1年前の明日、沖田先輩に告白された。そういえば、彼はああ見えて相当緊張していてあんな言い方しか出来なかったらしい。…て、原田先生が笑いを堪えながら教えてくれたことがあったっけ。それを聞いた沖田先輩は先生に「余計なこと言わなくていいから!」と随分怒っていたけれど、私は逆に聞けてよかったな、なんて思っていたりする。

現に今私のクラスで1つの机を挟んで向かい合って椅子に腰掛けるだけで幸せを感じてしまう私だから、そんな棚から牡丹餅のような情報に舞い上がらないわけがなかった。今日は終業式があっただけで、午後は何も無い。むしろ、皆早く下校するようにと先生方から言われていたのにこっそり2人残って教室に残る私達は、問題児というやつなのかな。それでも明日から始まる夏休みと言う名の魅惑の時間にわくわくして、どうも落ち着いてなんかいられない。沖田先輩と過ごす、高校生初めての夏休みだから。

「ねえ沖田先輩。明日から夏休みですね!」
「そうだね。これでしばらく土方さんの顔を見なくて済むと思うと、すごく嬉しいなあ」
「そ、そういうんじゃなくって…!」

言ってほしいことはその台詞じゃなくて、私は催促するように机の上で繋がれた右手をくいくい引っ張ってしまう。すると先輩はどうやら私をからかっていたようで、おかしそうにクスクスと笑った。…も、もー!沖田先輩!

「うん分かってる分かってる。ちゃんはさ、どこか行きたいところとかある?」
「えっと、えーっと…!お祭り!…は、この間行ったし…。えーっと…あ!水族館とか!」
「うん。じゃあ行こうね」

先輩は満足そうににこにこと笑って、上機嫌に空いている左手で私の頭を撫でた。沖田先輩は私の頭を撫でるのがすき。私も先輩に撫でられるのがすき。だから私はいつも自然とほにゃっと頬が緩んでしまう。きっと私に尻尾が付いていたら、今こそ千切れんと言わんばかりに高速で振っていることだろう。「先輩はどこか行きたいところ、ないんですか?」髪を梳かすように撫でられながら聞いてみると、沖田先輩はそうだなあと考え始めた。

「夏だし、海とかプールとか?…あ、でも他の男なんかに君の水着姿見せたくないしなあ…。あ、また浴衣姿も見たいなあ。すごく可愛かったし。でもせっかくの夏休みだし、ちょっと遠出して出かけるのもいいかもね」

飽きることなく頭を撫でる先輩の声はいつもより弾んでいた。1ヶ月とちょっとの期間、その気になれば1日中一緒にいられる。学校があるときのように毎日だなんて無理だけれど、その代わりいつもより自由にどこへでも行ける。2人で。その事実がどうしようもなく嬉しかった。 …1年前の明日、先輩が私に告白してくれた日。私にとって大事な日。先輩はあの日のこと、覚えてますか。そう口にしたら良いのになんとなく出来ないのはなんでだろう。気恥ずかしいのかな。それとも遠慮?もっとわがままになっていいんだよって、先輩はよく言ってくれるけれど。

ちゃん、どうしたの?何か言いたそうな顔してるけど」
「(え?…わっ!わわ!)」

近い!近い!近いです先輩!私の瞳を至近距離で覗き込む先輩にびっくりして思わずガタンと椅子を引くと、彼は「なんで引くの?」ときょとんとしていた。なんでって、だって…!そんな近くに顔があったら、わ、私…っ!ばくばくと騒がしい胸を押さえた。

…1年も経つのに、いつも沖田先輩に振り回されてばっかりだ。私ばっかりすきすぎて、ずるい。ちらっと先輩を見てみたら、私の視線に気付いた彼はにこっと微笑む。それだけで、ほわっと心が緩んだ気がした。やっぱり私先輩のことだいすきだなあなんて考えていたら突然くいっと左手で顔を上げさせてくるものだから、一瞬にしてパニックに陥った。おまけに先輩の顔がどんどん近づいてくる。…な!な!これはまさか!一瞬にして察した私は、慌てて制止の声をかける。

