「斎藤さんこんにちは!なんだか今日も暑いですね!」
その台詞とは真逆な爽やかな笑顔を浮かべるを見る限り、とても暑そうにしているとは思えない。今日はこんなにも日光がじりじりと地面を照らしつけてくるというのに、彼女は平気なのだろうか。明らかに暑さに弱くダレてそうだと予想していただけにこれは意外な展開だった。
「まあ確かに私暑いの弱いですけど、ヒートアイランド現象が起きてる東京に比べたらこんなの全然です!むしろ涼しいほうですよ!」
「…そうか」
「そういう斎藤さんは暑いですか?」
「…まあ、涼しくは無いな」
「…そうですか…」
な、何故あんたがしゅんとする。どこか淋しそうな顔をするものだから、俺は何か仕出かしてしまったのかとまた考えてしまうではないか…!しかしいくら回想してみても、俺に非がある発言は見当たらない。慌てたように彼女の名を呼ぶと、まるで俺の見間違いであったかのようにぱっと明るい顔を見せてきた。
「あ、いえ!えーっと…そう!この時代にプールとかあったらいいのになあって!あ、そうだ!私ね、去年すっごく可愛い水着買ったんですよ!お気に入りなんです!斎藤さんにも見せたかったなー」
「…そうか」
「ぷーる」やら「みずぎ」がどんなものなのかは全く分からぬが、どうやらの故郷では夏の涼をとるものが豊富なようだ。それでいて懐かしそうに話すはどこか嬉しそうだから、俺はもうそれだけでいい。…?…………。!お、俺は!何を!考えて!ち、違う!決して!決してそういう意味ではなく…!いや「そういう」とはなんだと聞かれると…!……っ!
「斎藤さん?どうかしました?」
きょとんとしているの声に、俺はようやく我に帰って「なんでもない」と誤魔化した。彼女は不思議そうにしていたが、俺がそう言った手前深く追求するのもと思ったのだろう。「そうですか?」と首を傾げてはいたが、それ以降突っ込まれることはなかった。
「じゃあ斎藤さん、行きましょ!この間ね、沖田さんとおいしいあんみつ屋さん見つけたんです!」
「(…………ま、また総司と…。ふ、二人はどれだけ気が合うと言うのだ…!)」
「え?」
「い、いや何でもない気にするな!」
「そうですか?…変なのー」
どうやら今日の俺は様子がおかしいという結論に落ち着いたらしい。それもそれでなにやら複雑な気分だが…。…………。そ、それにしても、はやはり今も総司とよく出掛けているのか…。確かに二人共甘いものが好きなようだが…!し、しかし、こうも毎度毎度他の男と出掛けられるとあまりいい気分にはならな…って!俺は何を!考えて!
「?斎藤さん?」
「い、いや!…餡蜜だったな、行くぞ。どこの甘味処だ」
「あ、はい!えっとですね。この通りをまーっすぐ行って、3つ目のところを左に行ったところです!だから近道はこっち!」
そう言って大通りから細い裏道に入り、率先して前を進むに続いたのだが…普段と何かが違う気がする。ふと違和感を覚えたのだ。いや、大したことではない。のだが、いつもと明らかに違う。何だろうかと思いつつ小さな彼女の背中を眺め、何気なく彼女の右手に目をやり…そこで俺は理解した。いつもは彼女の右手は俺の左手を引っ張っていくというのに、今日は違う。空っぽのままだったのだ。
「…?」
「はい?」
名を呼べば彼女も足を止め、くるりと振り返る。そしてどうかしたのかと言わんばかりの顔に、俺は「あ、いや、その…」とまた歯切れの悪い言葉でしか答えられない。すると彼女は「あ、別に迷ってないですよ!大丈夫です!」と慌てて返してくる。だがそれは無論俺が口にしたかったことではない。そうではなくて、その…。
「きょ、今日は、その…手は…」
「え?」
「い、いやその!み、妙な意味ではなく!…あ、あんたはいつも、その…手をぐいぐい引っ張っていく故、その…っ!な、なんというか…!…っ、決して、そういう意味ではなく、だな…!その、め、珍しいというか…!」
いやだから、そういう意味とはどういう意味だと我ながら突っ込んでしまいたくなる。加えてどうにも流暢に話せなくなるのは何故だ…!だ、大体…っ、ま、まあ口にしてからこんなこと考えても後の祭りであるが、お、俺は!何を!言って…!に「何を言っているんだ」と思われでもしたら…!それとも引かれてしまっただろうか。…俺は!なんてことを…!後悔の渦に飲まれていると、しかし目の前の彼女はけろりとした顔で言ってのけた。
