「斎藤さん!はいっ!これどうぞ!」
そう満面の笑みで言うはなんだかとても嬉しそうに見える。そんな彼女が差し出してきた小さな包み。な、なんだ。これは。意味が分からず俺はただそれを凝視するしかない。風呂敷に包まれていて中身が見えないゆえ推測するしかないのだが、全く思いつかない。どうぞと言ってきているから俺に「受け取れ」と言っているのは分かるのだが。すると不思議がっていることに気付いたらしいは、「あ、えーっと!あのですね!」と解説し始めた。
「私がいたところではこの時期になると、すきな人にチョコ…あ、えーっと…お菓子をあげる習慣があるんです!だから斎藤さんに!」
「!?す…っ!?」
「はい!すきな人にです!」
そう清々しいくらい断言したがにこーっといつもの笑顔を振いたせいで、どきりと心臓が高鳴る。にも関わらず、そうさせた張本人である彼女は相変わらずけろっとしているから、俺の方がおかしいのだろうかと錯覚してしまう。…せめて、まるでさも当たり前であるように言ってくるのはやめてくれ、どう反応したら良いのか全く検討もつかない。(い、いや、決して!決して嫌なわけではないのだが!)半ば硬直状態になっていると、は「だから、えっと!…う、受け取って下さい!」と今度は少し気恥ずかしそうに言って、再びその包みを俺に突き出すように差し出した。
「本当はクッキーとかチョコケーキとか作りたかったんですけど、材料もオーブンもなかったから大福作ってみました!あの、斎藤さんのお口に合うかは分からないんですけど!あ、一応味見はしたので大丈夫だとは思うのですが!でもあの、私なりに頑張って作ったので!」
……いやちょっと待て、今こいつは何を言った?冒頭で聞きなれない単語が度々出てきたのはこの際置いておくとして…。な、なんだ?聞き間違いでなければ、は「私なりに頑張って作った」と言ったか…?ということはこれは…の手料理ということか…!?の…手料理…?
『すきな人に、お菓子をあげる習慣があるんです!』
『私なりに頑張って作ったので!』
以前は料理が苦手だなんだと小耳に挟んだ事がある気もするが、まさかこんなところでお目に掛かるとは思わなかった。しかも話の流れからして、これは俺のためにわざわざ作ったということだろうか。……料理が不得意であるはずのが…俺のために…わざわざ…。…………。
「?あ、あの…斎藤さん…?」今この感情を、どう表現したら良いのだろうか。…俺の口に合うか分からないとは言っていたが、そんなもの関係ない。美味いだとか不味いだとか、そういう問題ではない。むしろ関係ない。重要なのは、が俺のためにわざわざ手間隙を書けて作ってくれたという事実であって…。「…!…も、もしかして…!」ん?なんだ…?しまった、すっかり考えにふけっていたせいで、彼女の話を聞いていなかっ…。………。なにゆえそんなに暗い顔をしている…?
「…や、やっぱり、手作りって重いですよね…!す、すみません勝手に突っ走っちゃって!迷惑ですよね!あの、これはなかったことに…!」
待てなにゆえそうなる…!もしかしたら俺が色々と考え込んで何の反応をしていないのを勘違いしたのやもしれん。そうこうしているうちには小さな包みを隠すように引っ込めようとするものだから、思わず彼女の右手首を掴んで阻止してしまった。無論は驚きを隠せないようで大きな目を真ん丸くしているが、正直俺のほうが驚いた。自分の行動とはいえ、無意識の反応とは末恐ろしい。お、俺は一体、何を…!
「す、すまない…!」
「あ、いえ…。……?」
相変わらず不思議そうにしているの手を開放する。途端に広がる沈黙。確かにからしてみれば、奇怪な行動を取った俺の反応を待つより他はないのだろう。風呂敷を胸の前で抱きながら、じっと俺を見つめている。………。………っ!「そ、そんなに見てくれるな…っ!」「え?あ、すみません…?」謝罪の言葉が疑問系なのは、きっと自分を責められる理由が分かっていないからだろう。いや、分かっていても困るのだが…。……ああすまない、このままでは話が前に進まないな。よ、要するにだ…!
「そ、その…だ、誰も食わぬとは言っていない…ゆえ…っ!」
目を逸らしながら喉の奥から出た細々とした声は、我ながらなんと頼りないことか。ちらりとを見てみるときょとんしていて、特にこれといった反応はない。…も、もしや聞こえなかったのだろうか。それとも意味が分からなかったのだろうか。遠回しではなく、もっとはっきりと言った方が良かったのだろうか。な、なんだかそわそわとして落ち着かない。ど、どうすれば良いのだ。せめて何か、何か言ってくれ。耐え切れずまたそろりとを見てみると、今度はぱあっと花が辺りに散るように明るい雰囲気をかもし出していた。(な…!?)展開がよく理解出来ず呆然としていると、そんなことお構いなしと言わんばかりに食いついてきた。
「え?じゃあ斎藤さん!もしかして!食べてくれるんですか!?」
「!あ、ああ…」
「うわあ!ほんと?ほんとのほんとに!?」
「あ、ああ…。し、しかし、何故それほどまでに喜ぶ…!」
「ううん!斎藤さんは分からなくて良いんです!乙女心ってやつですから!」
そう言ってきゃっきゃとはしゃいでいるは、また嬉しそうに笑う。こんなに喜ぶのなら、素直にすぐ返答すれば良かったのかもしれない。すると彼女は「ああそうだ!それなら早く食べてもらわないと!」と言い出して、何処か良い場所はないかと考え始めた。(…い、今!?しかし夕餉の時刻が近いゆえ、このまま菓子を食べて夕餉を残してしまう。それは頂けない…)
「、今すぐとは言っても、もう夕餉の時刻が近いのではないか?」
「あ、そっか。…そうですよねえ…。……やっぱり、だめかあ…」
そ、そんな淋しそうな顔をしてくれるな!しょぼんとまるで耳を垂らした子犬のような姿に、思わず胸が締め付けられる。……っ!「だ、駄目とは誰も言っていない!」「えっ?本当ですか!」…しまった!つい…!後悔しても時既に遅しで、彼女はひどく喜んでいる。いやしかし、この時間に菓子を食べては、確実に夕餉を残してしまう。俺としてはそれは避けたいのだが…いやしかしこの状況下でそれ以外どう対応しろと…!「私、すっごく嬉しいです!」…だ、だから…っ!そ、その笑顔は反則だ…!