「せ、先輩!あの、ここ、学校、で…!」
「どうして?放課後に教室でキスしちゃいけないだなんて、そんな校則なかったと思うけど」
「そ、それはそうですけど…!え、っと!み、見回りの先生とか来ちゃうかもだし、えっと…っ!」
「見せつけておけばいいじゃない。それに明日は僕らの1周年記念だし、大目に見てもらえば。ねえ。そうは思わない?」

なんでそうなっちゃうんですかー!純粋に喜んでいられない状況なのが複雑なのですが…!強引で独占欲が強い沖田先輩はいつもそう。私があわあわしているのをにこにこしながら見て、結局言いくるめちゃう。そういうときに限っていつもちゃん付けで呼ぶ私の名を呼び捨てで呼ぶ。ずるい。でも先輩、明日で1年経つってちゃんと覚えてくれてた。それがすごく嬉しい。当たり前のように言ってくれたのが、すごく嬉しい。だから。

「…お、沖田先輩」
「何?」
「わ、私のこと、あの、ず、ずっとすきでいてください、ね…!」

勇気を振り絞って出した言葉はやっぱり震えていた。い、いい加減こういうのもすんなり言えるようになれたらいいのに。私度胸なさすぎなのかなあ。それとも先輩のことがすきすぎるのかなあ。ちらっと顔を上げて先輩の様子をおそるおそる伺ったら、まるでそれを待っていたかのようにそのまま強引にキスされた。思考回路、完全停止。

「(…え。えっ!)」

えっえっえっ!そ、そんな前触れもなくキスなんてされちゃったらびっくりしすぎて私…!いや嫌とかそういうのじゃなくてむしろ嬉しいんだけど、でもなんかやっぱり驚いてしまうというかむしろ長いというか、苦しい…!長い!長い!いつもこんな長いのは無いのになんで不意打ちのときに限って!

先輩は苦しくないのだろうか。私はもういっぱいいっぱいなのですが!酸素を求めるあまりなんか変な声も出ちゃったのですが!(うわあ恥ずかしい!)だけど、繋がれた右手をぎゅと握り締めつつも拒否しない私も私だった。ようやく離れた頃はどれくらい経ってからなのだろう。実際には10秒もなかったのかもしれないけれど、私にとっては十分すぎる長さだった。頭がくらくらする。ぼうっとする視界の中、沖田先輩がひとり満足げに笑っているのを見つけたと思ったら、彼は先ほどの私のお願いに答えるように口を開いた。

「当たり前でしょ。だって僕、君に一目惚れだったんだもの」

そうして彼が言い放った一言に、私はもう何も言えなくなってしまっていた。突然何するんですかびっくりしちゃうじゃないですか、とか。そういうこと言ってやろうと思っていたはずなのに。それが急に出来なくなってしまった。先手を打たれてしまった。完全に。私って、やっぱり単純なのかなあ?先輩への愛しさが次から次へと溢れてきて止まらない。それに気付いているのかそうじゃないのかまた頭を撫でてくれる先輩に、無償に甘えたくなってしまった。

「…………も…もういっかい…」
「ん?」
「もういっかい…あの…キスして、ほしい、の…っ」

ひょろひょろと頼りない空気のような言葉は、果たして彼の耳まで届いただろうか。私は私で意を決して口にしてみたはいいものの、とんでもないことを言ってしまった気がする。急激に羞恥が込み上げてきて爆発しちゃうんじゃないだろうか!…う、うわー!冷静になって考えれば私、調子に乗ってなんてことを!言って!…恥ずかしい!恥ずかしい!!

