「斎藤さん!お菓子ください!」

…そう突然言われても、生憎俺は菓子など持ち合わせていない。そう答えてやるとは「うん。だと思いました」と言って、これまた眩しい笑顔で返された。思わず顔を逸らしてしまうと、案の定「えっ!なんでむこう向いちゃうんですか!」と不服そうな声が飛んでくる。…なら不意打ちはやめてくれと言ってやりたい。もっとも、そんなことは口が裂けても言えないが。それにしても、は何故俺が菓子を持っていないと承知の上で聞いたのだろう。…とりあえず咳払いをひとつして、顔を背けた理由を誤魔化してから口を開いた。

「…して、何故菓子なのだ。腹が減ったのか」
「ううん、違います」

そう言って彼女はふるふると首を振って否定するが、腹が減ったのでなければ何だと言うのだろう。女子は甘い物がすきだというし、も好物のようだが…ただの気まぐれか…?…!ま、まさか…!俺と一緒なのは退屈すぎるということを遠回しに言われているのだろうか。だから暇つぶしに何か食べたいと…!こ、こんなことならば、日頃から何か菓子でも持ち歩いているべきだった。もしかしたらに、気が利かない男と思われたやもしれん。……………!!…そ、それ、は……!

「…だ、団子でも食べに行くか」
「ううん、大丈夫です」
「な、ならば…。………。…!ま、待っていろ、菓子でも買ってく、」
「いーえっ!ここにいて下さい!ねっ!」

そうしてにこっと満面の笑みに思わず見とれていると、その隙を奪われてかぎゅっと手を捕まれてしまうから、思わず動揺してしまう。左手を包まれるように握られたの両手に、心臓は踊るように高鳴った。どうしたら良いのか分からず彼女を見やれば、少し頬を染めたまま微笑まれる。また心臓が高鳴った。

「あ、あのね斎藤さん。ハロウィンって…知ってますか?」
「………は、はろ…?」
「えっと、平たく言うと、仮装した子ども達がトリック……あ、えーっと…。『お菓子をちょうだい!じゃなきゃ悪戯しちゃうぞ』って言って回って、大人からお菓子を貰う、異国の行事なんですけど」
「…そ、そうなの、か…」

には悪いが、今の俺は別のことが気になって、彼女の話を集中して聞けん。まさに聞き流しというのはこういう状態のことを言うのだろう。現に今、彼女によって繋がれた左手ばかり凝視してしまっている。これほど緊張しているのは俺だけなのだろう。…もしかしたら彼女は、男の手を繋ぐことなど動作もないことなのだろうか。…お、男…?そういえばは男に言い寄られたりすることはあるのだろうか…。…………。「………だから…って、斎藤さん?聞いてます?」そ、そういえばは人懐っこいしよく笑う。それにその、の笑顔は、あ、あ、あ、あ、あ、あい、あ、愛ら、しいものが、その…あ、あるというかなんというか、こう…惹き付けられるものがあるというか。そうだ、見ているとこちらまで心が暖かくなるというか、輝いて見えるというか、眩しすぎて直視出来ないというか、むしろ見ていると鼓動が早くなるというか…いやそれは俺の主観が入っているのか?…主観…?い、いや!別に俺はのことをそんな…!…話が逸れたな。つまりはそういうだから、もしかしたら他の男から何か言われたりすることがあってもおかしくは、な、ないということ、なのだろうか。やはり。…だとしたら俺は一体どうしたら、

「…斎藤さん?ね、ちゃんと聞いてます?」

そう言ってくいくいと手を引っ張りながら不思議そうに様子を伺うにはっとする。そうしてやっと我に帰った俺は、慌てて「す、すまない。少しばかり考え事をしていた」と誤魔化したのだった。…何を考えていたかなど、口が裂けても言える訳がない。しかしそうとも知らないは「大丈夫ですか?」と心配そうな顔をしているから罪悪感だ。

「なんだか斎藤さんがぼうっとするなんて珍しいですね。あ、もしかして具合でも…?」
「!き、気にするな、問題ない。して、そのハロがどうした」
「あっ!そう!ハロウィン!」

本題に戻されたことにより深く追求されなかったことに安堵して、今度こその話に集中しようと努力する。まあ肝心の…なんだったか、はろ、うぃん?がどんなものなのかは、聞き流していたせいで全く理解していないのだが。するとは「だからね、斎藤さんはお菓子持っていなかったわけだから、悪戯されても仕方がないわけですよ!」と言うから訳が分からない。…ちょっと待て、何故そうなる。

「だから言ったじゃ無いですか。ハロウィンなんだって」
「そ、そういう問題ではない!」
「えーっ!なんでー!」

納得がいかないと言わんばかりの顔をする彼女だが、それでも相変わらず、頑固として手を開放しようとしない。むしろまるで親にねだる子どものようにぐいぐいと引っ張ったりして気を引こうとしている。だが俺も、それが嫌な訳では決してないのだ。ただ、その、照れくささが先走って拒否してしまうだけで、あって。

そんな中、ふと彼女と目が合った。すると少し頬を染めて、何か意を決したような表情をする。…な、なんだ、突然。更にはあれだけ離さなかった左手も突然開放されてしまう。一体なんだと驚いていると、ふわりと優しい風が吹いたような感覚に包まれた。そうしてなんだか甘い匂いがするなと思ったときには、はなぜか俺の胸の中にいた。背中にはの両腕が回され、ぎゅっと抱き締められている。

…あまりに突然の出来事に俺の思考回路は完全に遮断され、硬直したのは言うまでもない。こ、これは、い、一体…!?な、なんだか柔らかい何かも当たっているのだが、これは、な、な、何…っ!一気に体温が上昇している中、慌ててを見ようとするも、肝心の顔は胸にうずめるようにしているから全く見えない。こ、この状況は俺に、ど、どうしろと…!

「……え、あ…そ、その…!……っ、…?」

どこを見たら良いのか分からず目を泳がせていると、ふと空っぽの彼女の背中を見つけた。そしてそれと同様の俺の両手。…だ、だから俺に、ど、どうしろ、と。ぐるぐると混乱が全身を駆け巡っていると、まるでそれを察知したかのようにより一層強く抱きとめられる。だから俺も意を決してゆっくりと背中に手を回そうとしたまさにそのとき、はしゅるっと紐が解けるように離れてしまったから、俺は慌てて両手を下ろした。(だからその、た、多分気付かれてないはず、だが…!)

「な、なあんて!い、いたずら!…じゃ、じゃあ斎藤さん!今日はあの!こ、これで…っ!」

頬を染めながら慌てて離れたは早口でそう言った後、逃げるように走り去ってしまった。そうして少し離れたところで一度くるりとこちらを振り返ってはにかんだ笑顔を見せたが、すぐにまた背を向けて走りだす。それ以降、もう振り返ることはなかった。…俺は何をするでもなく、その姿を見送ることしか出来ない。…今、何が起こった。そして俺は、何をしようとした。ぼうっとする頭でゆっくり状況を把握した瞬間、何かがぼんっと音を立てて爆発した。

「(……だが、俺も、な、何…っ!何を…!お、俺はを、だ、だき…っ!抱き締め返そうとした、のか!?)」

まるで全身が沸騰したかのように、熱い。とうの昔には離れたのに、まるで今も彼女がこの胸の中にいるような感覚に溺れ、抜け出せない。





溺れる魚





20101101(こないだカラオケでコイスルオトメのPV見て、「ヒロインが『なんとかして抱き締めたい』と頑張ったって良いじゃない!」と思った結果がこれだよ…^q^)