「…もしも。もしもの話だ」

ぽかぽかと暖かいある日のこと、そう唐突に話を切り出したのは斎藤さんだった。 随分念を押しているなあと不思議に思いつつ、なんですか?と聞き返してみる。 斎藤さんが仮説の話をするのはとても珍しいのだ。 「あくまで、もしもの話だぞ」 あれ・また念を押してきた。どこまで執着するんですかそこ。 「分かりました。ちゃんと分かってますよ」と頷くと、彼は「うむ」と頷いて、これまた神妙な顔をして言った。

「もしも自由に使える金がまとまって入ったら、あんたは何を買う?」

内容も唐突だなあと感想を持っていると、「ああ、あくまでも仮にの話だが」と珍しく少し慌てながら、ご丁寧に付け足された。 今日の斎藤さんは珍しくどこか落ち着きがないなあとぼんやり思いつつ、「はあ…」と曖昧に相槌を打つ。 こんなことを聞くとことは、もしかして斎藤さん、何かシンセングミで手柄でも立てて、まとまったお金でも手に入ったのだろうか。 うわあ、だとしたら、凄いなあ斎藤さんは。思わず尊敬してしまう。 で、斎藤さんは見るからに物欲がなさそうだから、何に使うのか良案が浮かばなくて困ってるってとこなのかな。 しかし私と斎藤さんは、多分趣味もセンスもきっと違うだろうに、大丈夫なのかなあ。

「…うーんと。私のを聞いても、あんまり参考にならないと思いますけど」

そう遠慮しがちに言ってみるが、斎藤さんは「だから、もしも、と言っている。これは仮説の話であって、決して現実の話ではない」とまた念を押しているものだから、思わず苦笑してしまう。 そんなに言ってくるってことは、イコールそうなんですって公言しているようなものだと気付かないのだろうか。 きっとこの人は嘘がつくのが苦手なんだろうなあ。 だけど、そういう真っ直ぐなところもだいすきですよ!と言ってあげたいけど、当人が大真面目な顔をしているから、残念だけど心の内にしまっておくことにした。 ちぇ。 「…して、何に使う」 え?…あ・そっか。うーん……。

「すみません。突然すぎて思いつきません」
「それでも何かあるだろう。 あんたのいたという所とここは大分違うと言っていたな。 やはり、そこにいたときのことが思い出せるものが欲しいのではないのか。 異国のものとか」
「んー…まあ、あったらあったで嬉しいですけど、なんかもうこの時代に大分慣れてきて、なくて困るものもなくなってきたっていうか…。 そもそも多分私がいた時代のものとこの時代のものは、やっぱり違うと思いますし。 それに私は、斎藤さんがいてくれればそれで十分です!」
「…な!だ、だから、人をからかうなと…!いつも…っ!」
「だって本当のことですもん」
「──っ!…と、とにかく!何か案を出せ! 前にいたところのものはいらぬと言ったな。 ではやはり、綺麗な着物を着たいと思うか。 それとも簪か」
「ううーん。わたしかんざしの使い方分からないし…。 綺麗な着物は…そりゃ好きだし、テンションも上がりますけど、高級なものはきっと着させられてる感があって似合わなそうだし…。 あ!じゃあ、斎藤さんが喜ぶことに使います。 斎藤さんが欲しいものを買うために使います!」
「だからそういうことを聞いているのではなくて、俺はただ単にあんたが喜ぶことをし──い、いやなんでもない気にするな!」

なんかごにょごにょ言っててよく分からないけれど、耳まで真っ赤にしちゃって! うわー!可愛いなあ斎藤さんてば! 普段はクールで冷静で格好良い人だから、こういうギャップにはきゅんきゅんします。 女の子はギャップで落とされるって知っててやってるのかなあ。 そう思わずにはいられない。

だから私は最近、何かというと「すき」と言う。ちゃんと伝える。 しかしこの時代の女の人はこんな告白をするものではないらしく、常に驚かれている。 「そういうことは簡単に言うものではない」とかなんとか言われたっけ。 顔赤くして言われても何の説得力もないけど。 でも斎藤さんもいい加減慣れて欲しいなあ。 あ、でも照れる斎藤さんもレアで良いけれど。

…斎藤さんの言うとおり、この時代に来て、不慣れなことは沢山あった。 例えば着物。 制服を洗濯しているときに着ることがあるのだけれど、とってもとっても歩きにくい。 すぐ疲れちゃう。 だから着物はあんまり着たくないというのが本音だ。 お陰で斎藤さんの後ろを追いかけるのも一苦労だし、彼も歩くのがとってもとっても早い。 だけど逐一振り返ってくれるから、「大丈夫か」と聞いてくれるから、きっと私は頑張れる。 多分私が見知らぬ世界でやっていけるのも、斎藤さんがいるからだった。

だけど当人はそんなこと、きっとこれっぽっちも気付いてない。 今まで猛烈アタックしても「すき!」って直接言葉にするまで全然気付いてくれなかった人だから多少の予想はしていたけれど、まさかここまで鈍感で天然な人とは思わなかった。 まあそこも斎藤さんの良い所だけれど。 そんな彼は相変わらずお金の使い道に悩んでいるらしい。また同じ質問を繰り返した。

