「…来週の修学旅行は、雨が降るかもしれん」

突然大真面目な声で言ってきたから、思わず何を言っているんだと隣にいる斎藤くん本人を見上げてしまった。しかし彼はこれまた大真面目な顔をしてじっと空を眺めているから、私もゆっくりと視線をそちらに移し、同じ景色を見ることにする。

一面に広がるのは、実に青々と澄み切った空。…にしか、私には見えない。…これを、どこをどう解釈したら雨という発想になるのだろう。訳が分からず、また彼を見る。やっぱり大真面目な横顔があるから、どうやら彼は本気でそう思っているらしいということが分かった。

「…テレビでは晴れだって、天気予報のお姉さんは言ってたけど」

訂正するように言ってみても、斎藤くんは「それはあくまで予報であって、確定情報ではない」とこれまた譲らない。…確かにそれはそうだけれど、一体どうしたというのか。なんだかいつもの斎藤くんらしくない気がする。「なんで雨だって思うの?」首を傾げて聞いてみたら突然斎藤くんはどもりだしてし、「いや、それは、その、」とぎこちない返事を返す。そして咳払いをひとつした。

「…笑わないか」
「笑わないよ」
「…本当か」
「うん。ほんとうだよ」

ひたすら確認してくる斎藤くんがなんだか子どもみたいで、思わず笑ってしまう。だって彼はまた真剣な目で言ってくるんだもの。なんだか斎藤くん可愛いなあなんて思いつつ、しかし言ったところでまた話が進まないのは目に見えているし、私も口にするのはなんとなく照れくさいから言わない。そうこうしているうちに斎藤くんは、「実は、その…」と話を切り出したから、「うん」と相槌を打った。

「俺は、雨男なんだ」
「…は、」

あめおとこ。え、あめおとこって、雨男?天気に恵まれないって、あの雨男のこと?そんな真面目な顔をして、突然何を言い出すかと思ったら、雨男って。あまりのアンバランスさに、思わずぷっと吹き出してしまう。それを見た斎藤くんは「!わ、笑わないと言っただろう!」と慌てたように言ってきたけれど、彼も恥ずかしいのか頬を赤く染めているからまるで怖くない。それでも本人は良い気分はしないことは違いないので、「ごめんごめん」と謝って、大人しく話の続きを聞くことにする。

「…俺は、昔からそうなんだ。楽しみにしていたり緊張している日は、必ずと言って良いほど雨だった。現にあんたとの…その…で、デー…い、いやなんでもない!」

そう言って彼は慌てて誤魔化した。…つもりなのかもしれないけれど、しっかり耳に届いてしまっているよ。けれど当の本人は聞かれたくなかっただろうから言わない。でもそっかあ、デートを楽しみにしてくれていたのかあ。なんだか、う、嬉しい。私だけじゃなかったんだ。そう実感したら、なんだか私までも顔が熱くなって来た。

クールな人だと思っていた斎藤くんが、耳まで朱色に染め上げて私にすきだと想いを伝えてくれた日。雨が降っていることを口実に同じ傘に入って、初めての至近距離にどきどきした。お互い意識しすぎて恥ずかしくって何も話せなかったけれど、雨音がそれを掻き消してくれたこと、今も覚えてる。初めてデートしたときなんて土砂降りで最悪だなんて思ったけれど、だからこそ色々な話が出来て、色々な彼を知れたのかもしれない。

思えば私達は、いつも雨と一緒だった。だけどそれは、斎藤くんが私と一緒にいるのを楽しみにしてくれていたからなのかなって考えてみたら、なんだか嬉しくなってまた口元が緩んだ。修学旅行も雨が降るかもって思ったのは、私と一緒の初めての旅行だから。…だったら嬉しいなあ、なんて考えながら斎藤くんを見たらふと視線がぶつかった。思わず気恥ずかしくなって、お互い赤く染め上げた顔を背けてしまったけれど。

付き合って3ヶ月。キスなんてしたことない。むしろ手を繋ぐのだけでいっぱいいっぱいな私達。だけど恋人繋ぎなんてしたことない。現に誰もいない放課後の教室で2人並んで窓の外を眺めるカップルなんて、そうそういない気がする。だけど私達はそれで良い。進展があったらあったらできっと死んでしまうくらい嬉しがるのかもしれないけれど、今はまだこれで良い。そんな気がする。

だけどふと思い立って、決死の思いでそっと指先に触れるように繋いでみる。だけど手を繋ぐというより、握ると言った方が正しいのかもしれない。それに、斎藤くんの中指と薬指を弱々しく握る私の手はきっと震えている。だけど私以上に緊張しているらしい彼の左手は、私が触れた瞬間、驚いたようにぴくりと反応した。だから振り解かれないかとか拒絶されたらどうしようかとまた緊張していたら、彼は私の手ごと優しく包んでしっかり繋ぎ直してくれた。

「…あっ」

嬉しくってつい声を出して斎藤くんを見上げると、それに気付いた彼はまたそっぽを向いた。だけど耳が赤くなっているから、恥ずかしがってるんだなあってことが分かって、小さく笑ってしまう。

「修学旅行、楽しみだね」
「…俺は修学旅行じゃなくても、その…がいれば何だって、た、楽しい」

相変わらず顔を明後日の方向に向けたままそう言って、「だから来週はずっと雨かもしれない」とまた呟いた。どうやら自分が雨男であることを多少なりとも気にしているらしい。そんなこと気にしなくていいのになあ。だって私も斎藤くんと一緒にいられるだけで嬉しくて、それだけでしあわせなんだから。

「…でも私ね、雨、すきだよ」

そう言ったら斎藤くんは「そうか」ってただ一言呟いて、だけどどこか嬉しそうに言うものだから、なんだか私まで嬉しくなって、ぎゅうって手を握り返した。





雨の麻酔





2010924 (付き合い始めの3ヶ月って、1番楽しい時期だよね←)