今日は、非番だった。 いつもならば道場に顔を出して隊士達に稽古をつけてやるのだが、なんとなくそんな気分になれない。 俺らしくないと考え込んでいると、たまには新選組を考えない日もあって良いんじゃないのか、そう副長に言われたのだ。 なんでも最近隊務が立て続けて入っている俺に気を遣って下さったらしい。
散歩でもしてきたらどうだと勧められるがまま屯所を離れ、ぶらりと京の街に出た。 しかし流れで外に出てきたは良いものの、特に用はないのだから、寄るところもない。 俺にとっては新選組が全てで、だからこそ、いつもそのことだけを考えてやってきた。 そしてこれからも、きっとそうしていくのだろう。
だからこそ、自分のために時間を使えと言われても、何をすれば良いのか皆目見当もつかない。 しかし副長がわざわざ提案して下さったのだ、すぐに屯所に戻るのも気が引ける。さてどうしたものか。 茶屋にでも入って時間を潰すかと考えていると、後ろからやけに弾んだ女の声が俺の名を呼んだ。
今は隊服を着ていないとは言え、新選組三番隊組長である俺の顔を覚えている京の者は少なくない。 しかし自ら声を掛ける者など俺は見たことがなかったし、聞いたこともなかった。 それほど新選組は京の人間に快く思われていないどころか、軽蔑の目を向けられている存在なのだ。残念ながら。 にも関わらず、その人物は声を掛けた。…こんなことをするのは、俺の知る限り1人しかいない。 …「彼女」だ。
名を呼ばれた手前振り返ってやると、そこには予想通りの人物が、笑顔を振りまいて小走りでこちらへやってくるところだった。 彼女、もといの歳は、雪村とさほど変わるまい。 しかし雪村と大きく違っていたのは、その姿だった。 振袖でも袴でもない、奇妙な着物を見に纏った彼女は、一目変わったその風貌から、色々な意味で注目の的だったのだ。
というのも、その脚は惜しみなく出されて首元も大きく開いていたし、腕も二の腕の半分くらいまでしか丈がなかったのだ。 若いおなごが何をしていると怪訝そうにしている町人もいる。 かく言う俺も、そう思っている1人だ。 しかし「未来から来た」という彼女いわく、「自分がいた所では、この服装が当たり前」なのだそうだ。 なんでも、セイフクと言う着物らしい。 彼女の言葉を信じているわけではないが、例え本当に未来からの来客者であったとしても、その格好はどうなのだ。 目の行き場に困る。 …どうやら俺は、妙な猫に懐かれてしまったようだ。
『うわあ!新選組だあ!本物だあ!』
今日とは違い見回り当番だった日のこと。 隊服を着ていつも通り巡察に回っていたら、目の前で、奇抜な格好をした少女が目をきらきらと輝かせて立っていた。 勿論その反応は、この京では珍しいものだったというのは言うまでも無い。 どうやら新選組に初めて会ったような口ぶりだから、最近京入りした者なのだろうということは安易に想像がついたが、長人である可能性は皆無だと考えた。 …もしそうなら、こんな大々的に目立つ行動は取らない。 ふと気がつくと、彼女は俺をまじまじと眺めていた。 勿論決して気分の良いものではなかったが、彼女はそんなの気にしないと言わんばかりの様子で再び口を開いた。
「隊服って、本当にだんだらだったんですね!思ってた以上に派手なんだなあ、目立つなあ」 だとか、 「あの!握手してもらって良いですか!あ・写真は撮っても!?」だとか、今思い返してみても突拍子も無くよく分からないことばかり、ぺらぺらと喋りだしたのであった。 そのとき同じ見回り当番でその場に偶然居合わせた総司は「面白い」と彼女のことをひどく気に入ったようだが、そのことはとりあえず置いておこう。
とにかく俺が言いたいことは、彼女は初めて会ったときからよく分からない存在であるということだ。 それに、ころころと変わる表情からは落ち着きはなく、年齢よりもひどく幼いものに見える。 見ていて飽きないものはあるが──それも今は関係ないから置いておこう。 そうこうしている間に俺の正面まで追いついた彼女は、「こんにちは!」と眩しいくらい明るい笑顔を振りまいた。 それに俺は、「…ああ」と言って、短く答える。 他人から見たら愛想がないだのと言われそうだが、これが俺の常なので、彼女も特に気にしていないようだった。