「だって斎藤さん、暑いんでしょ?なのにくっついちゃだめかなあって。暑苦しくて鬱陶しいって思われたら嫌ですし」
「(………………も、もしやさっきの暑いかどうかという質問は…そういう…)」
「だから…って、…あ!もしかして!」
ぴんっと思いついたようにまた明るい顔をひとつすると、はまるで悪戯をする子どものように楽しそうに顔を覗き込んできた。じいっと嬉しそうに見つめてくる彼女の瞳に思わず一歩後ずさりすると、はどこか期待しているような声で尋ねてきたのだった。
「もしかして斎藤さん、手繋いでほしいんですか?」
「な…!?」
思いもしなかった質問に、また顔が熱くなる。慌てて否定しようとするも頭が回転せず、結果どもってうまく言葉に出来ない。…なんてザマだ。なのに目の前の彼女は楽しそうに笑っている。…もしや俺は、からかわれている、のか…!?(な、なんと…!?)
「…っ、あ、あんたは…!人をからかうのはやめろ…!」
「からかってなんかしてませんよ!…まあ、そうだったらいいなあとは思いましたけど」
「な…っ!」
「なあんて!」
にこっとまた笑うを見て、何が本当なのだか分からなくなる。心は見事に掻き乱されて冷静になれない俺は、ただ口をぱくぱくさせて彼女を見つめるしかない。どうやら彼女の悪戯は成功させてしまったらしい。お、俺は…!いつもいつもこんな調子でどうするのだ…!格好がつかん…!
「だ、だからあんたは…っ!からかうなと言ったばかりであるというのに…!」
「それから私、あんたって名前じゃありません。です!」
それはつまり、俺に、と、呼べ、と!い、言われているのだろうか…!そしてどこか拗ねているようなの声に、表情に、俺はまたどうしたらいいのかと二重に慌ててしまうのだ。…俺はこんなにも落ち着きがない男だったろうか。少なくとも俺は任務に対して冷静沈着だと副長にお褒めの言葉を頂いたこともあるはずなのに、どうしての前ではそれが出来ないのか不思議で仕方がない。
「だからって!名前で呼んで下さい!」
「な!?突然、な、何…っ!何を!?」
「突然じゃないです!ずっと前から思ってました!」
だからそれを口にするのが突然だろうと言っているのだ…!毎度毎度は突拍子も無いことをしでかすから、される側は驚くに決まっているであろうに…!ころころと表情が変わる奴だとは知っていたが、こうもぽんぽんと話題も変わるものなのだろうか。そうこうしているうちに目の前の彼女は俺に詰め寄ってきて、なにやら必死な口調で思いの丈をぶつけてくる。
「だって斎藤さん、沖田さんには総司って名前で呼んでるじゃないですか!私、それがずっと羨ましかったんです!私だって斎藤さんにって、名前で呼ばれたいです!」
「………………っ、!」
名前で。は自分だけが一方的に嫉妬していたように思っているのやもしれぬが、それは大きな間違いだ。総司がを親しそうに名前で呼ぶのを耳にするたび、もやもやと得体の知れないものが胸の内に広がっていっていた。きっとよりも。ならば自分も呼び名を変えれば良いではないかと考えもしたが、普段呼んでいた名を変えると言うのはいささか照れ臭く。加えて何もきっかけがないのにそのようにしては驚かれるのではないか。もしかしたら嫌がられるのでは、と考えて込んでしまい、なかなか実行出来ずにいたのだ。…自分の不器用さが嫌になる。
「だから、斎藤さん!私のこと『』って呼んでください!お願い!」
必死そうに頼むは、何故だか今にも泣きそうに見えた。俺としても、そうしたいと前々から思っていたのだから、これは願っても無い展開だ。だがしかし、だからと言って急に適応出来るほど、俺は器用ではなかった。ただ名前で呼ぶだけなのに、それが出来ない。急激に押し寄せてくる羞恥に、俺は溺れていたのだ。本当に、ただ「」と口にするだけなのに。機会が巡ってきたらきたらで出来ないとは、なんと呆れることだろう。
「……さいとうさん…」
なんということだ。俺がちっとも彼女の頼みを実行する素振りを見せなかったからか、はしょぼんと俯いてしまった。その目はやはり潤んでいた。「…ごめんなさい。私、すごく図々しかったです。調子に乗りました」と小さく呟いたを見て、ようやく俺は彼女を傷付けてしまったのだと悟ったのだ。…まるで自分が拒絶されたように感じでしまったのだろう。け、決して俺はそういうつもりでは…!
