沖田先輩は、本当に些細なことでもすぐに気が付いてくれる。例えば前髪をほんの少し切ったことや新しいシャーペンを買ったこと。…あ。でもこないだ「シャンプー変えたでしょ」とずばり言い当てられたときは流石に心底びっくりした。へいすけ先輩は、「そこまでいくと怖えな」と怯えていたけれど。だけど私はこんなふうに先輩に気付いてくれることが嬉しいから、定期的に何かを必ず新しくする。だからもしかしたら先輩は私のことを、新しいもの好きだと思われているかもしれない。
だけどそう思われたって構わない。本当は先輩に構ってほしくて必死なんだ。だけどこれは本人には言わない。訂正、言えない。だってそんなの恥ずかしい。どんな顔して言えというの。無理!絶対無理!彼女さんでしょとかそういうの関係ない!
…うーん、でもいい加減慣れというものを覚えたほうが良いのかな、なんて思いながら先日投入したばかりのハンドクリームを手に馴染ませる。ふわっと優しくて甘い香りが広がった。この匂いがする度に、ハンドクリームに気が付いてくれたときの沖田先輩の台詞を思い出す。『僕この匂いすきだな。ちゃんらしくて可愛い』、だって。…思い出しただけでほにゃっと頬が緩んでしまったのは言うまでもない。ハンドクリーム万歳!なんて大袈裟なことを思ってみる。
しかしそろそろネタが尽きてきた。物を買えたり、新しいお菓子やパンを見つけてみたり、髪型を変えたり。今まで沢山してきた。いや、し過ぎたからこそ、次のネタがない。どうしよう。いや別に特別困るようなことではないのだけれど、なんとなく淋しい気がする。だって、先輩に少しでも構ってほしい。少しでも気を引きたいのに。…そんなこと、クリスマスパーティー中の今考えるようなことじゃないとは分かっているけれど。それでも私には一番の問題なんだ。思わず溜息を溢してしまう。
「ちゃん。どうしたの?何か元気ない?疲れちゃった?」
ひょこっと顔を覗き込むようにしてそう尋ねてきた沖田先輩にどきりとしつつ、「そんなことないですよ!」と小さく手を振って否定する。だけどなんだか引っかかるところがあったのか、先輩は「そうかなあ」なんて首を傾げている。……う、わ!こ、このタイミングで先輩に声を掛けられるとは思わなかった…!そういえば先輩、気配もなく突然現れることが今までにも多々あった気がする。…うーん。もしかして、こういうのを神出鬼没って言うのだろうか。
「…じゃあ僕が、ちゃんを元気にさせてあげよっかな」
「で、ですから、別に元気です…!」
「僕にはそうは見えなかったの。ま、いいからいいから。…ほら。こっちおいで」
私の言葉などお構いなしにそう言って、先輩はそそくさと出入り口へと向かう。そうしてなかなかその場を動こうとしない私に気付いてか振り返り、ちょいちょいと手招きした。…こっちにおいでってことだよね。…いいのかなあ。ちらりと周りを見回すと、相変わらず綺麗に飾りつけされた体育館はクリスマス一色の中、皆ジュースやらケーキやらをおいしそうに頬張っている。(なんでも食べ物は風間生徒会長が準備したらしい。す、すごい…!)一応学校主催のクリスマスパーティー中なのだけれど、皆楽しそうに雑談してるし、ちょっとだけなら抜けても大丈夫かなあ。皆でするプレゼント交換も、もうちょっと後だろうし…。
「ちゃん」
まるで念を押すように名を呼ばれたことに気付いて、今度はすぐに傍に駆け寄る。すると彼は満足げに笑った後、私の右手をさらりと繋いだ。そうして半ば引っ張るようにどこかへ向かっている。ど、どこに行くのだろう?不思議に思い聞いてみると先輩は足は止めないまま顔だけ振り返って、なんだか楽しそうに言った。
「ふたりきりになれるところ」
★
「…で、先輩の教室…?ですか?」
「そう」
終業式で半日授業だったし、今もクリスマスパーティー中だからか、教室は誰もおらず、静まり返っていた。大掃除の後と言うこともあって綺麗に片付いているけれど、なんだか綺麗すぎてガランとしている。あ、床もピカピカしてる。そういえば以前先輩に連れて来てもらったことがあったけれど、そのときと大分違う気がするなあ。部屋の中央まで連れられた所でふと窓を見ると真っ暗で、電気を点けたからか窓に私達の姿が映っていた。
「…さて。これから新しいもの好きのちゃんの身に、何かひとつ変わることが起こります」
「?…あ、分かった!マジックですね!」
「はいじゃあ手貸して。あ、左のほうね」
ひだり?指定されちゃった。でも手品かあ。確かに先輩器用だし、手品とか得意そう!なんか想像出来るかも!何が起こるんだろうなあとわくわくしながら言われた手を差し出した。すると左手を取ったと思ったら、先輩は自分の右ポケットから何かを取り出した。なんだろう、マジックの道具かなあ。なんて呑気に思っていたのに、きらりと見えたのは手品と全く関係なさそうな代物だった。
「(…あれ?あれ?)」
いや、確かにテレビのマジックで使われているのは見たことがあるけれど、それは一直線に私の薬指に向かっている。あれ?あれれ?この展開はなんだろう。これ手品するんじゃなかったの?え?え?これは何?ドッキリか何か?え。あれ。どうしよう。急にどきどきしてきた。え?え?何これ?そういうこと?いや、そういうってどういうこと?そういえば先輩左って指定して…あれえ?