「隊服着てないってことは、今日はオフなんですか?」
「…………おふ…?」
彼女は時々意味不明な言葉を使う。 異人の言葉だろうかと大体の予想はあるが。 …ということは、彼女は異国語が話せるのだろうか。 親が異国人? だから奇抜な行動ばかりとるのだろうか。 いやしかし外見は我々と同じ……と次々と浮かぶ疑問が頭を駆け巡る中、「ああと、オフっていうのはですね、お休みってことです!」と、様子を察したらしい少女は解説する。 …成る程。 しかし、そうならば最初から直接休みかと聞けば良いのではないか。 が、なんとなくそれは言わずに胸の内に秘めておくことにする。 そもそも人の事情を勝手に推測する俺の方こそ関心しかねる対象だと思い直し、咳払いして気を紛らわさせた。
「…それで、何か用なのか」
「いえ、特には。姿が見えたので声を掛けただけですし。…あ。もしかしてお急ぎ…でしたか…?」
「…いや。特にこれと言った用事は無い」
「そうなんだあ…よかった!」
…今さっきまで申し訳無さそうに眉を下げて顔色を伺っていたというのに、それが嘘のように嬉しそうに笑っている。 どうやら相変わらず感受性が高いらしい。 俺はそれがなんとなく照れ臭くなって、右腰に刺している刀の鞘をじっと眺める。 人を斬る道を選んだ自分にとって、世の裏を知らない者の笑顔が妙に眩しく感じられた。
「そういえば私、隊服着てない斎藤さん、初めて見た気がします」
「…そうだったか」
「はい。いつも巡察中でしたし。でも、隊服着てない斎藤さんも素敵ですね!格好良いです!」
さらりと褒め言葉を言ってのける辺り、こいつの神経はどうなっているのだろうと本気で思ってしまう。 (ふと、同志である10番隊組長の顔を思い出してしまった) ………世辞には反応に困る。 俺は決して世間渡りがうまい訳ではないのだ。 しかし彼女は首を傾げて不思議がっている。
「ええと…?斎藤さん?」
「…いや、よくそんな恥ずかしいことを言えるなと思っていただけだ」
俺は、思ったことを口にしただけだ。
半ば呆れながら。
…嘘は言っていない。しかし次の瞬間彼女の口から出てきたのは、予想を遙かに超えるものだった。
「だ、だって私…。──私!斎藤さんのことがすきですから!」
思わず耳を疑った。 …なんと言ったか、この娘は。 確かにこいつの行き過ぎた言動には目を余るものがある。 何かと言うとべたべたと触れてくるし、この間も「あっちにおいしいお茶屋さんが」とかなんとか言って、勝手に手を握ってぐいぐいとその方向に引っ張られてしまったことがあった。お陰で周りからの視線が集まり、そのときは、羞恥で人は死ぬのではないかと本気で考えたものだ。 彼女は行動的を通り越して奇抜すぎる。 いつだって、俺には到底理解しかねることしかやってのけないのだ。 そして今回もしかり、だ。 …俺をからかっているのか?
「斎藤さん!」
そうこうしているうちに、ぎゅっと両手を握られた。 これには流石に驚いて、彼女を見やる。 「私のこと、どう思いますか!」 どう、とは。 言っている意味が分からなくて聞き返してやると、「私のこと、すきですか!嫌いですか!」と、今までの態度とは打って変わった大真面目な顔をして言ってきた。…何を言っているんだこいつは。 ひやりと背中に冷たいものが走る。冗談にしてはタチが悪すぎる。
「私は本気です!」
心情を察したように釘を刺してきた。 ご丁寧に、頬を赤く染め上げて。 そんな彼女を見ているだけで恥ずかしくなる。 はたから見て俺は、どんな顔をしているのだろう。 仮にも新選組3番隊組長である自分が、小娘1人に取り乱すなど。 そもそも好きか嫌いか、などと両極端すぎやしないか。
何度でも言うが、彼女の行動は目に余るものがあるし、俺もそれはいかがなものかと思う。 しかし意外にも芯が強く「自分」をしっかり持っているところがあり、そこは好感を持っているのも事実だ。 ……やはり、好きか嫌いかと二択にするのはいかがなものか。 女とは、こうも極端なことしか言わないものなのだろうか。 俺も中途半端なことは好まないが、世の中には灰色のことがあっても良いのではないか。 それともこれは、「未来」では当たり前なことなのだろうか。…やはり、よく分からない。
