ちゃんさ、僕と付き合ってみる?」

そう沖田先輩が言ったのは、私が中学生活最後の夏休みに入る日のことだった。恋愛経験に乏しいあまり驚いて「えっ」と声を上げてしまった私とは対照的に、彼はいつもどおりマイペースにけろりとしている。まるで挨拶でもしたかのようだった。冗談でも言って、からかってるのかな。だとしたら見事に引っ掛かってしまった。だってだって、付き合ってって。どこかに行くからって意味じゃないんでしょう?色々なことが混ざり合って、かーっと全身の温度が上昇していくのが分かった。

「どう?」
「ど、どうって、あの、えっと…か、かわらかわないでください…!」
「からかってなんかないよ?僕はいつでも真面目。大真面目」

嘘つけ!と思わずつっこみたくなる。だって彼は台詞とは正反対の、からかって面白がっているような顔をしているもの。私、絶対からかわれてる!それに、もし、あの、ほ、本当だとしても!こんなさらっと言えちゃうものなんですか。漫画とかドラマでは独特のほんわかとした雰囲気があって、でもどこか緊張してて、決死の思いで「すきです」って言ってました、けど…っ!

「んー?何か言いたそうだね」

意地悪気に顔を近づけてくるから、私は思わず一歩後退する。目の前の彼はやっぱり楽しそうに笑っていた。…や、やっぱり!からかってるんじゃないんですか…っ!それでもこんなに近くに男の人の顔があるなんて生まれて初めてな私は、また耳まで真っ赤にするしかない。誤魔化すように、慌てて口を開いた。

「わ、私!先輩のことはよく知りませんし…っ!そ、そもそも先輩の出身中学と私の学校は、ち、違うし!さ、斎藤先輩のお友達ってことくらいしか…!だからあの…!」
「ふうん。一くんのお友達、ねえ」
「そ、そうです…っ!」

斎藤先輩はこの間の3月に中学を卒業した、私よりひとつ上の先輩だ。実は小学校も同じだったのだけれど、その頃は特に大きな接点という接点はない。中学1年生のとき先生に頼まれて入った生徒会に斎藤先輩もいたことで親しくなって。その繋がりでいつのまにか先輩の友人と言う他校の中学出身の沖田先輩(今は斎藤先輩と同じ高校らしいけど)と知り合ったのだけれど、正直沖田先輩とに好意を持ってもらうほど親しくなった覚えは、正直なかったりする。

「そ、それに、お、沖田先輩みたいな人なら、い、いっぱい彼女さんとか、できるんじゃないですか…!」
「それって傷付くなあ。まるで、僕が女の子をたぶらかしてるって言われてるみたいで」
「そ、そんなことないんですけど…!だ、だって先輩、か、かっこいいですし…!そ、それに、付き合ってみないって言い方、ま、まるで、その…えっと…」

まるで、暇つぶし代わりに付き合うみたい。とは流石に言えなかった。私、きっと沖田先輩のことすきなんだ。だから言われたときはびっくりするくらい嬉しかったけれど、素直に受け入れられない自分がいた。それとも私が夢見すぎているだけで、実際にはこういうのが普通なのかな。

「…君ってさ、本当真面目だよね。一くんに影響されすぎじゃない?」

そう言って苦笑する先輩に私は思わず恥ずかしくなり、うずくまるように俯いた。私、やっぱり夢見すぎてるのかな。沖田先輩も呆れているのかも。なんだか泣きそうになった。…もしかして、嫌われちゃったかな。どうしよう。ぐるぐると不安ばかりが駆け巡って、やっぱり顔を上げられない。先輩は今、どんな顔をしているのか、怖くて見られなくて。

「…分かったよ。ごめんね」
「えっ」

分かったって、やっぱりこんな面倒くさい女と付き合いたくなんかないってこと?ごめんねって、急に言い出して困惑させたってこと?待って待って、今のなし。前言撤回させてください。…なんてそんな都合のいいこと、言えないけれど。どうしよう、また泣きそうになってきた。やっぱり俯いてしまう。唇を噛んで、今にも零れそうな涙をぐっとこらえる。

ちゃん」

私を呼ぶ彼の声も、なんとなくいつもより優しい響きがしたような気がした。それともそれは私の願望なのかな。…終わった。さよなら私の恋心。妙なところで突っ掛かったせいで、見事に散りゆく定めとなりました。…何をやってるんだろう私。もう俯くしか出来ない。

ちゃん。こっち見て。僕を見てよ」
「い、いやです…っ」

やっとの思いで搾り出した声は細々としていて、かつ震えていた。どうしよう。これじゃ思いっきり、泣いてますって言ってるようなものだよ。かっこわるい。恥ずかしい。先輩の前で、こんな。こんな。どうせ失恋するなら、もっと綺麗に終わりたかったのに。いつか「いい思い出だった」って言えるような。それなのに。

