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「卒業、おめでとうございます。先輩。」 「ありがとう、ふーちゃん」そう言って、まるでこの人が今日この学校を去るなんて事実を忘れさせるような笑顔で、先輩は笑った。 先輩のすぐ隣に立っている桜の木は、日ごとにその蕾を大きく膨らませていっていた。この様子だと例年通り3月下旬、4月上旬あたりには 満開になってるだろう。恐らくこの木が満開に花を咲かせるときも、散ってしまったあとも、俺はそこのグラウンドでいつも通り白球を 追いかけているに違いない。だけど、そこにもちろん先輩の姿はない。卒業、したから。というか、グラウンドにいないってのは 随分前に済ませてしまって引退でのことも言えるんだけど、彼女は時折俺らの面倒見にグラウンドに顔をだしてくれたし、廊下で会ったりしたら話かけてくれたし、 俺が当番のときに図書室へ勉強しにきてくれたりしていたから、そんなに大きな実感は湧かなかったんだけど。でもたまに感じる物足りなさは どうしようもなくて、結局こんな時期まで引きずってしまっていた。すぐに忘れる予定だったのに。 「答辞、かっこよかったですよ。感動しました。」 「え?本当?ていうかふーちゃんも感動するんだ。」 「…さり気に失礼ですよ、それ。」 感動したのは本当だった。ステージの上に立つ先輩の姿は今まで何回も見てきたつもりなのに、やっぱり卒業式となると何かが違って。漸く彼女が、 あと、寿先輩とか倉本先輩とか、つい半年前まで同じグラウンドに立っていた人たちがあの場所から、…この学校から、去ってしまうのだと考えると改めて 寂しくなってしまったのだ。…柄にもなく。そんな俺の姿を見兼ねてか知らないけど、卒業式が終わってひと段落したあたりに、昴やら姉貴やら寿先輩やらが先輩を 連れてきて「2人で話してこい!」なんていうものだからつまりこう、2人っきりで話をさせてもらっているわけで。なんか、憧れの先輩が卒業するから最後の記念に、 って告白する女みたいじゃん、俺。…鳥肌たった。いや、あながち間違いではないかもしれないけど。そもそも、どういうつもりなんだあの人たち。俺が先輩好き、…な、ことは、 誰も知らないはずなのに。余計なことしすぎだろ。余計なお世話、なわけじゃないけど、…俺がそういうつもりじゃなかったらどうしてくれるつもりだったんだ。 まあ、現に俺は先輩が好きだし、こういう時間をもらえて助かったと言えば助かったので、あの人たちからしてみれば万事オッケーなのかもしれない。 小さくため息をついて、少しだけ前を行く先輩の横顔を見つめた。グラウンドのフェンスに手をかけてマウンドの方に目を向けている先輩は、 少しだけ、寂しそうにみえた。というか、そうだといいな、って、思った。先輩は桜華女子に行くっていっていたから、海堂に行く俺とはもちろん(まだ入れるかわかんねーけど) 同じ学校になるなんてことはない。ていうか女子高だし。野球部のマネージャーも中学だけで終わり、ってわけだ。てっきり先輩は、寿先輩と同じ高校に 行くものだと思っていたし、それなら海堂でも先輩と一緒に、グラウンドに立てたりするんだろうか、とか、一時期考えていたことあったっけ。つい数か月前の出来事を思い出して馬鹿らしくなる。先輩との関わりも、今日で全部終わってしまうってのに。 「…もう卒業しちゃったんだなあ。」 「……今更、なにを。」 「…まあそうなんだけどさ。わかってはいるんだけど、それでも寂しいんだよ。3年間もいたんだから。」 「………俺も、少し寂しいっすよ。どっかのうるさい先輩もいなくなるし。」 「…それって私のこと言ってる?」 「さあ?」 「ふーちゃん!」 「…あ。そうだ先輩。ちょっと目、瞑ってくださいよ。」 「え?なんで?」 「いいから、」 まだ不思議そうな顔をしたまま、先輩がゆっくりと目を閉じる。それをしかと確認してから、鞄の中に入れていた、兼ねてから渡そうと思っていた 例の物を取り出した。よかった、ちゃんと渡す機会あって。さすがにこれをわざわざ家まで届けにいくような勇気は俺にはない。「ふーちゃん、まだ?」 その、例の物を先輩がちょうど目を開けたとき一番に目に入るような高さに持っていって、「いいですよ。」と言うと同時にぱちっと目を開けた先輩の少し驚く顔を みてしてやったり、と思った。たぶん俺いま性格悪そうな顔してると思う。「え、これ…」「卒業祝い…安物で悪いんですけど。」そーっとそれに―… 駄菓子屋に売っている棒に三角の形した飴がついたお菓子…商品名は知らないんだけど、に、手を伸ばす先輩は本当に驚いているようだった。そんなに俺から物貰うの意外だったのか。 「懐かし…ていうか、これ、ふーちゃんが買ったんだ、よね?」 「……はい。そうっすよ。」 「…へえー…。」 「先輩、顔。笑ってるんすけど。」 「いや、だって、何か意外っていうか…ふーちゃんもこんな可愛らしいもの食べるんだなーって。」 馬鹿かこの人は。俺が食べるわけないだろ、そんな、先輩でも可愛らしいなんて思うもの。