もう、お正月を迎えてもお年玉を貰えない年になった。
ちょっと残念なような、嬉しいような…。そんな不思議な気分がする。
「すこしだけ大人になった、っていうことなのかな」
「そうかもしれないね。」
新年は自宅で家族と祝うもの、という私の中で今まで絶対不変だった掟も覆された。今、私は寿也と二人で年が明けたばかりの暗い道を歩いている。神社からの帰り道だ。
正月を祝う神社の境内には屋台がずらりと並んでいた。そこで買った大判焼きをカイロ代りに掌の上で弄びながら、静かな道を歩く。
頬を撫でる冷たいを通り越して凍てつくような風に、全身の毛が逆立つような気までしてくる。隣を見上げると寿也も鼻の頭を赤くして寒そうに大きい身体を縮めていた。瞳が合って、なんとなく口を開く。
「休みはいつまで?」
「んー…明日まで。」
「えー、ハードだね。」
「まぁ、仕方が無いよ。それに自主トレも含めれば年中無休も同然だし。」
「それもそうか…」
寿也は、私よりも一足早く「大人」になった。
暢気に地元で大学生をやっている私とは違い、寿也はプロ野球選手として毎日奔走している。まだルーキーだから、慣れないことも多くて随分大変そうだと寿也の義父が言っていた。
実際、今隣を歩いている寿也の顔を見上げても、疲れの色が見え隠れしている。年越しさせるのは少し酷だったか、と今更後悔した。そして気を使えなかった自分に自己嫌悪。思わずため息が出た。真っ白なそれはふーっと空に舞いあがり霧消する。
「疲れた?」
「え、ううん違う。そんなんじゃないよ。」
「そう?」
ため息一つついただけで声を掛けてくれる寿也は、気遣い上手というか大人だ。私と違って。
疲れてるだろうなんて考えもしないで年越しに付き合わせてしまうなんて、最近やたら使われている言葉でいえばKY、空気が読めないのかもしれない。
「……ごめんね、付き合せちゃって」
「何?突然どうしたの?」
とぼとぼ歩いて呟けば、しっかりと私の言葉をキャッチした(さすがだ)寿也は、半分笑いながら私の顔を覗き込んできた。その目をみる。笑ってはいるが、眠そうだ。というか、だるそう。あぁ本当に私ったら…!
「休みも少ししかないし慣れない仕事で疲れてるのに、こんなことに付き合せちゃって…」
「」
「え」
嗜めるように名前を呼ばれて言葉を切る。また顔を上げると怒ったような顔があってぎょっとした。思わず立ち止まって一歩下がってしまう。それほどに至近距離でにらまれたら、流石に怖い。
「な、なに」
「いらない気遣い。せっかく楽しかったのにそんなこと言うなよ。」
「え、楽しかった?」
「決まってるだろ。つまらないことだったら僕は最初から行かない。僕がそういうことに付き合うような性格じゃないって、知ってるだろ?体力的にきついとか考えてたら直の事。」
「…まあ、そうですね。」
「分かってるじゃないか。だったら僕がここにいる時点でそんな馬鹿なこと考えるな。いい?」
「う、はい。」
「よし」
首をかくかくと縦に振りながら返事をすれば、きりりと厳しい顔をしていた顔がにこりと笑い私の頭をガシガシと撫でる。まったく、こんなことをいつもされて寿也が同じ年の男の子の気がしない。
「やめてよ」
「ごめん」
ふざけて笑いながら歩く。静かな夜道に足音と笑い声。
太陽が上り、沈んで月が昇り夜がやってきて…一日のサイクルは普段と何一つ変わらないのに、やっぱり大晦日と元旦の境目というのは特別な気がする。何かが新しくなり、何かが古くなっていくこの感覚は、寂しい、といえばいいのだろうか。よく分からない。だがとにかく、何かが手に入る代わりに失うこの喪失感を、毎年感じるのだ。そして私は、この感覚が、嫌いじゃない。
「…今年もさ」
「ん?」
あと少しで私の家、という所で私が小さく呟くと、それを寿也はしっかり聞き取ってこちらを見た。進める歩みも少しゆっくりになる。目を合わせて、微笑(わら)いかければ寿也も微笑う。今年一年で急激に変化した私達の関係だけれど、もう戸惑いも感じなくなった。
ただただ、幸せ。
「いい年になるといいね。」
「…なるよ、絶対に。」
去年は、色々あった。
年明け早々、第一志望だった大学に落ちてコレでもかというほど泣き通した。
寿也が見事ドラフト一巡目で巨仁に入団しプロ野球選手になった。
滑り止めへの進学か浪人かと大揉めして一度家を飛び出した。
寿也にいとも容易く捕まえられ、本気で怒られた。
その時に寿也に告白され、付き合うようになった。
いい事ばかりじゃなかったけれど、いい年だったと思う。
何より、大切な人が出来た。
「…絶対、か。」
「うん、絶対。…一緒に居るんだから。」
「………そうだね。」
心から思う。
いい一年になりますように。
この愛しい人の隣で過ごせる、いい一年になりますように、と。
END
08.01.14. YUZUBOH