一瞬、口にむにっと柔らかくてふわふわしたものが当たる。そして目の前には、薄茶色をした可愛らしいくまのぬいぐるみ。あ、かわいい子。私この子にキスされちゃった。そう思ったと同じくらいにそのかわいいかわいいぬいぐるみは間を取って遠ざかられた。しかし私は、じっと逸らすことなくそのつぶらな瞳を見つめる。その子の両手は見慣れた彼のそれによってしっかり支えられていた。
「うばっちゃったー」
手をぴょこぴょこ動かしているから、まるでぬいぐるみが私に話しかけてくれているような錯覚に陥ってしまう。しかしその声は間違いなく沖田先輩のもので。しかも心なしか、悪戯が成功した子どものように弾んでいる。なんだか懐かしいCMを思い出して思わず笑ってしまう。そしてその首謀者である沖田先輩は「可愛いでしょう」と言って、さっきキスを奪ってきたくまちゃんを私に差し出した。勿論私も喜んで手を差し出したのは言うまでも無い。
「この子、どうしたんですか?」
「姉さんからのお土産。でも僕が持ってても仕方ないしさ。それに君、前に欲しいって言ってたでしょ?だからあげる」
「えっ!で、でもでも!良いんですか?これ高かったと思うんですけど…!しかもシーにしかいない限定で!休日には完売しちゃうこともあって!」
「うんいいよ、あげる。…可愛がってあげてね」
にこっと笑う先輩に、可愛がります!沖田先輩だと思ってそれはそれは可愛がります!…なんて心の声は言えるはずもなく。代わりに「ありがとうございます」と当たり障りの無いお礼を口にした。あ、そうだ。名前はそうじくんにしよう。沖田先輩にも誰にも絶対ないしょだけれど。夏休みに入って、学校があったときみたいに毎日会うことは出来なくなってしまったから、この子を沖田先輩と思って可愛がろう。…えへへ、私、そうじくんとキスしちゃった。また緩む頬でぎゅーっとそうじくんを抱き締める。かわいいです。すごくかわいい。そう連呼してにこにこしてたら、沖田先輩は喜んで貰えたなら良かったと笑った。
それにしても、沖田先輩がこの子を持っておはなししてた様子はとっても可愛かった。きゅんっとしたのだけれど、これは私が沖田さんのぞっこんだからなのだろうか。沖田先輩マジックってやつ?例えば猛暑が続く空の下でも、先輩が一緒にいてくれたらそれだけで嬉しくなったり、ふとした拍子で触れてくれる手とか、さり気なく道路側を歩いてくれる優しさとか、何もかもが作用し合って、すべてがいとしい。
「…あ。でも、会って早々渡したら荷物になっちゃうよね。ごめんね何も考えてなくて」
「いいえ!いいえ!そんなことないです!うれしいからいいんです!」
「そう?」
何より沖田先輩と一緒ならなんでもいいんです。それだけでどうしようもなく楽しいんです。私服姿の先輩も格好良いなあとか、私しあわせだなあとか、ちょっとしたことですぐ思っちゃうからいいんです。今日も沖田先輩のことだいすきだから、何もかもがうれしいんです。だから私この子のこと、きっと絶対可愛がる。前から欲しかったからっていうのより先に、沖田先輩がくれたものだから。暑いのも忘れてそうじくんを抱き締める。それを見ていた先輩は、ちょっと複雑そうな顔をして言った。
「…でもなあ。そんなに大事にされちゃうと妬いちゃうから、僕の次に可愛がってね」
「なっ!え、あっ、は、はい…!(心読まれてる!?)」
「あと、抱いて歩きたいのは分かるけど、僕は君と手が繋ぎたい」
「えとえと…っ!」
「それから、僕も君にキスがしたい」
「えっ、えっ、えっ!」
一度に何個も言われても困ります!わたわたしてどうしたらいいのか分からなくて思わずきょろきょろしてしまう。それに夏休みに入っても相変わらずな先輩に、私も相変わらず翻弄されっぱなしだ。ていうか暑いのに手繋いじゃっていいのかな、先輩子ども体温で暑がりなのに。(て言ったら、「…僕子どもじゃないから」ってちょっと不機嫌になってそっぽむいちゃうから言わないけど)それにキスって、ここ駅前!公衆の面前!ですってば!
「ね、ちゃん。…駄目?」
だからそうやって小首傾げられたら私断れないんですってば!「うう…」毎回お馴染みとなりつつあるこの展開に、そうじくんをぎゅーっと抱き締める。先輩はそれを肯定のしるしと取ってしまったのか、逃げられないようにか両肩に手を置いた。わ、わ!近い!先輩!近い!だからここ駅!駅前なんですってばー!
私達の存在に気がついてちらちらと見てくる人もいれば、逆に見てはいけないものとして完全にスルーしている人もいる。中にはじろじろと好奇の目を向けてくる人もいて、私は完全にパニックになった。いや、キスが嫌なんじゃない!ないんです!でもでも、やっぱり流石に人が多すぎると言うか、いやだからと言って少なければ良いのかと言われたら決してそういうわけじゃ無いんだけど!無難に2人きりのときとかいう選択肢はないんですか先輩ー!
近付いてくる先輩にどきどきしてうっかり私も目を瞑りそうになってしまう。だ、だけどそれもいかがなものか!だってここは何度でも言うけれども駅前!そして今は夏休み!確かに平日だけれど、いつもより人が多い!その前で、き、き、キスって、いうのは…!でも沖田先輩のことは勿論私もだいすきだし、できるものなら…!それに次に出来るのはいつか分からない…って!それじゃただの欲求不満女じゃないか!もはや悪魔と天使が激しい討論を繰り広げ始めてしまった。しかし私には、もはやどっちの意見を持つのが天使か悪魔かすら区別がつかない。…う、うう…!……………………。
や、やっぱり、だめー!
思わず口元を隠すようにそうじくんを持ってくる。そしたらまあ必然的に先輩も、つい数分前の私と同じ状態になってしまうわけで。…だからだろうか、不意をつかれたというか、予想外の展開だったからというか。とにかく先輩は、むーっとご機嫌斜めな顔になってしまった。
「だ、だってだって、流石に駅前は、その…えっと!…す、すみません…」
顔を熱くさせながらも、しかし拒んでしまったことは確かだったので謝るしかない。うう、や、やっぱり受け入れるべきだったのだろうか…。い、今ので嫌われちゃったらどうしよう!「え、えっと、沖田せんぱ…」顔を上げて彼の反応をうかがおうとしたはずだったのに、それすら出来なかった。ふわっと風が優しく吹いたと思ったら、頬に柔らかい何かが触れたから。あれ?先輩の顔も近い。…………。
「しょうがないから、今はこれで許してあげる」
また笑う先輩。ぽかんとする私。現状を理解するより先に、「ほら映画始まっちゃうよ」と先輩が指を絡めるように手を握ってくる方が早かった。更に引っ張らるように歩き出すから、私は慌ててそうじくんを落とさないように抱きかかえ直す。いつの間にか私の小さな鞄は、先輩の繋がれていない方の手に持たれていた。どうやらキスのごたごたのとき、さり気なく取られたらしい。なんて器用な人なんだ。だけどこれで思う存分そうじくんだけを抱いて、先輩の手を握る事が出来る。わたし、やっぱりしあわせ。
繋がれた手をぎゅっと握り返したら、先輩は嬉しそうに笑ってくれた。
20100726 私のすきなもの全てを詰め込んでみました。沖田先輩とダッフィーは正義です!何気に紳士な沖田先輩はもっとすきです!!\(^O^)/