「あっ!斎藤さん!」
…この声。聞き慣れた明るい声に振り返ると、予想通りが嬉しそうに立っていた。なんでも見掛けたから声を掛けたのだろいう。…そうか。そう短く返した俺とは対照的に、彼女は嬉しそうに綻ばせている。それから他愛のない世間話に花を咲かせようとしたから驚きの声が上がったのは、それからすぐのことだった。
「さ、斎藤さん!?あの…手!血が…!」
「え?…ああ…」
慌てたように指摘するから何かと思って注目された左手を見てみたものの。なんてことない、ただ甲に小さな赤い雫が溜まっていただけだった。どうやら気付かないうちに切ってしまったらしい。何かに引っ掛けてしまったのだろうか。確かに多少ヒリヒリするが、所詮かすり傷だ。大したものではない。しかしは「でも怪我は怪我です!血も出てるし…!」そのうち治ると聞かせても、頑として首を縦に振らない。…なんて強情なんだ。
「あっそうだ!私、ばんそーこ持ってますよ!」
ばんそーこ。また聞きなれない言葉を使う。一体何のことだかさっぱり分からない。一方のは「ちょっと待ってて下さいねー!…ど、どこだっけかなあ…!」と言って、わたわたと慌てた様子で「ばんそーこ」とやらを捜し始める。仕方ないので黙ってそれを見守っていると、彼女はすかーと?とやらの右腰のところに手を突っ込んだ。(どうやらぽけっと?という収納場所があるらしい)そうしてその拍子に少し…すかーと…?が上に上がって白い足がまた少し露出されていまうから、俺は慌てて視線を外した。だからこのセイフクとやらは丈が短いとあれほど…!
「…あ!あった!」
俺の心情を知らないは、けろっとした声でばんそーこの発見を知らせた。どうやらぽけっとではなく巾着に入れていたらしい。……この女は。「はい斎藤さん!手出してください!貼ってあげます!」…いらん「なんでですか?」必要性を感じないからだ。
そうすぱりと言い放つも、「だめです!だーめ!ばい菌が入ったらどうするんですか!」ば、ばい?きん?だから、俺にも分かる言葉で話してほしい。どう反応したら良いのか検討も付かない。そもそもそのばんそーこ?とやらは何を目的に作られたのだろうか。まずはそこから説明して欲しいものだが。
「とにかく!斎藤さんはなんでもないって思ってるかもしれないですけど、私は心配ってことです!危ないお仕事だってことは知ってるから私、毎日ずっとずっとお祈りしてるんですよ!だから、心配くらいさせてください!これくらいさせて下さい!」
「…あ、ああ…」
そう真剣な顔で言われては、断ることも出来ない。大人しく頷くとすぐにぱっと明るい笑みを見せて、「じゃあ左手出して下さいね!」と言ってきた。…まるで子の手当てをする母親だと苦笑してしまう。大人しく手を差し出すと、彼女はそれを確認して満足そうに笑った後、ばんそーことやらをびりっと破いた。な、なんだ…?
これを使うのではなかったのかと驚いていると、中からまた新たな物体が出現した。物体、というより、紙…?なの、か?にしては材質が…。…紙の中から紙とは非なるものが出てくるとは、まるで脱皮したようだ。ばんそーことやらは、職人が作ったものなのだろうか。
まじまじと物珍しげに見えていると、それに気付いたは「なんだか斎藤さん、目キラキラさせて可愛いですね!」と言ってきた。か、かわいい…?「はい!きゅううんってします!」…喜ばれるのは結構だが、男の俺が「可愛い」などと言われても全く嬉しくはない。それにそういう単語は俺ではなくあんたのほうが当てはまるのでは…い、いや!それは置いておくとして!