「や、やっぱり!な、なんでもないです…!」
「そんなわけにはいかないなあ。せっかく君から誘ってくれたのに、そのままなかったことにしちゃうなんてさ」
「さ、誘…!?」

今度こそぼんっと何かが爆発した。わ、わた、私!そんなつもりじゃ…!あの!違います…っ!いやでもあの発言はそういうことになるのだろうかやはり…!え、ええ!?いやでもあの決してそういう…っ!ていうかそんな言い方しないでください…!

「…違うの?」
「(うっ…!)」

だからそんなしゅんとした顔しないでほしい…!そんな顔されたら私が折れるしかないじゃないですか。「…ちがく、ないです」俯いてぼそぼそと呟くように答えると、先輩は絶対に聞こえていたくせに「何?聞こえないなあ。もう一回言って?」なんて、こんな至近距離で言う。…もー!先輩、絶対絶対ぜーったいにタチが悪い!

「……じゃ、じゃあ、言ったら」
「ん?」
「あの、えっと、き、キスして、くれる…?」

私はこんなこと滅多に言わないから、沖田先輩はちょっとびっくりしたようだった。だけど言った張本人である私が赤面して俯いてしまう結果となってしまったなんて、やっぱり私小心者だ。や、やっぱり言わなければ良かったかもしれない…!

「んー。どうしようかなあ」

えっ!頷いてくれないの!先輩の意地悪な一言に泣きそうになりながら顔を上げる。するとまたいつの間にか本当の意味で目と鼻の先に先輩の顔があるから度肝を抜かれた。あまりにもびっくりしすぎて思わず反射的に距離を取ろうとしたら「逃げないで」なんて言われてしまう。だ、だって…!私はキスする前の、こういう見つめあう時間が一番苦手。だって、恥ずかしい。思わず目を逸らしたくなるのに、そうすると先輩は必ず「逸らさないで。僕を見て」って言うからもっと恥ずかしくなってしまう。

「あの、先輩…?」
「顔真っ赤だね。そんなに恥ずかしいの?僕に顔見られるのはそんなに嫌?」
「そ!…そうじゃなくて、あの、えっと」
「うん分かってる。君はそういう子だもんね」

そういう子ってどういう子だろう?なんて考えていたら、少し先輩が遠ざかった。あれ?き、キスされるのかとばかり、お、思っていたんだけど…っ!も、もしかして違ったのかな!そ、それなのに私ってばこんな本気で恥ずかしがってうわあどうしようもっと恥ずかしくなってきた!先輩はくすくす笑っている。も、もしかしてからかわれ、た…!?(もー!)

「せ、先輩っ!」
「ごめんごめん。だって君恥ずかしがりやだからさ」

それとこれとどう関係が…!もー!と泣きそうになっていたら、突然先輩の手のひらが私の世界を暗くさせた。め、目隠し?された?とは言ってもどうしても出来てしまう指の隙間から光は差しているのだけれど。だけど手で覆われて全然前が見えない。せ、せんぱい?なに?なに?よく分からなくなって何度も先輩を呼ぶと、カタンッと椅子が床に擦れる音がした。だけど相変わらず私の目を覆う手はどけられぬまま。

「せんぱい…?」
「しーっ」

先輩の声、聞こえた。すごく小さな声。だけどすぐそこから聞こえた。そういえば先輩がすぐそこにいるような気配がするような、気がする。言われたとおり口を閉じると、先輩は笑って言う。いい子だね、よくできました。そして私は、ふいに唇に押し当てられた柔らかい感触を覚えた。そこでようやく全てを理解した私はまたカチンと凍りつく。だけどやっぱり愛しくて、また繋がれた右手をぎゅっと握る。遠くで聞こえたチャイムが、まるで私達を祝福しているように聞こえた。





364日





20110730 べ、別に、め、目隠しプレイがすきとかそういうわけじゃ(ry。ちなみに2人は右手だけはずーっと繋ぎっぱなしだったのですよー