俺は今日、覚悟を決めた。に想いを告げよう。…前々からどうにかせねばと思っていたのだ。今の俺は中途半端すぎる。このままでは精神に乱れが生じ、いずれ隊務に支障を来たすだろう。それだけは避けねばならぬ。ある意味討ち入りよりも緊張しているのかもしれない。…命のやりとりは幾度となくしてきたが、気持ちのやり取りなどしたことがない。色恋沙汰には一生無縁、刀の道を生きるとばかり思っていたのにこのザマか。
左隣で歩く彼女を盗み見れば、上機嫌に最近あった出来事を話している。もともと話すことが得意ではない俺は時々相槌を打つくらいしか返さぬのだが、はあまり気にしていないのか、はたまたこれが俺の普段の状態であることを重々承知しているからか、彼女が不服そうにしている姿は見たことがない。
だが、いい加減に言わねばならぬ。今日、伝えねば。そう決めた。珍しく俺からに声を掛けて約束を取り付けた4日前。それから今日に至るまでずっと、いつどこで切り出せば良いのかということを考えていた、など本人に言えるわけもない。そもそもそんなことを考えているなどは知るよしもないのだが。庭が綺麗な寺に行って、そのどこどこで言おう、ということまで詳細を決めているなど。ついでに言うと、今こうやってその寺に着いてしまったことで緊張が極限に達しているなどということを彼女に知られたら、俺はすぐさま切腹すると思う。
「うわあ…!京都…じゃない。京のお寺って、やっぱりなんか綺麗ですよねえ。なんか品がある気がします」
彼女は京のことをなぜか京都と言う。京の都と書いて京都と読むそうだ。何故「きょうと」とわざわざ一文字増やして呼ぶようになったのかは俺には分からないが、彼女の故郷ではこれが当たり前だったそうだ。そういう訳で、彼女は癖が抜けず、よくこう言ってしまう。そしてその度に、やっちゃった、と言わんばかりの顔をする。むしろ、表情にまで出てしまっていることを気付いていないと見た。だがそんな彼女を見るのも好…、いや、その、決して嫌いではないから、俺はいつも気付かないふりをする。
「…す、少し、周りを歩いてみるか」
「あ、はい!」
素直に頷いてくれたことに安堵しつつ、左隣で好奇心旺盛な目できょろきょろとあたりを観察している。本人には言えないが、その姿はまるで子どものようだ。普段見慣れぬ物を発見してはあれは一体何なのかと尋ねてくるのだが、流石に寺は彼女の故郷とあまり変わらないらしい。そのような類いの話は一切振られない。代わりに雑談を始めたから俺は彼女の話に耳を傾け、しかし器用に盛り上げる術など知らぬ俺は、やはり無言のまま相槌で答えることしか出来ない。そんな俺に、彼女はふと思い出したように話を振ってきた。
「…あ。そういえば斎藤さんて、本当に刀、すきですよね」
「!わ、分かるか…!」
「はい!さっきの、えーっと…刀屋さん?を通り過ぎたときもじーっと見てましたし」
「!そ、それは、だな…!その…っ!……すまない」
「なんで謝るんですか?すきなことがあるっていいことですよ!」
「…あ、ああ…。そう言って貰えると、助かる」
「はい!…あ、そういえば聞いたことなかったですけど、斎藤さん、どうしてそんなに刀がすきなんですか?」
刀。は何気ない質問を投げかけただけなのかもしれぬが、刀について語れと言われたのだ。これは乗らずにはいられない。は刀に興味がない。そんなことは承知しているはずなのに止まらない。そもそも刀は芸術さを兼ね揃えていてというところから始まり、いい刀は見ていて惚れ惚れするだとか、手入れすることも欠かせないだとか、そんなことを我ながらよく舌が動くものだと思ってしまうほど語ってしまい。気が付けば俺達はもといた場所に戻っていた。つまりは一周し終わっていたのだ。
「(…しまった)」
あまりに語りすぎてそのまま一周してしまうなど…!い、いくら刀の話になったからと言って…!お、俺は一体何を…!むしろ何の為に…!思わず呆然とする俺に、彼女は「で、これからどうしましょっか」ときょとんと首を傾げる。…には悪いが、それは俺も知りたい。俺はこれからどうしたら良い。………。
「…………も、もう一周しても…構わぬだろうか」
「え?ああ、まあ…はい!」
口では良いと言っているが、は心底不思議そうな顔をしている。それはそうだ。何が面白くてもう一周せねばならぬのだろう。いやそれは俺とて同じなのだが。しかし「もう一周」という頼みに何も言わず頷いてくれたにひとまずほっとする。先程と同じ失敗をしてたまるかと心に近い、先程よりもゆっくり歩くことにする。
「…その…すまなかった。あんたは刀に興味はなかったろうに、あんなに長々と…」
