「今日暑くねえかー?」

そんなことを言ってだらだらとしている新八が、これまた気だるそうに言った。確かに今日は良い天気だし、それに伴い先日より暑さは増しているようだ。しかしほんの時々ながらも心地いい風はあることだ。…俺には新八が言うほどには感じられないのだが…。それに暑いという方が暑く感じるものであるし、そもそも夏は暑いのが当たり前というものだ。「そりゃ一くんはそうだろうけどさあ」平助が口を挟んだ。

「今日暑いって確実に。風はないしさー」
「ならいっそ、流しそうめんでもやってみる?七夕にちなんで」
「ながしそうめん?」

なんだそれ。そう一同の声が一致した。そして聞き慣れない単語を出してきた総司は、知り合いの子に聞いたそうめんの食べ方なんだけど、と言う。おそらくその知り合いの子と称されたのはのことだろうということはなんとなく見当が付いた。

「僕も実物見たことないし、聞いただけなんだけど、こう…樋(とい)みたいに、竹を使ってそうめんを流すんだって。で、流れてきたそうめんを捕まえて食べるらしいよ」
「はー。珍しい食べ方思いつくもんだなあそいつも」
「でも左之さん!なんか楽しそうじゃね!?なあしんぱっつあん!」
「おうともよ!そうと決まれば善は急げ!巡察がてら、竹の調達だ!」
「は!?お、おい!お前ら!」

副長の声も虚しく、新八・平助はさっさと竹を求めてどこかへ行ってしまった。その目は実に活き活きとしていていたが、それは巡察に向けられたものではなく、間違いなく今しがた聞いた素麺の新たな食べ方を実践してみたいと言う好奇心であったことは誰から見ても明らかだった。

「──でもまあその子いわく、流しそうめんをするためには、人がいなくても水を流してくれる設備が必要みたいだけどねー…って、あれ?平助と新八さんは?」
「嘘臭え演技はやめろ。…ったく総司。面倒事吹き込むんじゃねえよ。そもそも素麺を流す意味が分からねえじゃねえか」
「そんなこと言われても。僕は聞いた話をそのまま伝えただけですし」
「…副長、流し素麺とやら、如何致しますか」
「どうするもなにも、そんなもん許可した覚えねえよ。そもそもその流し素麺とやらは出来ねえんだろ?あいつらのことだ、どうせ意気揚々と竹を持って帰ってくるんだろうが、帰って来次第処分させるさ」
「…承知致しました」
「えー、土方さんの部屋でやりましょうよ。なんでも流しそうめんをやった後の床は、水でびっちょびちょになるそうですし。きっと打ち水みたいで涼しくなれますよ。良かったですね土方さん」
「総司…てめえ…」

そうして副長と総司はあれよあれよと言う間に小競り合いを始めてしまった。…それにしても。の世界ではそんな変わった食事法が流行っているのか…知らなかった…。流し素麺とやらをすれば、は喜ぶのだろうか。あ、あいつが喜ぶのなら、やってやりたいところだが…いやしかし、屯所に無関係者のをほいほいと入れるわけにはいかぬ…。さて、どうすれば…。いや、そもそもこれは却下されたばかりなのだから、考えても無駄なことだ。…それに、確かに副長の判断は懸命だった。新八と平助は抗議の声を上げるだろうが、そもそもその仕組みも何も理解していない想像上のことをやろうというのは無茶な話だ。……………。

「あ、そうだ。一くん」

思い出したようにふと声を掛けた総司は、副長が声を荒げているのを無視して続ける。その声に俺はやっと考え込んでいた顔を上げた。「あのさ。例のやつ、ちゃんと吊るさないと意味ないと思うんだけど」その言葉に、俺はうぐ、と言葉を詰まらせる。総司の言うとおり、結局一晩掛けて書き上げた短冊は、気恥ずかしさから部屋に置いたままだった。そもそも短冊とは笹に飾るものであり、それすなわり不特定多数の第三者の目に見られると言うことを指している。…故に、どうしも気が引けてならないのだった。…今更ではあるが。

「…か、構わん。あれはそのまま俺が処分しておく」
「えー?せっかく百面相しながら決死の覚悟で書いたのに勿体無いなあ。それでちゃんの願い事叶わなかったら、間違いなく一くんのせいだからね」
「あんたはいつから部屋にいた!?」
「おいお前ら!もう良いから、やることねえならほかの隊士どもに稽古なりなんなりつけてやれ!」
「…!ふ、副長!申し訳ありません!…ほら、あんたも行くぞ総司!」
「ええー」
「えーじゃない」

俺もらしくない。今日は何故か、気を抜くとのことばかり考えてしまう。三番組組長ともあろう者がこれでは駄目だ。もっと隊士達の模範になるべきなのに、こんな浮付いた心では!それからは邪気を振り払うかのように、ひたすら竹刀を振ることに専念することを決意する。しかし、あまりに稽古に夢中になっていたからだろうか。いつの間にか総司が道場を抜け出したようだったが、俺はそれすら気付くことが出来なかった。


20100830(なんぞこの新選組ライフ…全く夢じゃない件…。あ、ちなみに流しそうめんの起源は戦後だそうですよ)