先輩が手にしていたそれは、可愛らしいピンクゴールドが小さい綺麗な丸を描いていた。ダイレクトに表現するなら、きっと指輪、なんだろうけど。…えーっと、手品ってこんな可愛らしい指輪使うっけ?個人的にはシルバーのゴツめのを使うイメージだったのだけれど。
なんだか頭がついていかないんだけれど、これって私だけ?しかしそんなのお構いなしと言わんばかりにするっと指先と通される。やけにそれがゆっくりとスローモーションで見えるのはなんでだろう。ピンクゴールドの輪はやっぱり金属らしく、ひんやりと冷えていた。それが逆に現実なのだということを教えている。どうやら夢を見ているわけではないらしい。気が付けばその輪は見事に私の左手薬指で存在を主張していた。
「…あ。え、っと…っ?…え?え!?あれえ!?」
これって指輪?指輪だよね?え…え!しかもぴったり。なんで分かったんだろう、サイズ。私指輪なんて持ってないし、そもそもそんな話にすらしたことないのに!沖田先輩って何でも分かっちゃうのかな。でもでも、これデザインもシンプルだし色も私好みですごくかわいい。…指輪を貰ったからだろうか、薬指につけてもらったからだろうか、それともサプライズだったからだろうか、相手が沖田先輩だからだろうか。なんだか胸の奥がむずむずする。ぽかぽかする。どうしよう。うれしい。うれしい。
でもなんでだろう。確かに嬉しいはずなのに、なかなか反応出来ない。ただじっと薬指を眺めるだけ。お礼とか言わなきゃなのに、それが出来ない。今まで指輪に特別な興味はなかったはずなのに、なんだろう。キラキラ輝いて見える。だけど、なんて言ったらいいんだろう。この感情をどう表現したら良いのか分からなくて、取り付かれたようにじっと指輪を見つめた。
「…喜んでもらえた?」
一向に何も言わない私を見かねてか、先輩は珍しく少し心配そうな声で様子を伺ってきた。だから慌てて顔をあげる。今まで心の中をぐるぐる回っていた温かい感情が一気に流れ込んできた。「はい!すっごく!すっごくうれしいです!なんか、なんていうか!えっと、うまく言えないんですけど、あの、とにかく嬉しいです!」あれ。なんだか嬉しいってことしか私、言ってない?うまく整理されないまま口にしちゃって、とにかく自分でも何言ってるんだかさっぱり分からない。自然と頬が緩んで、また薬指を見る。
「うわあ…!うわあ…!」
思わず声が弾んでしまう。どうしようどうしよう。しあわせ。…あ、そういえば私、ちゃんとお礼言ったっけ?嬉しいしか言ってない気がするのだけれど。あれ?言ったっけ?感動のあまり忘れてた?でもお礼なら何度言っても良いだろうし、言ってなかったら失礼だし、ちゃんと伝えておこう。
「あの、沖田先輩!ありがとうございます…!ぜったいぜったい大事にします!」
「うん。そうしてくれると嬉しいなあ」
なんだかさっきまで先輩に構ってもらう口実がなくなっちゃってどうしよう、なんて悩んでたのに、今じゃそれが嘘のようにきゃっきゃとはしゃいでいる。子どもだって思われちゃったかなあ。だけど先輩も嬉しそうに笑うから、私はやっぱり笑ってしまう。
すると今度は優しい目で微笑まれたから、思わずどきっとしてしまう。そのままそっと髪に触れられて、顔の横の髪を耳に掛けられた。なんだかくすぐったくて、思わず目を細める。そういえば先輩髪いじるのすきだったな、なんて思い出したけれど、流石に向かい合ってされるのは恥ずかしい。視線すら合わせられなくなって、自然と目を伏せてしまう。こういう先輩の仕草ひとつひとつにどきどきしちゃうの。付き合い始めて随分経つと言うのに、全然慣れてくれない。
ちらっと盗み見するように目の前にいる先輩を見てみたら、まるでそれを待っていたかのようにそっとキスされた。優しく触れるだけの唇はすぐに離れたけれど、いまだに目の前に先輩がいる。至近距離にどきどきする。また恥ずかしくなって少し俯いちゃう私を見て、先輩はまた小さく笑った。まるで悪戯が成功したような無邪気な顔。だけど大切な宝物を眺めて嬉しそうに笑う子どもみたいな顔。…どうしよう、顔が熱い。
「…あ。変わったのはひとつじゃなくて、ふたつだったね」
顔真っ赤。そう笑う沖田先輩に、また更に顔が熱くなる。なんだか見られたくなくて、隠すようにぎゅうっと顔を先輩の胸にうずめることにする。すると先輩は「今日は随分積極的だね」と笑いながらも抱きとめてくれた。頭を優しくて撫でてくれる手も、背中に回された腕も温かい。
「…今度あげるときは、もっとちゃんとしたのあげるから。いつになるか分からないけど、ちゃんとした場所で、ちゃんとしたときに、ちゃんとした言葉と一緒に。だからそれまでは、それで我慢してて」
優しい声で囁く先輩に返事をする代わりに、彼の背中にゆっくり手を回してみた。相変わらず顔は隠すように抱きついたままだけれど、口はほにゃりと緩んでいた。うれしい。うれしい。どきどきして、ぽかぽかして、しあわせ。なんだか今日の私、そればっかりだ。
20101224 ぶっちゃけてしまうと指輪よりもネックレスのほうがすきですが、沖田さんには指輪をはめられ隊(…)