★
「(……なにゆえ…)」
なにゆえ俺はこんなにもに甘いのだろうか。考えても考えても分からない。彼女が淋しそうにしていたらなんとかしてやりたいと思うし、逆に嬉しそうに笑っている姿を見ると心が温まるような…。そ、それは今関係ないから置いておくとして!しかし隣で腰掛けるはうきうきと心なしか上機嫌のように見える。…う、うむ…そうか…それなら…。(いや何が「そう」なのかという話になるが、それを追求されたら非常に困る)
「でねでね!大福も、ただの丸じゃつまらないかなって思って、色々形変えてみたんです!」
「…変えてみた、とは…?」
「えっと、ハートとか…あとは雪うさぎとか!」
「……はあと…?」
首を傾げていると、「これですよ」とその「はあと」の形をしているらしい大福を指差した。これが…はあと…?丸でもないし、三角でもないし、なんとも奇妙な形をしている。これは…はあとというのは、実に奇異なのだな。「可愛いでしょう」と言うには口が裂けても言えないが。しかしはこう見えて器用らしい。…いや、「こう見えて」というのも失礼な話だが。料理は得意ではないと聞いていたからどんなものが飛び出してくるのかと思っていたのだが、なんら変わらない大福だ。というより美味そうだ。雪兎を真似たというのも良く出来ている。…まあ若干一部、形が個性的だが。(はあと形とやらが)
「…はいっ!じゃあ斎藤さん!口開けて!食べさせてあげます!」
「!??い、いらん!これくらい自分で食べられる!」
「そんなこと言わないで!…はい!あーんして下さい!」
あ、あんたは!な、ななな、何を!言って!そんなこと出来るわけなかろう!確かに神社の境内はひと気がないようだが、そんなこと関係ない。慌てて顔を逸らして拒否するも、は大人しく引き下がってはくれないらしい。不意打ちのように半ば無理矢理突っ込んでくるものだから、俺は心底驚きつつも成す術もない。一口分だけ噛み切って、大人しく大福を味わう結果となった。…一体何てことをしてくれる。驚くだろう。そう抗議のひとつでもしようと思った瞬間に「ねえ斎藤さん!おいしい?」と目をきらきら輝かせて言ってくるのは俺の心を読んだからなのだろうか。そんなことをされるものだから、口にしようとしていた言の葉は喉に逆戻りして、綺麗さっぱり消えてしまったではないか。
…今の彼女の姿は、まるで好奇心旺盛な子どもそのものだ。だからだろうか、逸らすことなくじっと見つめてくるその瞳を見ていたら、いつの間にか頷いてしまっている。(な、なにゆえ…!?)するとはぱあああっと明るく笑ってくるから、俺はもう何も言えない。照れ臭さからふいっと顔を逸らして残りの大福を味わっていると、それに気付いたはまたぴょこんと覗き込もうとするからタチが悪い。そうはさせぬと身体ごと向きを変えて彼女に背中を向けるように座り直すと、は不満そうに声を漏らした。
「もー…!やめてください斎藤さん!そんなふうにされたら、後ろから抱きついたくなっちゃうでしょ!」
…次の瞬間、盛大にむせてしまったのは言うまでもない。
★おまけ
「ゴホッ!…ッゴホゴホッ!」
「さ、斎藤さん!だ、大丈夫ですか!?」
「…っ。あ、ああ。大事無い。気にするな」
「そ、そうですか…?」
「ああ…(つ、つまりこのまま黙って背を向けていればは俺を…?な、ならばこのままでいた方が良いのだろうか…って、…!!!??い、いや、俺は一体何を!何を考えて!…いや、だがしかし、だがしかしの話だ。このまま大人しく座り直すとしよう、そうしたら明らかに発言を真に受けた、とは思われないか?よくよく考えたらは冗談を口にすることも稀にあるし、今回のもそういうことなのやもしれぬ。うむ。そうだ。ゆえにこのままで大丈夫だ、問題ない。…む、無論これは別にその、そ、そういうことを期待しているのではない!していないのだ!ま、まあ本気の発言だったとしてもそれはそれで、)」
「(?斎藤さん無心に食べてくれてる?気に入ってくれたのかなあ?…えへへ、なら良いなあ)」
20110212 おい誰だこのムッツリ^q^ていうか神聖な境内でお前ら一体何を(ry