お昼食べたら、なんだか眠くなってきちゃった。先輩の欠伸交じりの台詞が聞こえたのは何分前だっただろう。「今日は暖かいですからねえ」と笑っていたあのときの自分がひどく懐かしい。今の私はカチンと氷のように固まって、足を伸ばした状態で座ったまま、身動きすら取れない。心臓も先程からせわしなくフルスピードで大きな音を立てている。困り果てて下を見やれば、うとうとと夢見心地の沖田先輩が膝を枕代わりにしながら横になっていた。要するに膝枕されていた。かれこれ15年生きてきたけれど、こんな展開初めてです。
屋上で爽やかな風がふわりと頬を撫でる。それが相乗効果を果たしているのだろうか。沖田先輩はこのまま本当に寝てしまいそうな雰囲気だった。
「あの、お、お、沖、田、せんぱ……」
弱々しく名を呼ぶも、ふわーあ、なんて呑気に欠伸しか返って来ない。私は全く状況が飲み込めなくて、とにかくきょろきょろと辺りを見回す。周りに人はいないだろうか誰にも見られていないだろうかと何度も何度も確認するけれど、そういえば屋上は生徒は立ち入り禁止だったことに気がついた。(そしてその立ち入り禁止のはずの屋上の鍵を沖田先輩が当然のように所持していたため、外側からしっかり鍵を掛けていた気がする。なんて抜け目の無い人なんだ)
…しかし、どうも落ち着かない。そわそわする。自分の膝の上には先輩がいるのだと再認識した途端に全身が熱くなってきて、今日はこんなに暑かったろうか、なんて考えた。(もっと足細かったら良かったのに!)しかしこうも動揺させている張本人は目を瞑ったまま何も言わないし微動だにしない。
「………………あの、沖田先輩…?もしかして、寝ちゃったんですか……?」
しかし返って来るのは沈黙ばかりで、何も答えてはくれない。あれ?え?え?これ本当に寝ちゃったの?え、まさか!「お、沖田せんぱーい…?」そっと小声で名を呼ぶも、彼は何の反応も示さない。規則正しく呼吸はしているらしい。かすかに寝息が聞こえてくる。え、ちょっと!
「お、起きてくださーい……ちょ、ちょっとー…?」
改めて覗き込むようにして頼んでみるも、生憎彼は目を覚ます気配がない。…う。くやしいくらいに綺麗な寝顔して。肌綺麗だし羨ましい。まじまじ見るのも失礼な話だけど、いつもからかいの言葉が恥ずかしくてまともに見れていないから、その、本人が寝てるし、良いのかな。気付かないだろうし。そんな誘惑に負けて、まじまじと見つめてみることにした。…うう。格好良い。本人には決して、口が裂けても絶対の絶対言わないけれど。そうして気がつけば、いつの間にか私は顔を徐々に近づけて先輩を眺めていた。──そのとき。
「…今日は随分積極的だね」
「い…っ!?」
心臓が止まるかと思った!突然先輩の声が聞こえてきたと思ったら、いつの間にか目を覚ましたらしい、彼はにこにこと楽しげに私を見上げていた。(め、目が合ってしまった!これはいつもと違う意味で恥ずかしすぎる!)…あれ?も、もしかして、最初から寝たふりしてた!?(さ、最低です!)「お、お、沖……!」「君、さっきからどもりすぎ」可笑しそうに笑う先輩だけれど、この状態で平常に振舞えというのも無茶な話だと思います!あと!寝たふりなんて酷い!(…いやこの場合私も、な、何をしてたんだって話だけど…!)……ていうか起きているのなら。
「……どいてくださ、」
「やだ」
うわっ、即答されてしまった。ど、どどど、どうしよう!なんだか急激に恥ずかしくなってきた!いやもともと恥ずかしかったんだけど、今さっきの、せ、先輩に見とれていたという事実が!(しかもばれているという…!)早くどうにかして膝からどいてもらわないと、羞恥で死んでしまう!