ゴホンと咳払いをして気を紛らわすと、脱皮を終えたばんそーこは、どうやら中から出てきたほうを使うらしいということが分かった。ちなみに皮はの手によりくしゃくしゃと丸めてまた巾着の中に戻っていた。…なるほど、これがばんそーことやらの本体…。大きさは親指の長さほど。外見は桃色に…なんだろうか。何かの絵が書いてある。…これは………花…なのか…?ほぼ丸で描かれたであろう花。特に絵心はたしなめているわけではないが、俺の方がうまく描ける気がしてならない。どうやらばんそーこ職人は、絵に関しての才能は長けていないようだ。
「はい、じゃあ貼りますよー!…あ、消毒とかしたほうが良いのかなあ…?ま、いっか!」
…なにやら不安だ。よく分からないが不安だ。大丈夫なのだろうかとハラハラしてしまう。すると何を思ったかは前触れもなく俺の手に触れてきたから、思わずびくりと反応してしまう。な、な、何、を…!?動揺は一気に体温を急上昇させ、冷静さを奪っていく。しかし一方のは、「なんで動くんだ」と言わんばかりの顔をした。
「斎藤さん!動かないでください!ばんそーこ貼れません!動いちゃだめっ!」
「え。あ。す、すまない…?」
…何故謝っているのだろう俺は。気が付けばによって左手は握るように固定されていた。そっと優しく触れる彼女の手は、俺よりも小さく、弱々しく、けれども美しかった。刀を握り人を殺めることに後悔はない。だが血を知らない手はこんなにも白く、細いものなのか。何より柔らかく温かい。
「…綺麗な手だな」
ぽつりと呟いてしまうと、聞こえたらしい当の本人は「え?そ、そうです、か…?」と首を傾げている。そうして己の手を見た後、「別に普通だと思いますけど」と返してきた。…そうか。普通か。彼女にとってはこれが当たり前で、特別なことではないのだな。なんでか笑ってしまう。
「?斎藤さん?」
「なんでもない。そうだな、普通だな」
「?はい…。?……はい!出来上がり!ばんそーこ、貼れましたよ!」
完成の声が上がったので左手の甲を見てみると、先ほどの可愛らしい桃色の張り物が付けられていた。(…我ながらなんと似合わない…いや似合っても困るのだが。)しかし小さいのに、驚くほどぴったりと肌に密着して離れない。なんと不思議なものが。流石職人が作ったばんそーこだと思っていたのだが、にいわく、彼女の故郷ではこのようなものが当たり前のようにあるのだと言う。そしてこれを作った人物は、別に職人でもなんでもないのだという。(むしろ作ったのは人ではないと言う。では誰が作ったというのだろう?彼女の故郷は分からないことだらけだ)
「あ。そのうち自然に剥がれてくると思うので、そしたら取っちゃって大丈夫です」
「…そうなのか」
「はい!早く治ると良いですね」
そう言って、先程まで、しょうどく?がどうのと不安げにしていたのが嘘のような笑みを見せた。つまり「ばんそーこが自然に剥がれてくる」というのは確かな情報で、信用して良いということだろう。「…??」ばんそーこは貼れたというのに、彼女は一向に手を離そうとしない。不思議に思って彼女を見やると、にこっと人懐こつ微笑まれた。(…っ!)
「それと、おまじない!…斎藤さんが、もう怪我なんてしませんように!」
ぎゅうううっと俺の両手で包み込んで言った彼女のそれは、やはり小さい。そして血も怪我も知らない彼女の手も、やはり美しかった。刀を握り俺の手が大きいのかがさつなのかは分からない。…そうか。は、女なのだ。唐突にそう思った。無論そんなこと、当の昔から知っている。それこそ出会ったときから分かっている。それでも思わずにはいられなかったのだ。彼女がこれからもずっと「普通」であり続けてほしい。俺が、彼女の「普通」を守れたら。そんなことを考えていたら、無意識にきゅっとその手を握り返していた。
「それと、もうひとつ。…あんたを守れますように」
すると予想外のことだったのかは少し驚いて、けれどもすぐに頬を赤めて嬉しそうに笑った。
▼おまけ(どうやら沖田くんが斎藤くんの絆創膏の存在に気が付いたようです)
「?一くん。左手のそれ、何?」
「…!こ、これはその…!な、なんでもない」
「ていうか桜色って…見事に似合わないね。なんて可愛らしいこと」
「黙れ」
「まあどうせちゃん関連なんだろうけどさ、それ見ていちいちにやにやするのやめてくれない?僕おかしくてお腹痛くなっちゃうよ笑いに耐えるの結構辛いんだから」
「
だっ、黙れ!!」
20101213 (可愛い絆創膏があれば斎藤の好感度が急上昇する…だと!?ちょっと絆創膏買って来る!)