いつもお母さんが作ったお弁当を持参している私とは対照的に、沖田先輩がお昼ごはんにお弁当を食べてるところなんて見たことない。彼はいつも購買で買うらしいクリームパンを頬張っているのだ。購買にはおにぎりも置いてあるし、食堂も完備されているというのに、先輩は常にパンを選んでいる。時々サンドイッチとかコロッケパンとかも買って来るけれど、基本的にはそれにプラスクリームパンというセットが常だった。どうやら彼は、クリームパンを気に入っているらしい。というより、甘いものが好きなのかな。そういえばこの間も、作ったクッキーも食べてくれたし。
「クリームパン、すきなんですか?」
なんとなく気になったので聞いてみると、彼はうーんと少し考え込んだ後、「まあ嫌いじゃないかな」と実に遠回しな返答をされた。…でもそれ、要するに好きってことじゃないですか。じゃなきゃ毎日飽きずに買ったりしない。変なところで素直じゃないなあ。なんだか子どもみたいで笑ってしまう。「あれ?もしかして、分かってない?」え、何がですか。
「前に君が、これがすきって言ってたから、毎日選んでるんだけどなあ」
「え…っ!」
瞬間、きっと私は耳まで真っ赤にしたことだろう。事実、心臓もびっくりしちゃったみたいで、急にその存在を主張し始めた。わ・わ・わ!「…え、…あっ!か、からかわないで下さい!」いつもの展開になってたまるかと必死に声をあげる。すると「別にからかってないんだけどなあ」と苦笑するものだから、もしかして本当だったのかな・なんて思った。だからだろうか、心臓は相変わらず五月蝿い。そもそも先輩にとっては、私の好物だからっていうことはそんなに深い意味はなかったのかもしれない。
…と、とりあえず、ハンバーグでも食べて落ち着こう。沖田先輩のペースに乗せられちゃ駄目だ。マイペースに、冷静に。そう自分に暗示を掛けながらハンバーグを口に運ぼうとしている隣で、「僕にも一口ちょうだい」という声が聞こえてきた。あれ、これってもしかしてハンバーグのことだったりするのかなと口の前で箸を止めたのとほぼ同時に、沖田先輩が横からそれに食いついた。(かろうじて箸から落とさなかったのを褒めていただきたい)……な・な・な!
「うんおいしい。君のお母さんて料理上手だね…って、あれ?どうしたのちゃん。食べないの?」
けろっとした顔で聞いてくる沖田先輩。おいしいと感想が聞こえたように、箸につままれているハンバーグは見事に半分になっていた。……た、食べないのって言われても、その、こ、これじゃ、か、間接…!(うわああ!)
「い、良いです!もうこれ、全部先輩にあげます!最後まで責任もって食べてください!」
「ちゃんハンバーグ好きなのに?…なんか傷付くなあ、僕が食べたものは食べれないって言われてるみたいで」
「そ、そういうことを言ってるんじゃなくて!」
違うと言いつつ、本当は図星だった。一応彼氏彼女の関係だけれど、その、か、間接はちょっと…その…恥ずかしい。「えっと…!い、いくらおいしくても、パンだけじゃ栄養不足ですよ!」ちょっと無理矢理すぎるだろうか。しかもそれが野菜ならともかく、ハンバーグなのに。ふうんと納得したような顔をして、「じゃあいただこうかな」と言った。…うう。さよなら私のハンバーグ。「…で?」え?
「え・じゃなくて、何?あーんて、食べさせてくれないの?」
「し、しませんそんなこと!」
「えー。…じゃあ良いや。あーあ。ちょっと期待してたのに」
「な!」
どんな期待ですか!…と、突っ込みたいけど突っ込めない。どうせまたからかわれるのが見えている。そもそも聞かなくても分かるから、わざわざ改めて尋ねるのもまたそれはそれで恥ずかしい。とりあえずハンバーグは元にあったスペースに戻して、プチトマトでも食べることにしよう。そう決めたはずなのに、なぜか先輩が「はい」と満面の笑みで目の前に食べかけのクリームパンを差し出してきたから、私の箸はプチトマトを摘もうとしたまま止まってしまう結果となった。…はい?
「ハンバーグのお礼。…ほら、食べさせてあげるから口開けて。あーんして」
「え!や、やですよ!何言ってるんですか!い、良いです!」
まるで赤ちゃんか子どもにするみたいだ。恥ずかしいことこの上ない。内情を察したらしい先輩は「何で?誰もいないのに」って不思議そうな顔をして首を傾げている。確かにここは屋上で、あたりには私達2人以外誰もいない。それもそうだ。そもそも屋上は本来生徒は立ち入り禁止で鍵が掛けてあるのだから。しかしなぜ沖田先輩はそんな屋上の鍵を所持しているのかというと、なんでも近藤校長とは昔からの知り合いらしく、その関係でこっそり合い鍵を作ったらしかった。…もう何も言うまい。
…と、ともかくですね!人がいるとかいないとか、そういう問題じゃないんです!そのくらい分かるでしょう!「ん?僕には分からないなあ」まあね!そう言うと思ってましたけど!
「…ちゃんてさ、本当恥ずかしがり屋だよね。初々しいと言うか、シャイと言うか」
「…沖田先輩が神経図太いだけだと思います。ある意味尊敬します」
「うんありがとう。だから君も見習って?」
見習うって何を、どうやってですか。そう言おうとする前に、もごっとクリームパンを押し付けられて見事に口を封じられてしまった。勿論大きなパンだったから、反射的に一口分だけかじることになってしまう。う!?
「おいしい?」
笑顔で問う沖田先輩に、私は口元を隠しながらももぐもぐと口を動かすしかない。た、確かにおいしいですけど…!そ、それ以上に、び、びっくりしたあ…!いきなり何するんですか!「だって君、口開けないんだもの。だったら突っ込むしかないじゃない」なんですかその訳の分からない理由は。「まあそれはともかくさ、」とりあえずお茶でも飲むかとペットボトルに手を伸ばすと、先輩は思い出したように言った。はい、なんですか?お茶を口に含みながら続きを待つ。
「これも、間接キスっていうのかな」
思わずお茶を吹き出しそうになった。何を言うかと慌てて先輩の顔を見たら、にやにやとまた意地の悪い顔をしている。んもー!「先輩!絶対分かっててやったでしょ!むしろ狙ったでしょ!」「ん?何のこと?」「とぼけないで下さい!」
20100501 (きいちゃんと随想録移植記念企画でお題はお弁当。そして沖田先輩は当然間接を狙ってやってます)