…先輩、絶対いらいらしてる。そんな雰囲気だもん。すきな人の空気には瞬時に読み取って反応してしまうのが、逆にこんなにつらくなるなんて。どうしようとぐるぐる考えていたら、まるでそれを中断させるかのように、半ば乱暴に顔を隠していた手首を掴まれた。びっくりしておそるおそる顔を上げると、さっきとは全然違う真面目な顔をした先輩がいた。

「言い方が悪かったなら謝るよ。訂正する。僕は、すきでもない子に付き合ってなんて言わない」
「………え、っと…」
「…なかなか鈍い子だなあ君は」

君がすきだって言ったの。そう先輩が言った瞬間何がなんだか分からなくなって、全身の力が抜けて地面に座り込んでしまいそうになる。だって、だって、わ、私をすきって。本当に、いつもの冗談じゃなくて?ほんとにほんと?じゃあ、いつから?私のどんなところをすきになってくれた?わたし、わたし。

ちゃん!?」

ぎょっとしたような声で私を呼ぶから何事かと思ったら、どうやら私は泣いてしまったらしい。なんてことだろう。かっこわるい。嬉しすぎて涙なんて、どこの少女漫画だろう。だけど止まらないの。泣き止みたいのに次から次に涙が溢れて。 「ああもう、泣き止んでってば。僕は別に君を泣かせたいわけじゃないんだよ。まあ泣き顔も可愛いけどさあ」 珍しく慌てた様子でそう言った沖田先輩は、私の頬をつたう涙をちょっと乱暴に手でぬぐう。なんだか申し訳なくなって、しゃくりながら「すいません」と何度も謝る私に、謝んなくて大丈夫だからと優しい声で返してくれた。そのとき、やっぱり私はこの人のことがすきだと心から思った。

「で、ちゃん。…君の答えは?」

少し涙が落ち着いた頃、先輩は訪ねた。私の答え。私の気持ち。なんにも伝えていないことに気が付いて、慌てて言葉にしようと試みたけれど、なんでだろう。そんなときに限ってまた涙が溢れてくる。さっきやっと落ち着いたと思ったのに。どうしようどうしよう。こんなんじゃだめ、だめなのに。

言葉が音にならないから代わりにこくこく頷いて意思表示するけれど、きっとこんなんじゃ全然伝わらない。私の気持ち、こんなちっぽけなものじゃない。「……わ………、わたし…っ!」はっきりした声にしたいのに、なんでこんな震えてしまうんだろう。なんてこんなにも小さく細々としてしまうのかな。先輩はあんなにはっきり言ってくれたのに。

先輩は小さく相槌を打って、じっと待ってくれている。だから言わなきゃ、言わなきゃ。かっこわるいとか、もうそんなのどうでもいい。私の気持ち、ちゃんと伝えなきゃ。例えうまく言葉に出来なくて、半分も伝えられなくても。ふわっと優しい風が吹く。今なら言える気がした。必死にしゃくる息を整えて、遂に私は想いを口にする。未だに震える喉を押さえて。

「………す、き…っ」

いえた。やっと言えた。たった二文字の言葉なんかじゃ決して伝えきれない私も想い、ちゃんと届いたかな。今度こそ落ち着いたしゃくりにほっとしながら、何も反応がない先輩に不安になってそっと見上げた。ら、ちょっとびっくりした。いつもマイペースで冷静な沖田先輩が、頬を染めているように見えたから。

「…て、わ…っ!?わわ…!」

まるで顔を見られたくないとでも言うかのように何の前触れもなく突然抱きついてきた先輩に、大きく鼓動が鳴った。この状況はあまりに心臓に悪すぎる。わ、わわわ、私は、ど、どどどど、どうすれば…!全身の体温が急上昇して爆発してしちゃうんじゃないかな…!抱かれるぬいぐるみ状態のまま硬直するしか出来なくて、嬉しさと緊張が混ざり合って、なんかもう本当に何度も言うけどどうしたらいいのか分からないよ先輩…!(あわわ!)

「せ、せんぱい…!?あ、あの…!?」
「君のこと、絶対大事にするから!」

どこか弾んだ声で、だけどまっすぐに言った先輩は、いまどんな顔をしているんだろう?彼の胸にすっぽりと収まっている私には全然見えないのだけれど。それでもぎゅっと私を抱き締める腕と彼の嬉しそうな声に、私と同じしあわせを感じてくれてたらいいな、なんて思った。




それは、世界が365回転する前の出来事





20110710 幕末の沖田さんは常に余裕たっぷりだけど、SSL沖田先輩はちょっと年相応の無邪気っぽさというか、少年っぽい初々しさがちょっとあったらいいなと思います。大人ぶってる子どもみたいな^q^ちなみに告白されたのは公園という設定があったのですが、ヒロインがテンパリすぎて風景を見る余裕がなかったようです。…最初から公開バカップルだったとか…(°д° )