「えっと、あの…あ!そ、そう!セ、セクハラですよ!」
「…ねえちゃん、知ってる?セクハラって、されてる本人が嫌だと思わないと、セクハラって言わないんだよ」
「な!」
その言い方、まるで私が好んでいるとでも言っているようだ。顔を真っ赤にしてぱくぱくさせていると、先輩はくすくす笑った。先輩が笑うたびに髪が膝をくすぐる。…彼がやけに楽しそうに見えるのは、きっと気のせいじゃないと思う。
「じゃあ嫌なの?僕、一応君の彼氏なんだけど」
「え、や、い、嫌、というか、なんというか、その…ええと…」
「じゃあ、嫌じゃないんだ?」
「…う、うう……」
…駄目だ。結局私は沖田先輩には敵わない。これは私にとっては不動の、絶対的な法則だった。だから先輩が黒だと言えば私も黒だと思うし、同様に彼が白だと言えば白になる。つまり私の世界の中心は先輩だった。そして多分、いやきっと、沖田先輩自身もそれに気付いている。だからこそこんなにも強気な態度に出られるのだ。ちなみに私があまりにも沖田先輩に弱いから、「DVに遭ったら、真っ先にここに電話しろ」と、土方先生から大真面目な顔をしてその手の相談窓口の電話番号が書かれたカードを渡されたこともあるけど、ここでは関係ないから置いておこう。
とにかく、本当にどいてほしいなら、無理矢理にでも私が立ち上がれば良いのだ。そうしたら沖田先輩は問答無用で膝から転げ落ちる。だけど私はそれをしようと思わない。なぜなら彼の言うとおり、決して嫌がっている訳ではないからだ。要するに私は心底沖田先輩に惚れているということだった。
…私はついに観念して、そっと先輩の髪に触れてみる。すると先輩は日向ぼっこをする猫みたいに目を細めるから、なんだか私は楽しくなる。ついさっきまで嫌だなんだと言っていたのが嘘のように髪をいじり倒しながら、口を開いた。
「…私ね、多分、先輩より早死にすると思うんです」
「唐突だなあ。どうしたの突然」
「前に、人生で動く心臓の回数は決められてるって、テレビで見たことがあるんです。ってことは、緊張して鼓動が早くなると、その分寿命が短くなるんじゃないかなって。だからきっと、私は沖田先輩より早く死んのではと」
「へえ、僕と一緒にいると緊張しちゃうんだ?」
そこ拾って欲しいところじゃない!しかも一番突っ込んで欲しくない所拾われた!恥ずかしさのあまり愕然としていると、先輩はまた意地の悪い笑みを見る。ああもう!いつでもいじることを忘れないんだから!「そ、そうですよ!先輩といると、緊張します!どきどきします!」開き直って宣言してやると、先輩はまた楽しそうに笑った。だって事実だった。沖田先輩と一緒にいると、心臓がいくつあっても足りやしない。
「うん。でもさ、それって僕もだよ」
「え?」
「君にはどう見えているのか知らないけど、こう見えて心臓バクバク言ってるから」
「え!?う、嘘!」
「本当だって」
そう先輩は苦笑するけれど、決して緊張しているようには見えない。むしろ伸び伸びしているというか、余裕があるというか。少なくとも私とは正反対だ。それで心臓が五月蝿いですと言われても、一概には信じられない。
「…だからさ、僕ら2人、きっと誰より早死にだ」
あなたと一緒に死ねるなら本望です。…なんてことは言ってあげないけれど、そもそもそんな恥ずかしいこと言えないけれど。でもそうなるのも決して嫌じゃないかな・なんて思った。というよりなんなく、嬉しい。「…ああ、でも、天国で会っても知らん振りして声を掛けないでね」思い出したようにそう言った先輩に、私は思わず顔を歪める。だって、なんかそれって酷くないですか。死んでも一緒にいようねくらいのこと言って下さいよ。
「だって、今度もまた僕から告白したいから」
うわあ。だから、そう言われるこちらの身にもなってください。なんだかくらくらする気がします。あなたはどれだけ私のペースを狂わせるおつもりですか。「せ、先輩の馬鹿」ああ顔が熱い。風邪でも引いてしまったのではないかと思うくらいに。「うん。だって、僕の世界は君を中心に回ってるんだもの。君が可愛くて可愛くて仕方ないんだから、しょうがないよね」とどめの一撃に、今度こそ私は意識を手放すかと思ってしまった。
「…ああ。でも死後の世界なんかはそのときなったときに考えれば良いから、今は現世の話をしよう」
そう言ったかと思ったら、先輩はやっと上半身を起こした。お陰で膝が一気に軽くなる。けれどその代わり、右頬に手を添えられて。さっきより更に心臓が忙しくなってる。耐えられなくて、ぷいっと顔を逸らそうとするけれど、頭の後ろに手を回されてがっちり固定されてしまったから、それも叶わなくなってしまった。か、顔近い顔近い顔近い!
「逸らさないで。ちゃんと僕の目を見て聞いて」
この状況で目を逸らすなって、私にとっては拷問以外の何物でもないです。「え、あ、えっと…」ふらふらと泳いでしまう目。けれど彼の真っ直ぐな瞳はそらされることなく注がれている。「…」「は、はい!」うわあ、いつも「ちゃん」って呼んでるくせに、こういうときには呼び捨てしちゃうんだ。お、思わずどきっとしてしまった…!しかも条件反射で目を見てしまった返事もしてしまった!また沖田先輩の手のひらで踊らされている。でも、こんな、至近距離に先輩の顔があるのは、し、心臓に、悪すぎるシチュエーションなのですか…!
「あ、え、っと。お、沖……」
「なあに?」
「……は、恥ずかしいです」
「うん大丈夫、そのうち慣れるよ」
どうしましょう、絶対に慣れない自信があるのだけれど。例え天国に行った後も、来世で出会っても、きっときっと私は沖田先輩にどきどきする。そういう宿命。そしてそれは、きっとずっと変わらない。不変のものとして永遠に生き続けるのです。
「すきだよ」
だからそんな、唐突に!あれ。でも唐突でもないのかな?なんとなく予想は出来ていたけれど。それでもばくんって心臓が。キーンコーン。予鈴のチャイムの音がする。ああ、お昼休み、終わっちゃいますよ。「僕にはチャイムなんて聞こえない」そんなまさか。あなたにも、しっかり聞こえているのでしょう。だけどあなたが聞こえないというのなら、きっと私にも聞こえません。だって、さっきも言ったでしょう。それが宿命と言う名の法則なのです。
だけどいつも彼の手のひらで踊らされるのも癪だから、今回ばかりは先手を打つことにしよう。いつもされるのを待ってばかりの私からあなたにキスをしたら、少しは驚いてくれるかな。そんなことを考えたら、また心臓が高鳴った。
20100501 (きいちゃんと随想録移植記念企画でお題は膝枕。あ・実際恋とか緊張で寿命が縮むことはないそうです。笑)