「……何をしている」
それが子どもだったら、さぞ微笑ましい姿に映ったろう。しかし実際は17歳のおなごが桜並木の下で、必死に散り行くその花びらを掴もうと悪戦苦闘していたのだから、実に奇異な姿に見えてしまったのだ。ここには俺と以外の者はいないが、いたならその人物はさぞおかしな者を見る目を向けることだろう。…勿論、後者・の方に。しかしそんなことを想像すらしていないらしい彼女は、相変わらずぱたぱたと動き回っている。あまりにも不審なその姿に、俺は思わず声を掛けたというわけだった。
「見て、分かりません、か!桜の花びら!を!取ろうとしているんです!」
「…桜なら、そこにあるではないか」
ちらりと地に目をやれば、そこには儚く散ったそれが、まるで薄化粧をするように積もっていた。花びらがほしいのであれば、そこから取ればいい。そう思ったのだが、あいにく彼女は頑固として首を立てに振らなかった。
「空中で取らないと意味がないんです!しかも、3つ!」
…何が楽しいのだろう。それとも、最近京で流行っている新しい遊びだろうか。しかも3つと数まで指定するとは。何故自ら難易度を上げているのであろう。…正直理解しかねる。「うわあ、取れないー!あと1枚なのに!」…どうやらすでに2枚ほど手に入れたらしい。よく分からないが、もう1枚取れば彼女は満足するらしい。…それにしても。
「…桜は見て楽しむものだと思っていたのだが、そういう遊びが流行っているのか?」
「遊びじゃありません!」
即、否定された。では何だと言うのだ。ただの暇つぶしだろうか。「いえ、恋のおまじないです!」鯉?まじない?いまいちその2つの言葉が繋がらなくて、ただ首を傾げるしかない。するとはそれを見越したのか、「恋愛成就のおまじない!です!」と言った。どうやらおなごはそういう類のものが好きらしい。…やっぱり俺には理解しかねるが。
「桜の花びらを3つ地面に付く前にキャッチ出来たら、すきな人と両想いになれるって!小学生のとき流行ったおまじないなんですけど、桜見てたら思い出しちゃって!」
「……きゃっち…?りょうおもい…しょうがくせい……?」
「はい!」
途中また意味不明な言葉が出てきたが、彼女の言動から察するに、花びらを3つ取ろうとしているらしいということは分かった。しかしまさかそこにまじないが関わっているとは思いもしなかったが。そもそもまじないには現実性がないし、例え本当に3つ「きゃっち」出来たとしても、それがどうして恋愛成就に繋がるのだろう。不思議で仕方がないが、彼女は納得しているのだろうか。口にはしなかったが、ついそういう目をしてしまったのだろう。は「恋する乙女は、ワラをもすがる思いなんです!利用出来るものは利用したいもんなんです!」と解説した。……………。
「…そんなに想う者がいるのか」
「はい!本当にだいすきなんです!心から!」
そうか。そう小さく相槌を打ってから、俺はもう何も言えなくなる。しかし俺はもともと口数は決して多い方ではないから、も特に気にした様子はない。再び桜と格闘し始めた。ひらひらと舞う花びらを追いかける彼女は、まるで子どものようだった。しかしそう見える中で、彼女は誰かに想いを馳せているのだろう。だからあんなにも必死で夢中になれるのだ。
俺が生きる世界とは違う所から──いや、世界は自体は同じなのだけれど、ここよりずっと未来から来た。と、彼女は言う。言われてみれば確かに納得する節々がある。例えばそのセイフクとかいう見慣れない西洋服や、今しがた出てきた「きゃっち」など、聞き慣れない言葉。それから17にしてはまるで落ち着きがなく、子どものように思ったことを素直に表現する。それがだった。
だから「未来から来た」という彼女のいうことを鵜呑みにしている訳ではないが、それでも納得している所もあるというわけだ。いや、多分口で言うより俺は彼女のことを信用しているのだろう。しかし実際は、俺の知らないことだらけだ。だから彼女が言うその恋焦がれている奴も、きっと俺の知らない世界にいる誰かのことなのだろう。それが何故か、どうようもなく納得出来ない。答えられないような何かが、ぐるぐると頭を駆け巡った。
「もー!やっぱり取れないー!」
一方のは、なおも挑戦し続けていたらしかったが、必死すぎて、宙を舞う桜を手に出来ないのだろう。どこかイラついているように見える。…ならば諦めれば良いものを。そうだ、すぐに諦めれば良い。そんな遠い世界にいる奴のことなど。……待て、俺は一体何を考えているのだ。ぶんぶんと邪気を振り払うように首を振ると、ふとの漆黒の髪に白い何かがついているを見つけた。…桜の花びらだろうか。いつの間にか付いてしまったのだろう。そこでふと、彼女の言葉が浮かんだ。『桜の花びらを3つ地面に付く前にキャッチ出来たら、すきな人と両想いになれるって!』…地面に付く前に、ということは、あれも「有効」なのだろうか。そんなことをぼんやりと考えた。あいにく本人は未だその存在に気付いていないようで、相変わらず桜を掴もうと必死の様子だった。
「……………………………」
は目の前にいる。俺が、取ってやればいい。そう思い立ってから、早かった。といってももともと3歩程度の所にいたのだ、手を伸ばせる距離になるまでそう時間は掛からない。彼女はちょうど、俺に背を向けている。桜に夢中になっているのか、俺が近付いていることに気付いてすらいないようだ。左手を伸ばす。まだ彼女は気付かない。しかし突然振り向かれても手の行き場に困るので、それはそれで良かったのかもしれない。そうして彼女が振り向いたのは、俺が小さな白い花びらを手にしたときだった。はまるで時が止まったかのように固まっているが、触れてしまった手前、もう引き返せない。そういえば、おなごの髪に触れるは初めてかもしれない。ふとそんなことを思った。
「…髪に、付いていた」
そう短く言って、小さな花びらを差し出す。これもまじないとやらに使えるのかと尋ねるも、当のは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。「…どうした」「あ、いえ、なんでも!あ、ありがとうございます!」…喜んでいる、のだろうか。嬉しそうに受け取る姿から察するに、どうやら髪を触れられたことに関して不快に思ってはいないらしい。ほっと胸を撫で下ろした。
「…これで用は済んだか」
「はい!あのこれ、大切にしますね!」
俺からしたらたかが桜の花びらにしか見えないのだが、それでも彼女はとても幸せそうに笑っている。それがどうしようもなく嬉しくて、どことなく、悲しい。…彼女が嬉しそうにしているのは、まじないが完成したから。すなわち、それだけ誰かに想いを馳せているということで。…それがどうも、しっくりこない。第三者を思う笑顔など不快なだけだ。……不快?何故。──ああそうか。俺はこいつに惚れているのか。ようやく理解した答えにやっと全ての点が繋がったような気がする。そんなことを知らないは、「本当に叶ったら良いなあ」と手の平に乗せた3枚の花弁を見て呟く。そして両手でそれを包んで、まるで神頼みするように目を瞑っては言ったのだ。
「斎藤さんと、両想いになれますように!」
「…は、」
突然すぎて意味を理解出来ない俺に彼女は頬を朱に染めて可愛らしく笑うから、全くこいつには敵わない。その瞬間、ざあっと風が吹いて、の長い髪をなびかせる。また桜が宙に舞った。
20100401 (鈍感で天然な3110さんにきゅうううん!!彼には沖田さんとはまた違うときめきを感じます←)