「…本当にないのか。 ひとつくらいあるだろう些細なことでも何でも良い。 欲しいものが無いのなら、やりたいことはないのか」

…今日は随分食いついてくるなあ。 いつもなら、「…そうか」って頷いて一言で終わるだろうに。 いやそもそもこんなこと聞かれた事無いけど。ていうか今更だけど、こんなにお金の使い道に困る人ってどうなんだろう。 しかも私はともかくこの時代に生まれ育った斎藤さんが。 そもそも、さっきも言ったけれど、私なんかに聞いて参考になるのだろうか。 けれどこんなに頼られるのは初めてのことだから、出来ることなら力になりたい。 なりたい、けど。うーん……。

そもそも平成の時代からやってきた私には、この時代のお金が、平成でどれくらいの価値があるのかまったく分からない。 最近やっと、なんとなーく感覚が付いて来たくらいだ。 (てっきり刀も安いと思ってたらものっすごく高いと聞いてびっくりした。 まあピンからキリまであるみたいだけど) だから私には価値の判別がとても苦手だし、そもそも物が溢れた時代から来たわけだから、特に魅力的に映るものはないというのが本音だ。 だけど聞かれているのだから答えなければ!

……うーん………………そうだなあ……。あ・ケータイの電池とか? まあどう頑張っても手に入らないけれど。 そもそもちっとも圏外から脱してくれないケータイなんて、持っていても意味がないかな。 あ・「チョコレートが食べたい」? でもこの時代にあるのかなあ。 …あーもーっ!やっぱりない! 毎日本当に同じ様な、それでいて何も無い生活だけれど、私は随分それに慣れてしまったようだった。 こんなふうに斎藤さんとお喋り出来ればそれで……あ! 「斎藤さん、ありました!いっこだけ!」

「もしも私にまとまったお金があったら」
「…ああ」
「斎藤さんとのデート資金にします!」
「…でえと?」

あ・「なんだそれは」って顔してる。 しまった、デートって英語か! んーと、デートって…なんて言ったら良いんだろう。ううーん…。 頭を抱えて悩んだ末、 「よ、要するに!2人で遊ぶための資金ってことです! 例えば一緒にお茶屋さんに行くとか、そういうことに使うってことです!」と解説する。 …まあ、こんな感じで伝わる、かな? ううーん。カタカナを使わない会話って、難しい。 これだけはなかなか慣れない。

「…茶屋…。団子の食べ歩きでもするのか?」
「い、いえ!決してそんな大食い大会みたいなことじゃなくてですね。 ただその、好きな人とまったり一緒に時間を過ごすんです。 …うん。私、そんな1日を過ごしたい!斎藤さんと! 1日中斎藤さんを独占です! まあ、お金はあんまり使わないかもですけど、私にとってはそれくらい貴重で贅沢なことってことです!」

すると斎藤さんは一瞬きょとんとしたけれど、すぐに「…本当にささやかなことだな」って小さく笑った。 私はそれが嬉しくて、楽しいことがあった訳でもないのに笑顔になってしまった。


★次の日


お世話になってる呉服屋さんの前を掃除していると、聞き慣れた声がした。 この声は…斎藤さんだ! ぱっと後ろを振り向くと、そこにはやっぱり斎藤が立っていた。 だけどいつもの斎藤さんとは違って、顔から火でも噴くんじゃないかと思わずにはいられないくらい真っ赤な顔をしている。 何事だと思わず目を疑ったけれど、どうやら風邪とか体調が悪いとか、そういうことじゃないらしかった。 そういえば隊服着てないけど、今日は非番なのかな。 うわあ!非番の日に斎藤さんに会えるなんてラッキー! しかも声を掛けられるなんて! 嬉しさのあまり箒を放り出す勢いでいる私とは対照的に、斎藤さんは(これまた珍しく)もごもごと口を動かした。

「…その、あれだ。………俺と…ちゃ、茶屋にでも、行かないか」
「お茶屋さん…?…え! もしかして、斎藤さんと行けるんですか!本当に!」
「…あ…ああ…無論、金は俺が出す。だから、その…」

あれ、やっぱり随分歯切れが悪いなあ。 それに酷く恥ずかしそうだ。首を傾げつつも、斎藤さんの続きを待つ。 その姿を見る限り、とてもシンセングミの三番隊のトップには見えない。 沖田さんがいたらきっとからかわれるだろうなあとその光景を想像して笑いそうになる。 でも嬉しいなあ、斎藤さんとお茶屋さん! 誘われるのは初めてだから、余計に胸が弾む。うきうきしていると、彼はするとようやく続きを紡いだ。

「…………お、俺と、その、…で、でえととやらを、しないか」

……私、今なら死ねると思った。




メルト

「斎藤さん!すきー!」「…な!?や、やめろ!抱きつくな!」



20100501(きいちゃんと随想録移植企画でお題はデザート…だった、はず…。ごめんドラマCDに走ったwww←)