「一くん!ちょっと良いかな!」

まるで駆け込むようにしてやって来た総司の声に、ふと道場の入り口を見やる。…いつの間に抜け出したのだ。総司は。確かに俺も長時間稽古をしていたが…。それにしたって、あんたもたまには真面目に隊士達の面倒を見てやれと言わんばかりに口を開こうとすると、その前に「ああもう、稽古とかやってる場合じゃないって!」と珍しく総司が乱心した様子で言ってくるから、只事ではないと察知した。まあいつもの冗談ならタチが悪いが。

「…何かあったのか」
「良いから来て」
「何処へ。…まさか、局長か副長が俺を呼んでいるのか。ないし何か任務を…」
「そうじゃないけど来て。…ちゃんが……──」





!」

勢い良く開けたため、スパン!と鋭い音を立てた襖。普段ならば決してそのようなことはしないし、第一中にいる者に一言声を掛けてから中に入ったろう。しかし事が事なだけに気にしてなどいられなかった。…何故が副長の部屋に運ばれたのかは分からないが…。何もなければ副長の部屋に運び込まれるなんて絶対にありえないことだし、今回のことは少なからず副長が関係していると考えた方が自然なのだろうか。…ん、副長…?…………。お、俺は副長の部屋に挨拶も無しに入ってしまったのか!なんて無礼な事をと後悔が頭をよぎるが、幸か不幸か部屋の主の姿は見えない。どうやら不在のようだ。

部屋中央に布団が敷かれており、そこに上半身だけ起こしていただけが残されるように存在した。しかし急に俺が部屋に入ってきたからだろうか。彼女は驚いた様子を隠せないようで、目をぱちくりさせている。…総司から「屯所前で倒れた」と聞いたからどんなことにと思ったが、どうやら大事ではないらしい。(前髪に隠された額から包帯が見えているから一見重傷に見えるが)それを確認して、思わず安堵の溜息が出た。

「ああちゃん。目が覚めたんだね」

俺の後ろからひょこりと顔を出した総司の台詞から察するに、どうやら今しがた意識を取り戻したらしい。…一体俺の知らない間に何があったのか気になるところだが、とりあえずもう少し落ち着いたら聞くことにしよう。…どうせ大した理由ではないのだろうと予想しつつ布団の横に腰を下ろし、彼女の容体を伺う。

「…。倒れた際、頭も殴打したと聞いた。…まだ痛むか」
「…………………………」
「…?」
「えっ?あ、私?あ、はい…その…えっと…。…?だ、大丈夫、です…。……? ??」
「…そうか」
「あ、はい…。…?………」
「…………………………」
「…………………………」
「…暑いのか?顔が赤いが」
「え?そ、そんなことはない、です…っ!」

訂正しよう。やはり今の彼女はいつもと違う。具体的にどこが、と聞かれると返答に困るのだが、こう…全体的に、変だ。襖に寄りかかっていた総司に目配せすると、「…とりあえず、山崎くんでも呼んで来るよ」と部屋を出て行った。「?やまざき…さん…?」聞き慣れない名前が出てきたからだろうか、は不思議そうに首をかしげている。 「…山崎は医療担当で、医術には長けている人間だ。風邪でもこじらせて倒れてしまったのだろう、診て貰ったほうが良い。…すぐに来る。それまで少し寝ていろ」 それでもは何か言いたげだったが「後で聞いてやる」と言いくるめ、半ば無理矢理横にさせる。するとはすぐさま口元まで布団を被り、ちらちらとこちらの様子を気にしている。

「えっと、その…あ、あなた、は…?」
「…俺はここにいる。あんたをこの部屋に1人にしておくわけにはいくまい」
「じゃ、なくて……えっと、その……」
「…なんだ」

随分歯切れが悪いことを見越して声を掛けてみるも、は「…な、なんでもない、です…」と言って布団に潜り込む。そうしてすぐにこちらに背を向けて、今度は布団を頭まですっぽりかぶって顔を隠すに、やはりいつもとは違う違和感を感じたのだった。





「………『頭を打って、今でのことを忘れた』?」
「…はい。以前、それと似たような事例を聞いたことがあります。おそらく今回の彼女の件では、頭を打った衝撃で、記憶だけをぽっかり忘れてしまったのでしょう。まあ俺も実例を見たのは初めてなので、これはあくまで推測上での話でしかありませんが…」
「へえ。そんな夢みたいな話、本当にあるんだね。ねえ一くん」
「…くだらん。のことだ、どうせ演技でもしているのだろう」

ちらりとを見てやると、やはりどことなくそわそわとしていて落ち着きがない。確かに彼女は突拍子の無いことをしでかすこともあるが、物腰はわりと落ち着いているほうだ。なのに今はやたらきょろきょろとしていて、目が合おうものならすぐさま逸らされる。あまりにも普段とはかけ離れた反応は、疑う余地は十分すぎるほどあった。山崎が嘘を言うとは思えんが、一概には信じられなかった。

「…。からかっているつもりなら素直に言──」
「きゃっ!」
「え。あ、す、すまない!」

勢いでがしっと肩をつかんで掴んでしまったが、力が入ってしまったのだろうか、すぐに抗議の悲鳴が上がってしまい、慌てて離す。「す、すまない…」「い、いえ…」しどろもどろとした雰囲気。それにしても、この女は本当になのか?姿形がよく似た別人ではないだろうか、そう思わずにはいられない。いつもの彼女とは全く違う。あまりに信じられなくて呆然とを見ていると、当の本人はそれに気付いたのだろう。また恥ずかしそうに顔を朱色に染め、ちらちらとこちらを気にしながら、言った。

「…あ、あんまり見ないで下さい。…あの、は、恥ずかしい…です…」


間。


「──で、一くん。さっきからそんな隅で何ブツブツやってんのさ。顔赤いよ」
「う、うるさい!…せ、精神を落ち着かせている最中ゆえ、は、話しかけるな」
「ふうん。精神ねえ…」



20100830(どうやら3110は、おしとやかで恥ずかしがりなトリップ娘がどストライクだった模様←。急展開の詳細はそのうち語られるので今は放置でお願いまry。次回からやっと話が動く…!)