「その、す、すまない…!突然のことで対応出来ず、だな…!その…!断じて嫌だったわけではなく…!」
なだめるように弁解を試みるも、いかんせん俺は口が上手いわけではない。逆に糸を絡めてごちゃごちゃにしているようにも思える。それでも誤解させているのであれば、それを解かねばならないのだ。どんなに絡まり合っていたとしても、相手が相手なだけに勘違いさせたままにしたくはない。しかし当の本人はそっと俺の様子を伺うように顔をあげてはまた俯くから、全く効果は発揮されないことが手に取るように分かっていた。こ、このままでは駄目だ…!
だから俺はついに覚悟を決める。何度も深呼吸をして、意を決して口にしようとするも何かが喉に引っ掛かってなかなか音に出来ずにいた。そんなことを何度も繰り返しているのに一向に達成出来ない自分自身に段々腹が立ってくる。情けない男だと、きっとも思っているに違いない。…そ、それは…っ!…………!!
「…っ!………っ…!…っ、!」
「えっ!」
搾り出した声で名を呼べばはぱっと顔を上げ、驚いた様子でじっと俺を見ていると思ったら、みるみるうちに明るい表情になっていく。なんだかこちらが照れくさくなってそっぽを向くも、彼女のことが気になってちらちら横目で様子を伺ってしまう。すると遂にはまるでぱあっと花が咲いたように笑顔を見せたと思ったら、嬉しそうに抱きついてきた。(…な!?)
途端毎度のごとく全身が熱くなる俺は、もうどうしたらいいのか分からない。…だ、だから、毎回言っているが!あんたは!どうしてこう!行動的なんだ…!「分かりません?」はそう言って抱きついてきた腕を緩め、そっと俺を見上げてきた。それでもいつもよりずっと近くにあるの顔に、その距離に、胸が大きく高鳴る。視線が絡むと、彼女はにこっと微笑んだ。
「斎藤さんのことが、すきですきで仕方がないからですよ!」
こんなにも愛しく思えるのは何故なのだろうか。心から嬉しそうに笑う彼女が眩しくて、愛しくて。けれど思わず抱き締めてしまいたい衝動をぐっとこらえた。にも関わらず、はまた思い切り抱きついてくるものだから本当に空気を読んでほしい。い、いくら裏道で人がいないからといって、こんな…!
「斎藤さん!だーいすき!」
そんなにも嬉しそうに言われては、俺はもうどうしようも出来ない。ただこの高鳴る鼓動も上昇し続ける体温も、隠し通せるのだろうか。ただ、何かあっても照りつけるこの日差しのせいだと言えることがありがたかった。こんなにも暑くなるのも、くらくらするくらいに動悸が起こるのも。故にきっと、彼女の背中に腕を回したとて、きっと夏のせいに出来る。そんな気がしたから、俺は、
20110703 水着うんぬんのくだりで、うっかりトリップ娘シリーズSSL進出してやろうかと思っ(ry