決して、そっとお猪口に口をつける。…ど、どうしよう私!ほんとに間接キスやっちゃった!斎藤さんが口つけたとこに口つけちゃったどうしよう!…さ、斎藤さんはどう思ってるんだろう。様子を伺おうとちらりと真ん前にいる斎藤さんに目をやってみる。すると見事に視線が絡み合うものだから、一気に体温が上昇する。何がなんだか分からなくなって、そのままお猪口を斜めに角度をつけ、勢い良く注がれたお酒を一気飲みした──瞬間、口の中に広がるなんとも言えない苦味。そして喉が燃えるように熱い。思わずガチンと凍りついた私に、斎藤さんは「酒に慣れていないのに一気に飲むからだ」と冷静な指摘をした。
「だ、だって…!斎藤さんが…!」
「?俺が…?なんだ」
「い、いえ…なんでも…」
なんだか斎藤さんを直視できなくなって、ごにょごにょと口を濁して目を逸らす。不思議そうにする斎藤さんは、きっと私の心情なんてちっとも分かっていないに違いない。いや、分かられても困るんだけど。それともこの時代に間接キスなんて概念はないのかな…?だから斎藤さんも何も感じないってこと?現に斎藤さんはけろりとしていて、特に気にしていないように見える。いつもどおりだ。…助かったような、淋しいような。
とりあえず借りた手前お猪口を返すと、斎藤さんはそれを受け取りながら初めての酒の感想を聞いてきた。うーん。どうだった、と聞かれても…。苦いし喉が燃えるみたいになるし、全然おいしくありませんでした。って言うのは、居酒屋に連れて来てくれたことを考えると流石に気が引ける。少し考えた後、あまり当たり障りのない感想を口にした。
「えっと…そういえば、体がぽかぽかします」
「酒だからな。頭が痛むことは無いか。気持ちが悪いだとか…」
「うーん…特に。今のところはですけど」
「…そうか。良かったな」
徐々に火照ってくる頬を両手で押さえながらも、よくドラマとか漫画とかであるみたいにべろんべろんに酔ったりっていうのはないみたいだなあ、なんて考えてみる。1杯だけだからかな?………あ。も、もしかして!可愛く酔えるほうが!良かったのかな!いや酔うに可愛いもないのかもしれないけど!子猫みたいに絡んでくるみたいな!「酔っちゃったようー」みたいな!ほうが!男の人はいいのかな!…え、ええええ!?そんなこと言われても…!いや斎藤さんは何も言ってないけどー!
「?どうした?酔いでも回ったか?」
「え?あ、いえその違うんですけどあの!」
慌ててぶんぶんと手を振って否定したところで気が付いた。否定しちゃだめだよ私!だってきっと可愛い女の子は!一口お酒呑んだだけでほわほわ酔っちゃうんだよきっと!うわあどうしよう!私やっちゃった!斎藤さんの前では可愛い子でいたいのに!それを見事に自分自ら打ち砕くなんて!
「もしかしたら、あんたは酒に強いのやもしれんな」
「…そ、そうですか、ね…」
「ああ。…共に飲む相手は、そのほうが助かる。呑んでいても楽しいからな」
「…えっ!」
それは、ぱあっと世界に色がついたみたいな言葉だった。ずんと沈み込んでいたのが嘘みたいに、「ほ、ほんとですか!」と声高らかに聞き返す私。すると斎藤さんは何気ない言葉になぜそんなに食いついてくるのか分からないと言わんばかりの顔で、どこか不思議そうにしながらも頷いた。うわあ!うわあ!私!お酒弱くなくてよかった!楽しいって!斎藤さん、楽しいって!なんだか嬉しくなって、私は随分調子に乗った。
「じゃあ私!呑みます!」
「いや、あんたは初めて酒を口にしたのだろう。そんな無理は…」
「いえ大丈夫です!飲みます!」
だって私、斎藤さんに「一緒にいて楽しい」って思われたい!お酒は特別すきではないし、味やアルコール独特の喉を焼かれる感じも苦手だけれど、きっとそれも数をこなせば慣れるんじゃないかな!ここの居酒屋さんご飯もおいしいし、やっぱりどうしても酒の味は無理だと思ったら食べればいっか!もともとそのつもりだったし!