「まさか。食べるわけないでしょ。」あんたのためにわざわざ 買いにいっただけなんだし。とは、言わないけど。さすがに10個もひとりで買うのは結構恥ずかしかった。でも、卒業祝いで、先輩がもらって喜ぶものなんて 思い浮かばなかったし、たまたま前通った駄菓子屋で目に入ったのがこれだったんだからしょうがない。というか買ったあとにどうにか花束みたいにできないものかと 悪戦苦闘してた自分を思い出したら今でも寒気がする。断じてあんなキャラではないはずなんだけど、俺。 「あはは、でも、嬉しいなあ!さっき卒業式でもらった花束より嬉しいかも。」 「…先輩って、絶対花より団子タイプでしょ。」 「…そんなことないですー。食べるのもったいないよ、これ。」 「ちゃんと賞味期限切れる前には食べてくださいよ、…卒業祝い、と、あと、4月にもらった飴のお返しも入ってるんすから。」 先輩は、覚えてないかもしれないけど。そう続けて、先輩から目を離してグラウンドに視線を移した。確かこのあたりで、先輩と出会って。 その日の帰りに、飴、もらったんだよな。その頃なんてまだ彼女への気持ちなんて全く気づいていなかったのに、今でも結構鮮明に思い出すことができるんだから、 案外俺はもうあの時には既に彼女のことが好きだったのかもしれない。「覚えてるよ。」「…え、」 「ふーちゃんがさ、仮入部にきて、練習の時間女の子たちに呼び出されてた私のこと助けてくれて、その口止め料とお礼にあげた、苺味の飴玉、でしょ?」 「………」 「…あれ。もしかして違った?」 「いや、合ってます、けど…」 「ほら。これでも記憶力はけっこういい方だから、ね。」 先輩が俺の好きな、あの笑顔で笑って、グラウンドへと一歩足を踏み入れた。「……、」あの人は、本当に、やってくれる。口元を思わず押さえてしまったのは嬉しさと、 あと恥ずかしさからで、きっと顔に熱が集まっていたんじゃないかと後になって思った。絶対、覚えてないと思ったのに。所詮、俺なんかは先輩にとって ただの後輩で、そんな些細な出来事、どうせ、覚えてないだろうって。…そんなこと言われたら、また忘れられなくなるだけだってのに。忘れられないのは、 少しでも期待してるから?俺が彼女の中に、入りこむ隙間、少しでも、あるとでもいうのだろうか。 「ねえ、ふーちゃん。今年こそは県大会、いってね。そしたら私応援しに行くから。」 「行きますけど……先輩に応援されても。」 「あー、そういうこと言うんだ?…私ほんっとう、もしかしなくてもふーちゃんに嫌われてるよね…。」 「……そりゃ、やめろって言ってんのにふーちゃんとか、変な名前で呼ぶのやめねーし。けっこう人遣い荒いし。廊下で会うたびにからかってくるし。」 「そ、そか…ふーちゃんそんなに嫌だったんだね、ごめ、「でも、嫌いじゃないです。」…え?」 「先輩のそーゆうところ、嫌いじゃないですよ。」 気づいたら、後ろから先輩のことを抱きしめていた。ゆっくりと、優しく、とん、と軽く俺の腕の中におさまった先輩をきつくきつく抱きしめて、その存在をしっかりと確かめた。 「ふー、ちゃん、」、焦りも含まれているような気がする先輩のそんな言葉は無視した。絶対、言わないつもりだったのに。全部台無しだ。 あんたの、せいだからな。あんたが変なこと、ばっかり、いうから。おかしくなる、いつも。罪な女だよ、先輩は。だいたい俺があんたのこと、嫌いなわけ、ないだろ。 こんなに、憎らしいほど愛しくて恋しいのに。先輩の肩にもたれ掛かるようにして顔をうずめて、この後どうしようかと少しだけ考えた。もちろん今更今のは なかったことにしてくださいなんて言うつもりはない。後には戻れないことは一番自分がよくわかっていた。こんなことしたらもう、言うしかないだろ。いい機会じゃないか、どうせ、先輩とは、もう今までと 同じような関係でいることは不可能だったんだから。きっと今言わなかったら、絶対後悔する。先輩の笑顔を、消したくない。…でも誰かのものになるのも、嫌だ。誰にも譲りたくない、先輩の隣が、ほしい。 「好き、です。」 囁くように小さく小さく口にした言葉は、ちゃんとした意味で先輩に伝わっていてほしいと切に願った。 抱きしめているせいで顔は見えないけど、次に彼女が声を発するとき、俺の大好きな笑顔でこっちに振りむいて「ふーちゃん」て、君だけの特権を口にしてくれたら、どんなに幸せだろうか。 口付けてしゃぼん玉 (どうか、哀しい、泣きそうな顔だけはしていませんように、と、) 080709 えーと、さくらんにサイト2周年ということでやっぱり一方的に送りつける颯太と先輩シリーズ。(えぇええ)なんか、あの、いろいろ詰め込んでみました…!(土下座) ていうかこの2人(むしろ颯太がひとりで)青春しすぎじゃああ!この後はご想像にお任せします★なんなら続き書いてくれてもかまわないよ!(お前) 遅くなってごめんねー!おめでとー!そしていろいろすいませんっしたぁああああ! 因みに颯太が先輩にあげた例の物→コレ (オランダキャンディーっていうらしいよ)×10個…40本?多くね?・∀・(禁句です) |