「うーん…まあ、完全に私の存在忘れてるだろうなとは思いましたけど」
「(…………な、何も言えん……)」
「でも、子どもみたいに目をきらきらさせてる斎藤さんが見れたので、すごく楽しかったです!本当に刀がすきなんだなあって思いました!」
「…そ、そうか…!」
そう眩しいほどの笑顔で言われると、その、照れ臭いのだが…!しかしそんなことは悟られるわけにはいかず、そっぽを向いて無意味に咳払いして誤魔化した。やはりは不思議そうにしている。…しかし思うのだが、こんなことをしていてはまた先程と同じことを繰り返してしまうのではないだろうか。…流石に三周目、は…!いくらなんでもも呆れるだろう。それに俺もいい加減伝えねばならぬ。
いっそ、ずっとこのままでいるのも良いのではないか、など甘いことを考えては駄目だ、駄目なのだ…!それではに示しがつかん。彼女はあんなにも伝えてくれたと言うのに、俺はただうやむやに流して…。やはり男たるもの、それでは、いかん…!ほ、ほ、ほれ…っ、惚れた女にばかり言わせる、など…っ!
「…っ、!」
「はい?」
歩む足を止めて彼女の名を呼べば、自然とも立ち止まり振り返る。「…お、俺は、だな…!その…っ!」たどたどしく切り出せば、彼女は心底不思議そうにしながらも素直に相槌をひとつ打って話の続きを待ってくれる。彼女から逸らされることなく注がれる視線に心の臓は飛び跳ねて、かーっと顔が熱くなった。
「…………っ!か…っ、刀に興味を持ったら言うと良い、色々教えてやることも出来る故…!」
「…え?ああ、はい!そのときには是非!」
何を言っているんだ俺は…!(流石のも、一瞬「その話はまだ続いていたのか」と言わんばかりの顔をしていた気が、する…!にも関わらず彼女は笑って是非と答えて…!気を遣わせてしまうなど…!俺は!何を!)そもそも女子に刀など教えてどうするという話だ。きっと彼女もそう思っているに違いない。…い、いかん、このままでは…!しかしそうは分かっていても、肝心のときになるとどうしたらいいのか分からなくなってしまう。は今までこんな気分をいつも味わっていたのだろうか。(…そ、そうにはとても見えなかったが…!)…ええい!
覚悟を決め、もう自分に逃げ場を作れないよう、がしっとの右手を両手で握る。彼女は突然のことで驚いたようで目を真ん丸くした。「えっと…さ、さいとう、さ…?」は心なしか頬を薄っすら赤くしながら俺の名を呼ぶ。きっと、どうかしたのか、と聞きたいのだろう。しかしその前に俺が口を開くほうが早かった。
「あんたに、その…ずっと…!ずっと伝えねばと思っていた事があるのだが…!聞いて、貰えるだろうか…っ!」
ぎゅっと手を握る力を強めると、彼女は遠慮しがちにこくりと頷いた。そういえばいつもから手を握られることはあっても、俺からというのはほとんど、というより全くなかった。(まあそもそもあんな人前で、で、出来る訳がないのだが…!いや人がいなければ良いのかと言う話ではなく…!)故にも驚いているのだろうか。まあ俺も勢い余っての行動なのだが。しかし彼女は普段人のことをぐいぐい引っ張っているくせに、いざと自分がされると途端に照れている気がする。もしかしたら彼女は押しに弱いのかもしれない。…とまあ、そんなことは置いておいて、だな…!大きく深呼吸するように鼓動を整え、再び目の前の彼女と向き合う。
「…その…俺は…!あんたと一緒にいると、心が和むと言うか、落ち着くと、言うか…。いや実際はどうしようもなく心の臓が五月蝿くなるのだが…!それでもの笑顔を見ると、俺はどうしようもなく嬉しくなる…。おそらく、癒されて…、いるのだろう…!あんたが隣にいるだけで、いつも…。剣術一筋に生きると決めていたはずの俺が、だ…!…つ、つまり何が言いたいのかと言うと、その…。…っ!」
落ち着け!冷静になれ…!そう自分に言い聞かせ、深呼吸するように大きく息を吸って、一拍置く。握る手から俺の心拍が伝わってしまうのではないかと思うほど、心の臓は大きな音を出している。「お、俺は…!」言え、言うのだ。そして伝えねばならない。今度こそ。どちらにせよここまで来たら、もう後戻りは出来ぬ。意を決して口を開き、一気に想いを吐き出した。
「お、俺は…っ!ほ、惚れているのだ、お前に…!…っ、あんたが心から…愛おしい…っ!」
言い切った瞬間何やら自分はとんでもないことをしでかしてしまったような気分になって、また更に全身が熱くなる。しかし目の前の彼女は何やら小さく俯いているようで、それきり反応がないように思える。…も、もしや、聞こえなかったのだろうか。そういえば何やらもごもごと言ってしまったような気がしないでもない。…お、俺としたことが…!…う、うむ…ならば…!