★
うとうとと瞼を重そうにしては舟を漕いでいる。あれから随分と無理をしていたからだろうか。口に含むたびに苦々しい顔をしていたから、酒の味に目覚めたという訳でも無さそうだ。…俺が余計なことを言った故に、気を遣わせてしまったのだろうか。途中から酒よりも食に転換したようだが、それでも前者の威力の効果は誤魔化せなかったらしい。
とはいえ気持ちが悪いだとか、人が変わったようになるだとか、泣き出すだとか、そのような変化は見られない。ただただ眠いらしい。日頃新八達の杜撰(ずさん)な酔いっぷりを見ているからか、随分と微笑ましいものだ。出来ることならしばらくはそのままにしておいてやりたいのだが、いかんせん新選組には門限があるし、そもそもを遅くまで出歩かせるわけにはいかない。身元を引き取ってくれたという呉服屋の者にも心配させてしまうだろう。そろそろ店を出たほうがいいだろうと、彼女に声を掛ける。
「…、そろそろ帰るぞ」
「…はーい…」
声がふらふらしている。放っておけば本気で寝てしまいそうだ。しかし流石に店でそうする気はないらしく、目をしょぼしょぼさせながらものそのそと立ち上がった。どうやら眠くうつらうつらとはしているが、頭はかろうじて起きているらしい。そういえば店を出るときも「ごちそうさまです」ときちんと礼を言ってきたし、会話はきちんと出来ている。…とは言え。
「…大丈夫か」
「何がですか?」
「…眠いのだろう」
「ね、眠くなんてありません!全然!斎藤さんと一緒にいるのに!」
「…先程店内で船を漕いでいたようだが」
「…う、うう…!」
言葉に詰まっているは暫くして「それはその、あ、相槌ですよ!」と苦しい言い訳をする。しゅるしゅるとしぼむように俯く彼女は、酒が回ったのか、はたまた気恥ずかしさからかなのか、顔を赤く染め上げる。随分と珍しいその姿に、まるでいつもと逆の立場に立てたようで軽い優越感を覚える。なんとなくそれを悟ったらしいはまた頬を染めていたが、何か良案を思い浮かべたように「分かりました」と言う。
「…斎藤さんの言うとおり、私、すごーく眠たいみたいです」
「…そうか」
「だからこれ以上歩けません。おんぶしてください!」
「…は、」
度肝を抜かれて、一瞬時が止まったかのような錯覚に捕らわれてしまう。すぐに我に返ったものの、「な、何を!言って!」と動揺を隠せない反応をする以外出来なかった。一方のは先程俯いていたのが嘘のように目をきらきらさせている。…確かにいつもより足元もふらふらしていたようだが、そ、その、そのようなこと、で、でき、出来る訳なかろう…!人通りが多いこんなところで…!あ、あんたは何を考えて…!無論、頑固断る!
★
…と、言っていたはずなのに、どうしてこうなった。を背負い歩く俺は、随分とに弱くなったものだと実感するしかない。…周囲からの視線が痛い。にも関わらず、それを知ってか知らずかまるで抱きつくようにして捕まる彼女は実に嬉しそうにしている。どう見ても睡魔が襲っているようには見えないのだが、それは俺の気のせいなのだろうか。そして、「まさか本当にしてくれるとは思わなかったなあー」と小さな声で漏らしたことを、俺は聞き逃さない。…やはり、冗談だったのか…!(今更気付いたところで遅いのだが…!)…身内に会わないことを切に願う。こういうときに限って現れそうな総司など、もっての他だ。をおぶるところなど見られた日には、何を言われるか分からな…
「?…あ!沖田さん!」
「な!?」
まるで心の声を聞いたかのようなの声にびくりとする。まさかそんな都合の良いことが、また冗談なのだろうと思っていたのだがそうではないらしく、「ほらあそこ!」と前方を指差し事実だと教えてくる。その方向を見やれば、確かに総司にしか見えない人物の後しろ姿があった。が、今のところこちらには気付いていないようだ。このまま気付かれないように行くしかないと考えていると、何を思ったか彼女は大きく手を振って総司に声を掛けてしまった。声を掛けなければ何事もなく終わっただろうに…!現にの声で振り返り俺たちの姿を見つけた総司は少し驚いたような素振りを見せた後、こちらにやってきてしまった。…嫌な予感しかしない。