「…唐突だな」
冷静を装ってみるも、「感想は聞いていません」とぴしゃりと言われてしまった。
こういうとき、非常に反応に困る。
しかし不安そうに顔色を伺う姿は、素直に可愛らしいと思った。
「すきか嫌いか、ふたつにひとつです! 傷つけるんじゃないか、とか、そんな気遣いはいりません! 男の人は、恋愛対象としてすきじゃない子には、たとえ嫌いじゃなくても嫌いって言わなきゃいけないって、この前見た映画で言ってました!」
エイガとはなんだと突っ込んでやりたいが、とてもそんなことが言える状況ではない。 大方、彼女の言うところでいう「未来の世界」とやらにある何かなのだろう。 しかしその「エイガ」とやらは、実に余計なことを言ってくれたものだ。 この場にいたら叩っ斬ってやりたい。
「斎藤さん!はっきり言ってください!じゃなきゃ私、期待しちゃいます!」
そう言って、は強く手を握り締めた。 …気遣いはいらないと断言された手前、どちらか一方をはっきり言ってやらねばならないらしい。 が、俺は何と言ってやれば良いのだ。 …じわりと涙を浮かべている必死な姿に、不覚にも動揺している自分がいる。 ……すきか、きらいか。ふたつに、ひとつ。……………。
考え込もうとしたところで、はっと我に返って気がついた。
じろじろと周囲の視線が突き刺さっているということに。
しかしそれもそうだ。
昼間から街中で若い男女が手を握って、しかも好きがどうのという台詞をぽんぽん出して、最後には無言で見つめ合っているのだから。
好奇心の目があちこちに見受けられる。
………切腹ものだ。
俺は遂に耐えられなくなって、何も言わずに繋がれたままの手を引っ張って、場所移動を試みる。
意味が分からなかったらしい彼女は困惑気味に俺の名を呼んでいるが、そんなの俺の知ったことじゃ無い。
「さ、斎藤さん!?ど、どこに行くんですか!ていうかあの、返事は!」
「返事も何も、場所を考えろ。何が嬉しくて白昼堂々注目の的にならねばならんのだ」
「え。あ、そっか。ごめんなさい。つい」
…「つい」で終わらされる俺の身にもなってほしい。 きっとこれが総司の耳にでも入ったが最後、面白いものを見つけたと言わんばかりにからかわれるに違いない。 その様子がありありと目に浮かぶ。 …なんだか頭が痛くなってきた。 「…斎藤さん」 歩きながら、彼女は呟くように呼んだ。 しかしまだ人だかりが耐えないから、立ち止まることは出来ない。 だから彼女に背を向けたまま「なんだ」と短く返事をして、続きを待った。
「あの、このままの体勢で構いません。返事を聞かせてもらえませんか」
このままというのは、立ち止まらず自分を見なくていいということなのだろうか。 きっと彼女の中で予想されている結論があるのだろう。 小さく震える声から察するに、今にも泣き出しそうな雰囲気だ。 振り返ったら、きっと彼女の目には涙が溜まっているに違いない。 しかしは、それを見られたくないからこのままで良いと言っているのだろう。 そう解釈した。 だから俺は、決して足を止めない。
「本当に、勝手してすみませんでした。
斎藤さんのこと考えないで、1人で突っ走って、迷惑掛けて。…その…」
「ああそうだな。良い迷惑だ」
ずばりと肯定してやると、彼女は小さく掻き消えそうな声で、すみませんと再び侘びを入れてきた。
だから、それが1人で突っ走っていると言うのだ。
「…俺は気に留めていない女の相手をしてやるほど、優しい男じゃ無い。 なのにそんなことに気付かないで身を引かれては、困る」
そう言って勢いで繋いだ手を強く握り返してやると、彼女は「えっ」と驚きの声を挙げた。 「あ、えっと、斎藤、さん?それは、どういう、えっと…!」 案の定、困惑しているのであろう声が後ろから聞こえてくる。 きっと顔も、更に赤く染め上げているに違いない。 けれど後ろは振り返らない。 進む足を止めない。 とにかく彼女の前を、突き進む。 そうでなければ、俺は一体どんな顔をして彼女と向き合えと言うのだ。 きっと今の俺も彼女と同じように、顔を朱色に染め上げているに違いないというのに。
つまり君を「愛してる」
100324 (以上、3110さんの照れた顔を全力で見隊がお送りしました←)