「お、俺は…っ!惚れているのだ、お前に…!…あんたが心から、愛おしい…っ!」
「えっと、聞こえてます」
「!そ、そうか…。反応がないから聞こえていないものだとばかり…」
では全く同じ台詞を二度も言われたということになるのだろうか。…にとってはよほど奇異な行動に思えたに違いない。いや、出来れば聞こえていたのなら何かしら反応をして欲しかったのだが。もともとは感情が顔に出やすい性格故、せめて何か顔に出るだろうと予想していただけに想定外だった。
「だ、だって!斎藤さんが急に!変なこと言うから!びっくりして!」
「…なっ…!変なこととはどういう意味だ」
「だ、だって!刀の道を行くだとか、女と一緒になることは考えた事がないって前に!言ってたじゃないですか!」
「だからそれはと会う前の話であって、あんたとならそういう人生も良いのではないだろうかと思ったという──…!い、いや、なんでもない!忘れろ!」
「忘れません!むしろ私のことがすきなら、最後までちゃんと言ってください!私のこと、愛してるんでしょ!?」
「な…っ!?」
あ、愛し…っ!?じ、実際に言われると何やら急激に恥ずかしくなってくるものがあるのだがこれは何故だ!いつの間にか俺の両手を包み返していたの手に気恥ずかしくも嬉しく思うのだが、逆にこれは「まるで早く言ってくれ」と催促されているようにも思える。…まるで逃げ道を断たれたような。先に手を打たれ、なおかつ彼女からの頼みにはいつの間にかめっぽう弱くなっていた俺には、元より回避など選択肢に存在しない。「…あんたが思ってるような面白い話ではないぞ」と念の為先に言った後、ゆっくりとその内容を口にした。
「……俺は…刀に命を掛ける人生を選んだことに後悔など一度もしたことがない。むしろそれが俺の生きる目的だと思っていた。だがあんたと出会って…誰かと共に生きるということも悪くはないのではと思うようになったのも…事実だ。こんなにも人を愛しく思えるのだと、初めて、知った…」
思えばに出会って、様々なものが変わった気がする。こんなにも誰かの隣にいたいと思えることを初めて知った。たった一人の表情の変化を気にするようになった。俺の隣にいるときは楽しいと思っていてほしいとずっと願っていた。ただ名前を呼ばれるだけで、こんなにも嬉しくなることがあるのかと思った。
「しかし先にも言ったように、俺は武士の道を選び…いつ死ぬか分からぬ身の上…。あんたを幸せにするなど契りも容易くは交わせん。もしかしたら明日俺は死ぬかもしれぬ。故に…その…」
俺で良いものか。からの想いを感じるたび、そんなことをずっと考えていた。眩しいくらいの笑顔を惜しむことなく見せる純粋な彼女の隣に、果たして俺はいても良いのだろうか。そんなことが許されるのだろうか。返り血はもはや何度浴びたかも分からぬ。何人斬ったのかなどもう覚えてはいない。ひいてはいつ自分が斬られるかも分からない。そんな俺が彼女と共にいても良いものか。それを考え出したらキリがなく、だからこそずっと曖昧なままにしていたのかもしれない。
「えーっと。とりあえず、私を幸せにしようだなんて考えなくて結構です」
「(!!さ、さり気なく断られ…!?)」
「だって私、斎藤さんの側にいられるだけで十分幸せになっちゃってるので、これ以上幸せになったらバチが当たります!」
おれのそばにいられるだけで、しあわせ?思いもしなかった返答にきょとんとしていると、はにこっと嬉しそうな笑顔を見せた。きっと俺が惚れたのはこの笑顔で、きっとこんなにも純粋に笑う人間がこの世にいるのかと興味を持ったのかもしれない。と、そんなことを思った。
「それに斎藤さんはいつ死ぬか分からないって言いましたけど、私も似たようなもんですよ。いつ元いたところに戻るか分からないですし。そういう意味じゃ先がないっていうか、なんていうか。だから逆に私のほうが良いのかなって感じなんですけど…」