「一くんにちゃんじゃない。…へーえ?随分いい格好だね一くん」
「こ、これは…!その…っ!が歩けないと駄々をこねた故に仕方なく…!」
「歩けない?どうして。怪我でもしたの?」
「違いますよー!あのね、沖田さん!私、今日初めてお酒呑んだんです!」
「へーえ?お酒ねえ。…ふうん?」
「…な、なんだ…」
じろじろとからかうような視線を寄越す総司から誤魔化すように「そういうあんたは何故1人でここにいる」と問いかけると、「別に1人じゃないよ。新八さんとかと来てたんだけど、酔っ払って面倒なことになってたからね、平助に任せて先に帰ろうと思って」とけろりとした顔で言ってのける。…つまり逃げてきたのか。平助に同情してしまう(おそらく左之も一緒だろうが)そうして総司は背中にいるに声を掛けて、笑顔で言ってのけた。
「気をつけなきゃだめだよちゃん。男はみんな狼なんだからね。一くんむっつりだから」
「はーい!」
「な…!?べ、別に俺はそういう…!そもそも居酒屋に行ってみたいと言ったのはの方であって、」
「一くんに何か変なことされたら、大声で助けを呼ぶんだよちゃん」
「はーい!でも私、斎藤さんになら何されても大丈夫です!」
「な!?」
色々と突っ込み所満載な会話をまるで世間話かのようにしている2人は、俺の話など全く聞いてはいない。むしろ口を挟もうにもまったく無視されるのだから余計にたちが悪い。そうして総司は「それじゃご馳走様でした」とからかうように言ったかと思ったら、そそくさと去って行った。な!だ、だから俺は…!か、勘違いするな総司!別にそういう…っ!…………っ!
既に人ごみの中へと消えて同僚に弁解の声を投げかけるも聞こえるはずもなく、虚しく響いただけだった。…そ、それに、総司が妙なことを言うから…!意識してしまうではないか、どうしてくれる…!しかし耳元で「おきたさん、いっちゃいましたねえ」なんて呑気な声が降ってくる。いつまでも立ち尽くしたままというのも時間の無駄故、またの家を目指して一歩また一歩とゆっくり歩き出す。が、どうも先程のやりとりが気になって、我慢出来ず彼女に注意を投げかけた。
「。あんたも女子(おなご)なら、その、あ、ああいう発言は控えた方が良い。い、いや、冗談だと分かっている!分かっているのだが、その…。じょ、冗談でも、言って良いもののとそうでないものがあってだな、な、何をされてもいいなどと、か、関心しかねる、というか…その…っ!い、いや!何度でも言うが冗談だと言うのは分かっている!分かっているのだが…!………?…?」
一向に反応を示さない背中の上にいる彼女に不思議に思い名を呼ぶも、やはり返事がない。どうしたのかと見てみるも、全く顔は見えない。どうやらこてんと首を垂らして夢の世界に旅立ったらしい。小さな寝息が聞こえてきた。そういえば抱きつくようにしていた腕も、今ではぶらりと力なく垂れ下がっている。いつの間に。…それにしても、夢でも見ているのだろうか。時より小さな寝言が聞こえてくる。どんな夢を見ているのだろうかと何気なく考えていると、またもぞもぞと聞こえてきた。
「…………………さいとう、さん……」
俺の名を呼んだように聞こえた、というのは、俺の自惚れなのだろうか。どこか嬉しそうな声に聞こえたのも、全部。真相を確かめようにも、当の本人は俺の肩を枕代わりにでもするように、今も気持ち良さそうに寝息を立てる。それを起こすのは忍びないし、そもそも本人に聞いても覚えていないに違いない。
さて。はこのまま送り届けるとして…屯所に戻ったときのことを考えると憂鬱だ。きっと総司が待っていましたと言わんばかりに待ち構えているのだろう。別に自分はやましいことなど何一つしていないのだから堂々としていれば良いのだが。…それに例え何を聞かれても、俺は決して口を割るつもりはない。の夢の中にも俺がいたことを知るのは、俺だけで十分だから。
20110821 昔のお酒は今よりもずっとずーっとアルコール度数強いので、皆様トリップした暁には注意してください^q^← あとこれ分かりにくかったと思うんですが夜の出来事です