「!俺は他の誰でもないあんたが良い…!」
「えっ?」
「──あ、いや、その…っ!つ、つまりはその…そ、そういうことであろう…!…あ、あんたは違うのか。俺では、不服か」
「いえそんなことは!」
「なら、決まりだ…!」
「え?何がですか?」
なんだか意味が分からないと言わんばかりに首を傾げているの手を、今度こそ包み返す。そうして顔の高さまで持ってきて、しかししっかりと彼女の目を見て宣言するのだ。このときばかりは逸らさないで。きっとこれから口にすることは全て俺の自己満足に過ぎぬのだが、それでも伝えたいと心から思ってしまったのだ。
「あんたは幸せにしなくて良いと言ったが、やはりそれでは俺は納得出来ん…!俺とて武士としてではなく、男としての意地も持ち合わせているつもりだ。故に、あんたがここに…俺の側にいるならば、俺があんたを幸せにしてやる…!」
彼女はただ俺がいるだけで良いと言ったが、幸せだと言ってくれたが、もっともっと幸せになってほしい。彼女にはいつも笑っていてほしい。ずっと嬉しそうに笑っていてほしいのだ。そんな彼女を俺が見たいのだ。そしてそれは他でもない俺が、そうしてやりたいのだ。次から次に溢れてくるこの感情は、一体何なのだろう?
「斎藤さん!だいすきです!私、やっぱり斎藤さんのことがすっごくすっごくだいすきです!」
彼女はぱああっと花があちこちに飛び散りそうな明るい笑顔を振りまいて、何故かは分からぬが左腕に抱きついてきた、の!だが!だから!あんたは!な、にを!して…っ!やっと落ち着いてきたと思っていたのにまた体が熱くなって、かーっと急激に全身の温度が上がった気がする。慌てて彼女に離れるよう言っても、にこにこしながら「いやです!」と答えるだけで全く効果は見られなかった。
「ねえねえ、斎藤さんは?斎藤さんは私のことすき?」
「な!?さ、先程言ったであろう…!」
「言ってません!惚れてるとは聞きましたがすきとは聞いてません!だから言って下さい今すぐに!」
それは何故だどういう理屈だ!…と、言いたいのだがもはや衝撃の言葉にも出来ない。ガチンと凍りつく俺にも彼女は知らん振りで、まるで駄々をこねる子供のようにくいくい手を引っ張って催促してくる。
「ねえねえ言ってください斎藤さん!私のことすきって言って下さい!」
そうして最後にちゃっかり「私のことが好きなら」と付け足すあたり、はずるいと思う。これでは言うほかないではないか。そもそも頬を薄っすら朱色に染めながらも目はキラキラと期待の眼差しを灯している彼女に、羞恥のあまり「言えるはずがなかろう」など言えるわけもないのだ、が…!
「ねっ、斎藤さん!すきって一言言ってくれるだけで良いんです!だからね!ねっ!お願いします!愛があるなら聞かせて下さい!」
あ、愛…っ!ぼんっと一気に全身が熱くなる。もしかしたら顔も真っ赤に染め上がっているのかもしれない。しかしはそんな俺を見てもなお引き下がる様子は見せない。むしろ更に目をきらきらさせたように見える。そ、そんな期待の眼差しで見られたら、俺は…っ!『愛があるなら聞かせてください!』…あ、愛がある、なら…あい…愛…!?──っ!い、いや、何を照れている…!は、腹を括れ斎藤一…!一言言えば良いだけなのだ、あ、ああああ、愛、が、あるならば…っ!愛…、!
「──っ!あ、愛してる…っ!」
…いかん、違う、間違えた。そう思ったときには何故かが胸に飛び込んで来ていたのだから訳が分からない。
20110510 きっと斎藤はプロポーズめいたことを言ったということを無自覚でやってのけたんでしょうねこの天然め!^q^でもトリップでの恋愛は悲恋の最終的にはイメージがげふんげふん!※女と一緒になるうんぬんのくだりは「桜文」にあります